第22話 そうだったか
「え、ぼく、そんなに寝ていたんですか!?」
困惑した太子の叫びは、森から鳥が一斉に飛び立つほどのものだった。
窓の向こうから羽ばたく音が聞こえて、一瞬そちらに意識がいく。昼日が差し込む良い天気だ。
太子は今もベッドの上、上体を起こしたまま目を見開き、大きく開いた口を手のひらで隠していた。
確かに起き抜けに数日も寝ていたと言われたら、誰だって困惑するだろう。
しかし、普通の人間なら間抜けな表情になるのに、ネグリジェを着た太子の可愛い容姿とプリンセスベッドが相まって、上品かつ愛らしいワンシーンとなる。
私はケツアゴでマッチョという、生かしきれないアクの強い設定なのに。どんな差だ、許さん作者。
「ごめんよおお、そんなことになっていたとわ。白雪姫とか、眠り姫とか、そんな展開はちょっとぐっとくるけどさああ」
相変わらず危ない作者は、余計な事を言いながら、太子の腰に抱きついていた。太子は、「ボクこそ、ごめんなさい!」と申し訳なさそうに眉を下げながら、作者の頭を撫でていた。
多分気のせいではないとおもうが、喧嘩したカップルに巻き込まれた挙げ句、仲直りを見せつけられる気まずさを感じている。
ハムチーに視線を向けると、同じ事を思っていたのか、彼も私の方を見ていた。可愛いもふもふの気まずそうな苦笑いを見られるなんて、正直レアな事態だろう。
いや、作者のことを甘やかしすぎではと思う。
今も目の前で繰り広げられる生ぬるい甘い空間、太子に赤子のようにあやされる作者は正直目に悪い。
けれど、作者から聞いた創作秘話を知ってしまったせいか、今止めるのは野暮かと肩を竦めた。
そうだって、太子はタイチを元に作られた登場人物……。あれ、太子って、最初私に……。その時、ふと一つのことに気づいた。
あれと思いながら、二人をもう一度見る。
「太子きゅんにも戦ってもらうけど、絶対に絶対に俺が守るからああ」
「作者さま! ぼくのわがままなのに……ありがとうございます!」
抱きしめ合う二人。お互い離さないと言わんばかりの様子だ。完全に私たちがいる事を忘れているだろう。
「ハムチー、これどうする」
私は一度自分の中に浮かんだ気づきを飲み込み、ハムチーに声をかける。
「レーヌさん、とりあえず踊りますか?」
「そうね、外で踊りましょうか」
私たちはなるべく音を立てないように、この気まずい空間から脱出する。気づいたことは、あとで太子と話せばいい。
扉を出たところで、ハムチーは人間の姿になり、ウクレレを手に持っていた。勿論、彼は歪み無く全裸である。
ただ、気にしたところで何もないし、正直ちょっと良いかも? と私の脳もちょっとイカれてきていた。
緩いウクレレの音は、とても良い日常であった。
それから暫くして作者は夢から目覚める時間だと、けたたましく鳴るアラーム音と共に現実へと帰って行った。
「良い始まりを思いついたんだ」
最後にそう元気に話し消えていく作者の顔は、本当に雲一つも無い晴れやかなものだった。
こうして作者が去ってからは、小屋の中で私たちは他愛の無いことを話しながら、ゆっくりとした時間を共有した。
ただ、誰も料理が得意ではないため、早くドラゴン返ってこないかなと、三人で思わず願ってしまった。
次第にこの世界にも、夜がやってきた。
珍しくハムチーも疲れていたのか、気づけば私の腕の中で眠りについてしまった。ふわふわもふもふのハムチーを優しくベッドに寝かし、私はようやく昼間に気付いたことについて、太子に話しかけた。
「ねえ、太子。私、聞きたいことがあるの」
「どうしましたか?」
ちょっと畏まった私に、ネグリジェを着た太子は不思議そうに首を傾げる。正直、こんな話の切り出し方は普通怯えても仕方ないのに、
「貴方、病死して異世界転生してきた設定よね」
「はい、そうですね」
作者を甘やかしていたときに最初に太子と自己紹介していた時の言葉を思い出す。確か、「
その時、気づいたのだ。
「貴方の前世の名前、タイチであっているかしら」
「……そうですよ。もしかして、気づいちゃいました?」
太子は私の問いかけの意図がわかったのだろう。いつもの丁寧な感じとは違い、少しばかり悪戯っ子のような笑顔を浮かべた。
「ええ、仮定だけど。貴方、本当のタイチくんでしょ?」
ここにいる私は実際にあの世界にいた魂だ。多分だが、『クラウドステージ』にいる登場人物は死んだ人間の魂で出来ている。そうで無ければ、神様は「完結できたら輪廻転生できる」的なことを言わないはず。
そして、魂は登場人物にマッチした人物のを使っていると思われる。
ドラァグクイーンの私が、ケツアゴカチワレーヌの魂になったと同じように。
じゃあ、死んだタイチを模した太子になる魂は?
一番の適任は、タイチ自身だ。
私の仮定に、太子は小さく頷いた。
「うん、ボクはタイチ。よくわかったね!」
タイチは太子の姿のまま、嬉しそうに笑った。あの、たまに垣間見えていた幼さが、強く前面に出てくる。太子のどこか畏まった姿が無くなり、本当の自然体がこれなのだろう。
「作者のこと、すきなの」
「お兄ちゃんのこと、大好き。全世界の誰よりもね」
私の質問に無邪気に答える太子から、少しばかり強い執念を感じる。作者の口振りから、タイチにとって唯一自分の味方は作者だったはずだ。
「そうなのね、この世界にいるのも、お兄ちゃんの……」
「お兄ちゃんは、ボクのだよ。レーヌさんのではないよ」
タイチにつられて『お兄ちゃん』呼びをしようとした私に、タイチは不機嫌そうに指摘してくる。
その声圧は、何故か背中を一瞬冷たくさせるほど。思ったよりも、彼の無垢な執着と独占欲は強いようだ。
「失礼したわ。作者の傍にいたかったの?」
私はすぐに訂正し、作者呼びへと戻す。
「うん。お兄ちゃんの傍に居たくて、お葬式からずっとお兄ちゃんと一緒だったんだけど、神様からお願いされてこの世界に来たの」
「……そうなのね」
作者、甥に取り憑かれていたのか。
ちょっとだけ衝撃的な事実として、飲み込むのに時間が掛かったが、タイチが太子としてが世界に来たのはベストだろう。
実際に、作者は太子を、太子は作者の傍にいられるのだから。
タイチは話したいことを話したのだろう、一回だけ咳払いをする。そうすると、自然といつもの太子のように、落ち着いた清楚感のある様子に戻っていく。
「だから、ぼくは今『薬与家太子』として、作者様のためにこの世界で頑張っていきます。だから、レーヌさん、これからもよろしくお願いします」
にっこりと微笑む姿、その美しい瞳の光は爛々と強く輝いていた。
「ええ、勿論よ」
私もまた、負けじと強く微笑んだ。
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