第17話【第十六章 黒龍】



 ――鉄球。そう、認識出来たのか。それすらもよく判らない。

 ありえない。あり得ない。有り得ない。己に、攻撃が――その意志が、届くなぞ。



 (……小虫……如キガ……!)



 衝撃は、ほんの少し。終末の獣ルドラの本体をほんの少し、撫でるかの様な、そんな衝撃だった。その様なモノで、その様な事で。終末の獣にダメージを与える事など出来ないのだが。



 (天二弓ヲ引ク……矮小ガ……!)



 ――誇りは、プライドは傷付けられた。



 (良カロウ! ナラバ、我ノ本気ヲ、見セテクレヨウ!)



 先程よりも、雷撃が集まってくる。それは、もはや比べるべきではない。プラズマ化した周辺の空気が、大気が振える。それは、間違っても個人に向けて放つ様な攻撃ではない。それは最大出力で放てば、山の一つもクレーターに変えてしまうかの如き代物だった。



 (――食ラエ!)



 それが――アライヴの居た位置に放たれる!





 戦艦キュイラスからも、その光景は見えていた。



 「……何あれ……」

 「あれが……あれが終末の獣の本気……?」

 「おい、どうするんだよ……あんなの、勝てっこないぞ……?」



 それは、誰もが思う事であり。万人の総意でもあり。

 しかし、誰もが同時に思っていた。「それでも、その相手に真っ向から立ち向かったモノ」が居た事を。

 すでにその二人はキュイラスを離れ、どこかに居るはずだが。



 「もう、むしろこっちを狙って下さいよ。そうすれば隊長……まだ、何かできるんでしょ?」



 ウェルビーの言葉は、まるで願いの様に。その場の誰の心にも、届く声だった。





 「……ねえ……何か手、ある?」

 「悪いが、もうない。呆れたかい?」



 その二人は、しかし。互いに微笑んでいた。



 「ううん。意地を張りたいって言うのは、よく判っていたし」

 「……もう少し、ダメージが通るかと思っていたのだが。当方としても、相手の力量を過小評価していたかな?」

 「多少は通ったんでしょ。あれだけ怒ってるんだから」



 先程、もう一度砲撃をしてみて。よく判った事がある。これでは勝てないという事が。

 終末の獣の怒りから生み出されたプラズマ奔流が、周囲に近づくモノ全てを焼き払っているのだ。それは、鉄球が蒸発する位の温度であったのである。



 「だが、プリス。一言だけ言わせてくれ」

 「……何?」



 この期に及んで、愛の告白なのかな――プリスの淡い期待。しかして、当然それは裏切られる。



 「あの子達は、賢い。感情に任せず、状況に流されず――余力を蓄えてくれている。そう……この後に来る筈の隙を、付いてくれるだろう。本能的なものか、知識的な事かはわからんがね」

 「……そう、か。まだ、あの子達が居たんだ……!」



 二人は、ただ……立っていた。武器も持たず、終末の獣(ルドラ)に立ち向かう様に。



 「後は、託した――プリス、我々は……勝ったぞ」

 「……無責任、なんだから。最後まで見届けようよ」

 「出来るなら、見たいものだね」



 光が、発射される。二人は、ただ――手を繋ぎ。そして……。





 全てが――過ぎ去り。

 熱が、辺り一面に飛び散り。或いは炎を伴う地獄と化していた。雷撃がプラズマ化し、大量に放出されたのだ。この様な代物――食らったら生き残るどころか、消し炭さえも残るのかどうか。



 (……少々……強過ギタカ……)



 地表そのものがクレーターの様になっている状況を見て、満足は出来る。だが、それは果たして正しかったのか、否か。改めて地表を見て、そこに不思議なものをみる。それは、長い鉄の棒だった。



 (……?)



 それは、小さな違和感。もう一度、それを見ようとして。



 ――そこに居たのか。



 終末の獣の脳裏に、声が響く。その声は――終末の獣も聞いた事のある声。

 そして――その声の主とは。



 「そ、こ、に――居たぁぁぁぁぁ‼」



 ……これではない。だが、その元気の良い声は、周辺全てに響き渡る声で。遥か遠くから、真っすぐに貫く様な声で。そのものずばり、遥か遠くから真っすぐに突っ込んでくるモノで。



 (――⁉)



 その時、気が付いた。出力を上げすぎたのだ。あれだけあった黒雲が、もう半分近く無くなっている。黒雲は雷撃を造る媒体であると同時に、己を守る鎧でもある。それを――終末の獣は軽々に、消費してしまっていたのだ。

 そうなれば。終末の獣の本体を虎視眈々と狙っていたモノは――容易く発見できる様になる。



 「食らえぇぇぇ!」



 手にしたものは、ガトリングガン。とはいえ、既に弾薬は尽きている。故に――終末の獣は、思い切りぶん殴られた。



 (……⁉)



 なんだ、この原始的な攻撃は。知性も品性も無い、勢い任せのデタラメな攻撃は。だが――だが。



 (距離ヲ……何⁉)



 終末の獣は、距離を取ろうとする。『目』の大きさは直径三メートル。速度は音速を軽く超え、また自慢の黒雲の中に入ってしまえば、発見は困難を極める。実のところ、それは終末の獣の強さを支える土台であったのだ。

 だというのに。この原始的な相手は――こちらの速度に、付いてくるどころか。



 「遅い!」



 エスタの速度は、終末の獣のそれを凌ぐ。黒雲に逃げようとしても、先に回られる。止む無く、周囲の黒雲に雷撃を放たせても。



 「雷撃は、雷撃に引き寄せられる――基本です」



 もう一人、居た。手に持った剣に、雷撃を纏わせ、引き寄せながら。



 「アヤ!」

 「――エスタ、一気に決めよう!」



 終末の獣は、困惑の極致にあった。何故、こんな事に。今の今まで、これ程の力を隠していたモノが、居たというのか。そう――まるで、この時を待っていたかの様に。



 (周到二……仕組マレタ……⁉)



 それは、恐らく言い過ぎである。多分に偶然。だが、しかして――天の時、というものがあるとすれば、正にそれは今の状況であるのだろう。

 そして、終末の獣(ルドラ)にとっても。この状況は初体験であるようで。



 (我ガ……追イ込マレタダト……⁉)



 打撃と斬撃、斬撃と打撃。それは決定打には程遠いかも知れないが――少しづつでも、終末の獣の体表に傷が増えていく。それすらも終末の獣には俄かに信じがたい事なのだ。圧倒的な火力と、無敵の防衛機構を備えているのが終末の獣の本質であり、それは事実であったのだから。



 (……認メヨウ。オ前達ガ『敵』デアルト)



 故に、終末の獣は思い直した。勝たねばならない。何故ならば、己は、我は、終末の獣とは。そうあれかしと、そうであれと、造られたモノであるのだから。



 (誇レ。戦神――我ト、戦ウ栄誉ヲ与エヨウ!)



 「へ⁉」

 「……何、これ⁉」



 終末の獣の『目』――それは、黒雲を生み出す。そして、黒雲からエネルギーを吸収し、放出する。そうしたサイクルが終末の獣の攻撃には必要となる。ならば、周囲に常に黒雲を纏い続ければ――どうなるというのか。



 「アヤ……!」

 「これが、終末の獣……!」



黒き体は、雨雲の変質した姿。『目』が動き、それに追従するかのように。細長く、何処までも長く――動く姿はまるで風の様に。それは、太古の伝承にもある姿であり、かつての人類もまた見据えた、憧れた姿でもある。

それは、誰が見てもそう言うだろう――黒龍、と。

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