第5話【第四章 準備】




 ――船が、離岸する時。

 誰しもが、別れを想う。誰しもが、離別を悲しむ。歩むべき大地が、居た筈の場所が変わってしまう――その様に、思うからかもしれない。

 今も。係留索が外れ、見送る人は、何を思うのか。帰って来て欲しいと思うのか。今生の別れだと、思うのか。その様に考える人も、『一部は』存在していた。

 では、港湾施設に居た『大半』の人達は何を思っていたのか。何を考え、船を送り出したのか。



 「戦艦ランドシップキュイラス――可哀想に。特務大隊の連中なんか乗っけちまうから、ロクでもない目に遭うぞ……」



 戦艦キュイラスは、この時代における一般的な軍艦だ。外壁は強固な鉄板で覆われ、下部には強靭なホバークラフトを装備している。ホバークラフトは砂塵を巻き上げない様に、左右にも圧縮空気を放出する事で、砂塵を散らしている。こうする事で、遠距離から見ても砂塵では発見できない様にしてあるのだ。

戦艦は航空母艦としての性能も備えており、甲板上には即応部隊出撃用のカタパルトも備えている。即応部隊は常に多数乗り込む事が可能となっており、また輸送用のカーゴベイも非常に大きなものを備えている。輸送から侵攻まで、単独での任務もこなす事が可能となっているのだ。

他に、八十八ミリの主砲も三門備えている。様々な任務に即応できる正に戦艦、という代物だ。

 ……その様な優秀な戦艦に、言いたくはないが。

 特務大隊が乗る事になった以上、どうせ壊れるんだから。多分、もう帰ってこないか、原形をとどめていないかだろうな――見送る人々の大半の心には、諦めと哀愁があったのである。





 はてさて。大人は子供を扱うモノだろう。それは、経験則から来る思惟を読み解く力であり、或いは包容力から来る説得力かも知れない。

 で、アライヴが子供二人(体はそれなりに大きいが、思考は完全に子供のそれに近い)をどういう風に『説得』したのかというと。

 一人目――エスタの場合。



 「そうか、前に居た部隊がこの戦艦キュイラスで動いていたから、この艦に乗れば原隊復帰できると。そう思ったんだな?」

 「うん」



 がりがりとメモをペンで書きとりながら、アライヴ。なんてアナクロな、と言うなかれ。電気もガスもない実戦であれば、信頼性が最も求められる。メモというモノは、最高峰の安全性が約束された記録媒体なのである。必要が無ければ破いて捨てれば良いし。

 アライヴはうんうん、と相槌を打ちつつ。努めて優しい声音で諭していく。



 「軍隊というモノは、必ずしも同じ艦に乗るものでは無いんだ。作戦行動の内容によって、配置が変わるんだよ。だから君がすべき事は、まずは自分の配置を確認する事だったね。だがまあ、乗ってしまったものは仕方ない。当方はこれでも偉いんでね。君を当方の部隊に配置するよう、頼んであげよう」

 「え? じゃあ遅刻は⁉」

 「軍人たる者、遅刻などは本来論外なのだがね。何、今回だけは大目に見よう。何せ当方は、偉い立場なのでね」


 一人目は、これで納得(?)し。

 もう一人、アヤという少女は。



 「……なるほど。自警団ヴィジランテ出身で、軍属は無し。データベースに無いのはそういう事か。軍属に参加しないというのは……」

 「それについては、黙秘します」



 この時代は、義務教育を卒業したら。どういうルートになるにせよ、一度は軍属になる事になる。中には一日二日で除隊するというモノが居るというだけの話なのだ。それなのに、所属記録も無いというのは――アライヴは唸るが、しかし答えを言うようなタイプではない。ましてアライヴにとっても、それは必須事項でもない。



 「いいだろう。それは、当方も興味がない事だ。だが、そうだな。君は……これを見たら、当方と会話をする気になるかな?」



 アライヴは机の上に、薄っぺらい紙を置く。領収書などに使われる、筆圧で重ね書きをするタイプの紙だ。これまたこの時代には珍しいアナクロな代物である。それはアヤもそう思うが――記載内容に愕然とする。



 「……なに、この金額⁉」



 請求書――そこに記載された金額。それは、アヤの想像を超える金額である。まずは個人で支払える額ではない。

 アライヴは肩を竦めて、ご愁傷様と言わんばかりだ。


 「君の壊した、非常階段の弁済費用だよ。何せ壊される事など想定もしていなかったからね。技師も技術も、或いはパーツも枯渇しているから、費用も莫大になる」



 そう言われたら、そうかも知れない。アヤは一瞬納得しかけるが。



 「あれ、私だけのせいじゃないでしょ⁉」



 それは、その通りだろう。アライヴは内心ほくそ笑む。餌に食いついた獲物を見る目だ。



 「その通りだが、そうでもない。当方の軍属になったものについては、当方の裁量となる。ちなみに、もう一人は当方の軍属になったから……君は違うようだがね?」



 要は、作戦行動中の被害については目を瞑ると。職権乱用も甚だしい話である。当然、アヤもその事には気が付き、口をぱくぱくとさせる。が、それは言っても始まらないと判断したのか。違う切り口で抗弁する。



 「あ、悪党! 私なんかを部下にしてどうする気なのよ⁉」



 おや、こっちの子は結構頭が良いな。あっちの子は素直過ぎるがね、とはアライヴ談。だから、本音で話す事にした。



 「実は、興味が乗っただけとも言えるがね。まあ、猫の手も借りたい心境なのは確かだよ」

 「……何、それ」



 納得できる話ではない。だが、納得しなければ――自警団の皆に迷惑が掛かる。それがアヤの思考回路であり、勝敗は既に決していたのだ。

 かくて。

 エスタとアヤはめでたく(?)戦艦キュイラス上で、特務大隊所属を言い渡されたのであった。





 機械化歩兵課、特務大隊。

 軍属とは名ばかり――アライヴが指揮しているその軍団は、事実上の私兵集団と言って差し支えない。早い話が軍隊とは言い辛い、特異な部隊である。

で、特務大隊に所属するには一般的な軍隊とは異なり。『戦闘能力、ないし特殊な適正に秀でている兵士』である事が絶対条件であり。『兵士の素行、主義、主張は一切考慮に入れない』という但し書きが付く。つまりその結果、真っ当ではない連中だらけ、というのが特務大隊である。

 結果として特務大隊にはまともではない――奇人変人が揃っているのだが。その中でも特に悪名轟く者が三人居る。

 『銃をずっと撃ちたい』トリガー。

 『アルコール中毒剣豪』チャック。

 『テロリスト以下の爆弾娘』ファス。

 この三人を総称して特務大隊の三凶と評する。彼等の凶状、現状を深く知る特務大隊の参謀、副官、監査役、書記、その他諸々を引き受けているプリエステスことプリスは――心の底から思う事がある。



 「……コイツらだけは。本っ当にコイツらだけは。人類の為にも、終末の獣ルドラと刺し違えて欲しいわ……」



 毎度の様にプリスのデスクに書類が山と積み上げられている。

 集まった書類は、始末書と請求書の山。メールでは時間稼ぎが出来ないからと、書面での提出を命じたのはささやかな抵抗だった。だが、その結果は文書解読、難読文字の解析という更なる馬鹿馬鹿しい限りの話であった。

 そんな書類と格闘しているプリスに、アライヴが話しかける。



 「どうした、プリス?」

 「……どうしたもこうしたも。ファスの馬鹿が港湾施設のクレーンに爆薬仕込んだのよ‼ で、その理由聞いた⁉」

 「いや」

 「そこにクレーンがあったから、だよ⁉ アイツよりその辺のテロリストの方が主義主張あって人間らしいわ‼」



 結局その爆弾はアライヴが気付き、プリスが対処したので問題は無かったのだが。



 「まあ、仕方あるまい。アイツらの最大の長所は、恐れを知らぬ事だからな」

 「最大の短所である『何も考えていない』っていうのを長所って言い変えるのやめようよ‼」



 とはいえ。特務大隊が特務大隊として絶対的な戦闘能力を保有しているのも、事実上この三人を効果的に使っているからだ、というのは衆目の一致である。アライヴはふと考えるが――後でプリスに埋め合わせをするか、という位しか考えてはいない――結論は既に出ていた。



 「プリス。一時間後に、全員をブリーフィングルームに集めてくれ。ミッションプランを伝える」

 「はいはい……アイツら、来るかな。まあやっとくよ」

 「頼む」



 何か、プリスは言おうとして。しかし、それは飲み込んだ。惚れた弱み、という類であったからだ。





 一時間後。戦艦キュイラス、ブリーフィングルーム。



  「注目、敬礼!」



 揃っていたのは巨漢、酔っ払いの青年、何を考えているかわからない女。更には義務教育を終わらせたばかりの新兵二人。お世辞にも統率が取れるとも思えない連中である。

 プリスの掛け声で、皆が一斉に――は、無理そうだった――敬礼する。プリスはしかし、黙殺した。その程度はもう、どうでも良くなってきていたのだ。アライヴもまた、そうした事に拘りはない。



 「皆、揃っているな。それでは今回のミッションプランを伝える」



 堂々と、アライヴ。皆を見渡すその瞳は、自信と才覚に溢れている。



 「で、何時から何時まで撃って良いんだ⁉」というトリガーと。

 「……迎え酒っと。え? なんスか大将?」のチャック。

 「つまり……ここが、こうなる。なるほど、やはり某は天才だ。新しい爆弾のトリックが構築できてしまったではないかぁ⁉」と叫び出すファス。



 で、更に。



 「……軍隊ってこういうもんだっけ?」

 「知らないわよ。そして、間違いなく違うわ」

 「なんで知らないのに違うって言うのさ」

 「じゃあ逆に聞くけど。こんなのが軍隊って認めるの⁉」」

 「質問を質問で返しちゃ駄目って、言われなかった⁉」」

 「……アンタさ、そんなに私を怒らせて楽しい?」

 「こっちの台詞だよ!」



 完全に子供の喧嘩を始める、エスタとアヤ。

 惨状。正に、惨状である。プリスは深い溜息を付き、しかしてアライヴは揺らがない。気にしてないだけ、とも言うが。



 「今回の作戦は、北部前線基地周辺に発生したガープマンタの巣、その撲滅だ。相手の規模はこちらの兵力を十とすると、優に百程度。既に数的不利が発生している状況だ。我々はこの状況を理解し、克服せねばならない」



 全員の視線が変わる。好奇、興味、暇つぶし。或いはよく判らないからか、興奮。しかして誰の視線にも恐怖は無い。

 アライヴは満足げに頷き、マップを表示させる。



 「こちらが北部前線基地。で、北部前線基地から北東――これが攻撃目標となるガープマンタの巣だ。この破壊に関しては、ファス。君から説明を行って欲しい」



 アライヴが仕切る。何時の間に手回ししたのよ、とプリスも驚く。ファスはしかし、満足げに立ち上がった。



 「まずは某の実力を評価していただき、感謝を。そして隊長ご依頼の『ガープマンタの巣』破壊に必要な爆破力は、戦術兵器――反応弾クラスが望ましい。その様に結論付け、既に準備は進めている。明日には完成するだろうよ。追加の機能が必要な場合は、この会議中に申し出てくれれば有り難いね」



 反応弾と聞いて、プリスが立ち上がる。



 「ちょっと待って。反応弾って、正気⁉ 北部前線基地まで影響が出るわよ⁉」



 反応弾とは、効果範囲の狭い戦術兵器である。とはいえ、放射能は巻き散らされるので実際の効果範囲はそれ以上、とされる。誰もが理解しているのは、巻き散らされた放射能は数百年の長いスパンを経ていかないと、浄化もされないという事だ。それはこの時代においても禁忌の技術に類するモノではある。

 プリスの疑念はもっともなことであり、ファスも鷹揚に頷く。



 「それは既に考慮している。シミュレートの結果、『放射能が残った場合』と『放射能が残らなかった場合』――それぞれで考えても、残っていた方がガープマンタの生息地域に適合しなくなる。放射能など、除染すれば良いだけの事だ。某としては有った方のパターンの方をお勧めするよ」

 「…………」



 無論の事、そんな簡単な話ではない。だが――現状、ガープマンタの巣がある地域は、人類側の生息地域ではなく。また、今後数百年に渡っても取り返せる保障の無い地域でもある。現状の追い込まれっぷりを見れば、連勝街道などあるかどうか、という事なのだ。

プリスも色々言いたい事はあるが――これは正論だ。そう思い、着席する。それよりも何だろう、この思いは。後でアライヴを蹴っ飛ばそう。そうプリスは決めていた。そんな思いを知ってか知らずか、アライヴは続ける。



 「続けるぞ。では、その爆弾をどうやってガープマンタの巣に持ち込むのか、だ。こちらは寡兵故に、まともに戦っては必敗となる。故に、策を使う」

 「……策?」



 プリスの疑問は当然の事だ。何故ならこのメンバーでそんな器用な真似が出来る者が――うん、やっぱり居ない。どうするのよ、とはプリスの視線。



 「部隊を二手に分ける。一隊はプリス、トリガー、ファス。もう一隊は当方、チャック、エスタ、アヤ。他の兵は基本、プリスに一任する」

 「寡兵を、更に二手に……⁉」



 アライヴがマップを操作する。中央にガープマンタの巣が表示された。そしてアライヴは南側に二つのコマを置く。



 「この一つ目が、トリガーだ。お前はこの位置で好き放題暴れろ。連携や救援など考えなくていい。お前は好きにやれ。その代わりこちらも助けん」

 「良いじゃねえか、気に入ったぜ!」



 巣の南側にトリガー。暴れれば当然、ガープマンタが出てくるだろう。



 「もう一つのコマが、この戦艦キュイラス及びプリスだ。プリスは戦艦キュイラスの指揮、他の兵士達は戦艦キュイラスの防衛だ。トリガーと連携を取るのではなく、トリガーに向かう敵を撃て。付かず離れずを心掛けろ。恐らく、激戦になるからな」

 「つまりおびき出し、いう事だな。某はどうする?」

 「ファスもキュイラスの護衛だ。敵が寄ってくるという事は――判るな?」

 「ふむ、承知した」

 「え? つまり、これって……」



 プリスが気付く。では、他のメンバーであるアライヴ達が何をするのか。



 「当方以下の総員は爆弾を巣に運ぶ任務だ。プリス以下の総員が敵を引き付けている間に、当方は大きく迂回。そのまま敵本陣に爆弾を仕掛け、撤退する。当方とチャックで敵の殲滅、エスタとアヤが爆弾を搬送する担当だ。何か、質問はあるか?」



 一同、絶句する。戦力の大半を防衛――囮に使い、司令官自らは爆弾を抱えて敵本陣に奇襲攻撃を掛ける、というのだ。ステルス技術があれば現実的だが、現状そんなものは無い。

 だから、こういう質問も出る。



 「質問つーか、疑問だけど」

 「なんだ、チャック」

 「大将、耄碌しました? いくら何でも、オレとアンタだけで全部ぶった切れと? やれって言うならやるけどよ。流石に無茶が過ぎるぜ?」



 つまらなそうに、しかしどこか面白そうにチャック。アライヴはふふ、と笑う。



 「ふむ、信頼が失せたか?」

 「いや、仕込みがあるなら教えてくれよ」



 にやりと笑うチャック。何となくムッとするプリス。だがアライヴは構わずにコンソールを叩くと、次の画面を表示させていた。その画面を見て、チャックは言う。



 「……近くに、タガメバチの生息地ね。これがどうしたよ?」



 タガメバチ――この地域ではガープマンタに次ぐ甲殻捕食生体だ。大きさは成体で二~三メートル程か。強靭な顎と爪を持ち、背中の羽で音速に近い速度で行動する。沼地を巣としており、どの様な相手であろうと巣に近づくモノには牙を剥く獰猛な生体だ。

 確かに人類にとって厄介な生体ではある。が、近づかなければ良いだけの話だ。チャックはそう結論付けている。だから、何なのだと。



 「もう一つだ。これも見てもらおう」



 ガープマンタの巣から更に東南にタガメバチの巣。ちょうど戦艦キュイラスから迂回ルートを使うなら、ここを突破せねばならないだろう。更に悪い情報じゃねーか、とチャック。だが、次に表示された画面を見て――チャックはごくり、と喉を鳴らした。



 「おい……こいつは……」



 古びた高層ビル街。ビルの傍には電車の駅らしきものも見える。全ては廃墟、砂の下。だが、その下にあるものは……それが、まだあるのなら。



 「という事さ。ここが想定通りの場所なら――衛星からのスキャニングで詳細なマップデータも作ってあるがね――我々の勝機は、少しはあるんじゃないか?」



 アライヴの微笑み。それは、ある種の確信を与えるモノだった。





 ところで、会話に参加していない二人は。



 「これ食べる? 美味しいよ」

 「……どうして和菓子を用意しないのよ……」



 のんびりしていた。











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