第12話 異世界と言えばドラゴンと聖剣でしょ

 

 ーーーー

 勇者・ケツアゴカチワレーヌは、巨大な炎のドラゴンと対峙していた。その手には勇者だけが扱えるという巨大な聖剣を強く握りしめている。

 聖剣の刀身には、眩い光を放つ純銀が使われ、黄金色の複雑な文様が彫り込まれており、見るだけで心が洗われるような洗礼さ。

 柄には金がふんだんに使われ、貴重な魔宝石が意匠によって埋め込まれており、手に握るだけで秘められた力を感じることができる。さらに、剣の鞘には刀身と同じく神秘的な紋様が刻まれ、その神秘さは見る者を圧倒していた。

 

 目の前にいるマグマよりも赤々としたドラゴンは、聖剣に気付いたのだろう。まるで警告をするかのように、轟音と共に炎を吹き出しながら、ダンダンと足で地を揺らす。

 圧倒的な力、圧倒的な恐怖。

 

 しかし、ドラゴンの後ろにはウェディングドレスを着た太子が、檻の中に閉じ込められている。

 ケツアゴ・カチワレーヌは仲間の危機を目の前に、恐れることなく、ドラゴンに向かって走り出した。隆起した筋肉任せに剣を振り上げ、勇敢に龍に振りかぶる。

 

 キンッ

 

 耳をつんざくような金属音が響いた。轟音をかき消すほどの、鋭い、音だった。

 

 しかし、勇者ケツアゴ・カチワレーヌの顔は激しく歪む。

 

 なにせ、この剣は、ドラゴンの身体に傷の一つも・・・・・つけることができなかったからだ。

 その刹那の驚愕は、ドラゴンにとって隙と見えた。

 

 黒鉄の爪が勇者ケツアゴ・カチワレーヌへと一直線に飛んで行く。

 

「……っ!」

 

 しかし、勇者ケツアゴ・カチワレーヌとて、伊達に今までの歴戦の戦いを駆け抜けてきたわけでは無い。

 身体を上手くひねり、どうにか鋭い爪を躱した。

 

 しかし、あまりにも無理な体勢、自然の摂理には勝てずにバランスを崩し、無様に地面へと落ちていく。

 

 衝撃は、まるで雷鳴のよう、地面に叩きつけられた。

 ビキニアーマーは壊れ、剣は遠くに飛ばされる。地面はその衝撃で大きく凹み、土埃が汚く舞い上がった。本当に一瞬だが、全身を強く食らった痛みに勇者は、永遠を感じた。

 地面に横たわりながら、苦痛に顔を歪めた。

 

 ーーーー

 

「ちょっっとおおお、痛すぎるにも程があるでしょおおおおおおお」

 

 緊迫したシーンに、響き渡る私の叫び声。

 

 今日から本格的に執筆活動が始まり、私たちも作者の台本に合わせて、物語を演じ始めている。今はその初めての再現シーンである。あるが、しかし。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 太子は思わず、檻の中から飛び出し、私の元へと駆けつける。ひたすら悶絶する私は、太子の声に反応する余力はない。打ちつけた背中の痛みに息をするのも辛いほど、ただひたすら落ち着くまで耐えることしか出来ない。

 

「ご、ごめんドラ!」

 甲高い少年のような声で謝るドラゴンは、心配そうに涙目になりながら私の顔を覗いていた。

 

「さっきまでカッコよかったッスけど、台無しッスねえ」

 物陰に隠れていたハムチーもまた、やれやれと言った様子でとことことやってきた。

 

 十数分前まではあの素敵な小屋で寝ていたのに。気づけば変な洞窟の中に連れてこられ、巨大なドラゴンがいたのである。

 

 しかも、涙目のドラゴンが「すみません、今朝僕も呼ばれて、あのこれなんですけど」と紙の束を差し出してきた時は、作者に殺意が芽生えたというものだ。

 どうやら、作者的に「冒険といえばドラゴン退治」という見切り発車をし、全ての脈絡をすっ飛ばしたのだ。

 どうして太子はウェディングドレスを着ているのか、なぜ檻に捕まっているのか、ハムチーはこの場面にいないのか。

 そもそも、ここは何処なのか。

 

 本当に、このシーン以外、全て何も決まっていないのである。

 

 暫く悶絶した後、私はゆっくりと体を起こした。

 

「というか、このナマクラは何!?」

 怒るままに指し示したのは、地面に転がる大きな剣。すでに先ほどの一打で刃こぼれしており、宝石もところどころ砕け。全体的に剣としての脆さを露呈していた。

 一通り紙の束こと台本もしっかり目を通したが、特に何も書かれていなかった。

 普通、聖剣といえば、最強の武器のはずだ。丈夫で折れないと思うのに、簡単にボロボロになっている。

 私の指摘に対し、太子は何かを思い出したのか、ポンと自分の手を叩いた。

 

「ああ、これは多分、の聖剣ですね」

 

 で、

 相反する要素が出てきたせいで、思わず空気が止まる。皆の頭にはてなが浮かんでおり、ハムチーと私は思わず顔を見合わせた後、太子へと視線を戻した。

 太子もうまく伝わっていないと気付いたのだろう。

 

「えっと……作者さま曰く、『勇者しか抜けない偽物の聖剣を出す』と話してました。聖剣を手に入れたら大丈夫という油断をさせて、実は何も役に立たないお飾りの剣だったという盛大なオチです」

 

 盛大なオチ。はいいが、この後どうするつもりなのだろうか。

 私はお尻に隠しておいた台本と取り出して、今一度この先の内容を確認する。

 

 

 ーーーー

 痛みに苦悶の表情を浮かべる勇者ケツアゴ・カチワレーヌ。

 しかし、その目にはまだ戦いを放棄しない強い意志が宿っていた。強大な力の前に打ちのめされ、力尽きたように見えても、勇者ケツアゴ・カチワレーヌの中には立ち上がる力がまだ残っている。

 聖剣へと手を伸ばし、土埃に塗れた金の柄を掴む。

 今までも試練を乗り越え、再び立ち上がってきた。

 その姿は、まさに真の勇気である証明。

 

 しかし、勇者ケツアゴ・カチワレーヌは気づいていなかった。

 

 激しい戦いの中、勇者は巧みな動きで龍の攻撃をかわし、勇気と力で龍に立ち向かった。しかし、何度も何度も刃をドラゴンの体に突き立てるが、少しも傷をつけることが出来ない。

 

 なぜ、どうして。

 聖剣のはずなのに。

 

 少し浮かぶ疑問、ただ考える暇はなく、気づけば地面へと叩きつけられていた。

 

 一体何度目だろうか、ドラゴンは羽虫と戯れるのに飽きたのか、遂に勇者ケツアゴ・カチワレーヌに向かって火を噴いた。

 

(まずい)

 

 思わず剣を盾にして火を受け止めようとした。

 

 目の前にある剣の刀身。勇者ケツアゴ・カチワレーヌはやっと異変に気づく。

 刀身が、割れた鏡のようにひび割れていたのだ。

 なんとか受け止めるが、すぐに火に包まれ、遂に聖剣は炭へと変わった。

 

 ーーーー

 

「なんで、これで終わりなの!!」

 先ほど読んだ時と変わらず、絶望の終わりである。

 そうこの後、私はどう考えても消し炭になってしまう。

 先ほど地面に打ち付けられただけで痛いのに、こんな痛い場面が続くのだ。しかも、私だけ。

 

「脈絡もなく戦う羽目になるなんてええ!」

 いやいやと駄々をこねる私に、ドラゴンは「温度調整してファイアーブレスするんで、落ち着いてください」と涙目でフォローする。

 ドラゴンとは演じる前に神様からスポットで派遣された存在で、主に敵役として仕事をしているらしい。

 ただ、今まで手伝いに来た中でも、設定が斬新すぎてと私たちを見ながら困惑していた。

 

 それにしても、もっと一発目に相応しいシーンあったでしょ。

 

「作者あああああ出てきなさいよおおおクソおおおおおおお!!」

 

 私の怒号は世界へと響き渡った。

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