第11話 新たな発見


「そんなに、守りまくっても仕方ないでしょ。ウジ虫さん」

 多分怒るか、落ち込むか。呆れを全面に出し、肩をすくめる私に、案の定作者は鋭い眼差しを向けた。ただ、唯一想像外だとすれば、その睨みは純粋怒りからくるものではない。


「いや、そう、守らなきゃ、駄目だ。もう傷ついてほしくない。だから、だから、お前を作ったのに」

 気持ちが喉奥から、ざざざっと溢れるように。喉が不自然なほどに震えていた。

 ああ、魂ぶっ刺しちゃったかも。


「誰かを過保護にしたところで、その子を役立たずにするだけよ。何も出来ない役立たずの甘ちゃんは簡単に嫌われるの」

 しかし、こんなウジ虫に睨まれたところで、何一つ痛くもない。こちとら、日本では傷だらけの奴らと隣り合わせで生きてきたんだ。

 それに、今ここで刺さなければ、こいつは多分ずっと太子を真綿に包むだろう。

 それは、薬与家太子というキャラクターのためにはならない。


「それはっ! ……そうだけど」

 刺さりすぎたせいか、作者もは絶叫した後、急に心細そうにトーンダウンし遂にはがっくりと俯いた。


「太子には、幸せにいてほしいから、もっと太子のことを知ってほしいから、この小説を書いてるんだ。でも、どうしたら、太子が幸せになるのか、俺にはわからない」


 蚊が鳴くように、ぶつぶつうじうじ。


「他人の幸せなんて、わからないわよ。そんなの、太子に聞きなさい。それか……それこそ、壮大な旅をさせるしか無いわ」

 すぱりと切り捨てる。遂に作者は黙りこくってしまった。


「ハムチーだって、私だっている。人もどんどん増えて、これからもっとこの世界は大きくなるんでしょ。ほら、シャキッとしなさい」


 バンッと作者の背中を叩く。思ったよりも強かったのか、軽くよろめいた作者はなんとか持ち堪える。


「……うん、大きくなる。絶対に」

 倒れなかった。それだけでいいのだ。


「もっと、ケツアゴについて考えるわ」

「ケツアゴ言うな、おまえぶん殴るぞ」

「すまんすまん」

 すぐ調子に乗る男だこって。


「まあ、私だって乗った船だからね、タバコと酒、ちゃあんと用意してくれたらがんばるわよ」

 ちょっとばかりいい女気取って、セクシーなポーズをとる。しかし、作者には一ミリも刺さらずに、訝しげな顔で私を見た。

「タバコは、太子の肺に悪いからなあ」


「ファンタジー小説なんだから、なんかこうそうならない仕組み作りなさいよ!」

「あ、たしかに」

 ぽんっと手を叩いた作者に、これは先は無い気がすると心の中で毒を吐いた。


 その後も、長々ダラダラと。

 作者の悩みだったり、今後の展開について話し続けた。


「スローライフ要素もほしいけど、どうやって旅と両立させるか……」

「移動する家でもすれば?」

「それ、なんかこう、怪しい宿に泊まるムーブできないじゃん」

「家壊れて修理ターンにすればいいでしょ」

「その手があった!」


「バトルシーン、どうすればいいか。激しい感じ出すのムリムリムリじゃね?」

「それはあんたの技量次第ね」

「厳しいっ!」


「てか、私と太子に対する文量、調節しなさいよ」

「えー太子を褒め称えるのライフワークなのに」

「なにそのライフワーク怖すぎ」


「あと、ハムチーの人体化と太子のバトルコスチューム考えたいんだよね」

「それより先に、私のこのダッサいビキニアーマーどうにかしなさいよ!?」

「え? 良くない? なんかアメコミのヒーロー感あるじゃん」

「ないわよ!」

「それに、見た目と属性が激強いほど、出オチに最適じゃん」

「ちょっと! これ以上、出オチに振り切らないでよ!」


 相変わらずとんでもない野郎ではあるが、なんだかんだ話せば通じるし、一方的に否定することも肯定することもない。

 ちゃんと芯にある「太子を幸せにするマインド」もしっかり貫けている。


 センスは、全くないけど。


 もっと話したい。しかし、既に夜は明け始めていた。なんとなくだが、彼は目覚めるだろうと、じんわりと肌で感じる。


 そして、遂にアラームが鳴った。


「さて、会社に行かないと」

「そう、頑張ってね」

「当たり前だろ。働いてるからこそ、小説を書き続けられるんだ」


 作者は手だけを振ると、また空間へと溶けて消えた。

 目が覚めたのを見届け、私はまだ朝焼けが眩しい中小屋へと戻る。まだすやすやと寝ている太子とハムチー、ゆっくりと横になる天井を見上げた。

 透けた布の向こうに広がる夜空の絵画。

 作者がやりすぎなほどに、太子への愛を込めて部屋だなと、改めて思った。


 それにしても。


 思えば、何で作者はここまで、太子の幸せを願うのだろうか。


 あれは祈りというよりも、妄執に近い何かだ。でも、作者の様子的に私に話してくれるのかわからない。突いてもいいかわからない藪に手を出すほど、私も馬鹿ではない。


 そうだな、太子にも少し聞いてみるか。


 私はそんなことを考えながら、ゆっくりと目を閉じた。


「作者との、話楽しかったッスか?」


 びくりっと驚きに身体が跳ねる。慌てて目を開けて、ハムチーを見れば、つぶらな瞳の片方を開いた私を見ていた。


「聞こえてた?」

「もちもちッス。動物の耳、めっちゃいいんッスよ」

「そう、起こしちゃったかしら」

「いやいや、長い夜を楽しませて貰いましたッス。面貸せってかっこよかったッス」 


 いたずらっ子のように声を笑わせるハムチーに、私はこれは完璧最初から聞かれてたなと困ったように笑う。


「ハムチーも来れば良かったのに」

「作者様と特に話すことないッスからね、俺が裏切るまでとか全く決まってないッスし」

 思ったよりも、発言にビジネスライク感が強いハムチー。

 作者がどうやってハムチーを活かしてくるのか、お手並み拝見とでも言いたげだ。


「いい性格してるわね」

褒められるのは・・・・・・・、嬉しいッスね」

 意外と食えないハムスターだこと。

 思わぬ誤算とも言えるが、ラスボスとは言えどただのマスコットキャラクターだと認識していたので、ちょっとした嫌みに綺麗にカウンターを入れてくるのは驚いた。


「とりあえず、起きたら次は何するか、楽しみッスね~」

「そうね、また作者がアホなことするわよ」

「それは、それで、アリッスけどね」

 楽しそうに笑うハムチー。少しずつハムチーの印象が変わっていくのを、私は心の中で感じた。


「おやすみッス、レーヌさん」

「ええ、おやすみ、ハムチー」


 私たちはまだ見ぬ明日に向けて、ゆっくりと眠りにつく。


 せっかく作者とサシで話していたのに、台本でツッコんだ箇所を伝えていないことに気付くのは、次に目を覚ました時だった。

 

 

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