第18話 怖い
真剣な顔をしたドラゴンは、私たちをゆっくりと見渡した後、一度お茶を飲む。私やハムチーも連なるようにお茶を飲んだ。
うん、なんと無駄な静寂か。早く言え、と思わなくもない。
二息くらいついた頃だろうか、やっとドラゴンは湯飲みを地面に置いた。
「二つ目の条件は、神様に届くほどに、創作に対して願いが強いかドラ」
私の頭に、またもや神様の姿とあの時の言葉が過る。
『都町車の願いを買って、俺の力を貸してるんだ。折れないように支えてやれ』
そういう事だったのか。まさか、あの脈絡のない忠告が、ここで答え合わせになるとは思わなかった。
しかも、示し合わせたと思うくらいの、バッドタイミングに。
「本当に完結するまで走り抜けれるような、強い気持ちがある作者を神様は選ぶドラ」
私の頭に、作者の姿が浮かぶ。あのとんでもないヘタレ肝っ玉小さ男が持つ強い気持ち、強い願いか。
「そしたら、うちの作者様も強い願いがあるんッスよね」
私が悩むのと同じく、ハムチーも同じ疑問に気づいたのだろう。ううんと、小さな身体で頭を捻っている。
「ここで考えていても、机上の空論ドラ。でも、絶対にこの世界にその願いの片鱗はあるはずドラ」
ドラゴンの冷静な見解。そうね、片鱗ね。もうそれなら、ほぼ答えの近いところはわかる。
「ねえ、作者が強い願いが当て嵌まるのって」
主人公の私よりも先に、この世界に居て、作者が一番幸せにしたいと過保護になっている人。
「太子しか、いないじゃない」
私の視線は太子に向けられる。地面で横になる太子の表情は、何故かいつもよりも更に幼く感じた。まだ、太子は起きる気配はないので、直接尋ねることは難しいだろう。
ならば、今できることをするしかない。私はいつかサシで会話した時を、必死に頭の中で遡る。気付けば、私の前にあった串に刺した椎茸は、焚き火によって丸焦げになってしまった。
しかし、結局、この日は何も進まず。
気づけば、また寝る時間が近づいてきてしまった。
「レーヌさん、寝ないんッスか?」
私に声を掛けたハムチーは、手に枕らしきものを持ち、寝る準備をしていた。
勿論、美容に気をつけているドラゴンは、すでにパジャマに着替え、ぐっすりと熟睡していた。
そんな二匹にくらべ、私だけ寝る準備を一切していなかった。眠る気がない、いや、寧ろ眠りたくなかった。
わざわざ、睡魔に抗うためだけに、記憶を何度も繰り返して思いだしつつ、ずっと洞窟内を歩き続けていた。
「ええ、まだ、眠くないからね」
「本当ッスか? 目、かなり眠そうですけど」
誤魔化そうとした私の言葉に、ハムチーは疑いの眼差しを向ける。彼の真っ直ぐ貫くきゅるるん可愛い瞳に、私は思わず言葉に詰まった。
一瞬怯めば、今更取り繕ったところで、説得力も逃げる力もない。
「ちょっと、今日、嫌な夢を見たのよ」
「夢ッスか?」
仕方ないと諦めて素直に話せば、ハムチーは少し意外そうだった。私も、普段なら夢で見たものは怖くない。けれど、今回は別だ。
「そう、夢。ここに来る前のと、むかつく神様との会話ね。そこで怖い物見ちゃってね」
「寝るの、怖くなっちゃったんッスか?」
私は小さく頷く。
脳裏に浮かぶのは、一つの創作が壊れる瞬間。作品に出ていた登場人物たちは眠ったまま、散り散りになってしまった。
今の私たちも、状況から言うに眠ったまま、世界が無くなる可能性があるのだ。でも、あくまでこれは私の憶測で、不安定な今話すべき事ではない。
「そうね、怖くなっちゃった」
私が困ったように笑うと、ハムチーは暫し私の顔を見た後、ジャンプした。ふわふわだった身体はしなやかな筋肉になり、銀色の美しい髪の美青年へと変わった。ちなみに、服は着ていない。
「ちょっと、待ってくださいッス。確か、魔王用の魔法に……」
ハムチーは両手を中に翳し、なにか不思議な言語を唱える。私の耳には文字として変換できないような音。
すると、彼の目の前にウクレレが突如として現れた。
「ちょっと、チルタイムッス。音楽で癒やされたら、いい夢を見て、最高の朝を迎えるッスよ」
楽しげにウクレレを手に取ったハムチーは地面に座り、弦の一本一本を丁寧に調律し始めた。ぽろんぽろんと軽くて明るい音は、傍にいるだけで眠くなる音だ。
「レーヌさん、ほらほら立ってないで、僕の隣に座ってほしいッス」
「……わかったわ」
私はわざとらしく仕方ないわねと両肩を竦める。そして、よっこいしょとハムチーの隣に腰を下ろした。
私の身体は筋肉ムキムキではあるが、体型のハムチーもそれなりのガタイの良さだ。なお、まだ服は着ていないため、すべてが丸見えである。
「さあて、なにがいいッスかねえ、あ、俺が昔作った曲でもいいッスか?」
「なんでもいいわよ」
「オッケーッス」
彼の指先が弦をなぞる。ぽろろろんと美しい音が鳴り、少しずつ音楽へと変わっていく。
ハムチーの髪はふわりふわりと動き、たき火の光が彼の肌を優しく照らしていた。誰もが目を引く美しい顔というのは、横から見ても美しいわね、なんて思いつつウクレレの音に癒やされる。
暫くして、すうっと息を吸う音がよく聞こえた。
「いつかの路地裏 月から隠れた星たち」
私の目は思わず見開く。なんと、美しい歌声だろうか。例えるならば、木の溢れ日のような優しく、切なく、私のの心を包み込む。驚きから、身体は声の力でゆっくりと抜けていく。
こんなの、予想もしていなかった。
ウクレレの音と、彼の歌声が交わり、まるで南国のビーチで風を浴びているような心地よさだった。
うつらうつら、世界がゆっくりとぼけていく。私の身体ぐらりと傾きそうになるのを、なんとか堪えた。
「俺の肩、貸しまッスよ」
ちょうど間奏だったのか、小さく私に肩を寄せる。いつもなら、さらりと断るところだけど、もう睡魔にどうしても勝てそうに無かった。
「ごめんね、借りるわ」
私はハムチーの肩に恐る恐る頭を乗せる。以外としっかりしており、ごつっとした安定感があった。どんどんと身体から力が抜けていき、視界もすっかりぼやけた。
美しい歌の歌詞も頭に入ってこない。先ほどまで感じていた恐怖もわからない。
「おやすみ」
小さな声で、ハムチーに伝えた。
彼が言うように、ただいい夢を見て、幸せな朝を迎えられたらいいのに。
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