第21話 ピロートーク
「足枷……? 俺が?」
眉間に青筋を立てて、ゆっくりと怒りを顕わにしていく。私は冷静に彼をじっと見つめた。
「太子がやりたい、って言ってるのにやらせないなんて、家のどっかに閉じ込めているのと変わらないわよ」
かなり極論だとは、私だって思う。けど、これくらい強く言ったほうが作者の心には刺さるだろう。実際に刺さったからか、彼の目がぎりぎりと吊り上がった。
「俺は、心配だから!」
隣を気にせず声を荒げた作者の身体はわなわなと震え、頭に血が上って顔が赤く染まっていく。
ヒートアップは止まらず、凄まじいものがあった。
「アンタの心情は、どうでもいいわ。結果は同じでしょうに」
「同じじゃ、同じじゃない! 太子が怪我したら俺は、もう!」
いきなり私の両肩を掴もうと、作者は手を伸ばす。しかし、私はあくまで幻である。
残念なことに空振り、勢いのまま布団へと転がった。ドゥンッと鈍いマットレスの反動、透けた私の股間に、身体をぶっ倒していた。
そんな作者を見下ろしながら、そろそろいい加減にしろと私は腹の底から本音を叫んだ。
「怪我をしても、どうにかなる世界が、創作でしょうよ!」
部屋の中に広がる怒声。
追従の言い訳は何も返ってこない。
マットレスにうつ伏せのままの作者は、ぽつりと溢した。
「たしかに」
トーンダウンし、納得したような様子。
こいつ、気付いてなかったの。なんか、意思を持って、そうしたくない理由みたいなのあるかと思ったのに。
「てことは、怪我したところでどうにでもなると」
あまりにもアホな聞き返しに、思わず、緊迫した空気が一気に崩れていく。
「なるわよ、多分。ご都合主義の魔法でも薬でもキャラクターでも、好きに出せばいいわ」
「ご都合主義って、なんか読者に嫌われそうじゃない?」
「自分の創作なんて、基本的に自分のご都合主義でしょうよ。まあ、確かにあんたの場合は、ちょぉっと登場人物がわがままでしょうけど」
私も、太子も、相当自我あるから、多分そこまでご都合主義は難しいだろうし。
作者は、「たしかに」ともう一回納得する。
「太子が怪我しても、神様の慈悲ですぐに直るとかあり?」
「ありだとは思うけど」
「じゃあ、神様に愛されすぎてて、逆にこう魔物から格好の餌食とかでもいい?」
「いいと思うわよ」
「じゃあじゃあ、可愛い服も、神様の愛で良く変わるとかもありかな。学校の制服とか、ドレスとか」
「今もそうじゃない」
「じゃあじゃあじゃあ、触手出しても許される?」
「……? よくわからないけど、いいんじゃないかしら?」
「てことは、つまり太子のラッキースケベはあり?」
「ねえ、あんた、この作品、全年齢向けよね? 太子は、甥をモデルにしてるのよね?」
あまりにも訳が分からないことを言うから、思わずツッコんでしまった。
というか、太子って、甥のタイチくんをモデルとしてるにしては、ちょっと向けてる感情が危ないような。軽蔑の眼差しで作者を見下ろす。作者もさすがにやばいと思ったのか、慌てて顔を上げた。
「いやああの、あの、こう、つい、つい、好きな属性詰め込んだというか。やっぱ、ほらら、妹感ある清楚系キュートな男の娘って、最高、マジ俺の嫁ってかんじで」
「え」
「あんな! 好みになると思わなかったんだよ! でも、タイチの面影もあるし、その背徳感もこう、くるというか!」
あ、こいつ、やばいかもしれん。
だらだらと汗を流しながら、必死に言い訳してるが、それは私の中でのドン引き具合が増していく。あんな感動的な創作理由だったというのに。
「も、もちろん、ちゃんと、戦闘もさせるよ。魔法使いだし、こうバァンッと隕石ブチ落とすとか、でけぇ壁出現させる、そういうデカイ魔法発動してほしいし。ちっこい体でデカイ魔法って、夢たくさん詰まってるでしょ」
「うん、わかった。もう黙ってろ」
思った以上に、冷たい声が出てしまった。
こいつは、喋れば喋るほど、キモさが表に出てくるタイプの人種だ。
正直かなり引きすぎて、これ以上引くことはできないレベルまで来ている。
私との温度差に作者も気付いたのか、気まずそうに体勢を一度整える。そして、スッと頭を下げた。
「とりあえず、迷走しすぎて、すまん。どうして、俺の部屋にいるか分からないけどさ。やっと、なんか絡まったもん取れたわ」
やけに素直に頭下げる作者。私は彼のツムジを見ながら、やれやれと肩をすくめた。
「そうね、酷い迷走だったわ。面白かったけど」
「面白いって」
私はフッと笑う。色んなものを熱くぶつけ合った二人が枕元で話すなんて、これぞまさにピロートークか。なんて、ちょっと面白くなってしまったのは内緒だ。
「とりあえず、目的は太子に色んな体験をして、幸せになってもらうってことなんでしょ。あんたが見失ってどうするの」
「仰るとおりです」
「私がこう文句言えたから良いものの、今度から逃げないで。相談してくれるなら手伝うけど、尻を拭くのはアンタ自信なのよ」
「それは、本当に悪かった」
ドンドンと小さくなっていく作者。これ以上責めるのは可哀想か。
「悪いと思うなら、さっさと太子にごめんなさいすることと、私にお酒とタバコ、あと化粧品とかさっさと出して頂戴。特にタバコは早く」
「わかってるよ。てか、本当にタバコ好きなんだな」
「当たり前よ、私の商売道具兼相棒だからね」
タバコ嫌いな人は多いし、肩身も狭いが、やはり夜に生きた私にはマストなのだ。それに、普通にヤニがとても恋しい。
「俺、タバコ銘柄分からないからなあ。吸わないし」
「適当に出せばいいわよ。てか、現実にある商品は駄目でしょ、商標権とかで」
「それはそう。じゃーなんか適当に出すわ」
作者はそう言うと、大きくあくびをする。どこか眠そうな顔をしており、何となく時間切れだと私も悟った。
「服、着替えて、さっさと寝なさいよ」
「んんぅ、おう、そうする」
私に同意する癖に、眠そうにマットレスに転がる作者。完全にもう眠るのだろう。何となく、私の身体も上に引っ張られるような感覚がある。
もう、帰る時間ね。
私はやりきったと笑う。そして、身体はぶわりと浮き、そのまま上へと引っ張られた。
まるで宇宙飛行機に括り付けられたような、勢いのある上昇。でも、行きとは違い、そこに恐怖も無かった。
気付けば、雲の中、私が今戻るべき世界へと飛び込む。視界の端に映ったあの意地悪い神様が、にやにやと笑いながら手を振っていたことには、気づかなかったことにした。
戻ってきた場所は、あの小屋の前。ふと横を見れば、作者が小屋へと駆け込んでいた。私は作者の後ろを追うようにして、小屋へと入っていく。
「太子ぃいい! ごめぇええん! 俺が悪かったぁああ!」
いまだ眠ったままの太子に、泣きながら縋り付く作者。あまりの急展開に焦っているハムチー。
「とりあえず、目覚めのキスでもしてあげたら?」
悪い気持ちが出た私が、作者を
ギャーギャー騒ぐ私たち。
最終的には、作者から「太子だって、選ぶ権利がある!」と説教され、ハムチーと「お前が言うな!」と抗議をしていると、クスッと小さな笑い声が聞こえた。
一瞬で静まりかえる空間。皆で音がする方へと顔を向ける。
「ふっ、ふふっ、はっ、はっ!」
太子が楽しそうに笑っている。そして、ゆっくりと目が開いていく。久しぶりに見た太子の瞳は、満点の夜空よりも美しかった。
「もう、皆さん、何してるんですか」
何が何だかわからないけど、楽しそうに笑う太子。そんな太子を見て、感極まって抱きしめる作者とハムチー。私はにっこり笑って、太子に手を振る。
「あんたこそ、寝過ぎよ、ねぼすけさん」
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