第14話 これは私の夢


 いつかの、私のホームタウン。

 実家からも追い出され、抱えきれない自分の存在意義を求め、たどり着いた場所。

 夜の幕の中、目映くて、熱くて、冷たくて、傷だらけの街だ。


 むわりとした熱気の中で、私はお気に入りの赤いハイヒール靴に、赤いボンテージ服を着て進んでいく。


 煌びやかな光と熱気、自由に求めた人達が、楽しげにすれ違う。


「あら、あんた元気ぃ?」 

 聞き覚えのある声に、私は振り返る。そこにはだるまのような体型に、派手な化粧と服で装ったドラァグクイーンが立ってた。


「元気よ、あんたはちょっと飲み過ぎじゃない! どこで工事してるのかと思ったわ!」

「仕方ないでしょ、お客にシャンパンどんちゃん朝までコースだったんだから」

 ガハハハッと笑った後、さらりと去って行く。私が向かうのは、自分が務める店だ。


 立ち並ぶビルの壁面には、色とりどりのネオン看板が煌めき、独特な店名たちも街全体を鮮やかに彩る。

 その反対に、路地裏はひっそりとして暗く、誰かが迷い込むのをじっとりと待っていた。勿論、わざと迷い込んでいく二人の姿も見える。

 

 老若男女関係なく自由奔放に騒ぐ人達、肩身を狭くして通る人達、軽蔑の眼差しを向ける人達。本当にさまざまな人間模様が、この狭い空間に犇めきあっていた。


 夜が深まれば、さらに独自の魅力を放ち始める。

 男も女も垣根を越えた人達や、自分らしさ固執する人達が闊歩し、それを撮ろうとする観光客たちも増えてきた。

 勿論、私にも声をかけてくる人も多く、優しく対応したり、時にはすっぱりと一刀両断したり。臨機応変に、私はこの夜の街を慣れた身のこなしで泳いでいく。


 私は、とある雑居ビルのエスカレーターに入る。隠しきれない朽ち果て汚れた匂いがする空間。染みついたアルコール臭は、改めて感じると酷いものだった。


 チンッ


 エレベーターが開く。目の前には紫色の看板が出されていた。

『女装バー バーカバー』


 扉を開けると、そこには色とりどりの趣味の悪い装飾が施された店内が広がり、まるで薬でもキメたような世界のようだ。そんな奇特な空間だが、お客によってカウンターもテーブルも含め全席満員御礼である。


「ちょっと、遅いわよ!」

 どしりと響く低音。過剰なくらい大きく作られた夜会巻きに、紫の着物がよく似合うママ。迫力のある化粧に、睨まれた私はやれやれと肩をすくめた。


ママ・・、私今日シフトここからよ?」

「アンタを待ってるそこにお客さんいるんだから、遅いったら遅いのよ」

「あら、本当? それはお待たせしちゃった。すぐ支度するから待っててくださいね」


 ママの視線を向けられた先のカウンター席には、何回か話したことあるお客さんがお酒を飲みながら私を見ていた。

 ちょっとばかり年の行っており、落ち着いた姿は、個人的にはかなり好みの人だった・・・


 私は、頭を少し下げて、バックヤードに入る。


 ああ、そうだ、ここは夢だ。

 だって、あのお客さんは他の店の子と付き合って、海外に行ってしまった。


 鏡を見れば、昔よく被っていた緑のスーパーロングヘアのウイッグに、切れ長美人のメイクをした自分が映っている。

 ケツアゴではない、本来の自分の顔だった。

 服装を整え、化粧も少しだけ直し、やっとお店へと出る。


 カウンターに立つ時は、私を演じる。

「皆、お待たせぇ!」


 きゃぴっとポーズを取れば、お客たちは待ってましたと笑う。

 先程のお客様も「じゃぁ、駆けつけ一杯」と、嬉しい一杯を入れてくれる。

 お礼を言いながら、緑色の瓶に入った焼酎をグラスに注ぐ。ほのかに香るアセロラの香り。

 子供っぽいのは承知で、オレンジジュースを割ものとして足した。


「ありがとうございます! いただきまーす!」

 ぐいっとお酒を煽る。上を向いた視線の先には、配管むき出しの天井。汚くて、黒ずんだシミやサビがよく見えた。


 時がゆっくりと流れる。お酒の冷たさも、喉を焼くアルコールの痛みも。


 客席では、多様な人々が集い、お互いの個性や話題に花をやかましく咲かせている。

 鮮やかなドレスに身を包んだ女装たちが、華やかな席に座って、会場に活気と笑いをもたらしている。


 一方で、静かにしっとりとママと話す男たち。そう、ここはただの娯楽の場所だけではない、日々のストレスから逃げれる心の安らぎや支えとなる場所でもある。

 日常の荒波から非日常のセーフハウス、ここで自分らしくありのままの姿で過ごすことができる。その包容力と温かさが、この場所を特別な存在にしているのだろう。


「それでは、一曲歌いまぁす!」

 店に繋がれたカラオケのマイクを握り、盛り上がる曲を選択する。流れるカラオケナイズされたチープなギターサウンド。平成初期の香りが拭えないダサいMVは、最初見た時は手を叩いて笑ったものだ。


 歌は得意だ。いや、得意にした。

 私が目指す夢には、歌が上手いことは重要だった。

 ダンスだって踊れる。化粧も得意だし、衣装を作ったり、ウイッグを作ったりも出来る。


 全て、ドラァグクイーンで名を挙げるのに必要だった。

 本場アメリカであるドラァグクイーンのサバイバルオーディション番組。

 全て課題として出てくるから。


 歌い終われば、店中からは拍手やらヤジやらが飛んでくる。


「さすが、未来のワールドワイドクイーンじゃない」

 ママもこの時ばかりは優しく微笑んで、私を素直に褒めてくれる。

 ぼろネズミのようだった若い私を拾って、今の今まで面倒を見てくれたママからの言葉は、私にとって一つ一つ大切なものだった。


「ママ」

 優しく微笑むママへと手を伸ばす。しかし、私の手は宙を切る。

 少しずつ世界が白く光り始める。暗くカラフルで奇抜な汚い世界が、どんどんと消えていく。

 ああ、そうだ、これは、夢だ。


 どんどんと薄くなるママ。


「絶対に夢、叶えるんだよ。いってらっしゃい」

 ぶっきらぼうだけど心配性なママが、私に最後かけてくれた言葉が、柔らかい音の波となって世界を満たす。


 パンッ


 その世界を貫く鋭い破裂音。

 私の身体は後ろへと傾く。


 ああ、ママ。


 消えゆくママへと必死に藻掻きながら手を伸ばすが、身体は無情にもどんどんと遠ざかる。


 ごめんなさい、私、死んじゃったわ。


 どさりと、背中から倒れた身体。辺りは全て真っ白な空間、私の意識もゆっくりと溶けていった。



 

 

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