第4話 来るのが早い
「わあ、すごいですね。世界が動き出しましたよ! ケツアゴ・カチワレーヌ殿!」
嬉しそうにドレスを翻し、緑青の草原の上で踊る薬与家。メルヘンかつリアルな彼女の姿と、広がるシティポップカラーの背景。色合いとは微妙にマッチしているのが、なんとも言えない。
「作者様、最初はボクしか考えてなかったから。やっぱ、主人公が生まれると世界が動くんですね!」
ぴょんぴょん跳ねていると、薬与家の服が次第にピンク色の魔女帽子とローブへと変化していく。美しい黒髪も姫カットからウエーブかかったロングへと代わり、少しばかり化粧も施されていた。
その変貌ぶりは、まるで小さい頃見た少女向けアニメの変身シーンのようにも見える。
本当になんでもありなのね、この世界。
私はそんなこと思いながら、草原にぽつんと置かれたままの姿見を覗いた。
いつの間にか、裸同然だった格好は自分の服装は虹色の派手なドレスへと変わり、スキンヘッドもガンガンに盛られた金髪、化粧も綺麗に整えられていた。派手なアイシャドウにばさばさのつけまつげ、真っ赤なリップというかなり主張マシマシ状態に。
まさに、
「ケツアゴ・カチワレーヌ殿? ケツアゴ・カチワレーヌ殿ぉ? どうしましたぁ?」
いつの間にか隣に立っていた薬与家。私はハッと我に返り、薬与家を見た。
鏡を見ながらぼおっとしていたせいで、反応し忘れていた。
「脳内が処理落ちしてたわ」
「処理落ち?」
「ちょっと、脳が混乱したってことよ」
「ああ! 確かにこの世界に来たら、混乱しますよね。ボク、じゃなくて、私も混乱しましたから」
薬与家は困ったような表情で頬を掻き、何かを思い出すように遠くを眺める。
この子は私よりも先にこの世界に来ていたので、私よりも混乱は大きかっただろう。
「この世界って、一体何なの?」
「作者様である都町車の『はじまりの物語』の世界です」
「それはわかるのだけど……」
なんと説明すればいいのか。
物語の中であるというのはわかったが、そもそも話を聞くにまだ作品自体生まれてもいないに等しい。
じゃあ、この世界は一体どこにあるのか。
何でできているのか。
そんな世界に、なぜ私や薬与家は異世界転移とやらをしたのだろうか。
根本的に、この世界はなんなのか。
何故、自分がここにいるのか。
わからないことばかり。
「あ、そうだ。ケツアゴ・カチワレーヌ殿、お聞きしたいことがあるのですが」
「……何かしら」
深く考え込みかけたところだった。ふっと現実に引き戻された私は、薬与家の顔を見て首を傾げた。
「お名前は、ケツアゴ殿と呼んでもよいでしょうか?」
「やめて、せめて、カチワレーヌにして」
いや、たしかにフルネーム呼びは、ちょっと長いとは思っていた。
しかし、そこを略されるのは正直解せない。
まだ、己の顎が割れていることを受け入れていない、私は。鏡見ても、頭が疲れてるせいだとおもっている。
「わかりました、カチワレーヌ殿ですね! では、私のことは
「太子ね。わかったわ」
「わあ! ありがとうございます! カチワレーヌです!」
私の周りをきゃぴきゃぴと嬉しそうに飛び跳ねる太子。こう見ると私たちは結構身長差もあるよう。
元々一九〇くらい私。今、靴は履いておらず裸足だが、二十センチ以上の差はある。
本当に小さい子がぴょこぴょこしてる感じは、見てしまえばどう足掻いても気が抜け、身体からも力が抜けていく。
「失礼かもなのだけど、太子はいくつなの?」
「十五歳です。一応そういう設定だそうです」
十五歳か。
それにしては、なんだか。
ちょっとだけ引っかかりを覚えたが、こんなガバガバかつ盛るだけで盛っただけの物語だ。引っかかりがない方がおかしい。
そう思いながら、ピンク色の空を眺めていると、雲の遙か向こうにキラリと何かが光った。
星か?
しかし、その光はどんどんと大きくなっており、まるで何かがこちらに近づいてきている。
「え、隕石!?」
空の向こうから降ってくるもんなんて、それくらいしか無い。かなりの緊急事態ではないか。光る玉がぐんぐんと近づいてくる。流石にここで死ぬわけにはいかない。
「え? あ、いや、あれは隕石じゃなくて……」
耳に小さく太子の声が聞こえたが、その意味を理解する前に、思わず後退り後ろに転びかける。筋肉は重い上に、私の筋肉は見せ掛けの筋肉。体幹は弱い。
(今度の死ぬ原因が、隕石だなんて!)
どんどんと近づいてくる。オーロラ色に強く輝く玉。
「ヒイイイイッ!!」
確実にその玉は私達の方へと飛んでくる。私は反射的にギュッと太子を抱き込み、目を閉じる。次にくるだろう衝撃に備えた。
しかし、私たちにぶつかるよりも先に、パアッンと大きく破裂する音が木霊する。まるで風船が割れたかのように、強い風圧が背中をドンッと押した。抱きしめたまま草原へと叩きつけられる。
あまりの衝撃に放心するが、はっと我に返り、後ろを振り向いた。
「……は?」
私は真顔で、草原に転がる何かを見る。
両手サイズ程の白くて真ん丸な毛玉。ふわりとリスのような尻尾を伸ばし、ふりふりと揺らす。その後、眠気を覚ますように背筋をぐぐっと伸ばし、やっと毛玉の空のような青くて大きな瞳が私たちの姿を捉えた。
「ううん! よく寝たッス~! あ、おお~これが同じ世界で旅する人ッスね。初めましてッス!」
はあ、可愛すぎかよ。なにこのふわふわ可愛いキュートな生物。許されるのかよ。
元気にしゃべりつつ、謎の生き物は存在をアピールするかのように、私たちにちまっと下手でなるべく大きく振る。あまりのキュートな生物のキュートな頑張りに、私のおめめからはハートが溢れる。
こんなカワイイ生き物がいるなんて。旅のお供なのかしらと、心が期待で躍った。
が、しかし。
「この作品の裏切り者かつラスボスで侵略戦争吹っかける予定の、キュトナ・ハムチー8世っす!」
「ハアアアアアアアアア!?」
この作品に出てくるキャラが、まともな設定な訳がなかった。
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