第9話 中身と外側は一貫性が大事


 なんだかんだ言いつつ届いた台本を読み終えた私たち。

 その間にも世界はゆっくりと変化していた。


 周りは青々とした木々が生えていき、森林へと姿を変えていった。あたりには小川のせせらぎが聞こえ、時々わざとらしく鹿や小鳥、熊が横を通り過ぎていく。


 木々の中には、赤々としたリンゴやブドウが目立つように実っていた。

 思えば、私が働いていた女装バーで流行っていた島の住人になってスローライフを楽しむゲームでも、こんな風にそうはならんやろみたいな果物の実り方をしていた気がする。

 ゲームにのめり込んだ店子が、客と家具の交換していたなあ。なんなら、


 しみじみとこの世界に来る前のことを思い出した。


「なんか、某有名海外アニメ映画みたいな森ッスね」

 ハムチーは私の肩の上に乗り、ぼそりと呟いた。そうも言いたくなるほどの、創作物の森だ。

 都会の外れ育ちの私としては、ガチモンの森が出てきても正直困るけれど。

 それにしても。


「少し歩きますか」

 ただ、今まで変化に対してはしゃいでいた太子は、森を見て不自然なほどにかなり落ち着いた。


 草原一色だった地面も、まるで人が歩いたような一本の獣道が表れる。所々は花が咲き、石が転がり、木の実が落ちていた。

 どんどんとリアリティが増している世界、出てきたばかりの獣道を私たちはゆっくりと歩いていく。


「いやあ、チルいッスねぇ」

「そうですね」

 ハムチーの緩い声に、しずしずと同意する太子。太子の美しい横顔はまっすぐと前を見ており、どこか表情の硬さが気になった。なんだか気まずい空間、足音が妙に響くくらい静かだった。


 暫く歩いていると、道の先に一階建てほどの小屋が建っているのが見えた。木の丸太で出来た家は、この距離でもわかるほどに自然に呑まれていた。屋根や壁には苔が生え、周りは背の高い雑草が取り囲んでいる。小さな窓があるが光や人間の気配はない。


 まるで絵本に出てきそうな小屋。

 七人の小人たちでも住んでそう。


「あそこが、私たちの住む場所でしょう」

 太子は淡々と言葉を続け、家へとどんどんと近づいていく。


 歩みを進めると、家の周りには庭が広がっていた。花や草が乱雑に生え散らかしており、藻が浮かんだ小さな池には魚が泳ぎ、鳥たちが木々の間で泣き続けている。家の前には申し訳程度に石畳が敷かれており、朽ちて壊れた木製のベンチが無造作に放置されていた。

 旅の拠点にするにしてはかなりボロボロだが、太子は戸惑うこと無く、家の扉を開けた。


 ギィッ


 金具が軋む音がやけに大きく聞こえた。

 扉の先の部屋は、おとぎ話の世界から抜け出したような部屋が広がっていた。

 ピンク色のバラの花刺繍と金刺繍が華やかなカーテン、金色の縁に白地の優美で豪華な家具。

 部屋の中央には天蓋付きのプリンセスベッドが優雅に据えられていた。ベッドの四隅には高い柱がそびえ立ち、華やかなカーテンで装飾されていた。透けるようなシルクでできたカーテンが、薄くて柔らかな光を部屋中に拡散させていた。

 繊細な彫刻が施された美しい大理石の暖炉に、高貴な雰囲気を醸し出す花瓶や皿が飾られている。低い天井に似合わないシャンデリアが天井から優雅に吊り下げられ、部屋全体を不相応なほど明るく照らしていた。


 ロココ調の白い壁には宝石や貴重な織物で飾られた絵画が飾られており、手入れも行き届いている。

 天井の低ささえ見なければ、まるで王宮の一室にいるかのようだ。

 この光景を見た私の口から初めて出てきた言葉は、ただ一つである。


「そうじゃないわよ!!」

 ツッコミである。


「普通、こういう場合はほこりかぶった汚い感じでしょ! なにこのお姫様が住んでそうな部屋は!」

「ま、まあ、いい部屋じゃないッスか。それに太子さんも」

 どう考えても、お姫様の部屋。かなり乙女ちっくな空間。

 外側のボロ小屋はどこに行ったというレベル。しかも、小屋のサイズに合わないほどに広い気がする。それに外観は二階建てではないのに、この部屋の奥には上に上がるらせん階段がある。

 ちなみに、こうも高貴な感じは私の好みではない。私はもっと原色や蛍光色系の派手なテイストのが好きだ。

 とにかく荒ぶる私にハムチーは落ち着けといわんばかりに、フォローを入れる。思わず、ハムチーを見れば、彼の視線は気まずそうに太子へとゆっくりと向けられた。

 私もその視線につられるように向けると、太子の表情が飛び込んできた。


 頬はバラ色に染まるほど上気し、大きくて丸い瞳が潤い、きらきらと輝いている。

 息を呑むほどに、涙が滲むほどに、太子は部屋に感動していたのだ。


「え、嬉しいの」

 私が尋ねると、太子は嬉しそうに頷く。言葉を失うほど嬉しいのだろう。こういう感じが好きなのか。


 一瞬にして、毒気が抜かれる。あの作者のことだ。太子が好きなものを詰め込んだのだろう。外観に関しては、彼は触れていなかったのは流石にボロすぎたからか。


 いや、だとしても一貫性は大事でしょ。

 次に作者に会ったときは、絶対に突っ込まなければと私は心に決める。


「とりあえず、中に入るッス」

 ハムチーは私の肩から降りて、とことこと中に入っていく。私たちもその後を追うように、中に入っていった。

 この豪華な部屋、床に敷かれた絨毯は、滑らかかつ柔らかな質感が歩く者の足を包み込む。


 プリンセスベッドの大きさはキングサイズほど、枕も掛け布団も全て柔らかでほどよい光沢のあるシルクの布で覆われていた。ふんわりとした枕がいくつも用意され、その中には花やリボンが飾りつけられている。可愛らしい白いテディベアも枕元に置かれていた。また。部屋の隅には、高貴な雰囲気を纏った美しいドレッサーが置かれ、化粧品とジュエリーケースらしきものが並べられている。


 見れば見るほど、まるでお姫様の住まいそのもの。

 その華やかさと優雅さは、誰もが夢見るような幻想的な空間であり、高貴すぎて正直居心地が悪かった。

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