第13話 戦いたい


 ドラゴンと対峙してからどのくらい経過しただろうか。

「あれから、続き、来ないわね」

 洞窟の中、ドラゴンと共にたき火を囲む。本来、洞窟の中でたき火をするのは爆発を誘発したりと危険。

 しかし、ドラゴンが言うには「ここはあくまでも張りぼてドラ」ということだった。


 ウェディングドレスの太子、ハムチー、ドラゴン、私。奇妙な四人、いや二匹と二人か。


「とりあえず、食べるドラ」

 ドラゴンは白いコック服とコック帽を着けて、中華鍋を豪快に振るい、美味しそうな鮭レタス玉子チャーハンを作っている。


 すでに、他の皿には卵とトマトと青梗菜の炒め物、エビマヨ、葱とキノコのスープも用意されていた。


「いっぱい食べてほしいドラ」

「「「あ、ありがとうございます」」」


 正直言おう。量はとんでもないドラゴンサイズであり、それぞれの皿もシングルベッド程の大きさだ。


 ただ、どれもこれも美味しそうである。


 ちなみに、ドラゴンはペスカタリアンだそうで、哺乳類の肉は食べないらしい。

 初めて知ったのだが、ベジタリアンとは違い、魚介類と卵、乳製品は食べるそう。


 実際に今目の前にあるものには、肉は見当たらなかった。

 それにしても、ドラゴンの料理を食べれるとは。促されるまま、それぞれの皿にレンゲを伸ばした。私はチャーハンを一口を掬う。卵にコーティングされた米が、黄金色につやつやと光っていた。


 微かに香る胡椒とオイスターソースの香り。

 ぱくりっと、口に含んだ。


 一瞬、静寂が流れた。ほんの一瞬だった。

 そして、静寂の後、皆心のまま口を開いた。


「おいしいですぅ~!!」

「うまぁ!!」

「ドラちゃん最高じゃない!」


 喜びの声が、洞窟の中に強く響き渡る。

 不安げに伺っていたドラゴンは嬉しそうに笑みを浮かべた。 

 ハムチー、太子も満足そうに、レンゲを持ちながら幸せそうに次から次へと口へと運んでいる。


 私は笑みを浮かべながら、次の一口を口に運ぶ。エビマヨだ。海老のぷりっとした食感と特製のマヨソースの味わいは、まさに絶品である。何故、この場にお酒がないのかと叫びたいほどだった。


「ドラゴンさん、なんでこんな料理上手いんッスか!?」

 スープを飲み干したハムチーは、ドラゴンの腕前に驚きすぎたのか、ちょっと怒り気味にも聞こえるような口調でドラゴンへと話しかけた。


「好きこそ物の上手となれ、ってことですかね。本当は、料理人志望だったのです。でも、どうしてもドラゴンって少なくて」



「もったいないわよ!? ドラちゃん、本当においしいわ! こんなに美味しい中華料理初めてよ! お店やるべきだわ!」


 私の声が感謝の意を込めて響く。


 ドラゴンはうなずきながら、本当に本当に照れくさそうに、こめかみを指で掻きながら笑った。

「食べてくれた皆が喜んでくれるのが、私の一番嬉しいです。初めて、こんなに褒められました。それで十分です」


 そのいじらしい言葉に、私たちは心からキュンッと胸を高鳴らす。彼の料理に対する情熱と愛情を感じた。

 なんとも奇妙な四人の食卓、話は進まないが絆は更に深まっていったのだ。


 ご飯を食べた後、それぞれ眠りの準備をする。思えば、作者はまだ現れていない。太子に聞けば、「作者が夢を見た時だけなので」と寂しそうに笑っていた。


 どうやら、チャンスはなかなかに難しいみたいだ。


 ドラゴンはパジャマに着替え、寝袋で寝ている。あの綺麗な鱗を保つには、バランスのいい食事、適度な運動、適度な睡眠のが大事だそうだ。

 ハムチーもドラゴンの上に乗って遊んでいたが、いつの間にか眠りに落ちていた。 


 私も早く寝よう。

 そう思ってドラゴンから渡された寝袋の支度していると、横に太子がやってきた。


「少し、良いですか?」


 どこか迷った幼子のような目だ。私は、「早く隣に並びなさい」とぶっきらぼうに返した。


 焚き火の明るさが私たちを薄らと照らす中、寝袋の中から洞窟の天井を眺めていた。太子もまた、寝袋越しに肩を寄せ合っていた。


 あちらから来たわりには、並んでから少しも話さない太子。寝息が聞こえないから、起きてはいるようだけれども。

 待ってたら、いつまでも話さないわねコレ。


「作者のこと? それとも、自分のこと?」

 私がそっと口を開く。もしかしたら、太子自身も、どう質問すればいいのかと悩んでるかもしれない。


 ハッと息を呑む音が聞こえた。そこから、二拍おいて、「自分のことです」と小さい声で帰ってきた。



「自分の存在意義? それとも、自分がやりたいこと? または、やってしまったこと?」

 なるべく優しく、安心感を与えるように。こちらからある程度選択肢を提示すれば、混乱してる人を落ち着かせて、冷静に整理させることができる。

 いつかの自分が、第二のママに教えられた方法だ。


「自分の、やりたいこと、ですかね。いや、存在意義かもしれないです」

「何やりたいの?」

 太子は深いため息をつきながら、ゆっくりと悩みを打ち明けた。


「ボクも、戦いたいです」


 そうだよな、と正直思った。理由もなく囚われた太子と違い、ドラゴンと戦う私。ハムチーは今回出番はまだないが、ラスボスという肩書があるため、いつかは戦うことなるだろう。


「ただ、守られてるだけのシーンで、不安になって。今のままでは、私はただの足手纏いです」

「今のシーンだけ、戦わないってだけかもしれないわよ」

「でも、作者様が以前言ってたんです。『太子のことは俺が守るから』って。もしかして、守るってことが、ボクを戦わせないと言うことなのかなって」


 おいこら、作者。あんたの可愛い子ちゃん、めちゃくちゃ不安がってるじゃない。

 涙声でぐじゅぐじゅし始める太子に、私は心の中で作者の腹に拳を叩き込む。


「大丈夫。もし、そうなりそうなら、作者に私が抗議してあげるから」

「迷惑では、ないですか?」

「そんなことで迷惑するほど、人間狭くないわよ。寧ろ、作者が迷走する前の救いの拳として、しっかり叩き込んであげるわ」


 茶化すように話してみれば、クスッと小さく笑い声が聞こえた。


「……ありがとうございます。ボクから、まず、お話ししてみます」 


 やっと、太子も元気が出てきたのか、少し力の抜けていた。

 まだ始まったばかりの世界、不安なことも多いのだろう。

 特に、太子は思ったよりも幼い。

 この急激な変化に戸惑うのが当たり前だ。


「とりあえず、早く寝るわよ。夜更かしは美容に大敵だわ」

「はい、そうですね。おやすみなさい」

「おやすみ、いい夢見なさい」


 私は、やっと目を瞑る。


 瞼の向こうには、懐かしい光景が広がっていた。


 

 

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