第5話 まだ盛るの!?
「俺のことはハムチーでおなしゃすっす! あ、皆は、お名前なんて言うんっすか?」
愛らしいまるもふふわな顔を小さく傾げ、美しい美少年声を発しながら、きゅるるんとした瞳でこちらを見るハムチー。
なお、彼はこの先、私たちを裏切るらしい。
「わ、私は、ケツアゴ・カチワレーヌよ」
「お、じゃあ、レーヌさんって呼ぶっすね」
レーヌ。あら、いい響き。何なららちっちゃいちっちゃいお手手の親指を立てて、ぐっと私に向けた。
「はわぁ」
あまりの可愛さに、頬も口も緩む。リスのような尻尾もゆるゆると動かしている姿も、可愛すぎる破壊力満点だ。
なお、彼はラスボスらしい。
ハムチーの可愛さに見惚れている私を尻目に、太子とハムチーも簡単に挨拶を交わす。見た目美少女とカワイイ生き物が戯れる姿は、絵的な癒やしを感じた。ああ、もふもふしたい。
「思えば、ハムチーさんはラスボスとか言ってましたけど、展開とか何か聞きました?」
でれでれの私とは反対に、太子は比較的落ち着いていた。この可愛いを前にして、正気で居られるなんてと、ちょっとばかり驚いてしまった。
ハムチーは太子の質問を受けて、さっぱりと「全くない」と笑った。
「一応、こっち来る前、神様に確認したんすけど、『設定だけだ。書けばどうにかなると作者が宣ってた』って言われちまって」
「神様?」
「あれ? 来るとき、会わんかったっすか? めっちゃタトゥーまみれのダンディ。名前尋ねたら神様って言われたっす」
あ、あのナイスミドル、やはり神様か。
それにしても、設定だけあって、展開は決まっていないのか。
「見切り発車過ぎるのよ、この作品」
「タイトルも単純っすからね~」
ふんっと鼻息を吐いた私に、ハムチーはケラケラと笑いながら私に近づく。そして、爪先から肩へと、するするっと登ってきた。
もふりとした毛が私の頬に当たる。その滑らかな触り心地たるや、言葉にならない。
極楽浄土を感じた。
「ふわっ、ふぁっ、ふぁあ……」
「レーヌさんは面白いっすね~」
顔中が緩みきってる私に、ハムチーはもっと擦り寄る。思ったよりも近くで見ると大きいハムチーは、大体両手に収まる程の大きさ。例えるならば、一番近いのはダチョウの卵くらいだ。
そのふわふわな塊が、頬にぴとりとくっついているのだ。
「存在が罪ッ……」
「え? たしかに、暫定ラスボスっすからね」
撫でた過ぎて伸びそうになる手を、必死に堪える。堪えすぎて筋肉に力が入り、血管がビキビキと浮き上がった。
ちらりと太子を見ると、どこか不思議そうな顔で私たちをジッと見ていた。どうしたのだろうと声を掛けようとした。
「そう、実は俺、人型に変身できるんすよ~」
しかし、ハムチーの気になる発言に、私の意識は奪われた。
人型になれる?
ハムチーはにこにこ笑うと、今度は私の肩から床に飛び降りる。宙で一回転決めたと同時に、白い毛玉のような身体はブワッと大きく次第に人間の形へと変わっていく。
私の目は、大きく見開かれた。
「ハムチー、美男子モードっす! どうすっか、イケてるでしょ」
きゅるんとした青い目でウィンクする男。指は丁寧にギャルピースをして、「イェイッ」と決めポーズを取っている。
目の前に現れたのは、くるくるふわふわな白髪が特徴的な年下かわいい系の美青年。これは世の
「作者が、やっぱ超イケメンは人気作品に必要っしょって、言ってたらしいっす」
まだ、盛るのか!? でも、たしかにイケメンはいる。
ただしかし、彼の唯一難点とするならば、今の格好がバキバキに仕上がっている裸体に、白い毛皮のコートだけを纏っていることだろう。
動きに合わせて、ふらふら動くもの。横にいた太子なんて顔を赤くして目を手で隠している。
「ちなみに、俺、歌うまいん聞いてくださいっす~」
「その前に下、何か履きなさい!!」
呑気に歌い出そうとしたハムチー、流石に野性的すぎる姿のままは駄目だと、本能的に思った私は全力で叫んだ。
その声は、世界の中で不自然に反響する。ハムチーもこの異常な雰囲気に、驚いたように空を見上げた。空の上には、空をすべて見えなくするほどの、大きな人の顔が浮かんでいた。あまりの恐怖映像に、私はそばにいたハムチーと抱き締め、太子にも手を伸ばそうとした。
「あっ、そんな時間なのですね!」
しかし、太子は怯える私たちとは違い、嬉しそうに天へと手を広げ、顔へ近づいていく。
「作者様! お待ちしてました!」
嬉しそうに笑う太子、大きな顔の人間は太子を見ると、この世界へと飛び込んだ。
潰される!?
ぎゅぅとハムチーを腕の中に隠すように抱きしめる。
男の顔は近づいてくる。しかし、その姿は予想とは異なり、どんどんと小さく変わっていき、太子の腕の中に飛び込む頃には普通の成人男性ほどの大きさになっていた。
草臥れたスーツを着た男は両膝を地面につく形で、魔法使いの格好をした太子の腕の中に、すっぽりと収まる。太子の胸の間辺りに顔を埋めていた。
「たいちぃいいいい、今日も仕事頑張ったよぉおおん」
「はい、よしよし素晴らしいですよ~」
「しゅきしゅきらぶりぃたいちちゅぁあん」
「ボクも大好きですよぉ」
なにあれ、キショイ。
頭に浮かんだのは、単純で純粋な暴言であった。
いやでも、あれはキショイとしか言いようがない。十五歳くらいに見える美少女(男の娘)にぐでぐでに甘えるおっさんの構図だ。
日本で見かけたら、下手したら通報されるような光景だ。
「ねえ、太子、それ何?」
こいつは、もしかして、登場人物の一人なのだろうか。
気分的には汚いゴミでも見るように男を指で示した私に対し、太子は本当に幸せそうに答えた。
「この方は、この『はじまりの物語』の作者である
想像する中で、最悪な回答だった。
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