第12話 新しい未来へ

「お嬢様!エリナ様!!!」

戦いを終えた私達に、アイラさんが駆け寄ってくる。

「あぁ、こんなにお怪我をなさって…。

お母様からお預かりしたお二方を守れない情けない使用人で、本当に何と言えば良いか…」

「何言ってるの、私が戦ったのは私の意思だからアイラさんは何も悪くないよ。

ちゃんとお母様にも私の独断だって言うから、責任は全部私が負うわ」

「それに、アイラさんがいなかったらきっと僕は今ここにいませんでした。

アイラさんがアグネス様と一緒に麻袋に閉じ込められていた僕を助けてくれた事、本当に感謝してもしきれません!」

私もエリナの言葉にウンウンと頷く。

すると、

「君達!捜索願が出ていた三人だね!?無事か!?」

「動くな誘拐犯共!王国騎士団だ!!!…ってあれ?皆倒れてる…」

ちょうどそのタイミングで王国騎士団の皆さんが駆けつけてくれた。

そして騎士団に通報し、騎士団と一緒に行動していたお母様も現れた。

「あっ…、アグネス、エリナ、アイラぁ。

良かったぁぁぁぁぁぁっ!!!」

お母様は私達を一目見るなりすごい勢いで私達に駆け寄ってきて、ギュッと三人諸共抱き締めてくれた。

「生きてて良かった、本当に、心配したのよ私っ…!

ごめんねぇ、すぐに騎士団の皆さんと一緒に駆けつけられなくて……!!!」

感極まったお母様は、涙で顔をグチャグチャにしながらそう言ってくれる。

心の底からお母様が私達の事を心配してくれていたんだと嫌でも伝わってきて、私の心はとても温かくなった。

「あの…、ご主人様…。

わたくしはエリナ様の誘拐を防ぐ事が出来ず、あまつさえお嬢様にこんなにもお怪我を負わせてしまいました。

使用人失格です。

どうか、厳重な刑罰を」

「ちょっ、アイラさん!?」

私が責任を負うって言ったのに…。

本当に真面目な性格なんだと実感させられた。

「何を言っているの、アイラ。

あなたはメルヘンを悪用する危険な誘拐犯を相手に娘達を守ってくれた大恩人よ。

むしろ感謝しか無いわ!

ありがとう、アイラ…!」

「ご、ご主人様…!」

…良かった、アイラさんは何も責任に問われずに済むみたい。

「お母様…。

僕が連れ去られてしまったから、アグネス様をこんな危険な目に遭わせてしまいました。

これからはもっと強くなって、お母様の手を煩わせる事もアグネス様を巻き込む事も無いスタンフォード家に相応しい人間になって見せます…!」

お母様は一瞬エリナの一人称の変化に『僕…?』と困惑しつつ、すぐに笑みを取り戻しエリナの頭を撫でて言った。

「あなたのせいなんかじゃないわ、エリナ。

メルヘン能力者に急にさらわれて、本当に怖かったでしょう?

あなたが気に病む事なんて無いの。

あなたが無事に帰ってきてくれた事が、私には何よりも嬉しい!

お帰りなさい、エリナ…!!!」

「お母様…!」

エリナの目尻にも、僅かに涙がこぼれている。

二人とも、良かったねぇ。

そしてこの流れはきっと、次はお母様から私への言葉が来るはず…!

「お母様、その…私は独断でエリナの救出に向かって…アイラさんも危険に巻き込んでしまいました。

ごめんなさい!!!」

すると、お母様の雰囲気が急にガラリと変わり、目元をピクピクとさせながらこう言った。

「…そうね。

今回はたまたま上手く行ったから良かったものの…、メルヘンに目覚めたからっていきなり敵の本拠地に乗り込んで…あまつさえ能力者と戦いを繰り広げたんですってねぇ…!

あんた、自分が何をやらかしたのかわかっているんでしょうね!?

一歩間違っていたら、あなたもアイラもエリナも死んでいたかもしれないのよ!!!

帰ったらみっちりお説教しますからね!!!!!!

良いわね!?!?!?」

鬼の形相になって私に大激怒するお母様。

本当に仰るとおりであった。

「ひゃっ…、ひゃい……」

あまりの勢いに、そう答えるしか無かった。


あはは、何も無くてもお小遣いの使いすぎで怒られる予定だったのに、やっぱり私は怒られる運命なのかぁ。

なんてちょっと黄昏れていると、

「…アグネス」

と、お母様が改めて私一人をギュッと強く抱き締めた。

「っ…!?」

突然の抱擁に驚く私。

「…エリナとアイラを守ってくれて、ありがとう。

親としてはあなたの自分を顧みない行動は認められないけれど…、今のあなたは本当に立派よ」

再び涙を流しながら、お母様はそう言って何度も何度も脇を締めて強く抱き締めてくれる。

「あっ…、あぁぁ……」

思わず、私の目から涙が一筋落ちてくる。

その涙が私の物なのか、それともお母様からの愛情に飢えていた”アタシ”の物なのかは、私にはわからなかった。

「…さっ、後の処理は騎士団の皆さんに任せて、私達は屋敷に帰りましょう?

お父様にも一刻も早く3人の無事な姿を見せなくちゃいけないわ!」

「…うん!」

私達は長い長い一日を終え、ついに帰路につくのであった。



その後、テリーとビッキー、そして配下のチンピラは全員まとめて王国騎士団に逮捕されたらしい。

彼らと関係のあった関連組織も摘発され、今後町での誘拐被害はどんどん減っていく事になるだろう。

そして、メルヘンの力に目覚めた私とエリナには、メルヘン能力保持者専門教育機関・フェアリー学園への入学資格が認められた。

お母様から入学するか問われた私は、すぐに『入学したい』と伝えた。

表向きは『もっとこの能力を使えるようになって、世の中の役に立ちたいから』と理由を述べたけど、実際はそれと同じ位『フェアリー学園に行かないとメルヘン・テールの本編が始まらないから』という理由が比重を占めているのは言うまでも無い。

そして、この話を聞いたエリナもまた、すぐに入学したい意思を表明した。

「僕も…、もっとこの力を使いこなせるようになりたい。

そして、あの時以上にアグネス様のお隣で並び立って戦える戦士になりたいんです!

僕も一緒に行かせて下さい!!!」

「…わかったわ。

二人とも、やるからには全力で、立派なメルヘン能力者になれるよう頑張ってね!」

そう言ってお母様は快諾してくれた。

こうして、私とエリナは半年後の4月からフェアリー学園に入学する事が決定した。

やったぁぁぁぁぁぁ!!!

苦節半年、ついに原作の『メルヘン・テール』の物語に関われるようになるのだ。

本編のストーリーラインに関与すれば、きっと『設定上定められた世界の崩壊』を止める事も夢じゃない。

現に、既に『メルヘン・テール』本編とは異なる展開がいたる所で起こっている。

私とエリナの仲とか、エリナの性格とか…。

確かにエリナ誘拐事件のように、原作者である私の手を離れた世界が思ってもいなかったハプニングを生み出す可能性は否定出来ない。

それでも、原作通りの世界線と比べればこのまま原作を改変して行った方が間違いなく希望はある!

「よーし、頑張るぞ~っ!!!」

私が今後のフェアリー学園での生活に向けて気合いを入れていると、

「アグネス様、今入ってもよろしいですか?」

とエリナが私の部屋のドアをノックする。

「良いわよ、どうしたの?」

すると、部屋に入ってきたエリナは、開口一番とんでもない事を言いだした。

「アグネス様…。

どうか、僕の髪を切ってはくださいませんか!?」

「……えっ???」

髪を…切る……?

何を言っているの、この子は???

「どっ…、どういう風の吹き回しで?」

「…僕はあの事件の日、アグネス様のお作りになったお話における”王子様”のような存在になりたいと、自分を変える決意を改めて固めました。

そのために自分の事を”僕”と呼ぶようにしたり、勇気を振り絞ってアグネス様のお隣に並べ立てる存在になれるように努めるつもりです。

そして今度のフェアリー学園への入学…。

新たなる環境で、これまで以上にストイックに『理想の自分』を目指すためにも、内面だけでなく形からもこれまでの”私”と決別し、自分を誇れる理想の”僕”になりたいのです!

そのために、アグネス様にこの長い髪を切って頂きたいのですが…、いけませんか?」

「え、エリナ…」

エリナがあの誘拐事件の日から一人称を”僕”に変えたのは、私が暇つぶしに描いていた漫画に登場する”王子様”の影響だった。

ま、まさかあの時何気なく見せた恋愛漫画がエリナにここまでの影響を与える事になるとは思わなかった…。

原作の『メルヘン・テール』のエリナは、一人称は”私”だし、長く美しい金色の髪をなひがせながら『硝子の加速』のジェットブーツで空を舞う、そんな優美なイメージのヒロインだった。

でも、今私の目の前にいるエリナは、自分の事を”僕”と呼び、ジェットブーツで積極的に攻撃を行い、髪も短く切って欲しいと言う。

確かに精神の根っこの部分は原作のエリナと同じなのだけれど、経験してきた展開の違いからなのだろうか、もう私の知っているエリナ・スタンフォードとは全くの別キャラクターのように思えた。

「…わかったわ。

でも、私他の人の髪なんて切った事無いから上手く出来る自信無いけど…」

「大丈夫ですよ!

アグネス様は絵がお上手ですし、手先が器用ですから!」

「絵が上手いのと髪の毛のカットは別系統のスキルな気がするけどな~…」


お母様やお父様に一言言ってからやった方が良いんじゃないかと思いつつも、私も気分がノってしまったので、私の部屋の椅子にエリナを座らせて、適当な布をカットクロス代わりにエリナの首に巻いた。

「どれ位切ったら良い?」

「どんな長さでも構いません。

アグネス様が思う『新しいエリナ・スタンフォード』の長さに切って頂ければ」

「そんなザックリとしたオーダーで良いの???」

「良いんです。

何なら坊主にされたって、アグネス様が思う”生まれ変わった僕”に相応しい髪型なのであれば僕は構いません」

「いや~流石に坊主にはしないよ…!」

私は意を決して、エリナから渡されたハサミをエリナの長い後ろの髪に入れた。

バサリ、と長い髪の束が床に落ちていく。

もう、この長く美しい髪がエリナの残った髪にくっつく事は無いのだ。

自分のやってしまった事の取り返しのつかなさを実感しつつ、私はさらにハサミを動かす。

シャキシャキシャキ、とリズム良くハサミの刃が動くたびに、絹のような美しいエリナの髪が短くなっていく。

既に後ろの長い髪は無くなり、肩につかない長さになっている。

…これでカットを終わっても、構わないと思った。

エリナによく似合っているし、とてもかわいい。

……けれど、私はカットの手を止めない。

何故かと言われると難しいのだけれど、この髪型だと原作のエリナのイメージからは逸脱していなかったから、と答えるのが一番妥当かもしれない。

原作のエリナのイメージに近くてはダメなんだ。

”この世界”の、今私の目の前にいるエリナに相応しい、『新しいエリナ』に相応しい髪型を。

それは、言うなれば漫画家として新しいキャラクターをデザインしている時の感覚に近かった。

私は今のエリナに一番似合う髪型は何なのかを考えながらハサミを動かす。

シンデレラをモチーフにしたキャラクターでありながら、”王子様”を目指す彼女に一番似合う髪型を…。

腹を括った私は、容赦なくエリナの髪を断ち切って行く。

全体の髪を短くし、髪の量を梳き、エリナのシルエットがどんどん変わって行った。

今まで長い髪に隠されていた両耳を出し、目にかかっていた前髪もバッサリ。

眉毛の遥か上の長さとなり、おでこが露出した。

「…うん、出来た!

これが私の考える、新しいエリナの髪型だよ…!」

カットクロス代わりの布を外し、立ち上がったエリナは、私の部屋の姿見に生まれ変わった自分の姿を映し出す。

「わぁ…!

すごいバッサリ…」

私が”今のエリナ”に似合うと思ってキャラクターデザインした髪型、それはベリーショートだ。

凜として、勇ましくて、それでいて美しさも残る、”王子様”らしい中性的な髪型だった。

「…けど、”新しい僕”って感じがします。

ありがとうございます、アグネス様。

僕、すっごく気に入りました!」

エリナは短くなった前髪を恥ずかしそうに触りながら、それでいて嬉しそうに笑ってお辞儀をした。

かっこよさの引き立つ髪型だけど、その仕草にはかわいらしさも感じられる。

「気に入ってもらえて良かった…!

素人カットなのにこんなに上手く行くなんて奇跡ね!

エリナの素材が良いから何でも似合うっていうのも大きいんだろうけど!」

「何を仰るんですかアグネス様!

アグネス様の技量が素晴らしいんですよ!」

「えへへ、そうかな~?」

…改めて、エリナは本当に成長したなぁと実感する。

一人称が”僕”で、勇ましくて、ベリーショートの中性的な容姿のエリナ。

本当に原作のエリナとは180度正反対なビジュアルになったけれど、だからこそこの原作と異なる新しい世界でなら絶望的な未来を変えられる気がした。


「エリナ、アグネスちゃん、ちょっと良いかい?」

すると、突然私の部屋に入ってきたのはお父様…つまりエリナのお父さんだった。

「…ん?んんん!?!?!?」

「あっ、お父さん!

見て見て僕の新しい髪型!

すごく似合ってるでしょ!?」

エリナはその場でくるんと一回転して金髪ベリーショートになった自分の髪をお父様に見せるが、当のお父様本人は白目を剥きながら今にも倒れそうになっていた。

「さ、最近エリナの一人称が”僕”になったかと思ったら、今度は…髪…が……」

バターン!

お父様は泡を吹いて倒れた。

「おっ、お父さん!?

どうしたの、しっかりして~!」

「ア、アハハ…」

まぁそりゃあ確かに自分の娘が短期間のうちにこんなに変わり果てたらビックリするよねぇ。

私はお父様に少し同情するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る