第3章 内通者捜索編

第25話 空いた穴を塞ぐ者

「はぁ~……」

あの事件から数日が経った。

私はため息をつく。

何故ため息をついているのかと言うと、それは当然例の人狼がこの学園のどこかに潜んでいるせいであの時一緒にいた他の4人以外信用出来ない状況にあるからだ。

とは言え、私は元来こんな風に他の人を疑うのは得意じゃない。

幸いと言うべきか前世の頃から私の周りには優しい人達がたくさんいて、裏切られるような経験は無かったから、どうにも他の人の事はすぐに信用してしまう。

それに、常に他の人が『実は悪い人かもしれない…!』なんて疑って生きていくなんて疲れちゃうじゃない。

そんなわけで本当ならこんな風に気を張っているのは嫌なんだけど、事情が事情なので仕方なく、私は教室で自分の席に座っている間も常に周囲を警戒しながら授業をこなしている…もちろん周囲から見て不自然に思われない程度に。

でもやっぱり嫌だな~こんな風に他の誰かを穿った目で見なくちゃいけないのって…。

早く人狼の正体を暴いてもう少し平穏に毎日を過ごせるようになりたいな。

なんて思っていると…。

「あ~らスタンフォードさぁん?

今日もしかめっ面なんかしちゃって、怖い怖い♪

おかげでせっかくの良い気分が台無しですわよねぇ、皆さーん???」

私に声をかけてきたのは、黄緑色のウェーブがかった長い髪が特徴的なクラスメイトのケイティ・アントワネット。

…何だかここ数日やけに彼女とその取り巻き二人に目を付けられる。

「あぁ、ケイティさん。

私に何か用?」

「い~えぇ、別にご用という程大した用事では無いんでけどね?

ほら、この学園は実力主義でしょう?

けれどメルヘン実践学の講義であなたの実力を拝見させていただくと、どうにもあなたはメルヘンの使い方が上手くない。

『入学初日から鬼の形相で決闘を行った恐ろしき魔女』だなんて生徒達の間で噂されている割には随分と貧相な能力をお使いになられるのですわね、と気になりまして…」

「そ、そんなのただの噂よ。

それより、具体的に何が言いたいの???」

初日から鬼の形相で決闘~という噂は否定しつつ(事実だけど)、私はうんざりした顔で聞き返す。

「察しが悪いわね~、つまりケイティ様は『あなたの存在がこの学園に相応しくない』と仰っているのよ!!!」

ケイティの右隣にいる意地悪そうな取り巻きの少女Aがニタニタと笑みを浮かべながらハッキリとそう言葉にする。

「そうそう!

女子寮のメンバーからも滅茶苦茶ビビられてるからどんだけヤバい奴なのかと思ってたらこんなザマで、あたしもビックリしたよ。

我らがケイティ様を差し置いてこんな雑魚が皆から恐れ慄かれてるなんて納得行かないよなァ!?」

ヤンキー染みた取り巻きBもまた、私にがんを飛ばしながらケイティに同調する。

「…というわけでスタンフォードさん。

このワタクシと、決闘で勝負なさい!!!

ワタクシが勝利した暁には、あなたにはこの学園から出て行って貰いますわ?

オーッホッホッホ!!!」

「いえ、お断りします」

私はきっぱりと言い放つ。

何故なら、彼女からの『決闘をしろ』という要請は既に6回目だったからだ。

「はぁぁぁぁぁぁ~ッ!?!?!?」

いかに頭に血が昇った様子のケイティ。

「このワタクシが!!!

既に6回も誘っているのですわよ!?

あなたがワタクシに勝てば、ワタクシを倒したという名誉ある称号がいただけるというのに、何故断るのですか!!!!!!」

自分こそ世界で最も地位の高い存在だとでも思い込んでいそうな程自惚れたケイティの言葉に、私は苦笑い。

「いやいや、常識的に考えて私があなたに勝つメリットより私が負けた時のデメリットがデカすぎるし…」

「何を仰りますの!

ワタクシは”あの”、アントワネット家の長女ですことよ!?

それが何を意味しているのか、それに勝利する事はどれ程の価値を秘めているのか、あなたの低能な頭でもわかるでしょう!?」

「そ、そう言われても……」

ケイティの家系であるアントワネット家は、実はこのアーカイブ王国の王族に仕える側近の家系である。

つまり、アントワネット家は王族に極めて近しい家柄なのだ。

そんなわけで、彼女は自分の家柄に強く深く誇りを持っている…らしい。

すると。

「ケイティ様、どうかお引き取り下さい」

私の後ろから颯爽と現れたのは、ちょうど席を外していたエリナだった。

「以前も申しました通り、アグネス様にはあなたとの決闘の意思はありません。

どうか、今日の所はお引き取りを…」

エリナが険しい顔でケイティに厳しく言いつけると…。


「はぁ~いっ…♡

わっっっっっっっっっかりましたぁぁぁ……♡♡♡」


ケイティの目がハート型になり、メロメロになりながらエリナの顔を見つめてきた。

「け、ケイティ様…何とお労しい姿に…」

「またこれかよ…クソッ…!」

取り巻き二人も呆れている。

そう、ケイティはエリナの美貌にホの字であり、どんなに私をいびっていてもエリナを見た瞬間こんな風に骨抜きになってしまうのだ……。

「あはぁぁぁぁぁぁ…♡

エリナ様ぁ…、是非とも今度ワタクシとショッピングに……」

「ほら、行きますよケイティ様!」

「こ、今度こそ覚えとけよアグネス・スタンフォード!!!」

取り巻き二人に背中を押されながら、ケイティはどこかへ去って行った……。


「またケイティ様ですか…。

面倒なお方に目を付けられてしまって大変ですね、エリナ様……」

エリナはどうやらケイティが自分にメロメロになっている事に気が付いていないらしく、首を傾げながら私に同情してくれた。

「そうね…。

いつも追い払ってくれてありがとう、エリナ!」

「いえ、僕は当然の事をしたまでです。

それにしてもあのしつこさ、アグネス様への徹底的な敵意…、ひょっとしてケイティ様が人狼なのでは……?」

エリナは指を口に当てながら推理するが、

「うーん…。

確信は出来ないけど、何となく私は違う気がするんだよね……」

そう言って、私は机に肘を付けて手に顎を乗せた。


何故私がケイティは人狼ではないと感じるのか、それはケイティ・アントワネットは恐らく原作の『メルヘン・テール』に実在した(と思われる)キャラだからだ。

何故断定出来ないのかと言うと、私がケイティの顔を原作の漫画で見た覚えがあるのは『アグネス・スタンフォードの取り巻きの一人として』、だったためである…。

原作の悪女としてのアグネスは、その類い希なる悪のカリスマ性から学園入学直後から大量の取り巻きを獲得していた、という設定だった(ただし物語のキャラクターとしてのカリスマ性は無い、皆無)。

取り巻きについて名前やキャラクターデザインを作者として完璧に設定したわけではなく、単なるモブキャラクターとしてその場その場で適当に描き込んでいたので、断言は出来ないのだけれど、私のかすかな記憶の中に、『アグネスの取り巻きとしてアグネスの隣でドヤ顔を決めているケイティ・アントワネットと思わしき女性のコマ』があったような気がするのだ…!

え~、つまりどういう事なのかをまとめると。

ケイティ・アントワネットとは恐らくアグネスの取り巻きとして私・渋谷翼が無意識の内に作り出したキャラクターであり、原作と異なり悪事を働いていないアグネス(私)の代わりに彼女がこの学園の1年生の中で幅を効かすボス的なポジションになった、というわけである。

確か…、原作では『序盤にいじめっ子としてエリナに危害を加えるアグネスの隣にいる』シーンと『アグネスが完全に”黒の栞”入りを標榜し虐殺した生徒達の死体の中に混じっていた』シーンを合わせて7コマ位しか出番が無かった、かなりのモブキャラだ。

まさかこんな高飛車お嬢様って感じの性格だとは知らなかった。

逆に原作時空のケイティはどうやってあのプライドの高さでアグネスの取り巻きになったのか不思議になってきたかもしれない(それ程原作のアグネスに格があったのだろうか)。


…言わば、ケイティ・アントワネットとは悪女ムーブをしなくなった私の穴を埋めるために高飛車意地悪お嬢様ムーブを重ねるポジションのキャラだ。

正体をバレたくない人狼がわざわざ私に積極的に決闘を挑もうとするのも変な話だし、ヤツの『真紅の頭巾(クリムゾン・フード)』には成り代わった人物のメルヘンをコピーする能力は恐らく無い。

わざわざ自分のメルヘンを誇示しに行くとは考えにくいだろう。

もちろん、敢えて『真紅の頭巾』でないメルヘン能力を持っているかの如く振る舞って私達の油断を誘おうとしている可能性は0ではないけども…。

ともかく、ケイティの正体が人狼という可能性はかなり低いと考えるのが自然だ。

むしろ、あの取り巻き二人の方があいつの潜伏先としてあり得そうな気も……。


「…ス様、アグネス様!?」

エリナの声が聞こえてきて、ハッとした私は現実世界に意識を戻す。

「ごめんなさい、ついつい色々考え込んじゃって…」

「ですよね…。

僕もあの日から毎日がとても辛いです、皆さんの顔色を常に伺って見なければいけなくて…」

そっか…、やっぱりエリナも辛いんだね。

口にはしていなくても、トオルやアイラさんもきっと辛いだろうな…。

ザックは…元から常に人を疑う性分だからあんまり変わらない気がするけど。

「でも、だからこそ私はエリナを含めたあの日一緒にいた皆の存在が今まで以上にありがたく感じるようになったわ。

余計な詮索無しに心から信頼出来る相手がいると本当に楽だな~、って!

これからもよろしくね、エリナ!」

「っ…、はいっ!

こちらこそ、アグネス様に安心して心を預けて頂ける存在であり続けられるようこれまで以上に頑張ります!!!」

そう言って嬉しそうに宣言してくれるエリナの姿に、私の強張った感覚が少し緩んだ。


その後、メルヘン基礎の講義を受けるために私達は3階の特別教室に移動していた。

メルヘン基礎の講義ではメルヘン実践学程ではないものの少しばかり各々の能力を実際に使用する場面があるので、普通の教室ではなく環境の整った部屋に移動しなければならないのだ。

面倒だが階段で3階まで上がり、廊下の奥まで歩いてメルヘン基礎用特別教室に向かっていると…。

ビュオォォォ…!

「わっ!?」

突如、廊下の窓から突風が吹いてきて腕の中で運んでいた複数枚のプリントが飛んでいってしまった。

ヤバいヤバい、大急ぎで散らばったプリントを集めるが…。

「あっ…、ダメぇ!」

1枚だけ、窓から外に出て今にも下の中庭に落ちそうになっている。

今から手を伸ばしても間に合わない、一体どうすれば…!?

すると…。

「おっと、ウチの出番かなー?」

後ろから声が聞こえたかと思うと、すぐさまピンク色の細長い物体が落ちていく私のプリントを優しく掴んでくれる。

そして窓の中まで引っ張って、私の手元に持ってきてくれた。

このピンク色の細長い物は…、髪の毛!

って事は!?

「危ないとこだったね~?

ほい、プリント!」

私のプリントを拾ってくれたのは、同じ1年2組で私の前の座席に座っている少女、ラプラス・ツェリン。

ツーサイドアップにしたピンク色の長い髪が特徴で、この長い髪の毛を自由自在に動かすのが彼女のメルヘン能力『塔上の姫君(ハイランダー・プリンセス)』だ。

首元には特徴的なネックレスがかかっていて、肌身離さず着けているらしい。

「ありがとう、助かったわツェリンさん!」

「いーよいーよ気にしなくて!

困った時はお互い様じゃ~ん?

もうウチとアグっちはマブダチだし~」

ニコニコと笑いながら私の肩を叩くツェリンさん。

「ま、マブダチって…まだ話すようになってから一週間も経ってない気がするけどな~?」

「んな事気にしなくて良いっしょ~?

大切なのは一緒に過ごした長さじゃなくて、は・ぁ・と!

なんつって、キャハハハハ!」

いきなりエグい距離の詰め方をしてくるツェリンさんに、私は苦笑い。

席が近いのもあって、彼女とは先週辺りから少しずつ話すようになった。

決して悪い人では無いしさっきみたいにプリントを拾ってくれるのはすごく助かるんだけど、如何せん根が明るすぎて、まるで前世の世界における”ギャル”ような人物像だ。

ザック程コミュニケーションが苦手な訳ではないけれど、前世の頃からどちらかと言えばこの手の眩しすぎる陽キャノリは苦手気味ではある私にとってはちょっと取っつきにくい相手である。


…ちなみに、お察しの通り彼女、ラプラス・ツェリンは童話『塔の上のお姫様』をモチーフにしたキャラクターだ。

ただ、彼女は決してメインキャラクターではない。

名前と能力のみ設定した半モブ的キャラクターだ。

確か、『メルヘン・テール』の世界において”どんな能力を持った人物がいるのか”を示すためにいくつか登場させたクラスメイトのうちの一人で、本筋のストーリーには一切絡まずいつの間にかフェードアウトしていたキャラだったと思う。

彼女が人狼であるという可能性も否定は出来ないが、今の所明確な判断材料も無いので確信は出来なかった。


「それにしてもアグっちってば、メルヘン基礎の成績めっちゃ良くない???

いーなー、裏山~!」

「でも、私なんてメルヘン関連の科目がちょっと出来るだけだよー。

普通の座学とかはてんでボロボロで、友達に手伝って貰わないとダメダメだし…。

それに、ツェリンさんも全然成績悪くないじゃん!

この間国語の授業で先生に当てられた時もちゃんと答えられてたし!」

「えへへ~、ありがとー。

けど実はねー、あの時の答え、他の人の答えをカンニングしただけだったり…キャハハハハ!!!」

「そっ…、そうなんだ……」

…やっぱりこの子、ちょっと絡み辛ぁい!

助けてエリナ~っ!!!






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次回は5月19日(日曜日)更新予定です。

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