第16話 行く末


 意味がわからない。

 ただ、その言葉の意味に、私は怖さからかぶるりと身体を震わせた。


「才能の色が濃い魂だ。死神も目についたのだろうな。それは、運が悪かったとしか言い様がないな」

「なによそれ」

「言葉通りだ」

 にんまりと三日月のように目を細める神様は、ただただ愉快そうだった。血の気が引き青褪めた私の顔から、彼の手がゆっくりと離れていく。


「まあ、お前の魂、・・・・・悪いようにはしないさ」

 神様はゆっくりと立ち上がり、指をもう一度鳴らした。

 すると、一つの雲が神様の手元へと飛んでくる。

 手のひらサイズの雲の中には、美しいガラス玉が埋め込まれていた。何だろうと不思議に見ていると、ガラス玉の中になにかが映った。


 どこかの山奥だろうか、狐の耳の生えた和服の男と、男の腕の中にいる巫女服を着た女性が紅葉の下ですやすやと眠っていた。

 二人の距離の近さや雰囲気から、どう考えても恋愛的な要素があるのは見て取れた。

 勿論、その二人だけでは無く、小さくて可愛いカッパや狸の妖怪たちも、同じように眠っていた。


「これは、一体?」

「とある少女が考えた妄想だよ。お前たちのよく知る都町が考えた世界と同じ」


 誰かの想像した世界。私はなぜ今これを見せたのかと、不思議に思った。


「よく見てろ」

 淡々とした口調の神様に言われたとおり、雲の中のガラス玉をじっと見る。ただ、鏡の向こうの人達は、誰一人起きる気配は無い。

 暫く何も変化が無いため、「一体何なんだ」と抗議しようとしたが、私が喋るよりも先に「まだ見てろ、もうすぐだ」と神様の無感情な言葉で静止された。


 じゃあ、早くしてくれ。

 悪態があと少しで唇より外で出そうになった時、いやな音が耳に聞こえた。


 ピキッ

 ピキピキッキッ

 何かにヒビが入るような音。よく見れば、ガラス玉に小さなヒビが入っていた。


 そのヒビは、耳障りな音を立てて、ガラス玉の中を走り回り、一瞬にしてヒビだらけにを

 そして、最後嫌な音が鳴った瞬間、パンッとガラス玉が弾け割れた。

 キラキラと宙に舞う破片は、次第に小さなシャボン玉へと変わっていく。シャボン玉、それは私も、ハムチーも、形を成す前にしていた姿だった。


「少女が死んだようだな」

「え?」

「長い間昏睡していたからな、いつか死ぬだろうと思っていたが。あと少しで完結して、この魂たちも生まれ変わることが出来たのにな」

「どういうことよ」

 生まれ変わることが出来たのに?

 神様が喋れば喋るほど、嫌な予感だけが積み上がっていく。

 余程酷い顔をしているだろう私を見た神様は、本当に愉快そうに手を広げた。


「輪廻転生したくば、物語を完成させろ。芸術創作の神に囚われし魂に課せられた、無茶振りしれんだ」

「何それ、聞いてないわよ!?」

 脊髄から声が出たというべき速度だった。爆発するような激昂、立ち上がった私は神様に食ってかかる。

 死ぬ前に履いていたものすごく高いヒールだったが、それでも神様よりも身長は頭一つ分低い。

 そんな時に見上げる羽目になったのが、更に怒りを増した。

 勢い怒る私とは正反対に、神様は楽しそうに私の腰を抱いた。


「言ってないからな」

「言いなさいよ!」

「今言った」

「キィイイイッ!!」

 あまりにも余裕な神様に、私の感情はどんどんと乱され、もう奇声くらいしか上げられない。


「ちなみに、完成されない作品は作者が死ぬまで、そのまま囚われるからな。覚悟しておけよ」 

 ということは、さっきのガラス玉の中にいた人達は、囚われていたのか。

 頭の中で鮮明にリフレインする壊れたあの瞬間。下手をしたら、あれは自分が行く未来なのかもしれない。


「ちなみにだが、俺はお前の魂を気に入ってるんだ。解放されても、また次の世界へと行かすし、たまにはこうやって連れ出して遊ぶからな。成仏するまで」

 どんどんと怖い事実が明かされ、荒波のように乱れた情緒は、もう言葉を出すどころかまともな呼吸もできない。ヒーヒーッと変な呼吸になってきた。

 あまりにも悲惨な姿に、神様は「ハハハッ、本当に面白いな!」と大声で笑う。一頻り笑った後、神様は私の首を掴んだ。


「都町車の願いを買って、俺の力を貸してるんだ。折れないように支えてやれ」

 私の耳元で、こそっと、神様が小さく呟いた。聞きたいことは、山ほどある。でも、返事をする暇は無かった。


「じゃあ、頑張って完結・・しろよ、じゃあ、行ってこーい」

「え? はああああ!?」


 そして、またあの世界に吹っ飛ばされた時のように、身体はぶん投げられる。

 なんてことをするんだ!!

 あまりにの衝撃に、私の意識は暗く遠くブラックアウトしていった。


 そして、次に目を開けると、あの洞窟が広がっていた。

 随分と寝過ぎた時のように、身体が変なだるさと強い喉の渇き。


 ううう、頭が痛い。いろんな意味で痛い。


 頭を抱えながら上体を起こすと、視線の先にすでに起きていただろう太子、ハムスターの姿をしたハムチー、ドラゴンが何かを話していた。


「お、やっと! 起きたッスか!」

 その中で最初に気付いたのはハムチーで、嬉しそうな声を上げて、私の元へと駆け寄ってくる。

「もう、今大変なんですよぉおお!」

 柔らかな触感とほのかな温かさを持つ毛玉が、私の顔に軽く触れてきた。

 ふわふわが、もふもふが。まるで顔全体が包まれるような感覚が広がり、心地よい安らぎが湧き上がってきた。柔らかな光とほのかな温かさを持つ太陽の香り。

 ああ、なんとも、心地よい。

 急なアニマルセラピーは、心はきゅんきゅん可愛いと思ってしまう。


 しかし、走ってくる時の不穏な彼の言葉は、しっかりと私の耳に届いていた。

 私はそんな可愛いハムチーを、優しく顔から剥がす。私の手に掴まれた彼の大きいまん丸お目々には、きゅるきゅるうるうると薄ら涙が浮かんでいた。


「どうしたの!?」

 慌てて私が尋ねると、ハムチーはその小さな手で先程彼がいた場所を指さした。


「太子さんが、太子さんが!」

 太子!?

 驚いた私はぐわっと指で示した先に目を向ける。視線を向けた先、よく見れば困った表情をしたドラゴンの足元で、可愛らしい巫女の服を着た太子が蹲っていた。


 私はハムチーを抱えたまま立ち上がると、そのまま太子の元へと駆け寄った。太子は流石に私の足音に気付いたのか、恐る恐るゆっくりと顔を上げた。


 なんとも愛らしい瞳は、深い苦悩と悲しみで満ちており、酷く傷ついたことがそのまま顔に表れていた。

 真っ赤に腫れ上がった瞼と涙袋、充血した白目。

 今も涙は止むことなく、頬を伝いポロポロと雫が流れ落ちていく。

 一体、私が寝ている間に、何があったというのだろうか。私は比較的に落ち着いてそうなドラゴンを見上げる。目が合ったドラゴンは、困ったように頬を指で掻いていた。


「ドラゴンちゃん。これ、どうしたのよ、一体」

「そ、それがドラ、作者様が来てたんだけドラ」

 作者。来ていたということは、もういないと言うことだろう。続きを催促するように私は、ドラゴンの顔を見つめた。


 しかし、それよりも先に、私の身体にぎゅっと抱きついた存在がいた。


「レーヌさんっ……ボクっ、作者様と喧嘩してしまいました……」

 今渦中の、太子であった。

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