第8話【第七章 予言】



 「……いい湯、だわ……」



 砂漠を進む戦艦ランドシップで入浴――極めつけの贅沢、と言えるだろう。プリスもどうかと思う時もあるが、しかして。プリスの能力を十全に活かすには、如何にストレスを貯めないか。そこに比重が置かれるのである。

 義体アヴァターラ――人造の身体。

 オリジナルの部分は殆ど無く、本質的に重要なパーツは脊椎の位置にあるアニマ=スフィアとの球体型通信システムのみで、後は全て替えが利く。骨は金属で、肉は人口精製、血液や内臓、果ては脳に至るまで人造のもの。多少の破損であれば修理が効き、そうでなければ丸ごと交換してしまえば良い。また、性能、効率性、耐久性は元となった人体より飛躍的に上昇しており、過酷な環境にて生育を行う為の、人類が選んだ究極の選択肢。それが義体である。このシステムを持って、人類が『未だに生存している』というのは、少々無理がある――それは、誰しもが思う事でもある。

 そして――この圧倒的な性能をもってしても。人類は、絶滅の危機に瀕したままだ。



 「…………」



 ぼうっとする頭を、湯気が包む。寝袋の様な形状のユニットバスは、水を大事に使う為に、浴槽を満たすのではなく『お湯を掛け続ける』というシステムになっている。全自動皿洗い機の様なシステムなのだ。ただ、効率的かつリラクゼーション効果を得られるようなシステムとはなっている。



 (やっぱり……機動防壁の操作をしていると、頭が痒くなるんだよねぇ……)



 プリスの能力は、機動防壁の展開及び操作だ。その最大操作数も三十六とかなり高く、瞬間的に砦を作成したり、道を造ったり、機動防壁を重ねて、分厚い防御壁を展開する事も可能だ。とはいえ、全部の同時操作は数分も持たず、プリス側にも負荷が大きい。前回の様に多数を展開している場合は、現場指揮やフォローを誰かに頼まなければならないのだ。



 (……でもさ、これ出来るの、あーしだけなんだよねぇ……)



 濡れた頬に、汗が滑る。蒸気が上から落ちてきて、冷たい。長い事入浴しているから、部屋には蒸気が充満していた。

 そう――プリスの様な行為が出来る義体は、実はそう多くはない。というのも、この能力(と伝えられている)は、義体側の能力ではなく、アニマ=スフィア由来の能力であるらしいからだ。それも、必ずしも義体に宿るのではなく、アニマ=スフィア側と義体側の双方で相性が良くなければ発動すら出来ない。故に、プリスの様に運用できるモノは、もれなく最重要とされる。

 だが――プリスにしても。その能力を運用している最中は無防備にならざるを得ない。プリス自身、能力運用中は視界が効かない――より正確には、脳裏に立体映像が投影されるので、視界を遮断しなければならない――というのも一因だ。

 そして、殆どの場合。プリスは特に顕著だったが、防御壁の様な単純なものを『動かす指示』しか出来ないのだ。動かされた防御壁が空間で待機するのも、或いは防御壁が移動するのも。防御壁側にそれなりのギミックを用意しておかなければならない。つまるところ、運用するまでには多数のハードルが控えているのである。それも、その個人に併せた対応で。



 「…………」



 そういう事を考えていると――どうしても、目に浮かぶ。

 いつも、自分のやりたい事をやって。でも、他者にもやりたい事をやらせてくれて。

 何時の間にか、気が付けば。誰をも導いていて――どうしてだか、目が離せなくなって。

 今も。

 プリスの能力を十全に発揮できる状況を、揃えてくれた人の姿を。



 「…………」



 ユニットバスから、立ち上がる。鏡に映る、己の姿を見て。顔が紅潮しているのは、湯船で上せたのか、それとも。掛けてあったバスタオルを取り、身体に巻き付けて。滴る水滴は、汗か涙か。



 「あーし……一番になれてるのかなぁ……」



 プリスの悩みは、尽きなかった。





 さて。

 前回の戦闘において、死傷者は全体の三割――予想よりも少なかった。

 とはいえ、軍事組織における死傷者数三割とは、『半壊』と呼ばれる事態である。兵站に余裕があれば、補給に戻る事が優先される状況であった。



 「だから、北部前線基地に行って補給するんだって!」



 何かが――アヤの手から投じられる。それは容易く音速を越え。そして――エスタの手へ。



 「セントラルには、戻らないのかな⁉」



 エスタの手に収まった何かが、掌で弄ばれ。そして再び、投じられる。またも音速を越え、それはアヤの手へ収まる。それは、どうやらボールの様な代物だった。



 「補給が最優先って判断されたんでしょ⁉ 確かに激戦だったから‼」

 「トリガーさんが、弾薬の六割を消費したって言ってたしね‼」



 通常、戦艦には二週間戦い続けられるだけの武器弾薬及び食料が搭載される。それが、一度の戦いで弾薬の六割を使い潰したとすれば――まあ、トリガーとはそういう代物である。

 ところでエスタとアヤは、要するにキャッチボールをしている。ただ、投げているのはボールに似て非なる。アライヴの八十八ミリ砲、その弾だ。最初はその弾を使って廊下でキャッチボールをしていたのだが、酔い覚ましに廊下を歩いていたチャックが被弾、重傷を負ったので。



 「遊びは外でやりなさい」



 というアライヴの命により。戦艦キュイラスの上空にて、それは行われていた。戦艦キュイラスの対空レーダー担当は、彼女達がボールを投げる為にエマージェンシーのスイッチを直さなければならないので、仏頂面である。



 「……しかし、大した性能だ。他の義体と比べるまでもない。調べて見たいものだが……」



 戦艦キュイラスの戦闘指揮所にて――腕組みをして、ファス。専門外だが、血が騒ぐのか。しかしてアライヴは黙って首を振る。



 「余計な詮索は、無用だ。上層部にも彼女達の性能の事は伏している」

 「何故だい?」



 珍しい事を言う、とファスも思う。アライヴはこういう事ははっきりさせるタイプだと理解していたからだ。だが、アライヴは再び首を振るのみだ。



 「出自が、はっきりしない。この時代で、だぞ。何らかの組織が関わっていると考えるのが自然だ――だというのに、彼女達には何らの目的も与えられていない。当方も何度も確認しているが、不自然な行動、計画性は認められていない。そして、最大の理由として――行動理由が、まるっきり子供のそれだ」



 違和感を、ファスも感じる。おそらくはアライヴもだ。だが、しかし――それでも良いか、とどこかで考えてしまう。だから、ファスの回答もこれになる。



 「まあ、性能自慢をするのでもなく。ただ遊んでいる――それで、己の性能が衆目に晒されても、特に気にもしていない。これでは、疑っているこちらが馬鹿みたいだな」



 アライヴが頷く。ファスは肩を竦めた。



 「この状況で、上層部に報告をするとなれば。おそらく彼女二人は回収、調査として解体される可能性すらある。義体は、交換するものだからそういう事もあるだろう。ただ、当方としてはそれを望んではいない」



 それは、嫌だな。ファスもそう思う。何より。



 「無能な上層部に、ケチを付けられたくない?」



 ずばりと、ファス。アライヴは薄く笑う――図星だとは、言わせたくないのだろう。



 「それもある。だが――それ以上に、あの二人は『可能性』だ。この閉塞した世界で、自由闊達に飛び回る。それは誰もが夢見た事でもあり、夢であれば良いと、斬り捨てた事柄でもあるだろうさ」



 ファスは、もう一度肩を竦めた。



 「……オーケー、お説教はもう充分だ。彼女達を調べる気持ちは、金輪際持とうとは思わんよ。ただ、健康診断や社会通念上必要な調査はしておく。必要な事だ、良いな?」

 「ああ、頼む」



 ファスは思惟を振り払う様に、左右に頭を振りながら戦闘指揮所を出る。横には血塗れのチャックが居たので、無造作に掴んで引っ張っていく。



 「仕方ない。当座の暇つぶしで治療してやる。ありがたく思え」

 「……姐さん。今の今まで放置されてた俺って……」



 ……やんぬるかな。





 「ほれ。お前らの武器、銃もメンテしておいたぞ」



 遊び疲れて、甲板に戻れば。自分達の武器の修理が終わっていた所だった。渡されたガトリングガンを受け取り、エスタはお礼を言う。



 「あ、ありがとうトリガーさん」

 「何、構わん。どうせ暇ついでだ」



 なんで生きているんだ、とか。なんで平然としているんだ、とか。なんで怪我の一つも無いんだ、とか。言いたい事は皆が皆、色々あるのはともかくとして。



 「……トリガーさん、器用ですよね……」



 これはアヤ。自分のスパークブレードは内部機構が難しいはずなのだが。



 「なに、武器は武器だ。動く様に直せばいい。違うか?」

 「……違う、とかそういう次元じゃない様な……」



 エスタとアヤは顔を見合わせるが、さりとてトリガーには感謝する他はない。そして、この艦の手持ち火器に関しては殆どトリガーが整備しているというのも、不思議と言えば不思議ではある。

だが、次の言葉を聞けば不思議でも何でもない。



 「うむ。暇が高じると、射撃の演習を行いたくなる。だが儂は、パートタイマー制だ」

 「……なんか、レジ打ちのアルバイトみたいな事言ってる……」

 「エスタ、あまり突っ込むと……」



 エスタとアヤの百面相を知ってか知らずか。トリガーが続ける。



 「儂はアライヴに言われておる。『銃を撃っても良い時間を当方が指定しよう。それだけ覚えてくれればいい』とな。あの様に言ってくれる指揮官は、アライヴのみだ。儂に理解出来る命令を的確に与えてくれる――この様な指揮官を良将と言うのであろう」

 「えーと……」

 「……そ、そうですね……」



 これ、他に扱い方が無かったんだな――エスタとアヤは、そう思った。





 ――アライヴはかつて、見た事がある。

 この地に来る前、或いは――この義体の前、なのだろうか。

 ある筈のない記憶、有り得てはならない筈の記憶。だが、それは確かな実像を伴って。

 世界が崩壊する、或いは崩壊した時。それは、居た。複数のアニマ=スフィアが地上のあちこちに撃ち込まれ――今の世界に成り果てる前に。



 【人の子よ、人々よ。記憶せよ、記録せよ。

 誰もが心を鍛え上げた時。誰もが、身体を鍛え上げた時。

 それでもどうにもならない時――審判の時は、訪れる。審判の時は、顕れる。

 命は、魂は、或いはアニマは……生きる為にあらゆる可能性を模索する。それは意地汚く、意地悪く、そして――全ての生体の本質故に。

 その時は、疑うな。在りえざるモノが、在りえる時。それが、審判の時。

 人の子らよ、刮目せよ。人が神に成り果てる――或いは、神が人に成り代わる。



 『アヴァターラ』――顕現の時を、終末を。見届けるのだ……】





 「……どうにも、眠れないな……」



 戦艦キュイラスの、戦闘指揮所。艦長席に座るアライヴは、毛布一枚で眠ろうとして――どうしても寝付けないでいた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る