第3話【第二章 傾向】



 何度やっても、慣れるものでは無い。



 「…………」



 己に当たるのは、スポットライト。厳粛な空気、好奇の瞳。響くは、壇上に上がった己の靴音のみ。唾を飲みこむ音ですら、耳障りにもなる。

 だが――同時に、こう思う。



 (まあ、死ぬわけじゃないし、ね)



 視線が、己に。幾つかは射貫く様な強いものもある。仕立てたスーツは、ほつれが無いのか。今さら、気にもなる。だが全ての感情を壇上の机、そしてマイクに向ける勇気と意志は持ち合わせていた。胸に片手を当てて、深呼吸。意を決し、声を導き出す。



 「卒業生の皆さん、こんにちは。私はプリエステス。仲の良い者は、プリスと呼びます。貴方達の二つ前の、卒業生になります」



 その場に居る全ての人間の視線が、自分に集中する。

喋る声が、自分じゃない様な気がするなあ――そんな思いに捉われながら。プリスはそう、高らかに宣言していた。





 「卒業式、か……」



 思えば、遠くへ来たものだ。そう思うモノも居る。

 思えば、幸せな時代だったと。或いは、微睡みにも似た時代だったと。

 ――殆どの場合において。学生時代が、社会人の時代より厳しいという人間は殆ど存在しない。ましてこの世界においては、尚更。



 「先頃の卒業生達が駆り出された補給物資搬送任務――損耗率は実に八割以上。いくら何でも、被害が大き過ぎるな」



 乗って来た車のボンネットに腰を掛ける様に、空を見上げながら呟く。風が駆け抜け、髪を乱すが――特に気にした様子もない。

 アライヴ。機械化歩兵課は特務大隊を率いる軍人――麗人である。長く蒼い髪を無造作に風に委ねつつ、アライヴはぼんやりと周囲を見渡していた。遠くには学生達の嬌声や歓声、楽しそうな笑い声が響き渡る。彼らのうち、生き残れるのは半数以下――それは、この世界の共通認識でもある。アライヴでなくとも、詩人になれそうな状況ではあるのだ。

 学校内では、テニスに野球、サッカー、他にもランニングや、日光浴に興じる学生達の姿がある。それらを何となく眺めつつ、あちこちに視点を移しながらも、定期的にアライヴの視線はそこに向けられる。体育館の様な大きな講堂――そこで、同僚が戦っているからだ。



 「さて。演説で戦線維持が出来るのか。はたまた、損耗率がまたも跳ね上がるのか。戦とは結局のところ、気持ちの問題に寄るところが多い。どうするよ、プリス……?」



 そう言って、薄く笑う。完全に面白がっている風であった。





 さて――静まり返った講堂。そこにプリスの声が響く。



 「皆さんが、まず思っている事は。『自分がこの先、生き残っていけるのか』だと思います」



 視線が――空気が変わる。誰にとっても死活問題であるが故に。プリスはそこを斬り込んでいた。計算通り、とプリスはほくそ笑む。



 「戦争とは、戦闘とは残酷なものです。油断や失敗を見逃してもらえる――それは、大きな間違いです。では、油断や失敗をしなければ良いのか。その様に考えても、そこには相手の思惑が被ってきます。詰まるところ、『万難を排していても、ダメな時はダメ』という事です」



 ざわざわと、生徒達が揺れる。だがそれはプリスの読み通りの展開だ。



 「では、どうすれば良いのか。どうなれば良いのか――わからない。そう思ってはいませんか。そして、そう思ってしまっていたら、生き延びる事は難しいのです」



 不安――それをプリスは後押ししただけだ。だが、それだけでここまで崩れる――プリスは溜息を付きたくもなる。これでは、戦場に出る以前の問題だからだ。だからプリスは、刺激を与える事にする。周囲を見渡し、素直そうな人を選び――。



 「そこの君。そう、君です。立って、名前を名乗りなさい。大きな声でね」

 「え!? は、はい! カルロスです‼」



 カルロスと名乗った青年は、直立不動で立ち上がる。それは、卒業式の光景とは思えない。だが、誰もが――プリスの一挙一動に注目していた。ややあって、プリスが満足げに微笑む。それは、カルロスという青年に向けてだ。



 「おめでとう。君は、生き抜く選択をしました」

 「……え?」



 何が何だか分からない――カルロスの顔が雄弁に語る。それは、他の学生達も同様であった。その様子を察していたのか、プリスが続ける。



 「指示を良く聞き、遂行する――これが、これから先、貴方達に求められる事です。貴方達には、これから先、指導者、隊長、或いは司令官が付きます。戦争は、一人で行うものではありません。一人で戦場になど、出られる訳も無いのです」



 プリスが、皆に聞かせる様に。視点を緩やかに動かしながら、皆に語りかけていく。



「良いですか――指示をよく聞き、遂行して下さい。部隊は、集団で動きます。それぞれがそれぞれの役目を持ち、遂行する――それが部隊の目的であり、貴方達の生きる方策になります。ああ……ごめんなさい、カルロス君。もう座って良いですよ」



 カルロスという青年が恥ずかしそうに、しかし誇らしげに座るのを見届けて。もう一度周囲を見渡しながら、プリスは語りかける。



 「誰もが、生き延びる力はあります。でも、それを決するのは冷静な分析であり、判断なのです。良いですか――よく覚えておいて下さい。軍隊は、部隊で動くモノ。単独での活動は、そう意味を持っていません。各自に仕事が与えられますので、各自はそれをしっかり履行する。それが、生き延びる事に直結します。私も頑張ります――そして、皆さんもまた。共に戦場で、支え合える事を楽しみにしています」



 プリスが壇上で深く一礼すると、講堂内は――拍手に包まれていた。





 講堂から一人のスーツ姿の女性が出てきたのをみて、アライヴは微笑む。



 「どうやら、上手くいったみたいだな」



 その言葉を聞くまでは、スーツ姿の女性は、背中に芯が有るかの様であった。だが声を聞いた瞬間、ふにゃふにゃになる。そして、アライヴにしな垂れ掛かる。



 「……勘弁。も―勘弁して。元々はアライヴがやる仕事だったじゃん⁉ なんであーしが、当日に対応する羽目になる訳⁉」



 先程までの落ち着いた話し方はどこへやら。いや、こちらの方が素なのだろう。アライヴは苦笑しつつ、彼女の肩を叩きながら受け流す。



 「うむ、適材適所という言葉があってだな」

 「いやまあね、アライヴに出来る仕事じゃ無いなぁ、とは思ってたよ、あーしも‼ でもそれなら、もう少し余裕を持ってね⁉」

 「とりあえず乗れ」



 車の助手席、その扉を開いて。アライヴがプリスをエスコートする。プリスはむくれながらも、助手席にどっかと座る。アライヴはさっさと運転席に座り、車を発進させた。



 「埋め合わせは、考えてある。士官ラウンジでの上物ワインでどうだ」



 そんなもんだろう、とはプリスも考えていた。だが、やられっぱなしでは納得も出来ない。



 「もう一声。朝まで付き合ってもらうよ」

 「……やれやれ。わかった、随分と高く付いたかな」



 車は、首都セントラルの中心部――高層ビル街へ向かう。そこは政治の中枢であり、軍事の中枢でもある。士官ラウンジも、当然そこに在るのだ。





 ライトに照らし出された高層ビルは、幻想的でもあり。或いは墓石の様でもある。それは、人々がそこからどこにも行かなくなった、或いはそこに永住していった、そういう事をも表しているかのように、プリスには思えるのだ。

 そのビルの最上階、見晴らしのいい場所に士官ラウンジはある。因みに士官ラウンジとは、士官以上の軍人のみ入れる高級レストランである。



 「お疲れ」



 カクテルドレスに着替えたプリス、そして変わらず武骨なスーツのままのアライヴ。好対照というか、何というか。ワイングラスの音だけが、ラウンジ内に響く。士官ラウンジもまた、閑散としていた――損耗率とは、こういう箇所でも確認できるものなのだ。



 「……それで、どうだった?」



 面白そうに、アライヴ。プリスは肩を竦めて、ワインを煽る。



 「どうもこうも。あーし達が学生だった頃と、ぜーんぜん変わってないっていうか。あんなに能天気だったかなぁって、思っちゃう」

 「そうだったか?」

 「……いや、アンタちゃんは一切変わんないっていうかさ。アライヴはずーっとその泰然と言うか、何も考えていないっていうか……うん、変わんない」

 「そうか」



 アライヴも杯を傾ける。褒めてないよ、と言いつつもプリスはワインを注ぐ。



 「後は、いつも聞かれる質問。『もしも義体アヴァターラが壊されてしまったら、また学生に戻れるんですか?』っていう、例のアレ」

 「……確証はない、と公式回答がされた筈だがな……」



 アニマ=スフィアと接続された義体――それが、今の人類のカタチ。故に、義体が破壊されたとしても、それは『死』と同義ではない。アニマ=スフィアそのものが破壊されなければ、『死』ではないからだ。

 ならば――同じアニマ=スフィアから違う義体に移る。それが義体の『死』の際に行われるのではないか。そういう都市伝説があるのだ。



 「考えとしては、そうは間違っていないと思うがね」

 「それで、『死んだ方がマシ』って考えちゃう子が一定数出ちゃう。それが問題なんよねぇ」

 「ふむ……」



 実際の所、誰もが考える。

 『死』んだら、どうなるのだろう。

 『死』んだら、何処へ行くのだろう。

 『死』んでも、同じアニマ=スフィアから接続されるのだろうか――等々。

 だとしても、アライヴの考え方は、答えはいつもこれだけだ。



 「考えても答えの無いモノは、どうでも良い事さ。生体とは、生きるとは――常に眼前に在るモノに挑み続ける事だ。それは、身体が動こうが動くまいが、何一つ変わらん」

 「…………」



 黙って、杯を傾ける。いつもこうだ。いつもこれだ。

 ――どうしても、この存在に、この人に。目が奪われてしまうのか。在りし日から、今に至るまで。そう――ずっと。

 でも、今は。自分の言う事を聞いてもらえるタイミングなのだから。プリスは、グラスのワインを飲み干し、手を伸ばす。緩やかに、掴む様に。逃がさない様に、アライヴの手に向かって。



 「ねえ……今日は、あーしの気が済むまで付き合ってくれるん?」

 「ああ。お手柔らかに、頼む」



 指が絡む。そこには、確かに命と気持ちが通った――義体ではない、生体の香りがあった。





 戦略、戦術コンピュータはこの時代、殆ど電子化されている。最後に判断するのは人間の権利だが、戦略戦術プラン、そしてパッケージは殆どコンピュータ任せだ。

 それ故に無人。だが、その片隅で。



 (――警告。北部基地周辺で『終末の獣ルドラ』活性化の疑いあり。近郊の分布範囲から割り出せば、ガープマンタの巣が作られている可能性。至急の対応が無ければ、北部基地――首都セントラルの北の守りが潰え、セントラルは北部からの侵攻を防ぐ手段が無くなる。

 ――繰り返す。これは、人類存亡の状況である――)





 あらゆる人々の運命が、動き出す大乱。それが迫って来ていた。

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