第10話 私が生まれた理由


「いやあ、すごいッスね~。夜空が室内で見れるなんて」


 キングサイズのプリンセスベッドの上、三人川の字で天井を見ていた。天蓋の布の向こう、生地の向こうには天井に描かれた美しい夜空の絵が透けていた。


 ここまで、拘ってんのかい。


 正直、あの作者やっぱ、まじ気持ち悪いわ。


「それじゃ、皆さん、おやすみなさい」

「おやすみッス~」

「……おやすみ」


 いつの間にかにシルクのネグリジェへと着替えた太子は、そういうとすぐ眠りにつく。ハムチーも追い掛けるように、スースーと寝息を立て始めた。


 私はその二人を起こさないようにベッドから降りると、ゆっくりと小屋の外へと出て行った。

 外もまたいつの間にか夜になっており、どんよりとした濃紺の空が森の向こうへと続いている。


 絵画の方が随分綺麗だった。


 小屋の周りをゆっくりと散策する。森の中の夜は、怖いくらいに静かで冷たい。その冷たさが、心地よかった。

 小屋から少し離れたところに池があり、側にはちょうど良いくらいの石があったので、よいしょと腰をかける。

 その途端に、ドッと身体が重くなる。

 ここに来てからずっと、怒濤の時間だったので、思ったよりも気疲れしていたのだろう。


 本当なら、酒と煙草がほしい。

 ゆっくりとウィスキーでも飲みながら、ヤニしばきたい。真っ青なパッケージの相棒が自分の傍にないのが、なんだかとても寂しい。


「それにしても、夢が叶うと思って渡米したのに、まさか死ぬとはねー」


 一人きりだからか、思ったことがぽろぽろと口から溢れる。

 ドラァグクイーンとして名をあげて、世界中のショーに出て……。

 そんなことを夢を見ながら、長年お世話になってたママ・・のショーバーを辞め、なけなしの金で飛行機に乗ったのに。


 今頃、あちらの世界ではニュースになっているのだろうか。ママはどう思ってるのだろうか。

 自分がゲイだと自覚して、何も分からず界隈に飛び込んだ私を、拾った上に使えるまで世話してくれた恩人。

 界隈の片隅で小さなショーバーを経営しており、強く豪快だけれども優しく繊細な人だった。


 よく見せてくれたママの、ムキムキの二の腕を思い出す。五十歳を超えたとは思えない鋼の肉体を持ち、日々喉は酒に焼かれていた。


 そんなママに心配させるような形で死んだ上に、こんか訳わからん世界に連れてこられ、よくわからんやつ二人と小屋で寝ることになるなんて。


「しかも、私が勇者って」


 石に座りながら、池を覗き込めば、少し老け込んだケツアゴの自分が水面に映っていた。

 虹色に輝くビキニアーマー、鍛えられた筋肉、盛り髪の金髪ウィッグに、ケツアゴ。


 どう考えてもこの容姿は、勇者というよりも敵側にいるネタ枠のキャラクターだ。

 劇場版で出てくる芸人とかが声優してるタイプのやつ。


 考えれば考えるほど、なぜ私がって気持ちが強い。

 そもそも、この世界はなんなのか。わからないことばかりなのだ。

 ヒロイン枠であろう太子も、ラスボスであるハムチーも、役割があれど同じようにこの世界にやってきた感じではあったし。


「というか、勇者とラスボスがいるってことは、私は戦うってことよね。思えば、まだ武器無いんだけど」 


 よく考えなくとも、現在丸腰の自分。

 普通、勇者ならばデカい剣を背中に担いでるし、そうでなくとも何かこう戦えるものがあるはずだ。


 うんうんと唸っていると、ふと空から視線を感じた。ちらりと池へと視線を動かす。

 ぎょろりとした巨大な眼が、水面一杯に映っていた。作者が来たのね。私は顔を上げて、空を睨んだ。


「ナイスタイミングね、ちょっとツラ貸しなさい」


 目玉は気まずそうに横を見た後、ゆっくりと私へと視線を戻す。

 そして、先程と同じように、この世界へと彼が飛び込んできた。 


「どうしたんだ、レーヌ」

 毛玉だらけのグレーのスウェットを着た作者こと都町車みやこまちくるまは、どこからかパイプ椅子を出して、私の隣に座る。太子がいないからか、随分と落ち着いている。


「私の役目って、なんなのかしら」

 まどろっこしいことは嫌いと前置きをしてから、ストレートに疑問に思ってることをぶつける。


「主人公で勇者ですよ。世界を救う勇者様」

「私の設定、雑すぎるでしょ。もっと具体的に」


 うぐっ、という呻き声が聞こえる。


「ドラァグクイーンの、俺ツエエエエ的なやつで」

「武器は?」

「拳ですかね」

「技は?」

「な、殴る一択で」

「必殺技とかそういうのは」

「……」


 こいつ、さては、何も考えてないな。

 案の定、作者を見れば、目はキョロキョロと忙しなく動かしている。


「出オチの上に見切り発車なんて、救いようもないわよ」

「うっううう……だってぇ、どうすれば太子を傷つかせないのか、思いつかなくて」

「はあ?」


「だって、異世界ファンタジーであんな可愛い男の娘が旅してたら、そりゃもう触手フラグだろ!? えっちぃことしか起きないだろ!?」


 急に勢いよく立ち上がり叫んだかと思えば、まじでろくでもない内容過ぎ。あんぐりと口が開き、ただただ私は真剣に頭を抱える作者を見つめる。呆れてものも言えないとは、正にこのことだ。


「だから、最強で屈強でいろんなフラグをへし折っていけそうな勇者を考えたのにぃ! ドラァグクイーン、会ったこともないからわからなくて!」

「それなら、私じゃなくて、イケメンの男とか無難な勇者にすればいいじゃない」


 自分で自分の存在意義を否定するのもアレだが、こんなに悩むならと思ったことを口にする。しかし、作者は目を見開いたまま私の顔を見た。

 その顔は、下手なホラーよりも恐ろしい顔だった。


「そんなん、太子とのラブロマンス路線ってことだろ。いやだ、いやだ、いやだやだやだ! 太子が他の男と付き合うなんて無理!! 精神的にイケメンにネトラレみたいなもんじゃないか!」


 寝取られ、って。何言ってんだコイツである。


「じゃあ、あんたみたいな勇者にすれば?」

「はあ? 俺みたいなクズでウジ虫が、太子を幸せに出来るわけないだろ。何言ってんだ?」


 いや、本当に何言ってんだコイツ。

 真顔で反論してきた作者の瞳は真剣そのものだからこそ、余計にしんどい。

 話せば話すほど、どんどん作者に対しての好感度が下がっていく。

 太子のこと、好きすぎるだろ。

 

 そして、この会話で一つわかったことがある。


「ようは、太子と付き合わないようなボディーガードが、ほしかったのね」


 作者は静かに目をそらす。

 ああ、図星だったか。

 

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