第30話 嫉妬の矛先

「今、何とおっしゃいましたの?

アグネス・スタンフォード…」

「何度でも言ってあげるわよ。

あなたの奏でるメロディはどれも不愉快で…」

私がそう言いかけた途端、ケイティはバイオリンの弦に再び弓を引いて耳をつんざくノイズを奏でる。

三つの巨大音符が私目がけて飛んできたため、ギリギリの所で何とか回避した。

「取り消しなさい!!!

ワタクシの奏でるバイオリンのメロディは誰もが羨む超一流、皆から常にそう言われてきたのよ!!!

たとえ音楽に疎いあなただろうと、ワタクシの才能を侮辱する事は絶対に許しませんわ!!!!!!」

激昂するケイティ。

そんな彼女の様子を、後ろで観戦しているケイティの取り巻き二人は『あちゃー…』『こりゃめんどくせぇ事になったぞ』と呆れ顔で眺めている。

どうやら、ケイティは今まで一度も自分の演奏が下手くそだと評された事が無いらしい。

代々王族の側近という高貴な家系故か、これまで彼女と関わってきた人々は誰も正直にケイティのバイオリンの腕前を告げる事が出来ず、常にお世辞を言われてきたのだろうと推測出来た。

となると、さっきまでのバイオリン攻撃も本人は本当に『素晴らしい音楽を奏でている』と思いながらやっていたに違いない。

演奏中観客席からは苦言の声も聞こえていたが、恐らく本人は演奏に集中していて聞こえていなかったのだろう。

でも、そこに勝機がある。

ケイティに精神的ショックを与えれば、彼女の演奏の腕が鈍って雑音攻撃を僅かでも減衰出来るかもしれない。

ケイティが冷静な状態でいられなくなれば、こちらにも反撃のチャンスが生まれるかもしれないのだ。

わざわざ本人の嫌がっている事を言って気を削ぐ等あまり褒められた方法では無いけれども、今回に限ってはケイティはツェリンさんのネックレスを奪った側だから向こうに非があるし、多少は言われても文句は言えまい。

まぁ本来なら私は悪女だったわけだし、たまにはね?

「…薄々思ってたけど。

ケイティ、多分あなた誰からも叱られた事が無いんでしょ!?

自分の行動を咎める人が誰もいないから、自分こそが世界で一番偉いと思い込んでる!」

「”思い込んでる”?

いいえ違うわ、ワタクシは正真正銘本当に”偉い”んですの!!!

もちろんお父様達やアーカイブ王国の王家の皆様には及びませんけれども、少なくともこの学園の敷地内ではどんな教師よりもワタクシの地位が高い事は明白!

この決闘だって、本来なら放課後に行うはずだったのをワタクシの言葉一つで一時間目の授業を潰して前倒しになった!

それだけでもワタクシの権力が如何に大きいかお解りになるでしょう!?」

ケイティは怒りに身を任せて、バイオリンで鼓膜が破れそうなノイズを発しまくっている。

またも私含めケイティ本人以外の全員が耳を塞がざるを得なくなった。

「それはっ…!

あんたが駄々こねたから先生達が気を利かせてくれただけよ!

あなたの権力じゃない!

そう言うのは教師の皆さんの”親切”って言うの!!!」

何とかノイズの音圧に耐えながら、私は足を少しずつ前に出して歩みを寄せる。

「うるさいうるさいうるさい!!!

ワタクシより地位の低い弱小令嬢の分際でぇ!!!

よくもまぁヌケヌケとそのような戯言を抜かせますわね!?」

ギギィーッ!!!

ケイティが今まで以上に力を込めて弓を弦と重ね合わせると、まるで黒板を爪で引っ掻いた時のような反射的に寒気がする特にキツい雑音が発生。

今までの雑音には何とか耐えていた私でも、流石に一瞬たじろいでしまう。

その一瞬をケイティは見逃さなかった。

今までの音符より小さい、しかし代わりに弾速のアップした音符を具現化させ、私目がけて飛ばしてきたのだ。


あちゃ~…、ケイティを怒らせたのは逆効果だったかなぁ。


なーんて呑気に思ってる暇は無く、小さな音符は私の胴体に直撃。

サイズのおかげで押し出されはしなかったものの、かなり痛みが走る。

それでは飽き足らず、ケイティは10発、20発とどんどん小さな音符を私に発射させてくる。

小さな音符では場外への押し出しは出来ない代わりに、確実に私の体力を削っていく。

私も2発目以降は目測出来る限りは『灰被らせの悪女』で前方を爆破して音符を破壊する事でガードしているけれど、爆発は一回ずつしか出来ないせいで全てを捌ききる事は出来なかった。

火打ち魔石に頼らず『灰被らせの悪女』を完璧に使用出来ていれば、もっと対応出来ていただろうに…。

「っ…!

私は今地位の話なんかしてないの!

要するに、バイオリンの腕前も含めてちゃんと自分を客観視して見れてるかって話!!!」

何とか反撃に出たいけれど、小音符の連撃が止まらず爆発による音符の破壊が精一杯で中々攻撃に転じられない。

それでも、少しずつ少しずつ、一歩でも前に足を進める事に努める。

「ワタクシは!偉い!!!

ワタクシのバイオリンは!天才的!!!

客観的に見ればそれ位わかるでしょう!?」

「それが客観的に見れてないって言ってんのよぉ!!!」

…しめた。

怒りのあまり僅かながら攻撃の手が一瞬緩むケイティ。

この瞬間を待っていた。

私はすかさず自分の周囲に積もっている灰を足で蹴り上げてケイティの方角に飛ばし、その灰を目視で狙って両手の火打ち魔石をぶつけ合った!

「なっ…!?」

瞬間、強く輝く炎の光。

ケイティの顔近くで巨大な爆煙が上がる。

衝撃で後ろに吹っ飛んだケイティは、舞台の隅で尻餅をついていた。

「っ~…!!!

こぉのぉ…、クソゴミ女がぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!」

ついに怒りが最高潮に達してしまったケイティは、顔を真っ赤にしながら鬼の形相で全力をバイオリンの弦にぶつける。

ギィィィィィィィィィィィィッ!!!!!!

もはや雑音というレベルを超え、音響兵器と化した彼女のメロディに、一部の観客生徒はいよいよ闘技場から逃走し始めた。

もはや音の圧がすごすぎて、まるで台風の中で戦っているかのような感覚だ。

私の耳からは今にも鼓膜を突き抜けて脳味噌まで爆発しそうな不協和音が、私の全身にはとても立っていられない強風の如き音圧が襲いかかってくる。

「ムカつきますわ、ムカつきますわ、ムカつきますわ!!!

何なんですのあなたはぁ!!!

この国で最も王族に近い家系のワタクシと比べれば遥かに小さく情けない家の出身の癖に!

入学初日からワタクシよりも目立って!

ワタクシよりも多くの方々から恐れられて!!!

その癖愛しのエリナ様を始めとした一部の皆様から愛されて!!!!!!

どうしてあなた程度の令嬢が、この学園で一番偉いワタクシより目立っていますの!?

どうしてワタクシより楽しそうな毎日を過ごしていますの!?!?!?

許さない、許せない、ワタクシより上に立っているあなたの全てが!!!

ワタクシは!

許せませんわァァァッッッッッッ!!!!!!」

こんな立っているのがやっとの状況で、ケイティはまたもや大量の小型音符を私に撃って来る。

一発一発は大した事の無い威力でも、100発も発射されれば流石に激痛となる。

音圧が凄すぎて火打ち魔石を打ち付ける事も出来ない。

よって、私は約100発の小型音符を全て全身に浴びてしまった…!

「あぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?」

あまりの連続攻撃に、ついに後ろに仰け反って大きく吹っ飛ばされてしまう。

何とか起き上がるものの、約1m後方は既に場外との境目の淵。

そしてそのまま、ケイティのバイオリンから毎秒約100発飛ばされる大量の小型音符にジワジワと場外へ追い詰められ始めてしまった。

このまま動けなければ、私は間違いなくリングアウトで負けてしまう。

早く何とかしてケイティの動きを止めないと…。

けど、私の周囲にしか降り積もらない灰をどうやって遥か前方のケイティに届ければ…。

この音圧の中では手で灰を持って投げる事すら出来ない…!

…あっ!?

私はふと気が付く。

今ケイティは私を追い詰める事に夢中で、どんどん舞台の中央に足を進めている。

そして舞台の中央はさっきまで私がいた位置…。

つまり、足下にさっき降り積もった『灰被らせの悪女』の灰が残っている!

あれに着火出来れば…!

…けど、ダメ!

音圧に晒されて両腕を動かせない以上、火打ち魔石での着火が出来ない!!!

「アハハハハ!!!

いよいよ終わりねぇアグネス・スタンフォードぉ!!!

偉っそうにベラベラ喋った割には口ほどにも無いじゃな~い!!!

そんな弱さでワタクシに説教かまそうとしてたんですの???

はぁ~っ、所詮ワタクシのバイオリンの素晴らしさがわからない程度の人間じゃこの程度ってわけですわ!!!

やっぱりワタクシがナンバーワン、あなたはワタクシの眼中にも入らない無価値な存在なんですのよ!!!」

「…けど、さっきの言葉を聞くに一瞬でも私に嫉妬したのは事実なんでしょう!?」

そう言い返すと、勝ちが目前に見えた故の嬉しそうな顔から再び憤怒の表情に豹変するケイティ。

「黙らっしゃい!!!

所詮負け犬の遠吠え、ワタクシ程の偉大な人間が相手する価値なんて無かったと今になって気が付いただけですわ!!!

ワタクシに脆弱な嫉妬も客観視も必要なし!!!

嫉妬なんて弱い奴のする事ですのよ!!!!!!

そうそう、正にあなたの様なクソザコの方が色々な人に嫉妬してるんじゃないかしらぁ~!?」

「……」

ケイティの放つ音圧と小型音符攻撃に耐えながら、私はしばらくの無言の後彼女からの問いに答えた。

「…そうね。

そこはあなたの言う通りかも。

私は…、いや、”アタシ”は、これまでも、そして今も、たくさんの人に嫉妬の炎を燃やしている」

攻撃を掻い潜りながら、何とか右足を一歩前に。

「アタシよりもかわいくて、とっても良い子で、勉強にもメルヘンにも色んな事にアタシより優れてるエリナの事がすっごく妬ましい!」

次は左足を前に。

「あまりにも重く辛い過去を抱えているのに、毎日笑顔で過ごしているトオルの明るさが眩しいし!」

さらに音圧が強くなるも、歯を食いしばりながら右足をもう一度前へ。

「冷静沈着に物事を分析出来つつ、友達の事をすごく大切に思って行動出来るザックの聡明さが羨ましい!!!」

そして左足も、一歩前に進める!

「アイラさんの真面目さも、ツェリンさんのフレンドリーさも、皆皆アタシに無い物ばっかりだ!!!

妬ましい、恨めしい、心の奥では無意識の内に何度も憎んでた!!!」

表には出していなかったけれども、私の心の中の”アグネス”はエリナは勿論トオルもザックも全員に嫉妬の炎を燃やし続けている。

…いや、アグネスだけじゃない。

思えば、私は前世で渋谷翼だった頃から何度も憎悪の炎を心の中で燃やしていた。

私はかなり若い内からアドバンスで連載を持てたし、そう言う意味では私はむしろ連載までこぎつけない他の漫画家さんから嫉妬される対象だったかもしれないけど、それでも結局打ち切りだらけで成功は全然していなかったから、アドバンス本誌の人気連載陣がとにかく羨ましかった。

『メルヘン・テール』が打ち切りになった時はアンケートの人気順で僅差で自分の代わりに生き残った連載作品に凄く嫉妬したし、その後修行も兼ねて担当編集の林田さんの紹介で他の漫画家さんの下でアシスタントをしていた時もその原稿を手伝う漫画家が妬ましくて仕方が無かった。

もちろん、自分の才能の無さにも絶望していたので完全に他責思考だったわけでは無かったけれども。

特に、2作目の『君の瞳が見たくて』の連載が打ち切られた後のアシスタント時代は、アシスタント先の漫画家さんが自分より年下の事もあった。

私が23歳の頃、高校在学中に新人賞に入賞し、大学を休学して19歳で連載を持っていた先生の所でアシスタントをしていた時は、まるで過去の自分を見ているようで何とも言えない気分になった物だ。

ちなみにその先生は今も元気に週刊少年アドバンスで連載を続けており、私が過労で死んでしまう数ヶ月前にはアニメ化も決定…。

まるで、『メルヘン・テール』の連載時にコケる事無く成功を掴み取ったIFの自分を見ているようで、私は悔しくて悔しくてたまらなかった。

…今思い返してみれば、とにかく自分より優れた相手に嫉妬の炎を燃やしまくる性質のある私はなるべくしてアグネスに生まれ変わったのかもしれない。

でも、渋谷翼としての人生を通して、私は一つの答えを得ていた。

それは、3作目の『現妖大戦』の連載が始まる直前、私が最後にアシスタントをやっていたとあるベテラン漫画家先生と話していた時だった。

私が先述の年下漫画家に嫉妬している事をベテラン先生に話していると、彼女は私にこう言った。

『渋谷さん、失敗は悲しい事だけど、失敗が無い人もそれはそれで危ない橋を渡ってるとは思わない?』

『えっ?そうですかね…?』

『失敗って次の成功のための素材だからさ、失敗した事無い人ってその時は良いけど次に何か挑戦する時に”どうしたら成功するのか”わからないままやらなくちゃいけないの。

それってちょっと可哀想だと思わない?』

『いや~…、どうですかねー…』

口ではそう言うけど、当時の私は(いや、普通に一発目からいきなり成功する方が絶対良いでしょ…)と心の中で愚痴っていたのを覚えている。

『…まっ、所詮は1作目が短期打ち切りだったけど2作目で運良く成功できた私の僻みではあるけどね。

けど、1作目の連載の時に色々と失敗したおかげで自分を客観視出来るようになって、今はお蔭様でアドバンス本誌でも上から3番目の長期連載を続けられてる。

私も1作目が打ち切られた当時は色んな人を妬んだ事もあったけど、それがバネになって結果的に自分の成長に繋がった!

渋谷さんも今は辛い時期だと思うけど、今の悔しさや妬みの感情は絶対無駄にならないよ。

失敗して、妬んで、失敗して、羨んで…。

そうしてどんどん嫉妬した相手の良い所を吸収して行けば、きっといつか自分の成長っぷりに気が付くと私は思うな~!

渋谷さんまだ若いんだし、24歳でもう2回も連載経験有りなんて大したもんよ!

年齢的に体力旺盛だし、伸び代がたくさんある。

諦めなければきっと、渋谷さんはもっともっと伸びて行けるわよ!』

…当時は精神的に弱って捻くれていたので『言ってる事は立派だけど、所詮は成功者の上っ面の戯言だよね…』と思っていたベテラン先生の言葉だけど、一度死んでアグネスとして”渋谷翼”の記憶を引き継いだ今の私には、何となくその意味がわかった気がしたのだ。


「…けどね、”私”は気が付いたの。

嫉妬は別に悪い事じゃない。

勿論嫉妬心から嫌がらせや虐めをするのは論外だけどさ…!

悔しくて、妬ましく思うって事は、その相手をリスペクトしてるも同然なんだよ!

『こんな風になりたい』、『自分もああなりたい』って強く抱きながら鍛錬を重ねたおかげで、”あの時の私”は間違いなく以前より成長していた!

”あの時”は気付かなかったけど!

私は今もたくさんの人を妬んでるけど、それ自体は悪い事だとは思わない!

むしろこんなに素晴らしい人達に囲まれてる事が誇らしい!

私も皆みたいになりたい!!!

一緒にいるだけでそう思わせてくれたの!!!」

「だからどうしたって言うのよ!

どうせもう負ける癖に、結局妬んでも弱いままじゃない!!!」

…そうだ、私は弱い。

どういうわけか火打ち魔石を持ち込まないと自分のメルヘンもまともに扱えない。

どんどんメルヘンの才能を開花させて行くエリナが羨ましい。

だから…!

「お願い…」

私もエリナみたいになりたくて、実家にいた頃から何度もメルヘンの訓練を頑張った!

「お願いっ…!」

メルヘン実践学の授業でも何度も失敗しながら頑張った!

「お願いっ…!!!」

不完全な能力で工夫していくつもの修羅場を掻い潜ってきた!

「発動してっ…!!!」

世界を、皆を、私自身が仕組んでしまった理不尽な運命から救うんでしょ!?

だったら今ここで負けてどうするの!?

私が…!

皆のっ……!!!

「運命を変えるためにぃぃぃっ!!!!!!」




ボッ…!




瞬間、奇跡が起こった。

ケイティの足下に積もる灰に、火打ち魔石無しで、私の思念で火が着いたのだ…!

「なっ…、まさか!?」

ケイティがそう言い終わる寸前に既に強力な光が放たれ、轟音と共にケイティは爆風に包まれた…。






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次回、6月6日(木)が無期限更新停止前最後の更新です。

最後までお楽しみに。

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