第4話【第三章 出港】



 首都セントラルは、砂漠のど真ん中と言って良い場所に存在する。なぜそこになったのかというと、そこ以外は『終末の獣ルドラ』に襲われる可能性が高かったからだ。自然物、または生体が豊富にいる地域においてはそれを食べに来る生体が存在する。そして、現在食物連鎖の頂点に立つであろう『終末の獣』達は、それらを狙って動いている。故に、そもそも攻撃を受けない――餌になるであろう生体が住まない場所――に、居を設けなければならなかったのである。

 ひょっとしたら、セントラル以外にもどこか生き残っている都市はあるのかもしれない。が、非常に僅かな可能性であると、様々なコンピュータは試算している。当の人類自身が諦め切っている話題でもあるが。

 そしてセントラルは自衛の為に、四つの前線基地を構築していた。東西南北に存在するその前線基地は、防衛システムであり目くらましでもある。セントラルを何としても守る為に造られたそれらの基地は、事実上の最前線だ。ただし、生体維持の為の食料プラント施設などはセントラルにしかない為、各基地にはセントラルより定期的に補給が行われる事になっている。それが戦艦ランドシップにて行われているという訳だ。現在の砂漠はきめ細かく、タイヤでは中々進めないという事もあって、戦艦がその任に当たっているのである。

 もっとも。その戦艦を狙ってエイ型の怪物――ガープマンタが近年現れる様になってきており。それを守るのが初陣兵――学徒兵となっていった。

 当初は損耗率もそんなに高くはなかった。だが、回数を重ねる毎にガープマンタ側が強かに立ち回る様になり。学徒兵は格好の獲物となってしまったのである。



 「で。今回、気象衛星からのマップデータを元に解析を続けていたら。ガープマンタの『巣』らしきものが発見されたって事なん?」

 「その様だ。見るか?」

 「……あのね。一応言うけど、それ士官クラスの文書」

 「そうか。当方にとってはただの情報、それだけだ」



 現在の人類にとって、宇宙に進出する事は夢のまた夢だ。気象衛星が生き残ってくれていたのは、僥倖としか言いようもない。それ故、気象衛星のデータは非常に厳重に扱われるのだ。

 アライヴとプリスは軍服に着替え、車に乗り。アライヴの運転でハイウェイを飛ばす。慣れたもので、プリスはその中で平然とコーヒーを淹れ、カップホルダーに放り込む。



「ほい」

「ああ、助かる」



 暖かいコーヒーの感触を掌で味わいながら。プリスは不承不承マップを見る。見なければ作戦の立てようもない。もっとも実際の所、作戦を立てるのはアライヴの方だ。プリスは意見を具申する程度なのである。



 「ずいぶん、北部基地から離れているね。これじゃあ見つかんない訳ねぇ」

 「ガープマンタは風に乗って動いている様だな。この間、戦艦が襲われたタイミングとも一致する。偏西風――風の向きが変わるタイミング。それと補給のタイミングが一致してしまったという事さ」

 「戦艦キュイラス……即応部隊が一人を残して全滅したっていう……」



 プリスの脳裏にも、軍上層部の悲鳴の如き報告は残っている。いくら何でも死に過ぎだ――責任問題、というより。事態をきちんと精査しなければ、軍全体の士気に関わってしまうからだ。そう、軍隊として考えれば。これは特殊事例か、はたまた『終末の獣』の侵攻である。そう結論付けなければいけない程の話題だったのである。



 「結局のところ、両方だったという訳だ。軍参謀のお歴々、今頃は皆で机を叩いている頃だろうさ」

 「……悪い想像って、当たるんよねぇ……」



 プリスは溜息を付くと、少し窓を開けて、風を入れる。ワイシャツのボタンを少し外して、首回りに空気を当てる――髪が流れて、心地よい。ハンカチで首回りを拭えば、気分は爽快になる。無作法だが、アライヴとプリスはこうした事も出来る、気の置けない関係ではある。



 「ところでうちの戦艦、ドック入りしてるけど。どうするん?」

 「ああ、丁度その戦艦キュイラスが点検終了している。使わせてもらうさ」



 その言葉を聞いて、プリスはもう一度溜息を付く。何を言われるのか、何が起こりうるのか――

想像が付くからだ。



 「……また壊すのかな、人んちの戦艦。うちの連中と来た日には……」



 そのフォローをするのはあーしなんだけどなぁ、とプリス。その心を知ってか知らずか、アライヴは続ける。



 「何時かは壊れるものだ。早いか遅いかの違いだろうよ」



 そうなんだけど。それは、そうなんだけど。プリスはしかし、一応の忠告をする。



 「あのね、アライヴ。壊れているのはあーし達の信頼。オーケー?」



 プリスなりの忠告である。アライヴは、聞いてはくれる。かと言って、状況が改善する可能性は殆ど無いのだが。



 「うむ。善処しよう」

 「……処置無し。ま、いいよ別に。慣れっこだしね」



 溜息を付いて、プリス。さりとて、何時までも悩んでいても仕方がない。車のダッシュボードから業務用タブレットを取り出すと、何事か入力して仕事を片付けていく。どんな組織でも方針が決まれば、やる事は山の様にあるものだ。

 プリスに仕事を任せ、アライヴの運転する車は進む。一路、地上の港湾施設へ。





 ――さて。

 じりりりり、という音。そして、音の発生源がむんずと掴まれ、投げられ――破壊される音が響く。しかしてまるで嫌がらせの様に並んだ時計の群れが、己の出番が来れば次々に鳴り出し――先程と同じ様な事柄が行われる。それが十五分間隔で何度か続き。新聞を読んでいたエドは、何かを耐える様に青筋を額に走らせ。指でそれを抑えたり、或いは首を動かしたりして耐えていたが――臨界が来た。



 「この馬鹿娘が‼ 何時になったら起きるんだ⁉」

 「……へ?」


 エドの怒りは、余りにも正当である。エスタはその声で、覚醒を促され。

 ぼさぼさの髪が、更にぼさぼさに。ぬいぐるみに顔を押し付ける様に寝ていたものだから、そうもなる。目を擦り、ある筈の場所にない時計を探して彷徨い――エドから手近な時計を押し付けられて。

 たっぷり、十秒後。事態をようやく理解していた。



 「……あ、あああ、あああああああああああああああ⁉ 遅刻だぁぁぁぁ⁉」



 エスタ。本名ヘルエスタ。本日八時半集合の所、現在八時ニ十分。上方の港湾施設までは一時間の距離――絶望するには余りある距離感であった。





 「いってきまーす‼」



 扉が傾き、階段を転げ落ち。しかして、エスタは頑丈であった。立ち上がろうと、身体を起こした時。



 「おい、これ持ってけ!」



 がこーんと音がして、エスタの頭に何かが落ちてくる。金属製の代物だから、殺意があったなとエスタは後に述懐する。とはいえ、やはりエスタは頑丈であった。



 「び痛⁉」

 「どんな叫びだ⁉」



 見れば、それは風の靴。風の靴自体はスポーツやレジャーでも使われるので、あること自体はおかしくない。だが、それはエスタから見ても。



 「……ちょっと、エド。これって……」

 「いいから、行け! 祝いの品だ、壊すなよ!」

 「うん!! ありがとう、エド‼」



 民生用でも、軍用でもない。エスタの為に誂えられたとしか思えないデザイン。早速エスタはそれを身に着け。エドは慌てて戒める。



 「いいか、市街地では使うなよ!」

 「任せて! じゃあ……倉庫街なら!」



 いや駄目だろ――エドがそう言う前に。エスタはすっ飛んでいた。エドは頭を抱えたが、後の祭りであった。





 とはいえ、エスタはある意味でラッキーでもある。

 通勤、通学時間はあらゆる人員が列車の方に向かう。故にそれ以外の場所は、殆ど人が居なくなる時間帯なのだ。だからといって、市街地を爆風の如くすっ飛んでいって良いとは誰も言っていないが。

 周辺のゴミや砂塵、或いは洗濯物を吹き飛ばしながら、エスタは街中を飛び回っていく。



 「目指すは地上――螺旋階段で行ける‼」



 地上へのルートは三つ。一つは地下鉄、もう一つは軍用車両が使うハイウェイ。最後の一つが徒歩――前時代的にも程がある非常用の螺旋階段である。そして、エスタは持ち前の好奇心から螺旋階段を使って地上まで上がった事がある。結果は、本人をしても「二度とやりたくない」と言わしめた単純作業。ただひたすら階段を登る、という地味極まりない作業である。

 しかし――エスタはほくそ笑む。



 「今回のオイラには……エドからもらった風の靴がある! これさえあればぁぁ‼」



 気分は自転車を買ってもらった小学生だろうか。深淵なる万能感とでも言おうか。しかし確かに性能が高く、軍で使っていた風の靴よりも、細かく調整が効く。これはエスタにとっても有難い事であった。



 「よっしゃああああ‼」



 家の間を、煙突の間を。或いは路地の洗濯物を掻き分け。エスタは一気に端の方にある非常階段に到達する。そして、「ふんっ!」という掛け声と共に鍵を壊し。そのまま階段内をスラスター全開で駆け上がっていく。ところで敢えて言う事だが、どれも犯罪です。そもそも都市内で風の靴は使ってはいけません。



 「――この痴れ者。待ちなさい‼ この剣の錆にしてくれましょう‼」



 この時代、警察機構は弱体化著しく。それ故にダウンタウンでは市民が自衛をする事が多い。その中でも、特に実力の在るモノは自警団(ヴィジランテ)に所属する。

 年の頃は、エスタと同じ位だろうか。金の髪を風に靡かせ。



 「このアヤ……推して参ります‼」



 足には同じく、風の靴。そして、狭い螺旋階段内での――死闘が始まった。





 視界が、ぐるぐると回転する。螺旋階段を登り続けるのだから、そうもなる。常に斜め上に動いているから、何もかもが解らなくなる瞬間がある様な、無い様な。とはいえ、それは追っ手も同じ事である様で。



 「なんで追ってくるのよ⁉ オイラ悪い事――したけど‼」

 「語るに落ちるとは、この事です‼」

 「で、アンタだってそうじゃん! 風の靴‼」

 「貴女が逃げるからでしょうが‼」



 どちらも飛ぶので精一杯なのか、声に余裕が無い。しかして、そこに差を見出さなければエスタは逃げられないと理解する。まずは口で何とかしようと思ったが――エスタはしばし考え込み。「うん、正論‼」と返す。どう考ても、エスタの方に分が無い。

しかして、エスタはこういう性格でもある。



 「でもさ! 逃げ切ったら良いんでしょ⁉」



 親の教育の賜物であろうか。「そんな訳有りますか⁉」という意見を正に風に流し。エスタは更にスピードアップする。この狭さで良くも、という機動だが。

――何と相手も、追い縋ってくる!



 「嘘ぉ⁉」

 「性能頼りの機動なんて!」



 エスタが慄然する。風の靴は、性能や速度はまちまちだ。それ故に使いこなせるかどうか、という方が大事になる。互いの顔から、余裕が無くなる。髪が、肌が、粟立ち乱れる。風が刃の様に肌に斬り込んでくるような感触を、エスタは感じていた。それは相手も同じだろう。

 アヤが剣を構える。その剣は、帯電している様だった。



 「スパークブレード⁉ そんなキワモノ⁉」

 「失礼な! 先祖代々の一品物です‼」



 スパークブレード――電気を帯電し、斬撃と同時に電撃ショックを浴びせる武器だ。とはいえ、一目で切れ味も凄まじそうな剣ではある。アヤはそれを握り直し、更に速度を上げて――斬りかかって来る!



 「このっ!」



 螺旋階段の手摺りが焼き切られ――犯罪です。

 エスタが裂帛の気合と共に、階段の一部を蹴飛ばし、歪ませ。飛ぶ方向を強引に変える。これも犯罪です。

それで、斬撃は避けられたが。被害はそこかしこに発生し続ける。埒が明かないと思ったか。アヤが下から上に斬り上げ、階段を下からぶち破りエスタの前面に出る。もちろん犯罪です。



 「獲りました!」

 「そう思う⁉」



 交錯は、一瞬。だが――アヤに比べて、一瞬の判断はエスタに分があった。戦艦キュイラス、唯一の生き残り。この事実は伊達では無かったのだ。

前を取ったアヤは、上段からの斬り下ろし。それに対するは――エスタは右に回転。そして体を沈ませ――右の外回し蹴り。バックスピンキックと言われる蹴り方で、身体の軸位置を変えつつ攻撃する事が可能な動きだ。相手に一時的にも背後を向けるので、奇襲の様な使い方になるが。

 それを空中で。間合いの管理が大変な技なので勿論、届かない――が!



 「圧縮空気は、届くよ!」

 「……きゃぁっ⁉」



 斬り下ろし。これが良くなかった。エスタの攻撃範囲が想像を超えた事も、不味かった。風の靴から噴出される圧縮空気が、アヤの視界を奪う。振り下ろした剣を避ける様に風が吹きつけられ、アヤが怯む。一歩後退し、追撃に備える為に防御姿勢を取る。それは訓練が行き届いている証拠であり、エスタの想定通りであった。だから――気が付いた時には。



 「じゃあね、お先!」



 遥か向こうに飛び去っていくエスタ。だが、アヤにも意地がある。



 「ま、待ちなさい‼」



 螺旋階段のエリアを抜けて、港湾施設内へ。そして――戦艦キュイラスへ。エスタは遠くに見える我が家を見つけ、安堵の溜息を漏らす。



 「良かった、まだ出航していない‼」



 喜び勇んで、エスタ。あらゆる意味でズレている思考回路である。アレに乗るという事は、再び最前線に赴くと同義であり。恐らくは二度と乗りたくない、というモノも居るというのに。



 「待ちなさい!」



 そして、アヤもまた。如何に自警団とはいえ。このご時世で私闘、更には施設内でのドッグファイト――空を文字通り駆けまわる、二人の姿。それは誰の目にも凄まじい速度と軌道で、その場に居た特務大隊の者達にも奇異に映る代物だった。



 「な、なんだ⁉」

 「おい……早すぎる⁉」



 それ故に。アライヴがそれを見た時。薄く笑うのを、プリスは見逃さなかった。



 「頼むよ」

 「また、面倒な事を……」



 プリスが、兜状のゴーグルを嵌める。他の義体が装備するバイザータイプに比べ、重たく、ごつい。だがその分性能が跳ね上げられており、通信や解析、分析機能はバイザータイプの比ではない。そしてプリスの装備ずるそれは、プリスの脳内に立体マップを表示する事が可能になっている。

そして、プリスは立体マップに高速で飛び回る二人を表示。それを囲む様に、壁の配置を決めていく。空で乱痴気騒ぎをしている二人を拘束出来る様な、壁の配置を。

プリスの能力――機動防壁の設置。空間に自立移動する機動防壁を設置、配置する能力である。その機動防壁を輸送、メンテナンスする為に戦艦等のバックアップが必要不可欠だが――空中に城壁を造る事すら可能。機動防壁は壁そのものに圧縮空気で移動する能力が与えられているので――この場合は、詰将棋の様なモノだ。



 「え⁉」

 「何、何⁉」



 エスタとアヤ、二人の動きを拘束する様に壁が動き、設置され始め。尽く(ことごとく)最高速を出す前に周囲が壁で覆われる。

 あれよあれよという間に、エスタとアヤは身動きが取れなくなっていき。



 「はい、馬鹿娘二人を確保っと」

 「へ⁉」

 「ええっ⁉」



 プリスのつまらなそうな声と共に、機動防壁が閉じられる。エスタとアヤは、身動きが取れない事を察せざるを得ず。

 ――あっという間に二人の少女は、拘束されていた。



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