第2話 渋谷翼 作『メルヘン・テール』
漫画家として過労死で死んだかと思えば、その事実を13年間忘れて異世界で高貴な家のワガママ悪徳令嬢として生きていた。
それだけでも十分すぎる位驚くべき事実だ。
でも、今の私にとってはそれ以上に驚かざるを得なかった。
その転生先の世界が、私の前世である漫画家『渋谷翼』が最も調子に乗って天狗になっていた時期に連載していたデビュー作のファンタジーバトル漫画『メルヘン・テール』の世界だったのだから…!
「なっ…、何でわざわざ『メルヘン・テール』の世界なのぉぉぉぉぉぉ!?
しかも転生先がよりにもよって…、アグネス・スタンフォードだなんてやだぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
私は再びベッドに倒れ込み、魂の叫びを発した。
…なぜ私がこんなに絶望しているのか。
それは私の描いた漫画『メルヘン・テール』がどんな漫画だったのか、そして『アグネス・スタンフォード』がどの様なキャラクターだったのかについて説明せざるを得ない。
『メルヘン・テール』…。
私…、つまり漫画家の渋谷翼が18歳の時にあの週刊少年アドバンスで連載した私のデビュー作。
連載期間は約11ヶ月。
ギリギリで一周年を超える前に打ち切られてしまった。
ジャンルは異世界を舞台にした能力バトルモノで、実在する様々なおとぎ話をモチーフにした能力『メルヘン』を用いてバトルすると言った内容だ。
主人公は東洋人の少年『トオル・ナガレ』。
物心ついた頃から西洋風の国である『アーカイブ王国』で暮らしているが、この国では珍しい東洋人である事、そしてトオルの持っているメルヘン能力があまりにも異質だったがために周りから気味悪がられ、孤独な生活を強いられていた。
そんなトオルがメルヘン能力者を集めた『フェアリー学園』に入学した所から物語は幕を開ける。
ひょんな事から仲良くなったヒロインの『エリナ・スタンフォード』が同時に入学した意地悪な義姉『アグネス・スタンフォード』から最早いじめとも呼べないあまりに悪質な虐待を受けている所を見かけたトオルは、かつて人々から恐れられ、排斥されてきた自身のメルヘン能力をついに解禁。
エリナを助ける事に成功する。
心優しいエリナは、トオルの異質すぎるメルヘン能力を見ても少しも彼を恐れず、トオルは生まれて初めて自分のメルヘン能力を誇れる様になったのだ…。
簡単に第1話のあらすじを解説するとこんな感じだ。
主人公トオルの能力の何が異質なのかと言うと、能力のモチーフ元があの『桃太郎』であるという点である。
この漫画に登場するメルヘン能力はどれも西洋の童話を元ネタにしている。
例えば、ヒロインのエリナは『シンデレラ』をモチーフにしたガラスの靴を武器に戦う。
しかしトオルの能力は桃太郎にちなんでまるで日本の風景を思わせるような川の流れが剣から流れたり、犬・猿・雉をお供として召喚したり出来るため、使う技のビジュアルが他のメルヘン能力者と全く雰囲気が異なるのだ。
そんな風に、西洋の童話をモチーフにした能力者の集まる世界観に主人公のトオルがただ一人日本の童話をモチーフにしているという異質感を演出した設定を、イケイケドンドンで調子に乗っていた18歳当時の私が考えていたのをよく覚えている…。
…で、そろそろ私があんなに絶望している理由を語らなくちゃなんだけど。
まず第一に、私が転生した『アグネス・スタンフォード』は、先述の通りヒロインである『エリナ・スタンフォード』の事を徹底的に虐め、苦しませる悪女キャラだ。
モチーフはシンデレラに登場する意地悪な継母と義姉。
義理の妹であるエリナがシンデレラ本人をモチーフにしたキャラなので、相対する存在として『シンデレラの物語のマイナス面』を抽出してキャラ造形した。
第1話でトオルに敗北したアグネスは、それからも懲りずにエリナにことある毎に嫌がらせを実行していく。
しかしトオルや新たな仲間達と出会い、それまでの大人しく臆病な性格から明るく変わり始めていたエリナは、アグネスからの嫌がらせに屈しない。
自分の思うように事が進まない事へのイライラが募ったアグネスは、ついには学園を抜け、世界を滅ぼそうとする敵対勢力に付いてまでエリナを苦しませようとする。
この辺りの完全な敵キャラクターになったアグネスのはちゃめちゃっぷりと言ったら我ながら凄い展開だった。
何せ、それまで自分の取り巻きだった学園の同級生達を次々と虐殺し、死んでいく級友達を見て恍惚とした表情を浮かべる程の外道に成り果てたのだ。
その後もエリナへの薄っぺらい嫉妬のためだけに次々と極悪非道な行為を繰り返していくアグネス。
しかし『メルヘン・テール』終盤になると、とうとうアグネスはエリナとの直接対決に敗北、惨めで無様な最期を迎えるのだった…。
…と、このようにアグネス・スタンフォードは『メルヘン・テール』の中でも特に度を超した悪役キャラクターで、作者である私もそのあまりのゴミカスっぷりについつい筆が乗ってしまい、アグネスの非道行為は回を経る毎にエスカレート。
しかし、あまりにもアグネスの外道っぷりを描写しすぎて主人公であるトオル達にとってのカタルシスのあるシーンを疎かにしてしまった結果、アグネスが本格的に敵組織に加入した辺りから徐々に『メルヘン・テール』の読者アンケートは低下し始める。
ついには打ち切りが決定してしまったため、アグネスは『メルヘン・テールを打ち切りに追い込んだ戦犯』としてファンの方の間でもかなり嫌われているキャラクターなのだ。
この漫画に登場する悪役キャラクターの多くには読者が思わず同情してしまう悲しき過去が設定されていた事も、大した理由もない癖にエリナに執着し無駄にヘイトを稼ぎまくったアグネスへの悪印象と悪役としての格の低さが増してしまった原因だったと、後になって私も自己分析している。
そして今、私はそのメルヘン・テールを打ち切りに追い込んだ不人気悪役キャラクター『アグネス・スタンフォード』その人に転生してしまった。
…つまり、このままでは私は原作のアグネス同様ペラペラな理由で悪事の限りを尽くして無惨な最期を迎えてしまう!
そして、もう一つの絶望している理由である『この世界がメルヘン・テールの世界である』という点について。
アグネスの暴走を始め読者がどう思うかを気にせず自分本位な展開を続けて人気を落とし、打ち切り宣告を受けてしまった当時の私は、それはそれは精神的ショックを受けた。
自分が天才で、自分の紡ぐ物語は絶対に面白い物だと確信していただけに、それが読者にウケず呆気なく打ち切られてしまった事に、天狗になっていた時の高揚はすっかり収まってしまったのだ。
…そして、その絶望はついには私の精神まで壊してしまう。
『そっかぁ、ウケないんだ、私の漫画。
…なら、もう良いよね?
本気で描かなくたって』
そう、打ち切りにショックを受けて精神が壊れてしまった私は、打ち切り宣告以降の『メルヘン・テール』のストーリーをどんどん投げやりで適当な状態で描くようになり、やがてはどんどん陰鬱で救いのない雰囲気の漫画に変わっていってしまったのだ。
そのせいで余計に読者から不審を買い、さらにアンケートが悪化したのは言うまでも無い。
そして、全てが投げやりになった私が最後に『メルヘン・テール』の物語で描いたのが、『仲間達が全員死亡し、世界の崩壊をどうやっても止められなかったトオルが、最後に想い人であるエリナの死体と口付けを交わして、世界が終焉していく様子をただ静かに見守る』という終わり方…。
私としては、『三流のハッピーエンドより一流のメリーバッドエンド!!!』という高尚ぶった思想により投げやりなりに美しい終わり方として描いたつもりだったけれど、当然読者からの反応は批判一色。
『一年間応援してきた気持ちを返して欲しい』
『こんな雑なバッドエンド納得出来ない』
『もうお前の漫画は読まない』
その時、私は初めて『自分の好き勝手だけで物語を作ってはいけない』のだと学ぶ事が出来たのだった。
だから2作目の連載である『君の瞳が見たくて』は打ち切りが決まった後も最後まで真面目に描いて、無事にハッピーエンドにしたのをよく覚えている。
…と、この様に、この『メルヘン・テール』の世界では、絶対に回避不可能な世界の終焉というイベントが既に決まっており、何をどうしようが『メルヘン・テール』原作の最終回の時系列に達すれば私達この世界の住人は全員有無を言わさず死亡が決定しているのだ……!!!
「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!!
当時の私ぃ!
何でそんなクソみたいな終わり方にしたのよ!!!
世界の崩壊はどうやっても回避不可能なんて少年漫画でやっちゃダメでしょ、そんなのっ…!
そういう運命を乗り越えてこその少年漫画じゃないのかってんのよぉ…!!!」
7年前の自分の、あまりにも自分勝手で独りよがりな理由により作られた残酷な結末を約束されている世界において、残酷な最期を定められている戦犯不人気クソカス悪女キャラに転生した私…。
状況だけ見たら、よくある乙女ゲームの悪役令嬢転生モノと同じだけど、一つだけ違うのは、ここが過去の私が産みだした打ち切り漫画の物語の世界である事。
つまり、今私が追い込まれている状況は全部、18歳のデビューしたての私のせいで起こっているのだ…!
「こんなの最初っから詰んでるって~!!!
あぁぁぁぁぁぁ昔の私のバカバカバカバカ~っ!!!!!!」
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