第29話 蟋蟀の音色

「今回はすぐに僕達に言ってくれたとは言え…また決闘を申し込んだんですか!?」

「やっぱり一回感情的になるとすぐ突っ走るなお前…俺の時みたいに…」

模擬戦様闘技場の控え室にて、エリナとトオルは私に呆れていた。

「ご、ごめん…。

どうしてもケイティの横暴が許せなくて…」

「お前なぁ…。

何やろうがお前の勝手だが、よりによって庇った相手が一番人狼の可能性が高いラプラス・ツェリンなのはどういう了見だ!?

仮にあいつが本当に人狼だったら一連の流れも何かしらの罠の可用性だって…!!!」

ザックは私がツェリンさんを庇って決闘を申し込んだ事にかなり怒り心頭だ。

しかし、私は言った。

「確かにツェリンさんが人狼の可能性は否定できない。

けど、ツェリンさんはケイティに大切なネックレスを奪われて、凄く悲しそうだった。

私はあの時のツェリンさんの表情が嘘だとはどうしても思えないし、これ以上ケイティが私を狙うついでに周りの人に被害が及ばないようにここでケイティと決着を着ける…!!!」

アイラさんは私の両手をギュッと握られて、

「…良いですかお嬢様。

今度という今度こそ、以前のトオル様との決闘の時のようにご自身の命を懸けた無茶苦茶な行為はしないで下さいね!?

次やったらぜっっっっっったいに許しませんので……」

と厳重に釘を刺されてしまった。

「わ、わかってるよぉ…。

それに今回はトオルとの非公式な決闘と違って正式なルールでやる決闘だから命の危険は無いし」

トオルは闘技場入り口の方から少し顔を出して外の様子を見ていた。

「それにしても、今日はやけに観客が多いな…」

「まぁ、普通は授業を潰して決闘するなんてあり得ないらしいしね~…。

ちょうど休講になった時間分の暇を潰しに来てる人が多いんだと思う」

本来であれば『決闘』は放課後、全ての授業が終わってから行われるのが校則である。

しかしケイティが『今すぐやる!』と先生達にゴネた結果、家系が家系であるため逆らえず1時間目の時間を潰して決闘を執り行う事になったのだ。

そんなわけで観客席には1年生から3年生まで非常に多くの生徒が集まって盛り上がっている。

「…けど、今日の決闘に注目が集まっているのはきっとそれだけじゃないと思います。

王族の側近であるアントワネット家のケイティ様、そして元々の悪評とトオルさんとの決闘の時に広まった噂でかなり恐れられているアグネス様が戦うとあって、非常に多くの方がこの戦いに関心を持っているです」

エリナの言うとおり、ケイティも私も良くも悪くも有名なせいで野次馬がかなり集まってしまっているらしい。

ちょっと緊張してしまうが、それでもツェリンさんのネックレスを取り戻すためだ。

私は覚悟を決めた。

そうこうしている内に、決闘の開始時刻が近付いてくる。

「アグネスさん、そろそろ入場をお願いします」

決闘管理委員会の生徒に呼ばれて、私は立ち上がった。

「じゃあ、行って来る!」

エリナから『頑張って下さい!』と応援の言葉を背中に受けながら、私は闘技場の舞台に足を踏み入れた。


ワーーーーーーッ!!!

私が入場した途端、会場中の生徒から歓声が上がった。

ステージの中央には審判のロード先生と、今回の決闘のきっかけになった重要人物としてツェリンさんが立っている。

(マジでごめんねアグっち…。

ウチのためにわざわざ嫌がってた決闘受けちゃって……)

中央に立った私にツェリンさんはそう耳打ちする。

しかし、私は

(何言ってるの、これは私が私の意思で受けた決闘なんだからツェリンさんが気に病む必要なんて1ミリも無いの!

あのネックレスは絶対私が取り返す、だから安心して待ってて!)

と言い返し、ツェリンさんの肩を軽く掴んで安心してもらった。

「あっ、来たぞ!」

観客の誰かが叫んだ声と同時に、反対側コーナーの入場口に注目が集まる。

取り巻き二人がゲートの前にわざわざどこから持ってきたのかわからないレッドカーペットを敷くと、その上をゴージャスな雰囲気を漂わせながらケイティが堂々と歩いて通った。

何とも彼女らしく華々しい入場だ…。

「うふっ、逃げずにこのワタクシの前に現れた事を褒めて差し上げますわよスタンフォードさん♪

しかし、それは同時にワタクシに惨めに敗れてこの学園から出て行く事が確定したも同然…。

この学園で経験する最後のイベントを存分に楽しんで行って欲しいわ」

「悪いけど退学する気なんてはなっから無いの。

私の目的はツェリンさんのネックレスを取り返す事…、そして……!」

私はジッとケイティの顔を見る。

…この自信に満ち溢れた顔、やっぱりだ。

前から思っていたけれど、本当に私が渋谷翼の記憶を取り戻す前の原作のアグネスの表情に瓜二つだった。

今のケイティ・アントワネットという人間は、唯我独尊、自分こそがこの世の頂点であり、自分以外の全てを見下している。

けど、そんな精神性のままでは誰からも好かれず、ロクな人生を送れない事は原作のアグネスを見ていれば明らかだった。

ケイティは原作の『メルヘン・テール』ではほとんどモブ同然のキャラだったとは言え、私が作者としてこの世に生み出した存在である事には変わりない。

極論を言えば、私が彼女の母親であると言えなくもないのだ。

たとえどんなに自分勝手でワガママな人物であろうと、私の子供同然であると考えるならば、私にはケイティを親として、産み出した者として導く責任がある。

いくら王族に近い家系でも、偉くても、他人から物を強奪する行為は許してはいけないのだ。

この決闘にはツェリンさんのお姉さんとの思い出が詰まったネックレスを取り戻す事と同じ位、ケイティの自分勝手で不遜な姿勢を正す目的があった。

「…さて、両者入場が済んだ所で改めてルールの確認をするぞ。

先に相手を場外に押し出した方の勝ち、メルヘンの使用は自由だが、相手への過度な攻撃や命を奪う行動は当然NGだ。

お互い、自分の全力を尽くして正々堂々勝負する事。

わかったな!?」

私とケイティが頷くのを確認すると、ロード先生はツェリンさんと一緒に舞台から降りて審判の定位置に着いた。

エリナ達は私の入場口の近くに、ケイティの取り巻き二人は彼女の入場口の近くに立っている。

「両者、決闘の果てに望む物を表明せよ!」

ロード先生からそう問われたら、お互い改めて決闘に勝った際に相手に望む願いを表明しなければならないルールだ。

「ワタクシの勝利の暁には…、スタンフォードさん、あなたの退学を!」

先にケイティが表明し、それに私も続く。

「私が勝ったら…、あなたがツェリンさんから奪ったネックレスの返還と彼女への謝罪を!」

言い終わると同時に、両手に火打ち魔石を構えて戦闘態勢を取る。

「決闘…、開始ッ!!!!!!」

ロード先生の掛け声と共に闘技場の鐘が鳴り、決闘の幕が開いた。


「はあっ…!」

攻撃にしても防御にしても、取り敢えず出しておいて損はないので早速『灰被らせの悪女(シンダース・イーヴィル)』を発動させ、周囲に灰を降らせる私。

さて、ケイティはどう出る?

しばらく様子を伺っていると…。

「あらぁ、スタンフォードさんったらさっきの威勢からは想像出来ない程怯えていらっしゃるようで。

そんなにビクビクしてるんだったら、ワタクシから仕掛けさせていただきたくってよ?」

そう言って、ケイティはどこからともなくバイオリンを取り出した!

「えっ…、バイオリン?」

「さぁ、ワタクシの魂のメロディをお聴きなさい!!!」

ケイティがバイオリンの弓を本体の弦に触れさせ、腕を引くと…。


ギィィィィィィイイイイイイッッッッッッ~!!!!!!!!!!!!


「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?!?!?!?」

瞬間、私の耳をつんざく、この世の物とは思えない想像を絶する雑音。

とても音楽とは思えない。

聞いているだけで鼓膜が破れて脳が溶けそうになる轟音に、私は火打ち魔石ごと両耳を手で塞がざるを得なかった。

しかし、耳を塞いでも全然効果が無い。

余裕で手を貫通してノイズが苦痛を与えてくる。

「うるせぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「耳がどうにかなりそうです…!」

「めんどくせぇ能力しやがってよ…」

後ろにいるトオルやエリナ、ザックも耳を塞ぎながら苦悶の声を上げており、観客席からも叫び声が漏れ出ていた。

思ったよりヤバい…、早めにこの演奏を止めないと…!

私は一旦両手を耳から離して灰を着火させようと試みる。

だが…。

「っ…、うるさすぎて狙いが定まらない!?」

そう、常に音圧に圧倒されているこの状況ではケイティのバイオリンから奏でられる雑音があまりにも不快すぎてまともに集中する事が出来ず、視線でケイティに狙いを定めて火打ち魔石を打つ事が出来なかった。

「ふふっ、ワタクシの奏でるメロディがただの”音”だけとは思わない事ですわ!」

ケイティがそう発した瞬間、『♪』という音符の形をした固形物が彼女のバイオリンから発出され、私の方へ飛んでくる!?

「うわぁぁぁっ!?」

間一髪、私の背丈と同じ位の巨大音符をかわす事に成功する。

恐らく、あれに当たっていればそのまま場外へ押し出されて敗北していただろう。

しかし変わらず奏でられる不快なサウンドに私の頭はパンク寸前だった。

ヤケクソで三回程二つの火打ち魔石をぶつけてケイティの周辺を三度爆発させるものの、ケイティは華麗に爆発をかわし、バイオリンを弾き続けていた。

そして先程と同じように彼女のバイオリンから巨大音符が一気に4つも私に向かって飛んできたため、それをかわす事に専念せざるを得なくなる。

何とか4つ目の音符をかわしたタイミングで、ケイティの演奏が一区切りついて弓を動かす手が止まった。

「楽しんで頂けたかしら?

ワタクシの魂を込めたさいっこうのメロディ!

これぞワタクシのメルヘン、『豪遊せし蟋蟀(ラビッシュ・グラスホッパー)』!

このバイオリンで音楽を奏でる事で、周囲にあらゆる影響を与える事が出来ますのよ!」

グラスホッパー…キリギリス…、あぁなるほど。

これでわかった、彼女は…ケイティ・アントワネットは『アリとキリギリス』をモチーフにした能力者だ。

あの手に持ってるバイオリンは彼女の能力で具現化するアイテム…つまりエリナのジェットブーツやトオルの刀と同じタイプだ。

そしてあのバイオリンからとんでもなく音程の外れた音楽を奏でる事で相手を苦しめつつ、音を音符として具現化して相手への遠距離攻撃も可能というわけだ。

彼女も誘拐事件のテリーとビッキーに続く『原作者である私の知らないメルヘン能力者』というわけだろう。

一応キャラデザすらしていないあの二人と比べたら(モブとは言え)私が実際に描いた記憶が微かにあるケイティの方がまだ原作に近い存在だけど。

確かに、言われてみれば『アリとキリギリス』をモチーフにした能力も連載当時アイデアノートには書いたような気はする…。

ただ結局作中には登場させる機会が無く、そのままお蔵入りになったメルヘン能力だった。

どうやらこの世界では、そんな没能力が原作の『メルヘン・テール』ではただのアグネスの取り巻きの一人である名無しのモブだったケイティに割り振られたらしい。

これも私がこの世界で原作と異なる展開に導いてしまった影響…?

いや、ケイティに関しては能力に目覚めたのは私と接触する遥か前のはずだし無関係か。

なぜか原作の世界線の記憶を保持しているザックと良い、やっぱりこの世界には最初から原作と異なるポイントが多いようだ。

それにしても、現時点でのケイティの能力や『豪遊せし蟋蟀(ラビッシュ・グラスホッパー)』という名前を見るに、ケイティはあくまで”キリギリス”に関する能力を持っているに留まり”アリ”に関する能力は含まれていないっぽい?

私とエリナの能力が『シンデレラ』の義姉とシンデレラ、テリーとビッキーの能力が『北風と太陽』の太陽と北風をモチーフにしていたように、一つの童話から一部の要素だけで単独能力になっているタイプかな。

だとしたらこの世界のどこかにキリギリスとアリの”アリ側”の能力を持った人物もいたりするのだろうか。


なんて色々考えているうちに、私は結構長いこと無言になってしまっていた。

「あらあらぁ~???

どうやらワタクシのうっっっつくし~い音楽に声も出ないようですわね!

やはり、ワタクシの溢れ出る才能を前にすればあなたのような低級家系の無能令嬢では手も足も出ない事でしょう!

お~っほっほっほ♪」

自信満々に高笑いするケイティの何と憎たらしい事か。

…しかも、あの誇らしげな表情。

もしかしてだけど…”そういう事”なのかな?

私は口を開き、彼女にこう言い放つ。

「えぇ、確かにあなたの奏でるメロディは凄まじくって手も足も出ないわ。

けど、それもしょうがないわよね。

だって…、あなたのバイオリンから発せられる音はどれも不愉快で聴けたもんじゃない”ノイズ以下の雑音”なんですもの」


「……ハァ?」


ぴくり、とケイティの目つきが変わる。

今までの余裕綽々な上機嫌な目とは正反対の、明確に怒りを込めた鋭い眼光。

…やっぱりだ。

ケイティは、”自分の奏でるメロディがひどく下手くそである事に気が付いていない”!






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[今後のスケジュールまとめ]

近況ノートでもお知らせさせていただきましたが、本作は次々回更新の第31話を持って無期限更新停止とさせていただきます。

最後まで物語をお届けできず、誠に申し訳ございません。


・6月2日(日) 第30話更新

・6月6日(木) 第31話更新、この日を持って無期限更新停止へ移行

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