第15話 桃太郎vs悪女
「…アグネス様!?
帰りが遅いと思って探してみれば…、これは一体どういう状況なのですか!?」
学園敷地内にある模擬戦用闘技場は、授業で使う時以外ならいつでも誰でも使う事が出来る。
その闘技場の客席に来てくれたエリナが困惑しているのも当然だった。
「ごめんエリナ…!
色々あって、あの人と決闘する事になったの!!!」
「いやいや、全然わからないですよ!
何でアグネス様とさっき僕が助けたあの人が決闘するんですか!!!」
「…どうしても、私はあの人と…トオルと戦わなくちゃいけないの!
彼を…助けたいの……!!!」
「アグネス様……、わかりました。
けど、僕を助けに来てくれた時みたいな無茶はしないで下さいね!?」
私はこくんと頷く。
本来であれば既に新入生は皆寮に帰っている時間であるため、幸いにも観客席にはエリナを除いて誰もいない。
本来正式な決闘であれば、審判を務める教師の立ち会いが必要なのだけど、これは何かの揉め事を解決する事が目的の正式な決闘ではないので、審判はいなかった。
奇しくも見せしめ的にトオルを痛めつけるためにアグネスが大勢の観客を呼び込んだ原作第1話の状況とは正反対だ。
「えっと…、アグネスさん。
これは…どういう意図の決闘なんでしょうか……?」
「…そうよね。
あなたにとってはいきなり決闘を申し込まれて、きっと混乱していると思う。
けど、私はトオル…あなたの思いを聞いてどうしてもそのまま帰す気になれなかった。
さっき話してみて、あなたがどれ程優しい人なのかが雰囲気だけでもすごく伝わって来たわ。
だからこそ、あなたが今のまま、自分の事を嫌って、自己嫌悪に陥ってる事が見過ごせない!
さっきあなたを助けたあの子…エリナも、今のあなたと同じ苦しみを感じていたの。
だから余計にあなたの事が放っておけないのよね」
…我ながら、滅茶苦茶自分勝手で無茶苦茶な事を喋っている。
いくら身内が似たような悩みを抱えていたからって、会って1時間も経っていない相手にもお節介をかけようとするのはヤバい人だ。
けど、この世界を救うためには絶対に今日、この瞬間、トオルの自己嫌悪を解かなければならない。
何故なら、明日以降どんどんトオルに主人公としての苦難が襲いかかるからだ。
トオルには今立ち直ってもらわないと、その明日以降のイベントを乗り越える事が出来ない。
だからもう、これしかない。
トオルには悪いけど、この無茶苦茶な理論に付き合ってもらって自己嫌悪を解いて貰う!!!
「…あなたの自己嫌悪の元は、そのメルヘンの力でしょう?
だったら一日でも早くその力を使いこなせるように、実戦を行うのが一番だと思わない???」
「いや…、ダメですよそんなの!
俺の能力を使ったら…、きっとあなたを……殺してしまう!!!」
「大丈夫よ!
私はこれでも凶悪なメルヘン使いと戦って生き延びてるもの!
そんじょそこらのメルヘン使いとは経験が違うんだから!!!」
…生き延びたのはエリナのおかげだし、経験が違うとか言ってるけど実戦経験はあの時の誘拐事件の時のあれだけだけど、この際そこは一旦無視する。
「それでもダメですって!!!
俺の力は…、全ての人を傷付ける最悪の力なんです!!!
絶対にタダじゃ済まない!!!
お願いですから、こんな事今すぐやめてください!!!」
流石にそう素直に決闘には応じてくれないよねぇ。
……仕方が無い、ここは最後の手段だ。
私は悪女、アグネス・スタンフォード。
悪女は悪女らしく、強引な手段で事を進めるしかない。
私は大きく息を吐き、精神を集中した。
私の中の”アグネス”を表に出すために…。
「……随分と自信があるのねぇ?
その口ぶり、まるで”アタシ”に勝てるのが当たり前みたいじゃない」
「えっ…!?」
目の前の相手の雰囲気が突然豹変し、トオルは驚いているようだ。
…よしっ!
何とか部分的にアグネスとしての”アタシ”の性格を引き出す事に成功した。
エリナに無意識のうちに色々と言ってしまったあの日以来、心の奥底に閉じ込めていた前世の記憶を思い出す以前の”アタシ”。
それを一部分だけ、表面的に出す事で、渋谷翼である”私”としての意識を保ちながら”アタシ”として振る舞う事が出来るのだ。
ぶっつけ本番で出来るのか心配だったけど、上手く出来たみたいね。
トオルを焚きつけるには、きっとごく普通の現代人である”私”としての性格では出来ない。
プライドが高くて傍若無人な振る舞いのアタシだからこそ、原作の『メルヘン・テール』のようにトオルをやる気にさせられると考えたのだ。
「そこまで言うならやってみなさいよ、トオル・ナガレ。
あなたのその最悪の力とやらを使って、このアタシを倒してみれば良いじゃない!」
「だから、そんなの出来ませんってば!!!」
トオルがそう言った瞬間だった。
バァン!!!
「っ!?」
トオルの足下で、轟音が響く。
アタシの『灰被らせの悪女(シンダース・イーヴィル)』の能力を使用し、私の周囲に灰を降らせ、トオルにダメージが入らないギリギリの位置で爆発させたのだ。
…ちなみに、何で灰の任意着火が出来ないアタシが能力を使えているのかの説明は一旦省く。
「…次は当てるわよ?」
「そんな…、無茶苦茶すぎる……!」
命の危機を感じたのか、トオルの目つきが明らかに変わった。
「あ、アグネス様…、何もそこまで……」
エリナも客席からアタシの暴挙に困惑していた。
悪いわねエリナ、今のアタシにはもうこれしかないの。
「やっとやる気になったみたいね。
さぁ、始めましょう?
ルールは簡単、相手をこの闘技場の場外に追い出した方の勝ち。
正式な決闘では重度の怪我を負わせたり相手を殺す事はルール違反だけど…」
アタシは一気に前に踏み出し、トオルの目の前に近付く。
「くっ!?」
「この決闘にそんなルールは無いわ!!!」
トオルの至近距離で灰に着火させる。
大きな音と光、熱が闘技場に広がった。
何もガードしていなければ、ダメージが入っているはずだ。
…しかし、そうはならなかった。
「はぁ…、はぁっ…!」
爆炎が収まり煙が晴れた後には、僅かに後ずさったトオルが右手に何やら得物を握ってアタシの攻撃を防いでいた。
それは日本刀だった。
さらに、日本刀の刃からはわずかに水が滴り落ちている。
「へぇ…、それ、カタナって言うんだっけ。
それがあんたのメルヘン能力ってワケ?」
何て問いただすように言うけど、当然トオルのメルヘン能力を設定したのは前世の”私”なのだから全部知っている。
主人公、トオル・ナガレのメルヘン能力の名前は『一騎桃川(いっきとうせん)』。
具現化した日本刀から水を発射し、ウォーターカッターの様に切り刻む能力だ(ちなみに、ネタバレすると後々犬・猿・雉を召喚してお供として使役出来る能力にも覚醒するが、現時点では使えない)。
まず日本刀が出て来る時点で西洋が舞台の『メルヘン・テール』のメルヘン能力の中ではビジュアルとして異質だし、さらにはこの能力、本人が言っているように激流の川さながらの勢いで出て来る水の制御が難しい。
よって、制御が上手くないと水が暴発し、使用者であるトオルの意思に反してあらゆる物を傷つけてしまうのだ。
かつて、トオルが愛する両親を殺してしまったのも、この制御不可能の激流のウォーターカッターによって胴体を切断してしまったがためだった。
どうやらトオルは最低出力で『一騎桃川』を発動する事で僅かに水を出し、アタシの爆炎を消火する事でガードしたようだ。
「な~んだ、全然制御出来るじゃない」
「これでも…、滅茶苦茶頑張って出力押さえてるんすよ……!!!」
明らかにトオルの右腕がプルプルと震えている。
本当にギリギリの所で制御しているようだ。
「じゃあ…、いつまでそのギリギリの状態が続くのか試してあげましょうか???」
アタシは右手と左手に持った赤く透き通る石を構えると、勢いよくその二つの石をぶつけ合う。
瞬間、再びトオルの至近距離に爆発が起きる。
咄嗟に刀から僅かな水を発射し、爆発を阻止した。
しかし、これでは終わらせない。
アタシはもう一回、二回、そして三回、二つの石を勢いよくぶつける。
石を一度ぶつける毎に、トオルの目の前に三度の爆発が生じた。
「グッ、うぅぅ…!!!」
そう、実はこれこそ、灰の任意着火が出来ない今のアタシが狙った場所に爆発を起こす事が出来る秘密なのである。
この赤色の透き通る石の名前は『火打ち魔石』と言う。
『メルヘン・テール』の世界においてごくごく一般的に広まっている石で、二つの火打ち魔石をぶつけ合う事で、自分の視界に見えている好きな位置で火種を起こす事が出来る。
まぁ、簡単に言えば現実世界における火打ち石の役割を担うアイテムだ。
現実の火打ち石と違うのは、この火打ち魔石を使った着火は絶対に失敗しない事、そして使用者の視界に映る場所に自由に着火させられる点だろう。
ちなみに、こういった魔石は実はメルヘン・テールの世界において様々な場面で活用されている。
『水源の魔石』と呼ばれる青い石を二つぶつければ、そこから水が湧いて現実の水道の様に使える。
『電撃の魔石』という黄色い石をぶつけ合えば、電気を発生させて照明として使う事が出来る。
こんな風に、魔石はこの世界のライフラインとして多くの人々にごく当たり前に使われている。
…実はこの設定は、中世ヨーロッパ風な世界で水や炎の扱いをどうしているのかのディテールに拘るのが面倒くさかった”私”が、まるで現実世界のように水道や炎、電気を自由に使える描写を入れられるようにするために作った設定だったりする。
とにかく、フェアリー学園に入学するまでにメルヘンの鍛錬をこなすも任意着火能力を得られなかった”私”は、この世界で当たり前のように使われている『火打ち魔石』を使えば自分の視界に入る範囲内の場所であれば自由に着火させて『灰被らせの悪女』を使いこなせるのではないかと気が付き、これを戦闘に取り入れる事にしたのだ。
ただし、本来の『灰被らせの悪女』は自身の周囲に降る灰を360度好きな位置で着火させ爆発させられる能力だ。
『火打ち魔石』を用いた着火では自分の前方、視界の範囲内でしか爆発を起こせないので、後ろや横の灰を爆発させるには自分自身がその方向を向いて灰を視界に入れなければならない。
また、火打ち魔石で着火出来るのは基本的に一か所のみ。
次の灰を着火させるには、前の灰が完全に爆発し終わって火が消えなければならない。
さっきの三連続爆発も、その前に爆発させた灰の火が完全に消えてから次の着火を行っている。
周囲を振り向かなくとも自由自在に爆発を起こせる原作のアグネスの実力にはまだまだ届いていないのであった。
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