エピソード21 アイドルになるために(19)

 どこにもないけど、躊躇いはある。

 こんなにやりたいのに、躊躇いがある。

 ああ南井も、こんな気持ちだったのかな。


 いいや、似てるんだろうけど違うんだろうな

 俺のは南井の将来を潰さないか、不安なだけ。それでも……言葉にも言い表せられないくらいのプレッシャーが襲って来る。

 でも、こんなプレッシャーを感じることなんて、今後起こらないかもしれない。

 というか。待ってるだけで、南井が俺に振り向いてくれるわけがない。


 それに好きが、ただ好きなだけではいられない。

 しかも今は望まれているんだ。受け取らない理由なんて、やっぱりない。


「——ああ」

「……っ! 真城っ! ありがとうっ」

「あーでも、また後悔しても知らないからな? そのときよりも、計り知れない後悔。するハメにかもしれないからな?」

「ええ真城、急に弱気?」

「いやまあ、確認だけしとかないと……だろ?」

「……うん、そこは大丈夫っ。私が信じたところを、選んだつもりだから、大丈夫っ」


 南井が作ったプロフィールが入った封筒を受け取る。不甲斐ない俺はともかく、南井が大丈夫と言ってくれたんだ。受け取らないわけにはいかない。

 不安なことばかり溜まる一方だが、後戻りなんか出来ない。


 南井を活かせないかも、じゃない。

 こんな俺が南井を活かせる……手を貸せるるんだ。そんなの最高じゃないか。


 それに俺にだって、高校時代の後悔くらいある。例えばほら。目の前で、俺の名前を呼んでくれる子に何もしなかったこと……とか?

 高校時代の南井の後悔を晴らすこともそうだけど、高校時代の俺の後悔も、アレがアレしてアレになって、取り戻せるのかもしれない。


「えっと……よろしく? でいいのかな、南井」

「うんっ。こちらこそ、真城」


 南井に手渡された憧れを、破れないようにギュッと握る。

 絶対に叶えてやるという意志を込めて。

 アイドルとしての南井がどんな姿なのか、まだ頭の中で創り切れてはいない。ボヤボヤと綺麗なんだろうなー……とは思うけど、どう綺麗なのかがあやふやだ。

 なにはともあれ。なんだろう、この安心感は。好きな人が誰の告白も断るつもりと宣言したときと、近しい感情だ。


「そうか……そうか。いやでも、うん。こっちの方が、俺も安心か」

「安心……?」

「もしも事務所所属が決まって、南井が刃傷沙汰に巻き込まれるかもってリスクよりかは、ずっとマシな提案だもんな」

「え……なんのこと?」


 南井が首を傾げている。

 ん? なんで南井が疑問を唱えてるんだ?

 おそらくは俺より南井の方が詳しいはずなのに……。


「いやさ、調べたんだよ。南井が送ろうとしていた事務所。だって事件がどうのこうの言うから何かと思えば、タレントへのハラスメントとか給料未払いとか……それが原因で刃物を振り回したとかなんとか……流石にそれはマズイだろって。だからいっそ、俺が南井の——」

「——ちょっと、ちょっと待って真城っ。え? ん? いやいや違うよ? だって私が言った事件って、『ARUE』の敏腕マネージャーが独立して起こった騒動があったことだよ?」

「………………へ?」


 えっと……どういうこと?

 ほんとどういうこと?


「そこまでの事件が起こってたら、私だって選ばないって。多分真城、なにか間違った調べ方したんじゃない?」

「……は? いやだって、『ARUE』って調べたらさ。なんかアルファベットが羅列してて。ああ『ARUE』って略称だったのかって——」


 さっき受け取った封筒の、宛先を指差しながら伝える。

 すると俺の指先を文字を見た南井が、溜め息を吐く。なんか、南井の溜め息ってレアな気がする。


「——……そういうことか。あのさ、真城」

「な、なに?」

「これ、真城が盛大なうっかりをしてると思って言うんだけどさ」

「お……うっかり、うん」

「社会人の基本中の基本だと思うけどさ、大事な宛先を……相手先の会社を、どんなに長くても略して書くわけがないよ」

「あ……」

「でしょ? だから私が送ろうとした事務所と、真城が調べた事務所は、絶対に違うよ」

「確かに……——」


 言われてみれば、そりゃあそうだ。

 こんなの芸能事務所関係なく、一般常識で考えればよかったじゃないか。

 宛先を省略して書くヤツなんかいない。

 略称が定着してようがありえない。

 送り先にちゃんと届かなくなるかもしれないのに。

 なんで略称だと、勝手に結論付けてしまったんだ。


「——それは俺のうっかりだな。ええ……ってことは……」

「刃傷沙汰なんてのは、私が送ろうとした事務所にはない」

「……だよな。つまり、俺が言ったこと全部の前提が覆る……から」


 俺の提案は、人道的に危なっかしい事務所しか南井に選択肢が無い状況を、なんとか変えようとしたダメ元の案だ。けど、そもそもそれが違ったってことは——


「——まさか真城。勘違いして、私と一緒にやろうって……」

「あー……いや、勘違いはそうなんだが……」


 きっとマネージャーの独立騒動くらいで、この提案はしなかった。心配はしつつも、南井の結果をただ見守っただけ。勘違いがなければ、南井はそのままアイドルになるためにプロフィールを応募したはずだ。

 俺が南井をアイドルにするための場所を創る……そんな選択肢も、おそらくは存在しなかった。南井の未来に、アイドルへの憧れに、大きく影響を与えてしまうことはなかったはずなんだ……いや、なんてこっただよ。


「……やっぱり無し、とか、言わないよね?」

「いや……ここまでしてもう言えない、だろ」

「うん……それに心配してくれたからこその、勘違いだし。私も責められない」

「言うつもりもない、な?」

「そうだね。私ももう、真城だって決めちゃったしね……」

「は、ははは……」

「ふふっ、はははっ。真城! 笑うしかないよっ、もうっ」


 南井の言う通り、俺も笑うしかなかった。

 一歩踏み出すキッカケって、こんな思い掛けないんだって。

 ほんと、笑うしかない。笑うしないよ、こんなの。


 笑い声が重なり合う最中。俺と南井は、かつての後悔を取り戻す旅に出る。

 誤解が交錯し、先行きも不安な、しがない公園での、とんでもないスタート。

 笑ってはいるけど、どうしたものか……。


「真城」

「ん?」

「……私からもよろしく、ね」

「……うん。頼らないだろうけど、うん」


 けど、俺にとって得たれたモノはたくさんあった。高校時代よりも、南井のこともいっぱい知れた気がする。

 その中でも、南井の元気な素顔を久々に見た。

 昔も今も、南井は楽しそうにしてるのが、やっぱり一番だ。

あとこれは、俺の子どもっぽい感想かもだけど……さっきよりも南井は、キラリと輝いてる。

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遅咲きのサワン 〜ソロアイドルと2つのコサージュ〜 SHOW。 @show_connect

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