第7話【第六章 北部前線基地周辺掃討戦その2】



 あらゆる生体には、縄張りというものが存在する。

 虫には虫の、動物には動物の。そして、人にも――領土や国家と名前を変えて。

 そして、ガープマンタやタガメバチといった『終末の獣ルドラ』の眷属たちにも。

 何故、縄張りというものが発生するのか? 答えはシンプルだ――生体維持のため、つまりは食料を確保する必要が、あらゆる生計維持に必要だからだ。それは誰しもが形を変えて、行っている事と一致する。

 では、その縄張りが重なったり、或いは侵食してきた場合はどうなるのか。それが『縄張り争い』という行為であり、『戦争』とほぼ同義となる。人だけが争い合いをしてきているのではない。あらゆる生体が、生き残るために、生き延びる為に行ってきている事なのだ。人だけが殊更言われるのは、その規模が余りにも大きくなってしまったから、ではあるだろうが。



 「ガープマンタやタガメバチの生態がどうなのか、までは詳しくは知らん。興味はあるがね――だが、捕食を主とする生体同士が、同じ場所に存在したら。それは、『仲良く共存する』などという事が、有り得るのかね?」



 アライヴのその言は、誰もが納得せざるを得なかった。だから、この策なのだ。今、アライヴを先頭にエスタ、爆弾、アヤと続き。そして最後方に後詰のチャック。「置いて行かないでくれぇぇぇ‼」とか騒いでいるが、誰も気にしない。

 そして――その後方から。奇怪な羽音と、牙を打ち鳴らす警戒音。金属の壁すら容易く切り裂く牙と、瞬間的には音速を超える突進能力を持つ――タガメバチ。それが、正に雲霞の如く追ってきている。縄張りで轟音を出せば、そうもなる。



 「考えてみれば、タガメバチとガープマンタって似てない⁉」

 「そう思うけど、今する話じゃないよ⁉」



 エスタとアヤの会話である。そんな会話を横目で聞きながら、アライヴはこの先を見据えていた。



 「さあ、出てこいよ――ガープマンタども。お前達が巣を守りたいという気持ちは、こちらも同じなんでね。まずはタガメバチの巣と、どちらが生き残るか。試してみるのも良いんじゃないか?」



 タガメバチの羽音は、ガープマンタにとっても警報だ。だから、トリガー達が引き寄せた一部のガープマンタ、それ以外の個体が巣穴から出てくる。そしてそれはアライヴ達――その後方のタガメバチの一群に向かってくる。



 「…………」



 アライヴは、ぺろりと舌なめずりをする。下品だと、プリスには良く叱られる仕草だ。だが――こうも思惑通りに事が進めば、嬉しさを隠しようもない。

 遠くを見れば、廃墟となった都市。かつての大都市だったそれは、砂に埋もれながらも、未だに大枠は残されていた。当時から砂漠化が進んでいたから、都市の移動は地下を進む、地下鉄になっていた。それを、アライヴは知っていたのである。



 「さて、過去の資料で確認した限りでは、地下鉄は縦横に繋がれていた。そのうち一本が、巣穴の近くまで届いている――かどうか。細部までは確認できなかったが、分の良い賭けじゃないかね?」



 アライヴ達は、方向を転換する。ガープマンタとタガメバチ、双方がお互いを認識したと。計器やシステムではなく。戦場に流れる風で、把握したからだ。



 「付いて来い! 仕上げに入るぞ‼」



 風が、爆風の様に。まるで木の葉の様に、運命に身を任せ。

 ――だが、木の葉ではない。明確な意思を持って、それらは飛んでいく。そう――獲物を選ぶ、鷹の様に。

 ガープマンタとタガメバチがぶつかり始めるのを横目で見ながら。アライヴ達は、都市へ向かっていた。





 トリガーの状況は、判らない。重火器の音は途絶えていないから、生きているんだろう――何で弾、あんなに持つんだろう。プリスには解らない事尽くめである。



 〈きゃああ⁉〉

 〈うわ……嫌だ、嫌だ‼〉

 〈騒ぐな、落ち着け! 悲鳴ではなく、銃を撃て‼ お前達の前には、敵しか居ない! 味方には当たらんよ‼〉



 前線は、混乱状態にあった。一人か二人が食われれば、新兵は恐慌状態に陥ってしまう。被害は増えるばかりだが――こればかりは仕方ない。織り込まなければならない状況だった。

 ファスも良く指揮をしてくれているが――ついでに写真も撮っていたので、後で処分しようとは思っている――それでも、どうにもならない事はあるものだ。



 「ファス! アンタの前面に、機動防壁を展開するわ‼ 上手く使って‼」

 〈ありがたい! ついでに気付けになるだろう‼〉



 機動防壁が動き出す。その前にファスが動いた。腰からグレネードを引き抜くと、そのまま投擲したのだ。それは機動防壁の向こうへ――機動防壁が後から動いたので、そうもなる――消え、爆発を引き起こす。閃光と爆音が、周囲に広がっていく。それはファスの望み通り、皆の意識を引く事にも成功していた。

 そうした時があれば――命令は通る。



 〈よし、負傷者は下がれ! 防衛陣を後退させるぞ‼ 副長殿、頼む‼〉

 「了解! こちらで合わせます‼」



 被害は、三割弱――だろうか。プリスは嘆息する。だが、初陣ともなれば被害は大きくなりがちだ。それを守り切る人員も居ないから、被害は増える一方となる。何とかこの戦いを生き残ってくれれば、次に備える事が可能となるだろう。

――次が、あるのなら。それが、どの程度になるのか。プリスの悩みは尽きなかった。

 そして、プリス達が後退すれば、トリガーはどうなるのか――それは本当に、誰も気にしなかった。





 都市上空に着いた。アライヴは迷わず、地下鉄の入り口を見つける。それは崩れていて、入れそうも無かったが。



 「ここにあるという事は――ビルの中にも‼」



 過去の地図では、あちこちに入り口を確認できていた。また映像でもいくつか確認している。だが詳細までは確認できない――生き残っている衛星が軍事目的のものではなく、気象衛星だからそうもなる。だが、推理は出来ようというモノだ。



 (地下鉄は、入り口がいくつもある。知った時は、随分と無駄な事をするものだ……そう思ったが!)



 そして、アライヴの推理通り。適当に入り込んだビル内に、地下に続く道筋があった。ドアを蹴り飛ばし、侵入する。そして、地下鉄の駅が見えてきた。改札口を飛び越え、一気に駅構内に侵入する。かび臭い、埃っぽい臭いが充満しており、その場に空気ですらも入り込んでいないという証左であった。



 「よし! チャック、この辺で待機‼ この場所を死守しろ‼」

 「……うぃっス。少し休んでおけって事っスか?」



 おどけた様子でチャック。本当に休みたいのもあるのだろうが。



 「休んでも良いが、恐らくあぶれた奴等が来るだろう。食われたければ寝てろよ?」

 「ああ、やっぱり……まあ、やりますよ。吐くだけ吐いて、スッキリしたしねぇ!」



 チャックは、こう見えて歴戦だ。問題はあるまい――問題はこちらの方だ。アライヴはエスタとアヤに向かう。



 「ここから地下鉄構内を通り、ガープマンタの巣に突撃する。その後、君達は君達の判断で爆弾を投下して欲しい。君達の生存は、君達が決める。当方が出来る限り敵は引き受けるが――判るな?」

 「はい!」

 「……やれって事でしょ。言われなくても!」



 上から、轟音が響き始める。捕食生体同士の死闘が始まったのだ。そしてその余波は、拡大の一途となる。直ぐに地下にも、ガープマンタもタガメバチも、入り込めるところにはどこにでも入ってくる。



 「さあて、仕事だ! ガキ共、気張れよ‼」



 狭い路地や階段は、チャックの独壇場だ。チャックの持つ高周波ソードは、分子結晶を破壊する力を持つ。問題は携行するだけで他の武器に干渉してしまうので、それしか持てなくなるのだが――チャックは、それでこそ、というタイプだった。

 ガープマンタ、タガメバチ。それぞれをあっという間に両断しながら、チャックは走り始める。



 「大将、ここは引き受けた!」



 あっという間にガープマンタとタガメバチの死骸、それを量産し始めるチャック。歴戦というのは伊達ではない。それを見て、アライヴは小さく頷く。



 「よし――付いて来い!」

 「「はい!」」



 作戦、最終段階――アライヴの先導で、エスタとアヤは、地下鉄構内を突き進む!





 地下鉄構内は、真っ暗だった。明かりも無いから、そうなるだろう。地上と繋がるのは、曲がりくねった空気ダクトのみで、それも殆どが砂に埋もれてしまい、生体の匂いなど殆どしない。砂漠という地形も合わさって、どの生体からも見捨てられた場所になっていたのだ。

 だから――今回、全ての陣営が見逃していたからこそ。



 「敵本陣まで、後少しだ!」

 「うわお、作戦終了まで後五分だよ⁉」

 「最初から言ってたじゃない! 後五分で、全部終わらせなきゃ‼」



 アライヴは、何となく可笑しかった。初陣の時に、こんなに楽しそうに出来ただろうか。がちがちだったプリスを、何としても宥めようとしか、思っていなかったのではなかったか。



 (いつか、当方も動けなくなるだろう。その時は、君達が……だが、まだ早いかな!)



 マップデータは頭に入っている。その壁の向こうが、巣であるという事も。



 「ここだ――行くぞ!」

 「「はい!」」



 再びアライヴの八十八ミリ砲が展開する。それが壁を、ウエハースの様に貫いていく。その向こうに――巨大なガープマンタの巣が、見えていた。





 背後に背負った八十八ミリ砲を外し、アライヴは腰のホルスターから銃を取り出す。巨大なリボルバーカノンとしか形容できないそれは、腰に二丁。そして、銃口の下には、巨大なナイフが取り付けられた。



 「よし、当方が敵を引き付ける。お前達は最深部へ!」

 「「はい!」」



 二方向に出撃させられたので、ガープマンタ達の数も大分減っている。だが、それでも。



 「こんなに居るの……⁉」

 「アヤ、行くよ!」

 「わかってる!」



 やるしかない。二人は互いに頷く。そして――頷いた後、現実に気が付いた。



 「エスタ、どこに置く⁉」

 「重要そうなとこ‼」

 「……だから、それどこ⁉」

 「見てわかんない⁉」

 「わかんない‼」



 多分、わりとどこでも大丈夫。だが、二人の脳裏には「なんか重要そうなところが最深部なんだろう」という思考が抜けなかった。だから、あちこち飛び始めるのだが――そうなると、二人にもガープマンタが迫り来る!



 「アヤ!」

 「後ろは何とかする! 前は⁉」

 「じゃあ、やる‼」



 銃の轟音が、そしてアライヴの暴れっぷりが。彼女二人の隙間を造ったとでも言おうか。爆弾を背負いつつ戦うのは、流石に悪手であったのだが。それでも――エスタのガトリングガンが、或いはアヤのスパークブレードが。次から次と、ガープマンタを叩き落していく。

 そして、遂に――アヤが、それを見つけた。



 「エスタ、あれ! 産卵場所じゃない⁉」

 「……って事は、最深部だね⁉」



 そうだろうか。そういう事にしておこう。だが、作戦終了時間まで後一分。エスタは焦る。更に、産卵場所から大型のガープマンタが出現していた。



 「エスタ!」

 「……合わせて‼」



 何を、と言い掛けて。直ぐに察する。エスタは、爆弾を相手に投げ付けようとしていたのだ。



 「「せえ……のお‼」」



 エスタとアヤの規格外のパワーよ。それは、爆弾を投げ付けるのではなく、放ると言った方が正しい。それは二人もすぐに分かった。だから――彼女達は直ぐに動いた。早く動けるのは、二人ともよく判っていたからだ。

 上空にふわりと浮いた――そう言って良いのかわからないが――爆弾。それに、二人は追い付いていた。そして。



 「「ダブル――キック‼」」



 今度こそ、爆弾は凄まじい速度を持って。産卵場所にぶち込まれる。爆弾をまともに食らい、大型のガープマンタは叩き潰された。



 「よし、逃げよう!」

 「うん!」



 二人は一気に元来た道を戻り。アライヴも直ぐに合流してきて。



 「後三十秒――地下鉄の入り口まで戻るぞ‼」



 後はひたすら、最高速だ。爆発の時間が迫っているからだ。そして――その時は無情にもやってきた。




 「後ろが⁉」

 「振り向くな! 前を見ていろ‼」



 背中から、爆風と熱風、衝撃が襲い掛かる。だが、三人の速度はぎりぎりのところで、それ以上のものを出していた。



 「大将、こっちだ!」

 「よし‼」



 チャックが、避難出来そうな地下鉄のメンテナンススペースを発見していた。というか、チャックがここに残っていた目的の一つが、この場所を発見しておく事だった。

 間一髪のところで、爆炎が来る。エスタとアヤ、そしてアライヴは。ギリギリのところでそのスペースに飛び込んでいた。





 爆風が、爆圧が――夜の空を彩る。

 炎に巻かれ、必死で逃げながらも。虚空で燃え尽き、落ちていくのはガープマンタか、はたまたタガメバチか。とはいえ、数千度の熱量ともなるその衝撃を抗しきれる生体なぞ、そうそう居る訳も無く。

 戦艦キュイラスからも、現状は確認、認識出来ていた。



 〈爆発、確認した――あの規模なら、最良の結果だ。半径十キロ四方の生態は死滅した事は保証するよ〉



 超望遠カメラで写真を撮りながら、ファス。もはや責める気にもなれないプリス。それよりも、だ。



 「生存者は⁉ 連絡取れないの⁉」



 そっちの方が問題ではある。とはいえ、それにも理由があり。



 〈爆発による余波で、磁場が乱れている。もう少々、時間が必要だよ。これでは連絡も……〉

 「わかってるわよ、そんな事!」

 〈……気持ちは分かる。少々、待ちたまえ〉



 誰が、どうとかではなく。心配なのは誰もが理解しているし、気持ちは一緒だ。だから、一言で良い。「無事だ」という報告が欲しいだけなのだ。

 そんなプリスの気持ちは、皆が知る所でもあり。



 〈……あー、聞こえるか、戦艦キュイラス。こちらチャック、無事だぜ〉



 その言葉が戦艦キュイラスに届いた瞬間、総員の顔色が変わる。もっとも早く動いたのは、やはりプリスだった。



 「チャック⁉ 無事なのはわかったから、隊長は⁉」



 チャックとて、木石ではない。とはいえ、ここまで無視されるといっそ清々しいというか。溜息と共に、伝える。



 〈大将なら無事だぜ。自慢の八十八ミリ砲を捨てて来なきゃいけなかったんで、ちょいと落ち込んでいるところさ。あ、そうか……全員無事だぜ、ちょいと焦げてるがな〉



 それは、つまり――皆の顔が、明るくなる。

 言葉に詰まったプリスの代わりに、ファスが皆に伝えた。



 〈作戦は、大成功だ――諸君、ご苦労だった〉



 皆の声が、歓喜となって。夜空に立ち上った火柱が、何かを焼き尽くしていく。それを良しとしなければならないのは、ある意味で惨い話でもあり。だが――生きるというのは、そういう事柄でもある。



 「……やれやれ、少し休みたいところだが。帰ったらまた仕事かな……」



 隣に居るエスタとアヤは、疲れてへたり込んでいる。その様を快く思いながらも。アライヴはそう、独り言ちた。


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