第8話 キャラ贔屓もほどほどに


 もしかして、このくそレベルの小説で、私は頑張らないといけないのか?

 文体も重厚感を与えたいのかと思ったら、途中の語尾に「じゃね」とか使っているし。というか、絶対冒頭で力尽きただろ。

 最後までやる気を出せ、書け、書き続けろ!


「作者様も処女作ということで、やっぱりまだ不安定なのですね。けど、こう! 音で壮大さが伝わりますね!」

「太子! 甘いわ! これはクソ小説よ!」

 明るくフォローする太子に、激しく反論した。太子は反論に驚いたのか、びくりと肩を跳ねさせ慌ててこちらを見た。


「ま、まあ、続きは、続きは成長してるかもですし」

「そうかしらね」

「作者様も、本気で取り組んでるので、信じてください!」

 めげずに必死にフォローし続ける大使。噛みついて来ないところを見るに、彼も心のどこかでクソ小説だと感じているのだろう。

 ただ、あまりにも目をうるうると子犬のような目で縋るものだから、私も一度は信じてみようと台本をめくった。


 ーーーーーーー

 バババンッと登場するケツアゴ・カチワレーヌは、虹色のビキニアーマーでコンプライアンスギリギリ部分を隠す。まるで、ペガサスも昇天しそうな金髪の盛り髪は天高く伸びていた。


「(何かケツアゴの決め台詞考えて未来の自分)」

 筋肉ムキムキの身体、鍛え上げられた拳を天高く挙げる。人々はその姿に、心の闘志に火がつく。


 そして、勇者の隣には、美しき魔法使いが立っていた。

 戦禍の炎にも負けず、彼女の煌びやかな輝きが辺りに満ちる。

「我が名は、薬与家太子やくよけたいし。この世界を救いに来た」

 夜の静寂に優しい歌を奏でるような、人々の耳を魅了する声。太子が持つ人丈ほどの魔法の杖を振れば、この暗黒に希望を齎す。桜色のローブは、儚くも咲き誇る魔法使いそのものを表していた。

 美しく繊細で触れたら壊れそうな様子だがらその瞳からは、尽きぬ慈悲と正義の炎が見えた。


「勇者ケツアゴ・カチワレーヌと共に、魔王が生み出した闇から救いましょう!」

 力強い言葉と共に杖を地に穿つ。杖の先から魔法が舞い踊り、荒れ果てた野に花を、草木を生やす。溢れ出す命の息吹に、見たものたちは敵味方関係なくその姿に魅了され、彼女の名を讃え歌う。


 ああ、魔法使い薬与家太子よ、あなたの光は私たちの永遠。愛と希望の象徴として、この世界で未来永劫讃えられる偉大な魔法使い。あなたの優雅な姿、温かな心、そして偉大な力。ああ、薬与家太子。愛と希望の女神。

 世界が愛する美しき神の子。愛している。

 ーーーーーーー


「差別反対!!」

「あああ! 台本!!」

 台本を地面に叩きつけた私。あまりのことで、身体中が沸騰したように熱くなっていた。太子は私が叩きつけた台本を拾い上げて、付着した土を払いつつ私を見た。その目は一瞬にして怪物を見たかのように、恐怖で染まっていた。


「なにこれ!? 私の文章、ほんのちょろっとじゃないの! しかも、なに、途中で未来の自分にぶん投げてるわよ、コイツ。今のポンコツが浮かばないものを、未来のポンコツに任せたところで、何も解決しないわよ!」


 私は、勇者であり主人公であるはずなのに。

 ヒロイン枠である太子の文章は、遙か三倍の文字数になっていた。しかも、私の文章はかなりやっつけ仕事なのに比べ、なんだこの厳かな文章。


「てか、文章の統一もできないくせに、本格派ファンタジー気取ってんじゃ無いわよ、こんの、ドベの、トーシローが!」

 勢い任せのまま、天に向かって両手で中指を立てる。あまりにも、腹が立ち過ぎて、イライラが止まらない。

 太子はぷるぷると震えながら、私を見上げていた。


 作者が太子を好きなのは、正直理解している。私よりも先に登場人物として生まれているのだから、主人公だけれど優先度も低いだろう。

 だとしても、贔屓にも大人の我慢にも、ちゃんと限度があるのだ。

 それに、なんだ、ペガサスが昇天しそうって。ライトノベル読んでる層がわからないでしょ、それ。

 一つツッコミ始めれば、芋づる式に出てきてしまうのが困ってしまう。


「まあまあ、レーヌさん落ち着くッス。俺でもスーハースーハーしましょ」

 半狂乱になっていた私に、ハムチーは勢いよくもふもふな身体を顔に押さえつける。正直飛んでくる姿は、まるでムササビのように見えた。

 顔中を包むもふもふふわふわ、暗転した視界、心地よい獣の香り。

 どれもがリラックス効果を遺憾なく発揮しており、身体から力を簡単に抜けさせる。

 先程までメラメラ燃えていたのに、もふもふには抗えない。


 あわぁ、あったか、ふわふわ。

 これは、世界征服、待ったなしですわ。


 スゥウウウッハァアアアアアッ

 大きく息を吸い、ゆっくり吐き出した。


「さすがに、この分量はどっちが主人公かわからないですね。ちゃんとボクから作者様に伝えておきます」

 やっと落ち着いた私を見て、太子も恐る恐る声をかけてきた。ぶるぶると震えた彼の声に、怒りにまかせ怖がらせてしまったと、申し訳ない気持ちが沸いてくる。謝らなければと、私は顔を抱きしめていたハムチーを優しく外す。


 暗い世界から、光る世界へ。朝が広がる世界、青空・・が美しく広がっていた。


「あれ、ピンクじゃなかったかしら、空って」

「めっちゃ青空ッスね、快晴最高ッス!」

「実は作者様がその設定忘れるから、やめたそうです。台本の後ろに、変更点として書いてました」

「は?」

 先程の地面に叩きつけた台本を太子から受け取り、一番後ろのページを確認する。

 ーーーーーーー

 (変更)

 空を青空に変更しました。

 ピンクにする意味、無いなと気付きました。

 なんなら、空の描写難しくて、俺にはムリ。

 ーーーーーーー


「独自性も大事ですが、馴染みやすさを優先した英断だと思います!」


 こんな文章を見てもなお、すかさず作者様を褒め称える太子。

 やっぱ、謝りたくないかもしれない。私は漠然とそう思ってしまった。

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