第14話 もうこれしか無い
「え~、であるからして、歴史ある我がフェアリー学園に入学する事が出来た新入生ら諸君を我々は快く歓迎するものであり…」
暗い講堂の中で行われる入学式のスピーチもまともに聞かず、私はふと、とんでもない事に気が付いて慌てていた。
…あれ?
このままだと第1話の内容、これ以上進まなくね???
第1話『ピーチ・ミーツ・シンデレラ』の簡単なあらすじとしては、さっきのトオルとエリナのファーストコンタクトの後、入学式終了後にエリナが義姉のアグネスにメルヘン能力『灰被らせの悪女』を用いて肉体的に虐められている姿を見たトオルが、いても立ってもいられずアグネスに決闘を申し込む。
”決闘”とはフェアリー学園で正式に定められている校則であり、生徒間で何か争い事があった際に、メルヘンの力を用いた模擬戦を行って勝敗を決するという行為だ。
…まぁ、この手の学園モノにはよくある制度とも言う。
アグネスとの決闘に勝利しエリナを助けるため、トオルはかつて周囲から恐れられ、蔑まれた自身のメルヘン能力を使用する覚悟を決め、見事アグネスに勝利。
アグネスや決闘を見に来た他の生徒からその異質すぎるメルヘン能力に罵詈雑言を浴びせられる中、エリナだけは戦闘後のトオルの手を取り、『私を助けて下さって、ありがとうございます…!』とまっすぐに感謝を伝える。
そんなエリナの言葉に、トオルは初めて自身のメルヘン能力への自己嫌悪を解消し、その力を正しい事に使って誰かを守りたいと思うようになる…という筋書きだ。
しかし、当然ながらこの世界ではアグネス…つまり私がエリナを虐めていない。
アグネスがエリナを虐めないという事は、トオルがアグネスに決闘を申し込む事も無い。
よって、トオルが自分のメルヘンへの自己嫌悪を乗り越える事も無いので、第1話のストーリーが進まず、このままでは『メルヘン・テール』のお話がまともに進行しないのである。
…ちょっとぉ!?
これまずいでしょ!!!
トオルが自己嫌悪を乗り越えないと、今後まともに敵とバトルも出来なくなっちゃう!!!
せっかくエリナを学園に入学させるまでは成功したのに、こんな所で全ての物語がおじゃんになっちゃうなんてダメに決まってる。
世界の終焉を止めるには、絶対にトオルに”主人公”の座に立ってもらわなくてはならないのだ。
でもこのままじゃトオルが自己嫌悪を乗り越えるきっかけが無い…。
私がエリナを虐めるのは当然ダメに決まってるし、どうすりゃ良いのよ~っ!!!
詰み!詰みで~す!!!
はぁ…、結局入学式の内容が全然頭に入って来なかった…。
「アグネス様、どうされましたか…?
何だか顔色が悪い気がするのですが…」
「だ、大丈夫よエリナ。
私はちょっと用があるから、先に寮に帰っててね」
「用…ですか?
わかりました…アイラさんが心配してしまうのでなるべく早めに帰ってきて下さいね」
私はエリナを先に寮に帰し、単独行動を取る事にした。
…本当は第1話のイベントにエリナは絶対に必須だけど、だからってエリナに事情を話すわけにも行かない。
まだ大して面識のない、何なら(エリナにとっては)名前すら知らない同級生が自身のメルヘンに悩んでいる事をいきなり私が知っていたら、あまりにも不自然すぎる。
とにかくここは私一人ででも、何とかトオルの自己嫌悪を解消する方法を考えなくては。
入学式を終えて各々寮に帰って行く生徒達に紛れて、私はトオルを探す事にした。
…それにしても、さっきまでは色々考え事をしていたから気が付かなかったけど、妙に同級生の皆からジロジロと見られているような気がする。
おかしいな、私は皆との面識なんて無いはずなんだけど。
「ねぇ、この辺りで黒い髪の男の子を見なかった?」
と、トオルの行方を聞きたくてちょっと目に入った子に声をかけてみても、
「へっ!?あ、いえ…知らないです……!」
と滅茶苦茶ビビりがら答えられて、答え終わったらすぐに逃げ出してしまった。
うーん…、私の吊り目悪人面で皆を怖がらせてしまっているのか、前世の記憶を思い出す前の私の悪行が広まってて怖がられてるのか。
…両方かなぁ。
エリナも一般家庭出身ながら私の悪名は知ってたし…。
私は悪い意味で有名人なんだろうなぁ。
トホホ…。
皆から怖がられている事にショックを受けながら、私は学園の敷地内を彷徨う。
それなりに長い時間彷徨い、辺りに生徒が見えなくなってきた頃、校舎裏の人気の無い物陰に置いてあるベンチに、トオルが座っている姿を発見した。
私はトオルに気付かれないように、そっと茂みに隠れて聞き耳を立てる。
「はぁ…、この学園に来れば孤児院にいるよりは目立たず穏やかに過ごせると思ったけど、やっぱり目立つなぁ…。
黒髪の東洋人なんて俺だけだし、皆からジロジロ見られるのもそりゃそうかぁ」
ため息をつきながら物思いに耽っているトオル。
私はこのシーンも知っている。
『メルヘン・テール』第1話中盤で、改めて自身の存在の異質さを実感して打ちひしがれているトオルの場面だ。
実際の第1話では、さっきのトオルの吐露の後にトオルの生い立ちが簡単に回想されている。
トオル・ナガレはアーカイブ王国から遥か遠く離れた場所に位置する東洋の一国を出自に持つ、希少な一族の末裔として生まれた。
人里を離れた山奥で、父と母とトオルの三人で自給自足の生活を送っていた一家だったが、トオルが4歳になったある日突然謎の魔物(←実は後にこの漫画の敵組織と関係がある存在である事が明かされる)に襲撃されてしまう。
命に替えてもトオルを守ろうとする父と母。
何も出来ない無力な自分に絶望したトオルは、その絶望の感情を起点にメルヘン能力に覚醒する。
しかし、トオルが手に入れたその能力はあまりにも強力すぎた。
激情に駆られ、為すがままに魔物に攻撃を加えるトオルだったが、魔物と一緒に自分を守ろうとしてくれた父と母をも巻き添えにして魔物を倒してしまう。
『…え?パパ…?ママ……???』
魔物の亡骸と共に転がる、傷だらけの愛する両親の死体。
『…うそ、でしょ?』
やったのは、自分。
『あっ…、あぁ、うあ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”っ......!!!!!!!!!』
自身がさっき倒した魔物とほとんど同じと言っても過言ではない程醜く汚い雄叫びを、僅か4歳にしてトオルは発する事となった。
その後、トオルは一人で町まで降りて、孤児院に預かってもらう事になった。
しかし、周囲の子供達とは大きく異なる東洋人らしい黒髪と顔つきから他の子供達からは虐められ、その事に我慢出来なくなった際につい咄嗟にメルヘン能力を僅かに発出させてしまうと、その異質さと強大すぎる力の雰囲気から、周囲からの目は見下しから恐怖へと変わった。
時には虐めずにトオルと親しくしようとする子供もいたが、メルヘン暴発事件の後には誰一人としてトオルには近付かなくなった。
大好きな両親を殺し、皆から腫れ物の様に扱われるようになった全ての原因は自身のメルヘン能力。
トオルは自分と、自分のメルヘン能力をこの世の何よりも嫌うようになった…。
うぅ…、何て可哀想な生い立ちなの…!!!
誰よぉ!この子にこんなひどい運命を背負わせたのはぁ!!!
……あ、作者の私だわ。
「ごめん、トオルぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!」
「うわぁっ!?!?!?」
突如聞こえてきた大声に、トオルはビクッと体を震わせた。
…あ、ヤバ。
ついうっかり大声を出しちゃった!!!
「だ、誰!?
誰なんです!?!?!?」
…流石にここから逃げるのは無理かぁ。
観念した私は茂みから出てトオルの前に姿を見せた。
「あれっ、あなたは確か…さっき俺を助けてくれた人と一緒にいた…」
「えぇ、その通りよ。
勝手にあなたの独り言を聞いてしまってごめんなさい…」
「いや、それは良いんですけど…。
何で俺の名前を知ってるんですか?」
ゲッ、まずい。
まだクラス発表とかもされてないから、現時点で私がトオルの名前を知っているのはおかしい。
どう言い訳しよう…。
「えーっと、その…。
あ~、そうそう!
あなたの事が気になって、先生に名前をお聞きして知ったわ!」
…ちょっと苦しい気もするけどまぁこれで良いか!
「気になった、って…やっぱり俺が東洋人だからですか?それとも…」
その言葉の先に続くのは、十中八九”メルヘン”という言葉だろう。
「…ううん。
さっきエリナ…、あなたを助けた金髪の女の子と話していた時から、あなたがやけに苦しそうな顔をしていたから」
「そっ…、そんな。
初対面の俺のためにわざわざ…。
なんか心配かけてしまってすみません」
ペコペコと頭を下げるトオル。
その仕草は随分と謝り慣れているように見える。
きっと孤児院でも事ある毎にこうやって謝る機会が多かったのだろう。
「…俺、子供の頃に自分のメルヘンで大切な人を…傷付けてしまって……。
こんな見た目だから誰とも馴染めなかったし、それに加えて強力すぎて制御出来ないメルヘンで皆から怖がられて……。
この学園に来れば孤児院にいるよりは居場所が見つかるのかなぁと淡い期待で来てみたんですけど、やっぱりダメですね。
東洋人は俺以外いないみたいだし、かなり注目されちゃってます。
せめて制御出来ない力の使い方をこの学園で学んで制御出来るようになりたいんですけどね!ハハハ…」
トオルは無理に笑いながら、私に話せる範囲で自身の生い立ちを話してくれた(私は全て知ってるけど)。
「…そっか。
それは…辛かった…ね……」
…私が作者として仕組んだ運命に翻弄されるトオルの姿を見て、私は罪悪感に襲われた。
トオルがこんなに苦しんで絶望して自己嫌悪に陥ってるのは、全て作者たる私が物語が面白くなるように設定した経緯のせいだ。
トオルの苦しみは、苦難は、私が原因なのだ。
作者として漫画の物語を盛り上げるために悲惨な過去を設定するのは当たり前の事だ。
だけど、実際に自分がその物語の中に入って、自分が設定した過去に苦しんでいるキャラクターを見る事は、やっぱり辛かった。
…エリナを原作の悲惨な運命から救えたように、トオルの事も、救いたかった。
彼を生み出した、この漫画の作者として…!
「…なんか、すみません。
俺の事情を一人でくっちゃべっちゃって…!
困りますよね、こんな事話されても。
俺、そろそろ行きます。
気にかけてくれてありがとうございました…!!!」
そう言い残して、トオルはベンチから立ち上がった。
まずい、このままじゃトオルは帰ってしまう。
きっとこのままトオルを帰してしまったら、トオルは本来今日この日に乗り越えるはずだった自己嫌悪を引きずったままになってしまう。
それじゃダメだ。
「あっ…、待って!!!」
「えっ…?」
今にも立ち去ろうとしてるトオルを呼び止めたは良いけれど、ここからどうトオルの心を救えば良い!?
うわああああああっ!!!
わかんねぇぇぇぇぇぇっ!!!
「あのっ、えっと、その……!
…私と、決闘しましょう!!!」
「……、えぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?」
…ごめん、トオル!
私にはもうこれしか思いつかなかったよぉぉぉ~!!!
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