第22話 黒の栞

「黒の栞…、ですって!?」

その言葉に、私は耳を疑った。

何故なら、『黒の栞』とはこの漫画『メルヘン・テール』の敵勢力…、本来であれば、後々アグネスが所属する事になる悪の組織だったからだ。


『黒の栞』、それは世界に絶望し、世界の終焉を望む者達が集まった終末思想組織である。

組織としての全体的な団結力はあまり高くないが、それ故に各々が好き勝手に自分の望む世界の終焉のために行動出来、この『メルヘン・テール』の世界における影響力は計り知れない。

『メルヘン・テール』の世界が最終回で終焉を迎えてしまうのもこの”黒の栞”の計画によるものであり、言わば全ての元凶…、最悪の敵なのである。

原作のアグネスは、いつの間にやらこの黒の栞と結託し、内部情報を組織に流す事で学園を破壊する計画に参加していた。

そして計画の実行日、アグネスは自ら率先して学園の破壊と生徒の殺害を決行。

正式に黒の栞のメンバーとしてトオル達と殺し合う関係性になっていく…。

もちろんその動機は『エリナを苦しめたいから』という薄っぺらいものだったが。


『アグネス様、あなたから溢れるこの世の全てを見下した負のオーラ、そして全てを破壊し焼き尽くす爆破能力…。

我々”黒の栞”と一緒に来れば、その全てを活かす事が出来るのです。

あなたが気に入らない相手だって、あなたの思うままに、好きなように殺して嗤う事が出来る…あなたにとっても悪い話ではないと思いませんか?』

…なるほど、どうやらこの黒いローブの人影は黒の栞の代表として私をスカウトしに来たらしい。

確かに、以前の私のわがまま伝説や悪評、そして『灰被らせの悪女』の爆破能力を聞けば、組織としては是非とも戦力として欲しい人材だと判断してもおかしくはない。

原作では具体的にいつからアグネスが黒の栞と繋がっていたのかの描写は無かった(※私が後付けで急遽アグネスと黒の栞が結託していた設定にしたので)けれど、どうやらアグネスはこのタイミングで黒いローブにスカウトされたという理由付けをしに来たようだ。

「…確かに、以前の私はこの世の全てを見下していたし、気に入らない相手を殺したいと思った事もある。

けれど…」

私は咄嗟に『灰被らせの悪女(シンダース・イーヴィル)』を発動し、黒いローブの方を向いてポケットから取り出した『火打ち魔石』をぶつけ合わせた!

『ッ!?』

黒いローブの頭の目の前で爆発する灰。

「情報が古いわね。

今の私はそうは思わない。

私は、私のせいで過酷な運命を背負ってしまった皆を助けて世界の終焉を止めるために生きている。

世界の終焉を目的にしている”黒の栞”に行くなんてまっぴらごめんだわ!!!」

『…どうやら、交渉決裂のようですね。

仕方がありません、少々手荒な方法であなたを”あのお方”の下へお連れさせていただきます…!』

そう言って黒いローブを脱ぐ人影。

中から出て来たのは…、白い仮面を装着し、赤い頭巾を被った私と同じ位の背丈の人間。

しかし、すぐにそのシルエットは激変する。

何と、目の前の人間の全身が膨張し始めているのだ。

腕や足は一回りも二回りも太く、丸太のようになり、胴体には次々と筋肉がついていく。

いつのまにやら衣服は消え、巨大化する身体は2メートルにも及んだ。

コトン、と白い仮面が下に落ちるが、中から出て来たのはマズルが前に突き出し、鋭い牙を持った獣の顔。

両耳が頭の上に移動し立ち上がると、指には長く尖った爪が伸び、お尻の辺りからは長い尻尾が生える。

全身は茶色い獣毛に覆われているものの、唯一頭部にのみ、先ほどまで装着していた頭巾の色を思わせる赤いタテガミが生えそろっている。

目の前の人影は、あっという間に二足歩行の人狼になってしまったのだ。

「驚きましたか?

これがわたしの能力、『真紅の頭巾(クリムゾン・フード)』です」

人狼の喉から出る声も、先ほどまでの男女どちらかわからない声ではなく、野太く低い獣の声になっている。

「『真紅の頭巾』、ですって…!?」

私は人狼が言い放ったメルヘン能力の名前に驚愕した。

「どうしてあなたが、”もう”出てきているの…!?」

何故なら、『真紅の頭巾』は本来、もっと後の展開で登場する能力のはずだからだ。


『真紅の頭巾』は、本来『メルヘン・テール』の単行本2巻終盤辺りに登場する能力だ。

その名の通り『赤ずきん』をモチーフにしたメルヘン能力で、主な能力は二つ。

一つは、今やっているように人狼に変身する事。

人狼になるとパワー、スピード等、身体能力全般が大幅にパワーアップし、並大抵の人間では敵わない程強靭な肉体を得る事が出来る。

そしてもう一つは、『自分以外の誰かの姿に変身出来る』事。

この能力を駆使する事で、フェアリー学園に生徒として侵入し、黒の栞のスパイとして活動していたのである。

『メルヘン・テール』2巻中盤、学園内にスパイが入り込んでいる事を知ったトオル達は、何としても学園の平和を守るためにスパイの正体を明かそうと決心する。

そしてついに見つけたスパイの犯人、それは同じ1年2組に家庭の都合で少し遅れて入学してきたばかりだった大人しい印象の女子生徒『レスカ・カウエル』だった…!

レスカは三つ編みに瓶底眼鏡をかけたとても目立たない女の子だったが、その本性は残忍かつ暴力的で、さらにレスカとしての外見もまた『真紅の頭巾』の能力で変身している姿のうちの一つに過ぎないと告げる。

結局、レスカの本当の姿はどんな外見だったのか、何故黒の栞のスパイとして活動していたのかについては詳しくは描かれず、レスカのスパイ行為によって黒の栞の構成員が次々と学園内に侵入し、ついでに同じタイミングでアグネスがそれを見計らって生徒を大虐殺する”フェアリー学園崩壊編”に突入。

レスカは人狼に変身してトオルやザックに襲い掛かるが、ザックはトオルやエリナを先に校舎の方へ行かせて自分一人でレスカと戦闘、戦闘シーンカットでレスカはザックに敗北した。

その後、彼女について一切触れられる事は無く、黒の栞が侵入してフェアリー学園が崩壊するというイベントを描くためだけに存在する舞台装置という印象が拭えないキャラになってしまったのだった。

…こうなった理由は、当時の私が”フェアリー学園崩壊編”に筆が乗りすぎてしまい、ぽっと出のただのスパイキャラだったレスカを掘り下げる気が起きなかったためである。

こんなんだから『読み切りは良いけど連載になるとストーリーテリングがヘッタクソな漫画家』って言われるんだろうな~…。


となると、目の前の人狼の正体は間違いなくレスカ・カウエルだ。

けど、作中でも描かれていたように、レスカとしての姿もまた偽りの姿の一つ、結局こいつの本当の正体が何者なのかは作者である私にすらわからない(※設定を決めていないので)。

それに、今の時系列は単行本で言えば1巻の途中辺り。

まだレスカが出て来るような時系列ではない。

恐らく、原作でもこの時期からスパイとして活動してアグネスと接触を図っていたんだろうけども。

戦闘シーンはカットしちゃったとは言え、こんな序盤も序盤で黒の栞の構成員と戦えるのか、私!?

「さぁ、付いてきて頂きますよ…アグネス・スタンフォード様!!!」

レスカ…もとい人狼は物凄い勢いで私に突進してきた。

回避しようにも、人狼が巨体すぎて逃げ切れない!

咄嗟に火打ち魔石をぶつけて爆発を起こそうとするが、もう人狼は目の前に迫っている。

今着火しても間に合わない!

「やっ…、ヤバいっ!!!」

私は思わず目をつぶってしまった…。


「そいつに、手を出すなァっ!!!」

ゴッ!

人狼の顔面に、勢いよく入れられる蹴り。

「と…、トオルっ!!!」

そう、トイレに行っていたトオルが、私の危機に駆けつけてくれたのだ!!!

「大丈夫か、アグネス!?」

「うん、ありがとうトオル…!」

「ところで…これは一体どういう状況なんだ?

この毛むくじゃらの狼人間は敵…って事で良いんだよな?」

そう言って、トオルは右手に『一騎桃川』の刀を具現化させた。

「えぇ、そういう事。

どうやらこの人狼は”黒の栞”の構成員らしいわ!」

私も改めて灰を降らせ、両手に火打ち魔石を構える。

「なっ…、それって確かヤバいカルト組織じゃなかったか!?

じゃあ尚更、ここで戦うしかないってわけか!」


「…フン、一人増えた所でわたしを倒す事は出来ませんよ」

再び巨体を活かし、私達の方へ突進してくる人狼。

しかし、人狼にめがけてすかさず振るわれたトオルの刀に纏う水流が一気に押し寄せる。

「ぐぅっ…!的がデカい方が当てやすいってもんだぜ!」

力勝負に負け、人狼は後ろに吹き飛ばされる。

恐らく広いフィールドで戦えば人狼の俊敏さに翻弄されてしまうだろうけど、幸いここは狭い廊下の中だ。

どうあがいても私達と人狼は一本の道で向かい合って戦わなければならなかった。

「…だったら」

人狼は再び私達に向かって突進する。

同じ手を使った所でトオルの『一騎桃川』を越えられるとは思えないけれど…。

…いや、違う。

「トオル、上っ!!!」

「何っ!?」

人狼はトオルの水に覆われた刀身に当たる直前、なんとその場から上へ高くジャンプした!

そう、この廊下は横幅はそれなりに狭いが上は結構高くまで伸びている。

人狼の巨体であっても楽に飛び跳ねられる位に…!

「ヤバい、アグネスっ!!!」

人狼はトオルではなく、真っ直ぐに私に向かって急降下してくる。

相性の悪いトオルを狙うより私を先に何とかする方が得策だという算段か。

「くっ…!?」

私は右手で周囲に降る灰を掴み、人狼に向かって投げつける。

人狼の巨大な右手が私に触れる直前に、ギリギリ間に合って両手の火打ち魔石をぶつけ合った!

ドガンッ!!!

人狼の視界で爆発する私の灰。

目くらましになっているその隙に私は後ろに後ずさり、無防備になっている人狼をトオルが背中から斬りつける。

「ハァァァァァッ!!!」

ジャキンッ!

相手が相手であるためか、いくらか切れ味を有効化させて放ったトオルの一撃は、かなり深くダメージが入ったようだ。

「グアァッ…!?」

よし、効いている!

「良いわよ、トオル!」

「あぁ、この調子で…!」

「……どうやら、”あっち”の姿になった方が良さそうですね」

えっ…、”あっち”の姿って…。

すると、人狼は再び体を震わせてその場に立ち止まる。

ゴキッ…、ガキッボキッ!

「何だァ!?あいつの体型が…!?」

何と、さっきまで二足歩行に適していた人狼の腕や脚の形が、どんどん細く、人でない獣の”それ”に変化していく。

「ぐ、あっ、ガッ…グオォ……!」

手の形が人間の手から狼らしい縦に長い形に変化すると、広かった肩幅も狭くなって胴体と一体化。

二足歩行で立っていられなくなった人狼は、両手を床について四足歩行になった。

「嘘っ…、完全に狼の姿になった…!?」「なるほどな…、人間体型だけじゃなく狼本来の姿にもなれるってわけだ!」


……いやいや、ちょっと待ってよ。

は???

何それ、私知りませんよ!?

『真紅の頭巾』は人狼になる能力と他人になる能力、この二つしか私は設定していない!

人間体型ではない、完全な狼の姿になれる能力なんて作者である私すら知らない能力なんですけど~っ!?!?!?






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[今後のスケジュールまとめ]

近況ノートでもお知らせさせていただきましたが、本作は5月11日土曜日の第24話の更新を持って毎日更新を一旦終了させていただき、それ以降は5月16日木曜日に第25話を更新し、毎週「日曜日」と「木曜日」の週2回更新に移行させていただきます。


・5月8日(水)~5月11日(土) 第21話~第24話までこれまで通り更新

・5月12日(日)~5月15日(水) 更新無し

・5月16日(木) 第25話を更新 以後、毎週「日曜日」と「木曜日」の週2回更新を目標に更新して行きます(※ただし、筆者の私生活の都合等によりこのスケジュールが崩れてしまう可能性もあるので、ご了承ください)

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