第22話【断章 兵站】



 戦艦キュイラスが北部前線基地に到着――半舷上陸を開始してから、数日後。

 半舷上陸の名の通り、搭乗員は交替で休暇を取る。とは言え、残存のメンバーにもそこまで仕事が山済みという訳でもない。修理やメンテナンスのモノ達も、休憩しながら仕事を進めるのが常な状態である。それは艦橋クルーもまた例外ではない。非常時の監視や、艦内の定期巡回ぐらいしかやる事がない――それはそれで、平和な事でもある。



 「はぁ……」



 艶めかしい、というか。疲労の色もある吐息を吐く、この女性は誰だろう。戦艦キュイラスの甲板上、日差しの降り注ぐ場所に日除けのパラソル、そしてデッキチェアでくつろぐ女性は誰であろうか。

 身に着けた衣服は、ビキニの様な露出面積の大きい服。どちらかと言えば、裸である状態に限りなく近い。そして、そうした衣服に包まれた肢体は――おそらく戦艦キュイラスに搭乗している女性陣の中でも、限りなく最大級に近いグラマラスさを誇っている。

 ウェルビーという名のその女性は、特務大隊専属オペレーター……即応部隊の出撃管理などを中心に行っているオペレーターである。



 「ふう……」



 溜息を一つ。ウェルビーの行っている日光浴――日向ぼっこだとか甲羅干しだとか言われているが、れっきとした健康法である。入浴の文化が中心となる生活圏では中々思いつかない事だが、水が貴重品となる場所においては、日光浴は、ほぼほぼ入浴の代わりとして扱われる事もある。

どういう事かというと、サウナ(熱気浴)を考えていただければわかりやすいだろうか。高熱、高温の場所に長く居ると、当然の事だが発汗が促される。で、身体における汚れの大半は、肌表面に集中する。そして、肌表面には体毛――いわゆる毛穴が存在しており。この穴の中に汚れが入り込む事で、様々な皮膚病が発生するのだ。しかしてこうした汚れは、文字通り毛穴の奥から発生する汗により、毛穴の奥にある汚れを外に押し流し、清潔な状態となる。故に良く汗を書く人は――良く汗を拭きとっている人は、清潔な肌を維持できるのだ。

 で。日光浴は――場所によりけり、という但し書きはあるが――現在キュイラスが停泊している場所は、降り注ぐ日差しのお陰で高温多湿であり、絶好の日光浴日和。サウナの様に高温な状態が続くので、必然的に発汗が促され、溢れる汗が身体の汚れを同時に洗い流す事になり。

 それ故に――ウェルビーのこの行為は。非常に健康的かつ疲労回復に繋がるレジャーの様なモノであった。



 「あふ……」



 ウェルビーの肌を、汗が伝う。日焼け止めを塗ってあるので、ウェルビーの肌は艶やかだ。日光浴により体内の循環が活性化し、後から後から汗が湧き出す。近くに置いたテーブル、そこに置いた水差しでミネラルウォーターを補給しながら、日光浴を続ける。身体の芯から、身体の奥から、何かを出す様なその行為――或いは、スポーツにおいて全力を尽くす様なその行為は、ウェルビーにとっては好ましい行為だった。普段はオペレーター席で出撃し、還らないモノ達を見るしかない職務。それを己の生業としてから、一体何人の彼氏を送り出した事か。



 「ん……」



 汗をタオルで拭いながら、周囲の視線を確認する――自分がこの艦内で、相当な人気を誇る事は、自負している。男など、吐いて捨てる程に付き合ってきたという度量もある。だから、今……誰もが遠巻きに自分を確認しながらも、誰も自分に話しかけてこない事に、一定の理解と苦悩を感じていた。



 (……まあ、そりゃあね。誰も死にたくないですもんねぇ……)



 ウェルビーの別名――葬送の恋人。付き合ったが最後、次の戦場でもれなく還らぬ人となる。別にウェルビーが何かをした訳でもなく、単に現在の戦況が驚異的に悪いだけなのだが。さりとて、ウェルビーが誰かを好きになる度に、誰かが死ぬ。そうしたジンクスは、当のウェルビーにもかなりのダメージを与えていた。



 (……だから、日向ぼっこで汗を流すだけで良いんですよ。私は……)



 デッキチェアの上で体勢を変える。無駄にあちこち出っ張った身体が、重力と動きで波打つ様に動く。それは見る人によっては暴力的な代物なのだが、ウェルビーにとっては「重たい」としか思えない事柄でもある。

 そんな風に考えていたからか。耳に付けていたイヤリング型の通信機から声が流れて来た。



 〈ウェルビー、交代の時間だ。何時までそこに居るんだ?〉



 同僚オペレーター、ルオの声がする。男性だが、ウェルビーに一切興味がないという凄まじいタイプのキャラクター性を誇る。「女性は小さくて華奢で可愛いモノだ」とのたまう、いわゆる変態である。どうした訳だか、特務大隊の上層部は女性が多く、偏りが激しいので。ルオの様な真面目ではあるが、というモノが非常に役に立つのである。



 「……あー、もうそんな時間? じゃあ、今からいきまーす……」



 ウェルビーはテーブルに掛けてあった上着を取り、羽織る。別に今は半舷上陸中の当直しか仕事がない。別に格好なんて何でも良いでしょ、とはウェルビー談。デッキチェアとテーブルはそのままで、ウェルビーは歩き出した。自分が北部前線基地で遊べるのは、三日後の事だ。それまでは暇つぶしがこの位しかない。出しっぱなしでも良いでしょう、と考えていたのだ。





  兵站、という言葉がある。軍事用語の一つで、軍事における最重要ポイントとまで言われる概念だ。単語の意味としては『補給・輸送・管理』を一つにまとめた言葉という意味で。これだけで軍事における最重要ポイント、というのが判るだろう。

 なるほど、軍事において重要視されやすいポイントとして攻撃力や防御力、或いは大量生産可能な単純化されたシステム――そう言ったものを重症資する事も間違いではない。だが、しかして。人類史における過去から現代に至るまでの戦争において、兵站を大事にしなかった良将は一人としていない、と断言する。例え攻撃力や防御力が相手より大きく劣っていたとしても、兵站の概念が効率化されていただけで、最終的な戦争の勝利者になったという事例はそれこそ数多く存在しているのである。

 兵站――つまり、補給線とも捉える事が出来る概念は。この時代、義体が戦争の主役と言えるこの時代においても、必須概念であった。



 「物資が、届いていない?」

 「食料品は揃っている。問題は弾薬だな」



 唖然とするウェルビー。先程と恰好はそう変わっていないが、頭からは血の気が引く音がする。己の端末で文書を読み進める度に、軽く眩暈が起こりそうになる。



 「……何よ、これ。『弾薬などの物資は必要数が揃い次第、搬入する』って。北部のボンクラ達はやる気が無いの⁉」

 「ボンクラは余計だよ。だがまあ、そういう事だろうな」



 今、ルオとウェルビーの見ているモノは、北部前線基地から届けられた搬入目録である。補給である以上、それは取引とほぼ同義でもある。こうした事柄は艦長以下のブレーンが補給リストを作成、優先順位を決定し、それを提出。それに則り、補給というモノは行われるのである。

 で、それは別に普通の事で。問題視される様な事はそうそう起こらない。起こらない――筈なのだが。



 「上層部は何考えてんの⁉ 最前線で戦う私達に、弾薬ケチって何がしたいのよ⁉」

 「『必要数が揃い次第』だからなぁ。まあ確かに、一度の出撃で弾薬庫の在庫がカラになるまで景気よくぶっ放す御仁が居るからな。ある意味、気持ちも分からなくはない」

 「ちょっとルオ。貴方どっちの味方なの⁉」



 ウェルビーは上気している。先程までの事もそうだが、これはこれで頭に来る。対して、ルオは冷ややかだ。自分の趣味が関係する事柄以外に怒る事はない。



 「落ち着けよ。うちの大将が、北部は第一艦隊のおっさんに好かれていないって事位、知ってるだろ」

 「知ってるわよ。だからって、嫌がらせを受けて『はいそうですか』って言える⁉」



 つまりは、そういう事である。で、誰もが真っ先にそれを連想できるというのは、既にこうした扱いを受けるのは一度や二度ではないという事の証左でもある。



 「……まあ、補給をする気が無い、という事でもない。次の出撃が何時になるのか分からんから、今の時分はこれでも良いとは思う。思うが……まあ、納得できるかっつーとそりゃ無理だな」

 「でしょう⁉ だったら……!」

 「だから――督促状は出しておいた。出来る手続きは以上。そして、引継ぎは以上だ、ウェルビー。後は任せたよ」

 「……はあ?」



 ひらひらと手を振って、ルオ。艦橋指令室には、ウェルビーだけが残り。ウェルビーは思い切り息を吐くと、端末を己のデスクに放り込む。そして座席にどっかと座り、まだ体に汗が残っている事を察すると、タオルで顔を拭った。眼前にタオルがある事で、ウェルビーはほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。



 「……上層部は本気で損耗率を減らす気、あるの?」



 軍隊、軍団において。上層部の軋轢は日常茶飯事だ。そして兵站というモノは、設置されていたとしても、正しく機能する為には人の業が必要となる。それが欠けた時、兵站は機能不全に陥るのだ。それは、致命的な結果に繋がる事もある。

 今は、アライヴも自室で休んでおり。プリスは半舷上陸で羽目を外している頃だろう。帰って来た時――どんな反応が待っているか。それまでにはこちらも打てる手を打っておかなきゃ、とはウェルビーも思う。実際ルオもそうしてくれていたし。



 「とはいえ……何をどうすりゃいいのか……」



 一介のオペレーターでしかないウェルビーに、状況の改善等は望むべきではないし、解決できる手段は無いに等しい。まして、補給の順番を後回しにするというのは、大昔からある嫌がらせだ。頭には来るが、その行為にはきちんとした手順と手段で行われている。大人の世界というのは、そうしたモノだ。

 どうしたものか――そう悩んでいた時。

 突然、艦橋指令室の扉が開く。こんな風に前触れも無く来る人間は、何人かしか居ない。艦橋クルーの誰かか――この問題の張本人だ。



 「アライヴは留守か。邪魔したな」



 そうですよ、と言い掛けて。トリガーが去るのをそのままに。普段はそうしていたし、今もそうしようと思っていた。だが、今この時は。頭に血が上っていたこの時は。



 「トリガーさん! ちょっとコレ、酷いと思いません⁉」



 ……捲し立てていた。早い話、愚痴の相手が来てしまったのである。





 戦艦キュイラスの補給は、基本はクレーンによるコンテナ搬入により行われる。軍船だから、通常の艦船に存在する、側舷物資搬入口が無い為だ。この方式は、戦艦の防御性能を引き上げる事に貢献してる。右舷か左舷に物資搬入口を造った場合、当然の事ながらその部分の被弾に対する防御効率は著しく低下する。艦体に受けるダメージは、内部に貫通した場合は特に致命傷になるケースが多い。その為、軍船というモノは物資搬入方法も考えなければならないのだ。



 「北部前線基地からの文書、これ! 見て下さいよ! トリガーさんにも一因があるんです!」

 「……むう?」



 とはいえ、クレーンに頼った補給は、一見効率的に見えて、軍事上では問題を抱えている。クレーンでなら補給が可能、という事は――クレーンが無ければ補給が出来ないという事になってしまう。それではクレーンも設置できない様な最前線では補給が出来ない事になってしまうのだ。兵站とは、その様な事柄も考えなければならないのである。



 「うちの弾薬庫、もうスッカラカンなんですよ⁉ この状況で出撃命令が出たら――終末の獣が来ちゃったら、どうすれば良いんですか⁉」

 「む……」



 よって、この場合。戦艦キュイラスにおいては艦体後部に陸戦隊出撃用、もしくは地上から即座に物資を運び込める大型の出入口を用意されている。巨大な装甲外壁そのものを動かして開閉されるその出入口は、一見すると出入口に見えない威容を誇る。こうした機能を戦艦側に備え付ける事により、兵站を容易にしていく。こうした思考が、軍隊の維持には必要なのである。



 「……話はわかった」



 ウェルビーは「え?」と思わず漏らす。正直、愚痴を聞いて欲しかっただけだ。言いたい事を、言いたかっただけだ。だから――だから。特務大隊のみならず、北部前線基地のみならず。首都セントラルの軍上層部まで鳴り響くトリガーという超問題軍人をせっついて、あまつさえ暴走させようなどとは露ほども思っていなかった。



 「お前の話はもっともだ。ならばこの儂が、状況を解決してみせよう」

 「え?」

 「何、心配するな。こう見えて交渉事には長けているのでな」

 「はい⁉」



 トリガーから普段出てこない言葉の羅列である。ウェルビーから血の気が引く音がする。「あ、あのちょっと」とウェルビーは言おうとするが。



 「全て任せておけ。弾薬の不足は、儂の主義にも反する故にな」



 どすどすと、独特の足音を響かせてトリガーが去る。そして、艦橋指令室に一人残されたウェルビーは。



 「……とんでもない事を、しちゃったかもしれない……」



 ――頭を抱えていた。





 想定――トリガーがどの様に弾薬を補給してくるかについて。



 「真っ先に思いつくのは――北部前線基地の襲撃ね」



 真っ先にこれが思いつくのは、トリガーの普段の行いの賜物か。重機関銃を振り回しながら北部前線基地に突撃していくトリガーの雄姿(?)を刮目するべきなのか否か。証拠が残らない様に、紙とペンで色々書いているのだが――ウェルビーは頭を抱える。



 「駄目、駄目に決まってるでしょ⁉ その前に私がトリガーさんを何とか……出来る? あの化物を……?」



 いやまて落ち着け。とりあえず深呼吸をして。いくらあのトリガーでも味方の基地を即座に襲う筈が――筈が――ない筈だから、と言い聞かせ。



 「じゃあ、次の想定を。北部前線基地には個人で経営している武器ショップもある筈だから……」



 で、これまた思い付くのも――襲撃である。大型トラックを強奪したトリガーが並み居る銃撃をものともせず武器ショップに突撃し、そこから武器弾薬を山と積みこみ、戦艦キュイラスに帰ってきて。みんな笑顔に――



 「……なる訳ないでしょうがあああああああああああ⁉」



 自分で想像して自分で爆発する。これを自家中毒と言うのかもしれない(違います)。

 余りにもリアルに見える未来予想図に恐怖すら覚えながらも、ウェルビーは平静を取り戻そうと躍起になる。もう一度、すーはーと自分にも聞こえる位の大きな呼吸で己を奮い立たせ。



 「……落ち着きなさい。いくらトリガーさんでも。あのトリガーさんでも。犯罪に加担する……筈が……ある訳が……そんな筈は……ない筈だから……」



 苦悩の度に、頭の位置が沈み込むのは一体どうした事だろうか。

 なんとか次の想定を。きっと皆が幸せになれる未来予想図を。そんな風に幸せ思考を全開にしようとして――我に返る。



 「だああああ! こんっな事してる場合じゃない!」



 事態は、刻一刻と動いている。何せトリガーと来たら止まらない。今頃何をしでかしているのか、知らなければならない。そうなれば。



 「とにかく着替えなきゃ!」



 ようやくウェルビーはそう考える事が出来ていた。アライヴやプリス、或いはファスの様に考えて動ける方がおかしいのである。そして――当直に戻って来たルオが現状を理解するまでには、しばらくの時間が必要となった。





 目立たない服装だと、思う。自分ではそう思っている。だが、道行く人のほぼ全てが自分を振り返るのは、どうした事だろうとウェルビーは思う。確かにウェルビーは普通の服を着ているのだが、それで自身の魅力を抑え付ける事は不可能に近い。それはウェルビー最大の弱点でもあり、もはや考えても仕方のない事である。

 出かけていくトリガーを発見できたのは僥倖だった。というか、トリガーは目立つ。いつもの軍服に、ボロボロの外套。そして、巨漢と来る。追跡は容易であった。



 「とにかく、トリガーさんが何かをしでかそうとしたら……これで!」



 持参したのは、自衛用のスタンガン。これであのトリガーをどうにか出来るのか。手近にあった武装がこれだけだから、止むを得ない。

 時刻は夕闇が広がる刻限。子供は家に帰る時間と言えば解りやすい。



 「どこに行く気なんだろ、トリガーさん」



 トリガーはセッターなどには乗らない。重たくて動かないらしい。故に移動は全て歩きなのだが――何だか知らないがトリガーの歩みは異常に早い。巨漢ではあるが、動きが遅い訳では無い。そして、あの図体でずかずかと歩くモノだから、周囲の人が避けていく事請け合いなのである。



 「こっちはセッター使わなきゃ、追い掛けも出来ない⁉」



 大慌てでセッターを登録し、追跡する。北部前線基地はとにかく広く、様々なモノや物資でごった返している。だというのに弾薬が不足する――そんな事がある訳がない。結局のところはやはり、嫌がらせなのだろう。それに憤りを感じる事は不自然な事ではない。同様に、トリガーが何かをしでかす事に恐怖を感じる事も、不自然な事ではない。



 「どっちもどっちって、現象なんでしょうかコレ?」



 いや、違う。

 トリガーは今、武器を持っていない。だからか知らないが、尚更動きが早い。巨漢だというのに奇怪な動きではある。

 そして、トリガーの目的地――薄々は分かっていたが――が判明した。北部前線基地の公式ではない取引所、トラフィック歓楽街。そこに、トリガーが入っていくのが見えて。慌ててウェルビーはセッターを回収ポイントに駐車しなければならなくなっていた。





 「図体が大きいから、探すのは楽で良いんだけどね」



 トラフィック歓楽街で、見失ったらもう無理かな。そう思っていたが、意外にもトリガーは直ぐに見つかった。かなり離れた位置に居るが、何しろ巨漢である。着かず離れずの距離を確保しながら――というより、追い掛けてもあっという間に引き離されてしまう――ウェルビーはトリガーの後を追う。



 「確かにここでも、弾薬の類は売っているけど……」



 所謂、闇市である。違法に間違いはない。が、まあ……弾薬の出所をあまり気にしていられる現状でもない。とはいえ。



 「いくらなんでも、軍事で使う弾薬量だから……そうとう安く見積もったとしても……」



 どう考えても個人で支払える金額ではない。という事は。

 ウェルビーの脳内では「買い物だ」と言いながら大型トレーラーを運転するトリガーの姿が見える。徒歩で移動しか出来ないトラフィック歓楽街では不可能な未来の筈なのだが。そして、そんな想像ばかりしていたからか。



 「……あれ?」



 トリガーが――居ない。見失ってしまった。慌ててウェルビーは追おうとして。



 「……こりゃあ、上玉だ。おい、お嬢さん。俺達に付き合ってくれないか? なあに、大人しくしていてくれれば、痛い目は見せねぇよ」



 ……囲まれていた。





 ウェルビーは周囲を確認する。おそらくは四人――いや、五人か。周囲の雑踏を利用して、網を張っていたらしい。すっかり囲まれている。



 「こちらは任務中なのよ。悪いけど、余計な真似をするなら通報しますよ?」



 凛として、ウェルビー。軍人経験は長いので、こうした時にどういう対処をしたらいいかは知っている。だが――最近の前線事情を、ウェルビーは知識として知っているだけだ。



 「んなこた、知らねぇよ。こちとらいつ死ぬかもわかんねぇんだ……それに、こんな場所に来てる奴が任務だァ? 馬鹿も休み休み言えよ」



 ぱちりと、折り畳みナイフが引き出される。ウェルビーはポケットに入れてあるスタンガンの位置を確認する――が、それは素人の動きだ。左足が一歩後方へ動き、身体を動かしやすく――したところで。

 左手が後方から、掴まれる。



 「……離しなさい!」

 「やなこった!」



 後方から、一人の男が足を忍ばせて来ていた。義体同士ではあるが、相手の義体は即応部隊のもの――対してこちらは後方支援。鍛え方が違う。



 「くっ……!」

 「おい、こりゃ大当たりだぜ! 今夜は楽しめそうだ!」

 「は、離して⁉」



 あっという間に、囲まれた。男達の視線が、ウェルビーに注がれる。既に両腕が拘束され、ナイフを持った男が、ゆっくりと近づいてくる。

 胸元にナイフが向けられ――静かに伝えられる。



 「ここじゃ、誰も助けに来ねぇよ。観念して大人の時間を楽しもうぜ……!」



 だが。ウェルビーは特務大隊所属の人間である。生半可な気持ちで、あの部署にいる訳では無い。

 ぺっと、唾が吐かれ。ナイフの男に掛かる。



 「下種野郎と楽しめるものですか。他を当たりなさいよ――この……野郎!」



 かなり下品なスラングであった。ナイフの男が紅潮する。「このアマ!」と、ナイフの柄がウェルビーの顔面を襲い。



 「ぐっ⁉」



 顔面が、血に染まる。しかして、ウェルビーの視線は揺るがない。



 「何度でも言ってあげる! この――女に手を上げるしか出来ない……野郎!」



 騒ぎを聞きつけ、遠巻きに皆が集まる。しかして、誰も助けには来ない。いや――ただ一人だけは、歩みを止めず。恐ろしいスピードで来ていた。



 「このぉ!」

 「…………!」



 胸元が切り裂かれ、露わになる。それと同時に――皆の視線が、集中した瞬間。巨大な何かが、ナイフを持った男の顔に叩き込まれる。それを受けて、男は一瞬のうちに向かいの壁に叩き付けられた。



 「悪いが、これは儂の連れだ。他を当たれ」



 男を吹き飛ばしたのは、拳。ただそれだけ。だが、他の男達がトリガーに襲い掛かった瞬間。それは爆風を生み出さんばかりの速度で繰り出される。



 「ごっ⁉」

 「がっ⁉」

 「ひぐっ‼」



 あっという間の出来事であった。トリガーは来ていたボロボロの外套をウェルビーに被せ、しゃがむ。



 「この様な場所で何をしている。お前は――お前達はもう少し日の当たる場所に居るモノだろう」



 厳つい顔である。何も考えていないかもしれない顔である。だが――慈しみはあったのだ。そう、ウェルビーはやっと理解していた。





 その場を離れ、トリガーに連れられ。

 屋台のスープを購入し、それを飲む。少しだけ、落ち着いた。まだ震えがあるのは、ウェルビーがあまり前線慣れしていない故だろう。



 「慣れぬ事をするものではない」 

 「……すいません」



 そう、トリガーに諭される日が来るとは――普段はまともな事を一切しない癖に、と言いたくもなる。



 「それで、どうした」

 「実は……」



 この期に及んでは、黙っていても仕方ない。ウェルビーは素直に打ち明ける事にした。トリガーは黙って聞いていた。そして、全部聞き終わると。



 「ふむ、ならば見学をしていくといい」

 「見学ですか?」



 普段通り淡々とトリガー。そして、所有しているクレジットの額をウェルビーに転送してくる。ウェルビーは金額を確認し――焦る。



 「こんなに持ってたんですか、トリガーさん⁉ あ、でも。これでも足りないって言うか……!」

 「どうせ使う予定の無いモノだ。これを元手に、増やせば目的額になろう」



 不穏な言葉が入り、ウェルビーは悲喜こもごもの顔をする羽目になった。



 「うむ。カジノで増やすとしよう」

 「……正気ですか⁉」



 やはりトリガーはトリガーだった。そう、ウェルビーは嘆息していた。





 さて――カジノで一攫千金。それは誰しもが夢見る事であり。夢であるからこそ夢になるのである。要するに、そんなに勝てる訳ないだろう、という事でもある。

 例えば。



 「トリガーさん、それならまずはスロットですよ。確率論から言えば……!」

 「壊れたが」



 壊れた(壊した)レバーをその場に捨てて、トリガーは次の目的に向かう。

 次は、ルーレット。



 「あああああ……⁉」

 「見事、すべて外したな」

 「なんで見てるだけなんです⁉ なんで見てただけなんです⁉」



 目の前からあからさまにチップの山が持っていかれ、苦悩するウェルビー。「見本を見せると息巻いていたのは何だったのだ」と、トリガーに諭されてはぐうの音も出ない。

 次にやったブラックジャックも、情け容赦ない勝負の世界を確認しただけで終わり。「これはアカン」とウェルビーは苦悶する。

 しかして、しばし苦悩した後。ウェルビーは冷静さを取り戻す。



 「トリガーさん。これじゃあ何時まで経ってもどうしようもないというか……」

 「うむ。それは理解している」



 本当だろうか。そうなのだろうか。全てにおいて無茶があるというか。しかして、トリガーの視線の先を見て、「あ……」とウェルビーは感嘆の声を漏らす。



 「儂はこれで稼ごうと思っている。相手を倒せば良いだけだろう?」



 トラフィック歓楽街名物、地下格闘技。確かに、これなら――トリガーの強さは折り紙付きだし。ウェルビーは破願して、トリガーに向き直る。



 「トリガーさん、戦闘経験長いですものね! 素手だってすごく強いし、きっと専門の訓練を積んでらっしゃいますし! これなら!」



 これなら勝てる――そう、ウェルビーは確信できる。だが、当のトリガーはいつも通りのうっそりとした声で、こう言った。



 「格闘技……初めての経験だが、まあ何とかなるだろう」

 「……はい?」



 聞いた事のない単語に、ウェルビーが狼狽え。しかしてそんな事お構い無しに、トリガーがさっさと闘技場のエントリーを登録する。そして、ウェルビーの脳内でようやく情報がリンクした時。ウェルビーは絶叫していた。



 「格闘技やったことないんですか⁉」

 「そうだが」



 ウェルビーは再度、頭を抱えていた。





 さて、格闘技について語っておこう。

 そもそも格闘技とは、素手で戦う事に主眼を置かれて開発されている。そして、格闘技が目指したものとは「非力なモノでも、力あるモノに対抗できる」という事を理想として開発された経緯がある。それはテコの原理を利用したり、体重移動を十全に行ったりと、体格や筋力の総量で決まっていたかつての格闘技を超える為に造り上げられた技術体系でもある。

 つまるところ――格闘技を知らず、力任せばかりのトリガーは、絶好のカモという訳である。



 「どうするんですかぁぁ⁉ 戦闘経験が無いって、それは勝ち目が無いと同義です!」



 ウェルビーも白兵訓練を受けている。その結果は散々なものだったが――理解している事もある。お互いが冷静になれる状況で、経験者と未経験者が戦った場合。未経験者が勝てる可能性は、筋肉量、体格、そうした複合的な要素を勘案したとしても――経験者の方に軍配が上がるのである。それはそもそも、力の差というモノを覆す訓練が格闘技の本質だから、でもあるのだ。



 「なあに、何とかなるだろう」

 「そうでしょうか……?」



 かくて。有り金全部を賭けた、トリガーの戦いが始まる――





 ――で、終わった。



 「な、何と……手も足も出ぬとは……」

 「だから言ったのに……」



選手控室にて、横になり。思う存分ボコボコにされたトリガーは、顔に冷やしたタオルを押し付ける。少しでも腫れを引かせるためだ。その様を呆れ果てた、というか達観した目で見つめるウェルビー。そんな二人に、背後から近づいてくる人が一人。



 「……おい、大丈夫かとっつぁん。訓練じゃねぇから手加減出来なかった。医務室なら俺が担いでいくぜ」



 チャックである。よりによってこの男がトリガーの対戦相手であった。戦闘センスそのものと言っても良く、まして白兵戦においては右に出るモノは居ない。これではトリガーが勝てる筈もない。



 「何、大事は無い。しかし……これで手札を失ったか……」

 「……やっぱり無茶ですよ、この作戦……」



 作戦と聞いて、チャックが反応する。



「おい、作戦とはどういうこった? 俺は何も聞いてねぇ、極秘なのか? それを俺が潰しちまったのか?」



 声には焦りがある。それはそうだろう、特務大隊での作戦とは、アライヴの意向が全てだ。それに反した行いは控えなければならない。その気持ちはウェルビーも判る。なので……ここまでの事情をチャックにも説明した。全てを聞き終えたチャックは、盛大に肩を竦める。



 「……なんとまあ。トリガーのとっつぁんよ、気持ちは分からんでもないが――少々無茶な作戦だぜ、そりゃ。大体が戦艦キュイラスに満載の弾薬なんて、ここで何十勝すれば到達できる金額なんだか。その前に胴元から潰されるのがオチだぜ」

 「むう……」



 実際そうだろう。賭け試合、賭け勝負とは昔からそういうモノだ。まして、軍事予算になりそうな程の額ともなれば、何らかの力が動く事は予想が付く。しかし、とチャックは続ける。



 「北部のボンクラ共が、俺達に嫌がらせ――っていうのは、見逃せねぇ。ウェルビー、なんでさっさと俺等に言わなかった? 俺がアイツら御自慢の、第一艦隊――何とかっていうエースの鼻っ柱を潰せば、さぞ溜飲が下がるだろうぜ」



 もちろん、それは魅力的な提案である。しかし、ウェルビーは当然それを推奨できない。



 「そんな事をして、何になるんですか⁉ ただでさえ低い特務大隊の評判が、地に堕ちますよ⁉」

 「もう下がってるって、気にすんなよ」

 「そういう話じゃありません!」



 ウェルビーは知っている。プリスが各方面に頭を下げているのを。アライヴは頭を下げているというより、論破しに行く方だが。だが、どちらも組織維持の為に骨を折っている事だけは間違いない。そう言われれば、チャックも引かざるを得ない。ぽりぽりと頭を掻いて――不意に、何かを思いつく。



 「おい、ウェルビーさんよ。この話に関わっているのは、お前達だけか?」

 「……? ええ、後はルオ――は、殆ど知らないわね。アライヴ様とプリス様には何も言っていません。それが何か?」



 それを聞いて、チャックはいよいよにやりと笑う。笑顔は完全に悪党のそれだ。



 「いやあ……この話を聞いて、喜んで手を貸してくれる奴に心当たりがあってな。待ってろ、呼んでくるからよ」

 「え? え……ちょっと待って、その人って⁉」

 「じゃ、すぐ戻る」



 ウェルビーが止めるよりも早く。チャックは正に風の様に去っていった。そして、ウェルビーは来るべく大混乱に、片頭痛を起こしかけていた。見かねて、トリガーが話しかける。



 「おい、どうした? どういう事だ?」



 ウェルビーは現実を受け入れたくなかった。しかして――始まってしまったのだ。特務部隊の暗部というか恥部、三凶の三人、それが揃って悪巧みをする時が。



 「……多分、ですけど。ファス様がこれから来ます」



 かくて。状況は転換を迎えるのである。悪い方に。





 ウェルビーの予想は、当たった。勿論――悪い方向に、である。



 「事態は理解した。補給物資を仕入れる事と、北部のボンクラ共に恥を搔かせる事、この二つは同時並行する事が可能だ。某の脳細胞を持ってすれば、なんなくこなして見せよう!」



 案の定、であった。完全に一つ目の目的を忘れて二つ目の目的に注力しそうな勢いはあるが、ファスは自信満々で選手控室に現れた。それほど時を置かずに来たから、ファスも近くに居たのである。半舷上陸のメンバーには含まれていなかった筈だけどなぁ、とはウェルビー談。



 「それで、どうする気だ?」



 これはトリガー。腫れも引いたのか、もう普通の顔に戻っている。凄い回復力ね、とはウェルビーも思う。



 「簡単な事さ。第一艦隊の弾薬を譲り受ければいい」



 ウェルビーは、血の気が引くどころか――卒倒しそうになった。





 「お願いします、お願いします! 戦闘行為だけは、それだけは何とか⁉」



 ウェルビー、切なる願いである。横で聞いているチャックは「安心しろよ、俺達は平和主義者だぜ」と、誰も信じそうも無い事を言っている。ウェルビーの後を付いてくるトリガーはうっそりと頷くだけだ。

 先頭を歩くファスは、こちらも鷹揚に頷く。



 「何、戦闘にはならんよ。何しろ我々が狙うのは、『廃棄弾薬』だからな」

 「『廃棄弾薬』?」



 言ってから、ウェルビーはその存在にすぐ思い当たる。トリガーが居るから、特務大隊ではめったに処理しないが――殆どの部隊では恒常的に捨てられるものであるからだ。



 「いわゆる、賞味期限切れというものさ。そうした弾薬は保存していても仕方ないので、一か所にまとめて廃棄、もしくは爆破される。適当なターゲットに向けて発射される事もあるし――ちゃんと処理してリサイクルに回されるモノもある。そして、このうち我々が狙うモノは重機関銃の弾薬……単純化されている為、リサイクルには向かない。爆破解体される流れのものだ」

 「そう言われてみれば……重機関銃の弾薬ってリサイクル処理できないんですよね……」



 早い話、処理しようとすれば爆発する危険があるのだ。それ故に、重機関銃の弾丸は――元々が大量生産されていた事もあって――爆破処理するのが通例である。



 「この時、ダミーの爆発を引き起こし、物資を搬送。後は弾薬本体をきちんと処理すれば、持ち去る事は可能だ――誰にも迷惑を掛けない、優しい作戦だろう?」

 「思いっきり第一艦隊の面子、潰れますけど……」

 「なに、侵入者に対するテストだと思ってもらえれば良い。良い経験になるだろうさ」



 ……他人事である。

 そして弾薬の爆破等は、事務方の仕事だ。戦闘でも何でもないので、確かにリスクも少ない。そう――それだけが、全てなのならば。



 「で……なんですけど」

 「うむ、聞こう」



 ウェルビーは改めて見やる。第一艦隊が停泊している港湾施設を――港湾施設、というより要塞を。



 「これ、どうやって突破するんですか?」

 「……こんなに厳重だったかな……」



 ファスがぽりぽりと頬を掻き。チャックが「姐さん……研究室に引き籠ってばっかりだったから……」と呟き。トリガーはうっそりと「ふむ」と呟き。

 一行は真剣に作戦会議をする事になった。





 ――で、出来上がった作戦がこちら。



 「とりあえず、順番にやっていこう。

 まず、目的となる廃棄銃弾だが、二つのコンテナにまとめられている事が判明した。コンテナは大型トレーラーに乗せて運ぶ事が可能となっている。そして、廃棄銃弾は安全性を考慮してそのまま溶鉱炉に放り込まれることになっている」



 ファスがつらつらと語る。それに対してチャックが呆れたように呟く。


 「すげえ話っすよね。爆発っつーか、弾が飛び出ないんですかい?」

「その為のコンテナだよ。そして火薬が燃焼すれば、後に残るのは金属のみ。コンテナも含めてきちんと溶かせば、優良な合金原料になるのさ。つまり、一風変わったリサイクルという訳だ」

 「これをリサイクルって言うのかどうかはちょっと悩むところだな……」



 チャックの質問に、ファス。ウェルビーは呆れながらも、ファスの博識に舌を巻く。



 「……それで、どうする気なんです?」

 「うむ、それでだ。片方ずつ弾薬コンテナは処分される。二つ同時には、某だって二の足を踏むだろうからな。その処理中にちょいと細工をして、避難勧告を発出させる。で、その隙を付いてもう一つのコンテナを基地から持ち出す――簡単だろう?」



 今、とんでもなく途中を簡略化された。だが、それはつまり。



 「処理施設と言っても……味方の基地に爆薬を仕掛けて注意を引く……⁉」



 ウェルビーは眩暈がしてくる。さりとて、特務大隊の三凶とはこういう連中である。



 「んじゃ、姐さんは爆弾を準備してくれ。俺が爆弾を設置する担当、トリガーの父つぁんはトレーラーの担当だな。ウェルビーは後方で……」



 チャックが場を仕切り。しかし、ウェルビーは揺るがない。



 「いえ、私も行きます。皆さんが無茶をされては、元も子もありませんから」



 ファスとチャックは顔を見合わせるが――直ぐに納得した。それほど危険性が高い場所でもないからだ。



 「よかろう。後方支援は某が担当する。では、作戦開始だ」



 かくて。北部前線基地は第一艦隊、その停泊施設における事変が発生するのである。





 ――夜陰に乗じて動くのは、チャックの得意科目でもある。



 〈こちらチャック、目的のコンテナを発見した。どっちが先だ?〉

 〈それが判断できないと、爆弾を設置できない。先に動く方だとは思うがね〉

 〈うへぇ。誰かがトレーラーを動かし始めたら、それに乗って爆弾を仕掛けるのか。すげぇタイトなスケジュールだな〉

 〈止むを得まい……お、動いた様だぞ〉



 ウェルビーも、状況をただ見ていただけではない。処理施設には殆ど人員が配置されていない――オートメーション化されている事も把握していた。だからといって吹っ飛ばしていい理由も無いが。



 「とはいえ……確かに頭に来ていたのも事実だし……」



 それに、吹っ飛ばすといっても。精々がボヤ騒ぎ位だろう。ファスはああ見えて爆弾を仕上げる能力については天才的だ。とはいえ、思考だけが次から次へと湧き出し、それが全て不安に変わる。これが前線というモノなのか、そう考えていた時。



 「そう肩肘を張るな。ただ付いて来ればいい」



 トリガーとウェルビーは、基地の外、茂みに身を隠している。そもそも廃棄弾薬およびその処理施設は港湾施設の端に存在しているので、ここからでも目視が可能なのだ。そして、誰もが理解する事だが――こんなもの、わざわざ襲いに来る方がどうかしているのである。



 〈チャックだ。仕掛けは完了、引くぜ〉

 〈わかった。後は時間通りだ――トリガー、頼むぞ〉



 そう、音声が流れ。トリガーが「わかった」と言った瞬間。

 大地が鳴動するかの如き衝撃が周辺に響き。それはボヤとか、そんなレベルの代物ではなく。

 天地を焦がす様な爆発的な火炎が、空に向かって打ち上げられるかの様な爆発が巻き起こり。



 「――ふむ。火薬の量を間違えた様だ」



 そう、ファスが虚空に向かって呟いていた。





 「――はい、わかりました。ではこちらの状況は当方の責任において対処致します。ラドック殿におかれては、心中お察しします。当方から必要な物資、支援が必要な場合は……ふむ、切れたか。相変わらず堪え性のない御仁だ」



 翌日。事態はどうやっても隠匿出来る様な規模でもなく。これ以上の拡大を防ぐ為に、弾薬入りコンテナを爆破地点から離れた場所――つまるところ、戦艦キュイラス近くまで運んできたのである。理屈の上では大勝利だが。



 「申し訳ありません。勝手な真似をしてしまい……」



 ウェルビーは沈痛な表情だ。何もかもぶちまけたくなっていたが、それはアライヴが制していた。アライヴは、窓際に立ち、表情をウェルビーに見せぬ様にしながら続ける。



 「たまたまの事だ。うちの隊員が、他の部隊の基地で爆発事件の現場を見てしまい、またその時にトレーラーの中身が可燃性である事を知っていたので、これ以上の損害拡大を防ぐ為にトレーラーを操縦して、安全な戦艦キュイラスまで戻ってきたのだろう? 君は良くやった。この上はゆっくりと休むと良い」

 「でも……!」

 「ウェルビー」



 アライヴの言には、力がある。ウェルビーでは到底及ばない意思の力だ。



 「それに、反省する必要があるのは――君では無いだろうからね」

 「はい……?」



 この後チャックとファスは、痛い目を見るのだが――それはまた別の話。

 




 ウェルビーは、戦艦キュイラス内を歩き回る。壊れている場所があればチェックして、修理の目録を作っておくのだ。武器や武装は日々壊れるモノだから、日々直すモノでもある。それは何時の時代においても変わりはない。廊下にあった亀裂を写真に収め、修理箇所を伝達し。ウェルビーは甲板上に出る。今日も日差しが強く、日光浴日和だった。

 そして、甲板上には大抵――トリガーが居る。



 「トリガーさん。今日は何を?」

 「鋳物だ」



 トリガーが用意していたモノは、鋼鉄で出来た入れ物をいくつかと、ハンマーに打ち台。鉄の入れ物は何かを燃やすモノらしく、鋳物だとすればそれも判るのだが。それは、判るのだが。



 「……何を、していらっしゃるんですか、と聞いているんです」

 「鋳物だが。知らんのか?」

 「そうじゃなくて、ですね」



 ただ。

 そこにいるだけ――そこに、何があっても居る。それが、どれだけ有難い事なのか。

 言葉にはならない、言葉にする必要も無い思い。

 いつか、気が付くだろう。いつか、知るだろう。

 ――今思う、その思いだけが全てでは無い事を。



 「甲板上でそれが必要な事かと伺っているんですが」

 「むろん必要だ。それがどうした?」

 「あーもー!」



 「……結局のところ、あの二人の関係は何なんだ?」

 「それよりも逃げた方が――来たぁぁ⁉」



 ファス、チャック――そしてアライヴ。絶対に止まれない戦いがそこにあった。だから何だ、という話ではあるが。





  〈了〉

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アヴァターラ アリス @Aris0210

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