第6話【第五章 北部前線基地周辺掃討戦その1】



 誰に、何を言われても。特にぴん、と来る事も無い。

 誰が、何を言おうと。特に改めようとも思わない。

 ――誰が、何と言おうと。儂は、儂だ。『儂』以外にはなれない。



 「心のままに、赴く事。これこそが、『儂』だ!」



 沸き立つ気持ちが、溢れそうだ。装備した鎧と、武器弾薬がそうした気持ちを少しは抑え付けてくれるが。高揚とした気持ちで武器庫を歩み。武器を持ち、武器を持ち。武器を持ち。武器を持ち、武器を持ち、武器を持ち。持てる場所がなくなるまで、それは続く。

 で、結果として。



 〈トリガー、発進許可許諾。でも……それ、飛べるんですか⁉〉

 「なあに、やってみなければわからんだろう?」

 〈いや誰でも判りますよ‼〉



 誰が見たって、過積載。武器ダルマとしか言い様が無い有様で、飛ぶ事が出来るだろうか。というか、それを飛ぶというのだろうか。

 冗談ではない。冗談にならない。冗談にしても程がある。とはいえ、誰もが理解している事だ――トリガーに、正論は通用しない、という事は。正論だけでもないが。もはや議論をする必要性を感じられず。特務部隊専属オペレーターであるウェルビーは、溜息と共に発進許可を出す。



 〈もう好きにして下さい。発進どうぞ!〉

 「おう! トリガー、先に行くぞ‼」



 誰もが想像できた通り――案の定、墜落した。もっともトリガーの事はいつもの事なので、追加で腰にも風の靴を帯びている。それらの出力を上手く使って、何とかするだろう――それは、実のところ何時もの事であり、皆の意見が一致した瞬間だった。

 ……何だ、これ。





 さて、戦艦ランドシップキュイラスは甲板上。



 「これが、君達が運ぶ爆弾だ。大きいだろう?」

 「……これ、確かに一人じゃ持てないかな……」

 「二人なら持てる、っていう訳じゃないですけどね……」



 ファスに連れられて、エスタとアヤ。甲板上では、機材の最終チェック、武器の調整、出撃準備などなど、様々な事が急ピッチで行われている。プリスなどは何人いるのか分からない程の仕事ぶりだ。爆弾のサイズは、二メートルほどの筒と言って良いのか。この時代には既に廃れた、弾道ミサイルというものに酷似している。

 現在の時刻は十五時。もうすぐ夕闇がやってくる時間帯だ。



 「今回の作戦では、この爆弾を死守、敵本陣に運ぶ事が君達の作戦目標だ。これは理解したね?」

 「はい」「そりゃまあ」



 ファスは満足げに頷く。作戦会議にはこの二人もいたが、聞いていないのはファスも理解している。それ故、追加講義――確認を行っているのだ。



 「この爆弾は、時限式だ。ガープマンタの巣に妨害電波やジャミングが発生している状況を想定しておかなければならない。確認が出来ないから、という事だ。つまり……この爆弾は、時間経過で『どこでも爆発する』事を、よく理解してもらいたい」



 その声音は、理知的なものだ。聴く者に落ち着きを与える声音だ。

 だが――エスタとアヤにとっては、内容に問題があった。



 「い⁉」

 「ええ!? てっきり後で起爆させるものかと⁉」

 「そうもいかない。そして、起爆は早めに行わないと、君達の生存が保証できない」

 「何言っているの⁉」「おかしくないです⁉」



 やれやれ、やっぱり聞いてなかった。ファスは嘆息するが、それはおくびにも出さない。彼女達が最も危険な場所に行く以上、万全を期す必要があるのだ。



 「敵本陣は、ガープマンタの巣だ。秒単位で殲滅せねば、君達の命が危うくなる。そして――君達の最高飛行速度は、実のところ部隊最速だ。それがあるから、年少の君達を爆弾搬送などと言う危険な役目に付けなければならない。繰り返すが、この任務において必須となる生存能力の向上は――君達の基礎能力に掛かっている」

 「……オイラ達なら、爆発範囲から最速で逃げられる、と?」

 「そういう事だ。検討を祈るよ――某の爆弾は優秀だ。上手く逃げ延びたまえ」



 ファスは踵を返して、去り。他の準備に忙しそうだった。エスタはアヤと顔を見合わせ。



 「「……とんでもない事になってきた……」」



 と、肩を竦め合っていた。





 ……しばらく後。トリガーが配置に付いた事を観測班が確認し。



 (全将兵へ、時計合わせ! 今回のミッションは、秒単位の管理が求められる! 改めて時計を確認せよ! ……よろしい、作戦開始‼〉



 アライヴがそう放送を行い、先陣を切る。そして、エスタとアヤも。二人でワイヤーに繋がった爆弾を前後で支えながら。



 「エスタ、いきまーす!!」

 「アヤ、推して参ります!」



 で、最後の一人。チャックだが。



 「……わりい、飲み過ぎた。隊長、後は頼んます……」



 と、のたまう姿が甲板上で発見され。問答無用でプリスに射出されていた。





 「こちらも始めるわよ。トリガーが始めちゃったら、こちらも呼応しないと。そうしなきゃ総崩れになっちゃうからね!」



 甲板上の仕事を終わらせて、プリス。戦艦キュイラスの作戦指揮所に入る。そして件のごついゴーグルを装備して。



 「甲板上、及び対空防衛についてはファス。アンタ指揮して、出来るでしょ⁉」



 プリスの少々焦った言。しかし、返ってくる声はのんびりしたもので。



 〈そう怒鳴らなくても聞こえているよ。アレかい、ヒステリーかい?〉



 プリスにとって、ファスとはストレスの貯まる相手ではある。互いに言いたい事を言える間柄でもあるが。



 「そういう事、言っている場合⁉ アンタねぇ‼」



 とはいえ生真面目と、趣味に対しての真面目。水と油の様な関係性でもある。信頼はしてはいるのだが。



 〈何、某は天才だ。こなして見せるとも。よい、しょっ……と〉

 「……何、それ? こっちからでは確認できないけど」



 ファスが取り出したもの、それは――超望遠レンズを付けたカメラだった。



 〈ああ、これ? 何しろ世紀の爆発だ。記録映像を取らなければ学徒とは言えないだろう?〉



 これだもんなぁ。

 ……プリスは力尽きそうになった。





 ――夕闇の、帳が降り始める。



 「来たなぁ……獲物がぁ……‼」



 さて、この悪役としか思えない発言は誰のものだろうか。しかして彼は、理解していた。自分は、この世には居場所が無いのだと。だがしかして、そんな事がどうでも良くなるくらい『銃を撃つ事』に意義を見出していたのだ、と。

 がちゃりと、銃を構え。その重さ、そのフォルム。そして、そこから生み出される破壊力。それらは、トリガーと言う人間に生きる希望と渇望を与えてくれる。つまり終わらない悪夢である。

 ある意味では幸せなのだろうか。心のままに、破壊を行う。それが認められた世の中であるという事は。



 トリガー。『どうしてだか生き残る男』、『誰からも死を望まれているのに、生き残る男』という散々な評価を受ける人間――なのかどうかも判らない生体。だが、こと攻撃力と殲滅力において、この個体を超える存在は、そう存在しない。

 何しろ、飽きることなく、諦める事をせず。ひたすらに攻撃を加える――その行為に一切のブレが無いのだから。



 「時間だ。始めるぜぇぇぇぇぇぇ‼‼」



 獣の咆哮が、重機関銃の爆音が木霊する。それは戦闘開始、作戦開始の号砲であった。





 その状況は、戦艦キュイラスでも把握されていた。



 「トリガー、戦闘開始。ガープマンタの巣から、大量に獣が出撃してきます‼」

 「巣の傍だから、そりゃあ来るわよね……こちらも行動開始‼ ファス⁉」



 プリスが通信機に怒鳴る。準備できてなかったらただじゃおかない、そう言下に言いながら。しかしファスは直ぐに応対した。



 〈兵員は戦闘経験の量でレベリングしてからバランス調整、シャッフルして新兵を加え、スリーマンセルを組ませている。こちらは準備オーケーだよ。防御壁の構築を頼むよ――副官殿?〉



 頼りになるのか、ならないのか。しかして、プリスは顔には出すが声には出さない。代わりに。



 「戦艦キュイラスより二百メートルの箇所に機動防壁を展開します! 各自、応戦開始して‼」

 〈了解。兵士諸君、発進! キュイラスからの支援砲撃は期待しても良いんだね?〉

 「当たり前でしょ! ――各砲座、個別に判断を許可します。有効範囲に入り次第、砲撃開始!」



 トリガーが攻撃し、雲霞の如くガープマンタが押し寄せてきている。その導線に側面から攻撃を仕掛けようというのだ。機動防壁を空中に造る事で、疑似ではあるが塹壕戦の様に動く事が可能となる。それでも、数の差は圧倒的なのだが。背中にぞくりとしたものを感じながら、プリスは唾を飲みこむ。



 (……頼むわよ、ファス……)



 とはいえ――出撃していくファスが抱えたモノが、相変わらず超望遠カメラだった事に、プリスは絶望していた……。





 ガープマンタは、夜目が効かない。それは通説ではあった。

 そもそも、生体として夜目が効く、というのは進化をしたという意味であり。或いは――そうしなければ生き残れなかった、という証左でもある。他の生体と比べ合いをして負けたから、そういう進化をしなければならなくなったのだ、とも。

 では、ガープマンタは何故に夜目が効かないのか。そうした進化を必要としない――つまり、彼等はこの地域における勝利者だという事なのである。



 「故に、今回の作戦は夕闇……奴等が動き辛くなる時間帯を狙う。合理的だろう?」



 地表スレスレを飛びながら、アライヴ。爆弾を抱えたエスタとアヤは、おっかなびっくりついていくだけだ。だが、アライヴは二人の評価を改めていた――この速度でも、警戒しながら付いて来れるのか、と。



 (……いや、参るね。たかだか数年でこんなに義体の性能、底上げが成されている?)



 自分の義体と比べても。基礎出力、そして速度、反応性。そのどれもが、エスタとアヤの義体は優れている。早い話、まるで別物の様な性能差なのだ。その事に驚きと感謝を抱きながらも。

更にその遥か後方。ぐでんぐでんになりながらもチャックも付いてくる。こちらはかなり必死である。嘔吐しながらだから、そうもなる。どういう義体だ。言うまでも無い事だが、この様な状況では性能どうこうという話ではない。



 「た、隊長……待って……!」

 「早くしろ、チャック。十秒後に始めるぞ」

 「うへ⁉」



 アライヴは、スピードを落とさず。異常にごつい背部バックパックから、砲身を引き出す。二つ折りに畳んである、その長大な砲身――或いは、鉄の塊は。



 「八十八ミリ砲――これなら、お前達を起こすには十分だろう? なあ……タガメバチども⁉」



 それは、個人が持つには大き過ぎる。かつては対空砲として、或いは対戦車砲として。台座または車両に搭載して使用するのが前提の、正に大砲だ。戦艦キュイラスに据え付けられているのも八十八ミリ砲なのだから、その規格外さが伺える。それを二つ折りとはいえ、携行しているのがアライヴという存在なのである。

 当然、空中で撃てば反動で失速する。それ故、アライヴは手近な地上に降りて、義体を固定。そして――時間を確認し、迷う事無く砲撃を行う。

 轟音、爆音はすさまじいモノで。夜空に騒音が響き渡り。タガメバチが活性化する。タガメバチが威嚇しながら、こちらに飛んでくる事を確認して、アライヴが叫ぶ。



 「よし、逃げるぞ! 逃げる先はガープマンタの巣だ――遅れるな‼」



 アライヴを先頭に、エスタとアヤ、そしてチャックがタガメバチに追い立てられる様に。或いは引き連れていくかの様に――ガープマンタの巣、その方面へ向かっていく。そして、すぐにガープマンタ達はその侵入に気が付き、迎撃行動に移るだろう。

 ガープマンタとタガメバチの混戦を引き起こし、その間隙を狙う――これが、アライヴの策であった。

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