第6話 作者おま


「こいつが、作者……」

「んん? あぁ、ケツアゴかあ」


 私の声に反応したのか、太子に抱きつきながら視線だけをこちらに送り、まじまじと私を見る。その不躾な視線もそうだが、わざわざケツアゴと略したのは、思わずカチンッときた。


「カチワレーヌとお呼びなさい」

「おっかなぁ。たいちきゅんこわいでちゅぅ~」

「先生が待ち望んでいた勇者様ですし、とてもお優しい方ですよ!」

 イライラを滲ませたまま重低音響かせれば、男は一層太子の身体を抱きしめる。いい年した大人が、わざとらしく赤ちゃん言葉でぐずる姿は正直視界に悪い。しかも、太子の身体にぐりぐりと頭を埋めている。本当に、止めてほしい。

 なんか一言言ってやろうと息を巻いたが、先にもう一度こちらを見た男の方が口を開いた。


「毛皮にフルチンはねぇなあ」 

 ハムチーの変身後の姿を見たのか、不満そうに目を細めた男。ゆっくりとその視線は、私にも向けられた。


「うぅん、それにしても、服装……もっと派手でビキニアーマーな感じがいいな」


 ビキニアーマー?

 疑問に思う前に、作者の周りにふわふわとシャボン玉が突如現れた。

 七色に光るシャボン玉は、ふよふよと浮かんだかと思えば、私の美しい身体に纏わり付く。


 パンッパンッパンッ


 小気味よい音が聞こえた。なんと、服装が変わっていた。

 鍛えられた筋肉の上に、虹色に光る金属のビキニアーマー。守っている箇所は胸と大事なところだけという。靴は膝丈の金属でできたアーマーブーツ。頭にも身体にもズシリとした重みがある。


「わあ、素敵です!」

「きらきら! 眩しいっす!」


 目をキラキラと輝かせる太子と、眩しそうに目をこらしつつも嬉しそうに飛び跳ねるハムチー。

 ハムチーもまた、毛皮の下に簡素な服を着ており、先程のアウトな格好では無くなっていた。


 しかし、逆に、私は。

 いや、絶対にこれ、ダメでしょ。

 守っているとはいえ、はみ出さないギリギリの面積なのだ。なんならケツは感触的にティーだろう。鍛えられたぷりっぷりっなケツ肉の割れ目を強調している状態だ。


「こんなの、少し動いただけで、私のキュートなビッグマグナムがこんにちはじゃないの!」

「ええー、それくらいのインパクトあった方が、出オチ・・・に最適じゃん」


 ん? 出オチ?

 男の肩を掴むと、男はむすくれながらさらりと聞き捨てならない単語を吐いた。

 意味を咀嚼した私は、さらに眼光を鋭く男を睨んだ。


「だれぇがぁ!! 出オチですってぇえ?!?」


 男を太子から引き剥がし、中に持ち上げて、がんがんと揺さぶる。男の顔が揺れに合わせて、四方八方にがんがんと動く。

 出オチ。お笑い用語で、出た時がピークで面白く、その後はただただ右肩下がりになっめいくという意味だ。正直、不名誉な言葉である。


「だって! ウェブ小説って、最初のインパクト勝負的なのあるって聞いたし! 『ナニコレ!?』って思わせるには、主人公やばくするしかないじゃん!?」

「それでも、もっとまともな設定ってものがあるでしょ!? 何よ、ケツアゴのドラァグクイーンって! ケツアゴいらないでしょ!?」

「頭に浮かんだケツアゴ・カチワレーヌって単語があまりにも語呂良くてさぁ、仕方ないよね~!」


 しかし、私の揺さぶりもものともせず、かなり生意気な口ぶりで、男はひょうひょうと反論する。

 ナニコレって! 私が言いたいわよ!

 ケツアゴ、絶対いらないでしょ。


「せめて! ケツアゴは無しにしなさい!」

「それはムリでぇす!」

 殴るしか無いと、拳に力を入れ、振りかぶった。しかし、拳の矛先になる男は、一切怖がる素振りも見せない。


「そもそも、太子を守るための勇者なんだから、ただの筋肉ムキムキイケメンにするわけないだろ!」

 大声で叫んで、ニヤリと笑う。

 太子を守るための勇者。どういうことだと、拳の動きを止めた。


「どういうこと?」


 私の問いかけた。しかし、男が答える前に、けたたましい音が遮った。ジリリリッという、まるで目覚まし時計のアラームのような音だった。


「ああ、そんな、もうこんな時間か」


 男はぽつりと呟く、私が掴んでいた身体はゆっくりと透明になっていき、世界へと溶けて消えていった。

 唖然とする私とは違い、太子はまるで縋るように男へと必死に手を伸ばした。


「作者様!」


 悲痛な叫びに、思わずぐっと胸が締め付けられた。

 幼子が、去って行く母を求めるような姿だ。


 意気消沈した太子に近寄る。その瞳にはたっぷりの涙を浮かべ、静々と美しい雫を滴らせていた。


「太子、なんで泣いてるの?」

「作者様がいなくなっちゃったからっすか?」

 ハムチーと共に声を掛けると、太子ははっと顔を上げる。そして、慌てて自分の胸元からハンカチを取り出して、優しく涙を拭い始めた。


「も、申し訳ありません。お恥ずかしいところを……」

 小さく頭を下げる姿は、なんともいじらしい。

「作者様が去っていくのが、どうしても耐えられなくて。いつも、作者様が目覚めた後に・・・・・・一人で泣いてたのです。もう、二度と会えなくなっちゃうかもしれないって、思ってしまうのです、ぅうっ、ぅ」

「ああ、俺たちがいるじゃないっすかぁ~。お、俺、抱きしめちゃいますよ!」

 先程の光景を思い出したのか、止まりかけていたのに、目から大量の涙が溢れる。ハムチーは慌てて動物の姿になると、もふもふの姿で太子の顔を抱きしめる。


 美少女(男の娘)の顔に、抱きつくもふもふ。

 一部のマニアが好きそうな光景だなと思いながら、私は一息つきながらケツへと手を伸ばす。


 あっ、思えばタバコないじゃない。

 私は思わず悔しくて、手を伸ばした方の自分のケツを叩いた。


 パンッ。

 乾いた肉の音が世界に響いた。

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