第15話【第十四章 修羅】


 酒を、吞むのには理由がある……と思う。

 見たものが、見て来たものが――忘れられない。楽しい記憶、嬉しかった記録。そして……拭い去りたい過去、映像。

 だが、心は残酷だ。どうやっても、何をしていても。滑り込む様に、それらは乱れ飛ぶ。目で見ているものが、いきなり切り替わる様なあの感覚。脳が覚えてしまっている、映像の数々。それは、ふとした時に、ふとした状況に。本人の意思に関わりなく、現れては消える。フラッシュバック――それは、そう呼ばれる現象である。



 「……クソ見てぇな人生だよな……ったく……」



 チャックという名前は偽名だ。とはいえ、本名などはとっくの昔に捨てたし、名乗る気も無い。取り立てて大した名前でもなかったし。何より――名乗りたくはない。



 (……味方を。友達を、親友を、彼女を。或いは家族と言っても良い……そいつらを見捨てて逃げた薄情者なんざ、惨たらしく死ねば良いんだよ……)



 チャックは、かつては実直で真面目な性格だった。今でもそれはそこかしこに散らばっているが、本人としてもそうした形は潜めてしまっているだろうと思っているし、思い出したくも無い。だが……目を閉じれば、何時でも浮かんでしまうのだ。あの時の、光景が。





 ――それは、何処にでもある話だった。

 初陣の時、ガープマンタの大群が襲ってきて。当時学徒兵だったチャックも迎撃に駆り出されて。そして、その結果は。チャックの居た部隊は、チャックを残して全滅した、というだけの事だった。エスタの時の様に、戦艦ランドシップの即応部隊全員という規模ではなく、出撃した一部隊だけの話ではあったが……それでも、査問委員会や軍法会議の場が設けられ。唯一の生き残りであったチャックの証言であった「仲間を捨てて逃げた」という証言がそのまま通り。チャックは牢屋に入れられる事となった。

 さて、牢屋に放り込まれたチャックは無気力も良い所――およそ、生命活動すらも放棄していた様な状況であり。何度となくメディカルチェックへと回された。その度に「そんなに生きたくないなら、自分で弁えろ」と言われて牢屋に戻され。膝を抱えて、座り込む有様だった。

 ――そんなある日、アライヴが彼の元に現れた。



 「君の戦闘記録は、確認させてもらった。当方の元に来て欲しい」

 「……誰だい、アンタ。藪から棒に……それに、俺は……」



 一瞥だけして、チャック。もう、何も見たくなかった。見えていたのは――



 「君は、あの日、あの時。ガープマンタの挙動全てが見えていた……違うかな?」

 「……!」



 チャックはアライヴを見据える。それは、仇敵を睨みつけるかのようであり。



 「君は、逃げたんじゃない。自分に出来る事だから、皆も出来るはずだ――そう思っただけだ。違うかな?」

 「アンタ、何者だ⁉ そんな証言、俺はしていないぞ⁉」



 アライヴは、表情を表さない。微笑んでいる様でもあり、そうでもなくもあり。



 「いいや、一度だけ――救出された時、言ったのさ。『なんで、俺が出来たのに……皆、才能は俺よりあった筈なのに!』とね。君の経歴を再度洗い直し、君が類まれなる動体視力の持ち主であるというのは、確認させてもらった。或いは音速を目視するとか――ガープマンタが束になっても、負ける事は無かろうよ」

 「…………!」



 口の中で、毒づく。口に出しても――いや、したくない。罵倒されるべきは、この相手ではないはずだ。『俺』の筈なのだから。

 溜息を付き、チャックはベッドに座る。ぎし、と酷い音を立てて軋む。



 「……だからなんだ? ここに居るのは抜け殻だ。もう、何もしたくねぇ。アンタが仕事をくれるって言っても――俺には、意欲が無い。そんな兵士は無駄だぜ、無駄」



 珍しくも、と思った。チャック自身でもこんなに長く話す事は久々だったのだから。

 だが、アライヴの反応は違った。チャックを唖然とさせる方向に。



 「ああ、別に構わない。君は、そこにいるだけで良い。当方が君を死地に送る。君は、生還を果たす。或いは君が求めている仕事だろう? それが当方として君に求める仕事で、当方の流儀だ。あわよくばそのまま死ねるんだ――悪い話では無いだろう?」



 人権がどうだとか、人としてどうなんだとか。そういう事をチャックは言うタイプではない。だが……これは。しかして、何かを言うよりも思考が回りだす――ここで、腐り果てるよりは、と。



 「良いぜ。ここの景色には飽き飽きしていたんだ……その代わり、ロクでもない戦場だったら、ただじゃおかねぇぞ、大将?」

 「何、当方が行く場所は常に酷い場所だ。退屈はさせないとも」



 鉄格子越しの握手――それが、チャックの運命を決定付けていた。





 〈第二戦隊、出撃開始――どうぞ!〉



 戦艦キュイラスのオペレーターから指示が飛び。即応部隊は第二戦隊が空に駆け上がる。だが、チャックには定位置がある。彼は、常に戦艦の真正面、甲板より下に陣取るのだ。戦艦の最大の弱点は甲板より下だと、よく理解しているのだ。故にここにはガープマンタだろうが何だろうが、大量に敵が集まる箇所でもある。そして、彼の武器は高周波ブレード唯一つ。だが、それでいい――それだからいいのだ。



 (……ガープマンタにやられる死因の最たるものは、射撃軸線を狂わされ、そのまま接触される事。つまり、射撃に意識を向けたら、防御が疎かになる……まあ、理屈だよな。だったらそもそも――攻撃をしなきゃ良いんじゃねぇか?)



 この独特の理論よ。チャックは持ち前の動体視力で敵を避け、そして余裕を持って切る事で作業を完遂する。常に正中に構えを取る――大昔の剣豪の様な仕草である。だが、チャックはそのスタイルを完成させてから、実質の負けなしであった。

 目の前からガープマンタの群れが来る。ガープマンタの敗因はただ一つ、遠距離攻撃を持ち合わせていないという事だろう。であるのなら――チャックに負ける道理が無い。



 「悪ぃがな。その動きじゃ……目を瞑ってたって、何とかなるぜ?」



 ガープマンタは、瞬間的に音速を超える動きを可能としている。それは獲物に襲い掛かる時――つまり、チャックに向かって来るガープマンタは全て音速を越えているのだが、しかし。

 チャックの剣が閃き、ガープマンタが片端から斬られて、落ちる。チャックは剣を肩に構え、右手を前に出した。来いよ――そう、言い放つ様に。



 「もっと熱くさせてくれよ。このままじゃ、美味い酒にならねぇだろう?」



 特務大隊は三凶の一角、チャック。他の要素はすべてマイナスだが、唯一のプラスで全てを帳消しにする男である。





 〈続けて、即応部隊、第三戦隊発進どう……ぞ⁉〉



 戦艦キュイラスのオペレーター、ウェルビーは多忙である。ただでさえキュイラス甲板は荷物がそこかしこに積まれているのに、発進と着艦は一緒に出来ないという不文律を守らねばならない。ちなみにこれは、不慮の事故を避ける為の必須項目である。乱戦になればなるほど、こうした事を守れない軍隊は悪化の一途を辿るのは、歴史や事例が証明している。

 だというのに――ここ、特務大隊においては突っ込みもやらなければならない。辛い所である。



 〈エ、エスタさん!? なんですそれ⁉〉



 言われたエスタは、破願した。正に我が意を得たり、という顔である。隣にいるアヤがぷい、と明後日の方を向いて「私、知りません」という風情なのは、気が付いても気にしてくれるなという事なのだろう。



 「はい! この日の為に、さっき三十分ぐらいで造ってた――ヘヴィアームドです!」

 「この日の為にって……せめて昨日から造ってなきゃダメじゃないのかな……」



 とても嬉しそうなエスタ、遠い目をしているアヤ。そして、エスタの言うヘヴィアームドとは。



1、 エスタのメインウェポンであるガトリングガンを両手に一門づつ。

2、 両手に繋がる給弾ベルト及び特大弾薬パックを背中に装備。

3、 そして、最大の特徴である肩に装備した大型カノン砲。


 以上が、エスタが装備している武装の全容である。うん、誰が見ても飛べない。がちゃりがちゃりと、歩けているのはエスタの性能、その賜物だろう。

 ウェルビーは苦悩する。懊悩し、そして慟哭する。隣にいるプリスは、必死で関わらない様に努め、アライヴは「おお……」と目を輝かせているのみだ。

 やむなく。本当にやむなく、ウェルビーは己の職務に忠実であろうとする。何故なら、職務がオペレーターであるからだ(?)。



 〈……エスタさん? 良いですか、よく聞いて下さい。トリガーさんのあれは、悪い見本です。ヒトが決して立ち入ってはいけない領域です。つまりですね……なんっで、真似なんかしてるんですか⁉〉



 酷い言われ様である。まあ本人が効いても聞き流すであろうが。

 しかして、エスタにも言い分がある。別にトリガーの真似をした――訳では――ないはずだし。



 「ち、違います、違います! たくさん武装があればなんとかなるかなぁって!」

 「ならないよ、エスタ」



 ある意味、真似をしたと言い張った方がマシな回答だった。アヤがあきれ果てて言う。



 「えー⁉、 面白そうに手伝ってくれてたじゃん⁉」

 「途中で思い直すと思ってたのよ!」



 喧々諤々。散々ガープマンタが押し寄せて来ていて、チャック以下第二戦隊が勇戦しているのだが。流石に放置できないかな、と判断したのか。アライヴがまとめとばかりにマイクを取る。



 〈あー、エスタ君? とりあえずその大型カノン砲は外した方が……いや、いいか。右翼から敵が来ている。エスタとアヤは右翼の防衛をお願いするよ。エスタは甲板上から射撃だ。背中の弾薬が無くなるまでは飛ばない方が良いな〉

 〈そもそも、飛べませんよ!〉



 見れば、確かに右翼から敵が来ている。アヤが「じゃ、お先に。当てないでよ、エスタ」と言って飛び出していき。



 「だーれが、そんな事! 見てなさい、このオイラの実力を!」



 そして、大型カノン砲が発射され――天地が逆転するかの如き衝撃が来る。大型カノン砲の反動でエスタが転倒したのだ。エスタ以外の誰もが理解していただろう、不安定な場所に装備された、反動の大きい武装。バランスを崩してしまうのは、充分にあり得る事なのだ。とはいえ、大型カノン砲自体はきちんと当たったので、エスタを褒める所はあるにはある。



 「ええい、アニメじゃ皆、肩にバズーカ付けてるじゃん!」



 無反動砲以外は危ないのでやめましょう。ちなみに無反動砲と言っても反動は有りますので、注意して下さい。

 やむなくエスタは大型カノン砲を外し。両腕のガトリングで敵を見据え――撃ちまくる!

 そして、理解していた。重武装最大の弱点を。



 「……熱、あっつ⁉」



 どの様な重武装も、最終的にはこの問題に帰結する――放熱問題。そもそも重機関銃を手持ちにせず設置型にしているのも、そういう理由があったりする。銃を担いで火傷するなど、確かに誰もしたくは無いだろう。

 莫大な弾薬パックを背負い、それを大量に撃ちまくれば――確かに強いが、射撃手は、焼けた鉄と共に動いている様な状況になる。エスタの現状は、まさにそれだった。



 「ええい、もう自棄だぁ⁉」



 正に切れ目のない弾薬の雨、叩き落されていくガープマンタ。



「いい勉強になっただろう」

「そういう場合じゃないと思うわ」



 頷いているアライヴに、突っ込むプリス。

しかして、エスタは熱さに耐えながら、ガトリングガンを撃ちまくり。一定の効果を出しつつも――「二度とやらない」と心に誓っていたのであった。





 ……それは、思っていた。それは、終末の獣ルドラと呼ばれる意識、その一つ。

 その意識のどこかが、呟く。矮小な何かが、蠢いている……と。

 特に、何事もない。羽虫が騒いでいるだけの事――だが。



 (……鎮メル、カ……)



 羽虫とは、気になるものだ。小さなものほど、気になるものだ。

 前もそうだ。前もそうだ。羽虫だと思う――そこから、小粒が撃ち出されている。己の雲が散らされているのは、理解していた。だからどうだ、という思いもあるが。

 そこに視線を向ける。そこに、荒波に浮かぶ笹船の姿があった。一息で吹き飛んでしまいそうな、か細き存在。それだけの事、だが。



 (……ムウ……)



 雷撃が、収束していく。そもそも黒雲から放出される雷撃は、それぞれの黒雲から自然発生している――反応による動作、それ以上のものではない。触れたら反射的に、という程度のものなのだ。

 では、攻撃とは何か――それが、これだ。

 『目』――それが、雷撃を吸収し、レンズ上になった内部構造でそれを集積させ。そして、一点を目指し、撃ち出される。その威力たるや、触れたモノは爆ぜ、蒸発し。おおよそ止める術など無い。あるのは、距離と物理により減衰していくだけ、という事だ。



 (……食ラエ……)



 目が、光り輝き。そこから一直線に、高圧熱線が撃ち出され。



 「……な……⁉」



 たったの一撃。たったの一撃で。

 チャックの身体、その半身が黒炭と化し。

 そして、戦艦キュイラスも――艦首、そして前部甲板が根こそぎ吹き飛ぶという被害を受けていた。





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