第7話 始まりは優しく


 暫くして泣き止んだ太子は、「思えば、二人にこの世界について、ちゃんと説明しますね」と私たちに微笑む。目は赤く少し腫れているが、それでも心配かけまいとしているのがわかる。

 本当なら、子供なら好きなように泣けばいいと伝えるべきな気もするが。


「ありがとう、教えてくれるかしら?」

 折角子供が堪えているのに、わざと突くのは趣味では無い。


 ピンク色の空が、次第にネイビーブルーへと色が変わっていく。青緑の草原もまた色の濃さが増し、夜の到来を伝えているようだった。

 冷たい風がひゅうっと吹いた。肌を撫でていく温度は冷たかった。

 私たちは草原の上に、円になるように座った。


「この世界は、作者である都町車みやこまちくるま様の『はじまりの物語』という作品の世界だと、カチワレーヌ様にはお話ししたと思います」

「ええ。でも、まだ作品としては始まってないんでしょ?」

「俺も神様から聞いたッスよ!」


「はい、まだ作品として生まれていない世界。全てが不確定な世界なんです。それは、私たちにも言えることです」

 真剣な眼差しで、太子は語気を強める。

 私たちの存在も不確定だということなのだろう。


「特にこの世界は、創作の神様が作った創作のクラウドベース『クラウドステージ』をお借りしているのです」

「『クラウドステージ』?」

「はい、人間の想像に対する容量や処理速度を増やすため、ある一定の創作方法をとっている人に、舞台や登場人物を勝手に貸しているサービスです」


 勝手に貸している。その時、ふと自分がこの世界に来た時の情景が頭に浮かんだ。

 ハンバーガーと共に死に、神様らしき男によってこの世界に投げ込まれた。ハムチーもまた、神様と会ったと言っていたはずだ。


「じゃあ、私たちは勝手に貸し出しされたってこと?」

「そうですね。想像する世界が増えるたびに、人間を作ってたらリソース資源が足りないと、以前神様から聞きました」


 クラウドサービスやら、リソースやら、随分と横文字が多い。今までまともな学歴も職もない私の脳が、あまりの理解の難しさに痛み始めてきた。


「話は難しいッスけど、まあなんか、俺たちが来た理由は理解したッス!」

 ハムチーにも難しかったらしいが、彼はさらりと流したのだろう。確かに、これは理解したら負けなのかもしれない。


「まあ、わかったわ」

「ボクもこの辺りの説明は正直難しいです」

 太子も困ったように首を傾げ、はははっと頭を掻いた。


「それで、先程作者様にお会いしたと思います」

「そうね、なんかアラーム音と共に消えちゃったけど」

 随分耳に悪い音だった。思い出して、思わずうわぁっと顔を歪める。思えば、あの時作者が何かを言っていた気がする。


「作者様は夢を見ている時のみ、私たちとお話しできるのです」

 太子の説明で、作者の言葉を思い出した。

「え、あれ、もしや目覚ましの音?」

 だから、「こんな時間か」と言っていたのか。


「そうですね。アラーム音もなく、起きる時もあります」

 ようは、目覚めるまで私たちと会話できると言うことだろう。しかし、先程の会っている時間は、夢を見ているにしては随分短かった気がした。


「とにかく、今は作者様にどんどん世界の構築とか、ストーリーとかを進めてもらうしかありません!」

「たしかに、物語なのにストーリーがないって変ッスもんね」

「そうね」

 太子とハムチーの言葉に、私は頷く。どうやら、今は不安定な泥船に乗ったようなものなのだろう。まずは少しでも安定させるしかない。


「なので、カチワレーヌさん、ハムチーさん。頑張って、この世界を盛り上げていきましょう!」

 天高く拳を突き上げる太子を見た。この先はどうなるかわからない。けど、やるしかないのだなと、腹をくくった。


 つもりだった。



「なにこれ?」

 草原の上で一夜を過ごした私たちの前に、白い紙の束が置かれていた。

 紙の右上には、ホチキスらしき金具が止まっている。


 そして、表紙には『はじまりの物語』という文字が書かれていた。


「すごいです! 作品が、作品が執筆開始されました!」


 どうやら、私たちが寝ている間にいつの間にか、話が進んでいたよう。

 太子は嬉しそうに紙を捲り、読み始める。ハムチーと私も一緒に紙を捲った。



 ーーーーーーー

 時は、冷戦。

 異世界は、戦禍の燻りに恐怖していた。

 各地の食料や武器は尽き、国境には兵たちが睨みあい、いつでも賽を投げる状態に見えた。

 だが、その賽を覆すことが起きた。


「ハハハハハッ! 世界を滅ぼしてやろう!!!!」


 なんと、とある王国の城が何者かに乗っ取られたのだ。そして、乗っ取った本人は高笑いをしながら、世界に宣戦布告をしたのだ。


 その名は、「魔王・キュトナハムチー8世」であった。

 ーーーーーーー


「はぁ?」

 眉を寄せた私は、冒頭を読み、思わず声を出した。


「すごい、壮大な始まりですよ!」

「俺の出番めっちゃっカッコイイッス!」


「いや、どこがよ!? ハムチーの名前をここに出したら、絶対ダメでしょ!!」

 絶賛する二人とは正反対に、私は思わず声を荒げる。ハムチーは確かに魔王ではあるが、旅の途中かなんかで裏切るという設定があるはずなのだ。ここで、絶対に出してはいけない。というか、別に名前を出す必要もないのだ。


「あ、そうッスね。あまりにも俺がかっこよくて忘れてました!」

 明るく笑うハムチー。太子は「これは作者様に伝えねばですね!」と心底驚いた表情をしている。

 一応続きもあるため、もう少し読み進める。


 ーーーーーーー

 魔王はガガガガッとレーザー光線を放つと、近くの王国の国境を燃やし、ドンドンと侵略をしていく。

 残された国々は、これでは危ないんじゃねと一旦休戦し、どうにかならないかと会議して考えたのだ。


 そこで、とある国王がピコーンッと古の言い伝えを思い出したのだ。

 それが、勇者召喚の儀式である。

 そして、生け贄を捧げ、魔法でドーンッピカッと呼んだのが、最強の生物「ケツアゴ・カチワレーヌ」であった。

 ーーーーーーー


「ザッツッ!! しかも、話の展開と擬音が合ってない!!」

 カチワレーヌはまた頭を抱えたのであった。

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