第3話 人気ジャンルが渋滞
「待って、何、今なんて言ったかしら?」
「私、薬与家太子は、この物語のヒロインで、魔法使いで、病死からの異世界転生した悪役令嬢で、男の娘です、と。何か、わからないこととか、ありましたか?」
おずおずと上目遣いで自分に尋ねてくる薬与家。
たしかに、目の前にいる薬与家が、ヒロインなのは何となくわかる。見た目的に言えば十五歳ほどの美少女であり、ファンタジーにおいては花形の魔法使いとなれば、アニメ漫画ゲームのヒロイン枠というのは何となくわかる。また、ややこしくなるので、男の娘についても一旦置いておく。そこは他人の趣味だからだ。
「ヒロインで、悪役って、両立するのそれ?」
普通そこって、別々じゃないのかしら。
「あ、そっちですか。異世界についてかと思いました」
「この状況だけで、へんてこな世界に連れてこられたのだけは、よくわかるわよ」
異世界転移や転生もなんとなく字面と、現状から察っした。
私は銃撃事件に巻き込まれて死んだ後、あの神様みたいなナイスミドルによって『はじまりの物語』という作品の世界に飛ばされたのだろう。
摩訶不思議ではあるが、人が死んだらどうなるかなんて、死んでみないとわからない。
そう考えれば、リアリストな自分にとっては今がリアルということになる。
「ケツアゴ・カチワレーヌ殿、やはり大人の余裕なのですかね、すごいです。ぼっ、間違えた。私は、この世界に来た時、何が何だかでパニックになっちゃいましたよ」
「あら、そうなの?」
「一応、異世界転生らしくて、赤ちゃんからこの世界にいる
思えば、異世界転生と言っていたのを思い出す。立場的に私たちはよく似ていよく似ていた。
「あっ、話がまた逸れちゃいました。ぼっ、私、なかなか思ったこと喋っちゃう節があって」
「良いわよ、別に。というか、『私』ってムリに言い換えなくていいわよ」
「え、でも、これ、設定なんです……」
ぴしゃりと言い放った厳しい言葉に、薬与家はしょんぼりと眉尻目尻を下げる。あまりの落ち込み具合に、生えていないはずのウサ耳が垂れ下がっているような幻が見える程。
「私と二人きりなら問題ないでしょ!」
「そうなんですかね……?」
まだメソメソしている薬与家を宥めつつ、どうにか話を進める。
薬与家の話を聞くに、まず『悪役令嬢』というものが、ライトノベルで人気のジャンルとのことだった。
『悪役』が実は勤勉だったり縁の下の力持ちで、周りから排除された結果、『悪役』が幸せになり、苦難を与えた側が地獄を見るという話だった。
「ざまぁ、されるんです」
「ざまあみろ? ってこと」
「はい。因果応報的なやつですね」
何となくだが、話の展開は昼ドラみたいなものだろうか。旦那の不倫で地獄見るけど、しっかり証拠押さえて、金搾り取る的なやつ。
私も昔、彼氏がまさかの既婚者で、奥さんと一緒につるし上げた記憶がふんわりと浮かんだ。
「てことは、『悪役令嬢』って役職だけど悪役では無くて、ヒロインってことね」
「はい。ちなみにボクを救ってくれるのは、ケツアゴ・カチワレーヌ殿なんですよ。それで、ボクたちは一緒に世界へを救う旅に出るんです」
世界を救う旅。思えば、「セイケン」がどうのこうの言っていたが、それがここに繋がるのだろう。
「ちなみに、箱庭スローライフもする予定で、ラスボスもいますし、宇宙対戦もする予定らしいですし、やはり癒やしも大切! ちゃぁんと、もふもふもあるんですよ~!」
きゃっきゃと話しながら踊る薬与家。
箱庭でスローライフって、なんだ家庭菜園でもするのか。というか、宇宙対戦もするって何が起きてる。
というか、もふもふって、動物のことよね。
どんどんと溢れ出す設定に、ますます頭の中がこんがらがってきた。くらくらとし始めた視界の中、薬与家は私の手をガシリと掴んだ。
「そして、昨今は真逆な属性かつ共通の目的を持ったブロマンスが大人気と作者様が仰っておりました」
ブロマンス。それは私が働いていた店でもよくよく話題になる単語。男同士の熱い友情よりも強い絆をストーリーの主軸にしたジャンルだ。
「圧政と戦う火と水、悪魔を払う老人と青年、因習村の謎を解く妖怪と人間。今、このブロマンスが激アツだと!」
どれもこれも、頭であああれかとなる。実際に自分で見に行ったやつも、お客が話してたやつも。どうやら、その恩恵にあやかる気満々なのだろう作者は。
「ボクたちが、新しいブロマンスの形になるのです!」
スイッチの入った薬与家は止まらない。きらきらと目を輝かせ、演劇の一部かのように声を張る。
それと共に、白い部屋だった壁がうねりをあげて動き出す。天井は吹き抜けピンク色の空に黄みがかった雲が浮かぶ。立っていた床は緑青の芝生が渦状にぶわわわっと広がった。自分の身体は浮く、太陽もマンダリンオレンジ色に光っている。
一瞬にして世界は広大かつ、シティポップのような色合いの世界へ。
「世界を救う太陽と月なのです!」
いや、本当にどうしてこうなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます