エピソード17 二人で人生を賭けるまで(15)

 リリリと、正常にコールされる。

 あとは南井が出てくれるかどうか……そして、もう応募してしまっていないかどうかだ。


『……はい』

「繋がったっ! 俺だ俺っ」


 南井か? 南井なのか? 女の人なのは声からも間違いなさそうだが。

 電話の声って現実と微妙に違うから、ちょっと自信がない。

 電話越しに南井と連絡したことなんて、確かなかったはずだから。これが南井の声……なんだろうか。


『ふふ……オレオレ詐欺なら間に合ってるよ?』

「いや、そうじゃなくて」

『犯人はみんなそういうらしい』

「だから……えっと、南井? で、あってるよな? ——」

『——うん、真城』


 声は若干異なるけど、喋り方は南井だ。

 説明は出来ないんだけれど、名前の呼ばれ方にすこぶる馴染みがある。


「おお……そうだ。っというより、よく俺からって分かったな? 狙ってはなかったけど、初っ端から冗談っぽかったし」

『だってさ、そう登録してあるから。昔教えて貰ったの、そのまま真城の名前付けて登録だけしてて、今もしっかりと真城からの電話だよって、画面に表示されてるし』


 マジかよ。もう8年近く前の話だぞ。

 嬉しい。マジで、嬉しい。

 ぶっちゃけ捨てられたり、消されたり、機種変更のタイミングで消失したりしそうなもんだけど。まさか登録までされて南井のケータイに、俺の電話番号が残っているとは思わなかった。


「よく俺の番号なんてあったな。マメ過ぎないか?」

『ふふ、そっちこそ。私の電話番号、残しといてくれたんだ?』

「あ、ああ……捨てる理由も特に無かったしな。たまたま残ってたみたい」

『あはは、思ったよりぞんざいな扱いだった』


 ほんとは手書きメモまでして、趣味に興じるためのパソコンにバックアップして、もしスマホがオシャカになっても、南井の電話番号は残せるようにしてる……とは言わない方がいいだろう。教えて貰ったとはいえ、そこまでガチで保持するなんて、南井本人には知られたくないし。仕方なく残しておいた……っていうスタンスがちょうどいい。


『それよりも、どうしたの? 私に電話掛けてくるなんて初めてだよね?』

「あ、ああ。そうだな……」

『……まあ。なんのことか、このタイミングだし、大体予想はつくけどね』

「……そうか。それなら話は早い——」


 この8年。ちっとも電話して来なかったヤツから、いきなり掛かって来たとすれば、その前後になにかあるのかと考えるのは自明の理か。実際、そうでもなければ南井に電話なんて掛けることはなかっただろうし。やっぱ、電話っていうのは早急に掛ける必要があると思ったときなんだよな。なんにも無しに、ただ南井の声が聴きたかったから……みたいな理由なら、とっくの昔にコールしてる。


 いや、今はそのことはどうでもいい。

 ちゃんと言うんだ。俺なりの、南井の応援の仕方を。


「——率直に言うとだな南井……っと、その前に。封筒はもう、送っちまったか?」

『……うんん、まだだよ。なんせ知らない街並みだからさ、郵便局に行くだけなのにウロウロしちゃって』


 そうか、そうだよな。

 南井はこの辺りに住んでるわけじゃないからな。


「ああ……そうなるよな」

『うん。やっぱり慣れてないところで、することじゃなかったかも。それで真城、率直って言うのは?』

「えっとだな………………俺、南井が応募しようとしてるところをさ、調べてみたんだよ

、さっき。ほら事件がどうたらこうたら言ってたから」

『ああ、うん』

「……俺。芸能関係とかそんな詳しくないけどさ、ヤバイなと思っちまった……」

『……そうかもね』


 肯定、してしまうのか。

 南井はあんなのを知って……そこまで、追い詰められてるのか。


「だからさ。俺は南井のやりたいことは、もう……全然やっちまえって感じだけど、果たしてこの事務所で南井が輝くのかって考えると疑問というか……」


 率直と言った割に歯切れが悪いな、俺。

 でもそうだよな、南井の人生が掛かってるんだ。

 そしてその人生に、介入するようなことを俺は言ってるんだから、歯切れが悪くもなる。


『……要するに真城は、私に応募するのを諦めて欲しいって言ってるのかな? そんな危ない橋を、わざわざ渡る必要なんか無いって』

「いいや、そうじゃなくて——」


 そうじゃない。諦めて欲しいんじゃないんだ。

 けれど、受け取り方によってはそうにもなってしまう。ここまでだと南井の気持ちを、否定してるのと変わらない。

 ああもう、どう伝えたら良いんだ。


『——だよね。やっぱり、客観的に見たらそういう意見になるよね』

「南井、俺は……」

『うんん。真城は何も悪いこと言ってないよ。寧ろそれが普通なんだと思うし、私だってちょっとどうなのかなとは思ってた。もしも合格しても、ただ所属するだけになっちゃうのかなとか、全く考えなかったわけじゃないしね』

「南井も、やっぱ懸念はしていたんだな」

『もちろん。だって私の人生だもん。だから応募しようかどうかを、ギリギリまで悩んでたんだよ?』

「……また、諦めるかどうかを、か?」

『うん。ああ、だけど真城』

「……うん?」


 それから、少しの間沈黙の時間が流れる。

 心を整理するための、息を呑むことも躊躇われる空白たった。


『私。真城がなんと言おうと、もう諦めるつもりはないから。確かにリスクと隣り合わせだとは思う……けどね、これはさっきも言ったけど、私がアイドルになるラストチャンスなの。もしかしたらこの事務所が事件を起こしたからこそ、巡って来たかもしれないの。というかもう、私に選択権なんてほぼ無いし、ステージに立つキッカケを貰える居場所だって……もう無くなってるのかもしれない。他があればそっちを優先したんだろうけど……そうは言ってられないんだよ、今の私には』

「南井……」

『だから。真城に心配掛けるかもしれないけどさ、リスクを背負っても、キッカケを掴まないといけないんだ。じゃないと、高校生だった私が……ずっと涙を押し殺そうとすることになる。二度とあんな思いは、したくない』


 いつもの南井の口調なのに、とてもとても、まるで死に物狂いのような雰囲気を電話越しなのに感じる。後には引けない、年齢を考えても他にチャンスがない……でもそれ以上に、南井は高校時代の後悔に縛られ続けていたんだと分かる語勢だった。


 南井は本気だ。本気でアイドルになろうとしているんだ。

 25歳からなんて、年増だと嘲笑われるのも覚悟で、恥をかくのも承知の上で。

 高校生の南井が残した涙を、叶えるために。

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