エピソード20 アイドルになるために(18)
聴こえなかったってことはないだろうから、何言ってんだ、そんなことされても迷惑とか、思っているのかな。
うん……そう思われてしまうのも仕方ない。
南井のためとは考えつつ、俺のエゴも含まれてるんだから。
「……えっと、南井? 生きてるか?」
『うん、生きてるよ。真城が言ってたことも、ちゃんと聴こえてた』
「そ、そうか……」
不安になって、先に沈黙を破ってしまった。
ちくしょう情けない……黙って南井の返事だけを待っていれば良かったものを……。
『そこは、さ』
「え? ああ……」
『年齢制限、無いんだよね?』
「……無いな」
『学歴も職歴も関係ない?』
「関係ない」
『芸能人にはちょっと難しい問題になる、恋人持ちや元犯罪者でも、いいの?』
「いいわけじゃないが……それでダメにする理由にはならない……南井なら、なんでもいいんだ」
『私なら、そっか。じゃあ最後に』
「うん」
『真城……——』
「——え?」
電話の向こうから南井が俺の名前を呼んだ途端、ベンチに座っていた俺の左肩にポンと、ちょっとした重みと人の温かみが感じ取れた。その優しさに溢れた触れ合いで背後から、ついさっきまで電話でやりとりしていたはずの、今頃は郵便局に向かってるはずの、相変わらず透明度の高い声が囁く。
「私を、アイドルにしてくれる?」
「南井? なんでここに戻って……」
そこには、ここには居ないはずの南井が、俺の真後ろから顔を覗かせる。すごいナチュラルに。秋と冬が混ざってるのに、純度の高い涼風と共に。
ああ……やっぱずるい。不意打ちに南井からコンタクトを取って来られると、少し身構えて、微熱を帯びてしまう。
「話の途中で、真城が何を言おうとしてるのか、なんとなく分かったから引き返して来た。荷物も、封筒も、まだここにあるよ」
「……出して来なかったのか?」
ひらりと、南井が荷物から封筒を取り出す。
まるで、俺のことを安心させてくれるかのように。
「うん。やっぱり少し抵抗はあったし、私、あんまり知らない他人のところへはついて行かないところあるから」
「子どもの頃の指導でよくあるヤツだな。別に不審者じゃないだろ、素性は知れてるんだから」
「そうだけど、真城と比べたらね?」
「……そんなの、俺だって似たり寄ったりだろ?」
「うんん。真城のことは知ってる。知ってるし……結構、信頼もしてたりするんだよ?」
「嘘だ……」
「嘘じゃないよ。ほんとだって——」
信頼なんて、俺なんかが南井にされるもんか。
よく知ってるなら、なおさらだろ?
高校のときなんてダラダラと過ごしてたんだ。
南井は俺のどこを信頼してるのか……分からない。
「——ということだから……はい」
「え、なに?」
「なに? じゃないよ。これ……真城に」
南井は賞状を手渡すときのように、俺へと丁重に封筒を手渡して来る。南井のプロフィールと、南井の写真が込められた……後悔を取り戻すための全てを、俺に託すように。でも……
「いや……受け取れないって」
「え、どうして?」
「だってこれはこれで、その事務所に送ればいい」
「……真城。言ってること、矛盾してない?」
「してるかも、しれない。でもその事務所に送って、ダメだったら俺の提案に乗る……で、いい。信頼はともかく、危なっかしいのもともかく、どっちが南井をバックアップする規模が大きいかは一目瞭然だし」
「……そうだね。そうだと私も思うよ」
「だろ? なら南井はダブルスタンダードの方がいい。あくまで俺の言ってることは、そこが南井のラストチャンスじゃないって、したいだけだ。だってどうせ、俺はいつまでも南井を待つつもり、なんだから」
俺の本心を、わがままにぶつけるだけなら、南井が託してくれようとした全てを受け取りたい。今すぐに受け取って、力及ばずとも、なんとかして南井の力になりたい。
待つなんていうのも、格好を付けただけだ。
本当は南井が欲しい……南井を独占したいんだと思う。
だけど、それは南井のためにはならない。
南井のチャンスを潰すようなことを押し付けられない。
だって南井に必要なのは、ちっぽけな俺じゃない。
この魅力を遺憾無く発揮出来る場所だから。
そうすればきっと、たくさんの人の視線を集める。集められるはずなんだ。
昔から知ってるさ。南井が、そういう人だって。
……アイドルの資質とやらを、持ち合わせてる人だって。
……ずっと、ずっとずっと知ってる。
知っているから、潰さないんだ。潰したくないんだ。
「……やっぱり、真城は真城だね」
「な、なに言ってるんだ。そりゃあ俺は俺だろ……昔から変わらないって」
「うん。なら……私も変わらない、はいっ」
南井は俺に手渡そうとした封筒を引っ込めない。
寧ろ、俺が受け取るようにと、更に腕を伸ばしていた。
「ちょ、南井? 話聴いてたか?」
「聴いてるよ」
「だとしたら、これは違うだろ? 南井にはたくさんチャンスがあればいいんだから……他の人の後押しだって、そこがダメだと分かったあとでも、俺は——」
「——うんん。私は………………真城がいい。郵送も取り止めるつもりだよ」
「なんで……? そこ……南井がやっとの思いで見つけたんだろ? 危なっかしいけど、ラストチャンスかもしれないって、病み上がりでも作ったんだろ? それなのに南井が、そこを蹴ってまで、俺に賭ける理由なんか——」
「——それは、言ったじゃん。私は真城を信頼してる……じゃないと、引き返してなんか来ないよ」
「……俺のどこを、信頼するんだよ?」
こんなこと、訊ねるつもりなかったのに。
みっともなくて、ダサいだけなのに。
「決まってるよ。ちゃんと私のことを聴いてくれて、背中を押してくれて、たくさん調べてくれて、もしダメだったときに、私が諦める理由を消してくれた……これだけでも、近くに居てくれる真城が良いと思うには、十分だと思わない?」
「ああ、けど……なんにも決まってないんだぞ? まだ口から出任せってだけでさ……」
「ふふ、そんなの当たり前だって。私が打ち明けたのは今日で、新しい選択肢を作ったのだって、ついさっきだもん。決まってたらビックリだよ」
「……南井の才能を、活かせないかもしれない」
「活かそうとしてくれるだけで嬉しいんだよ、私は。それに、私に才能があるかどうかだって分かんない——」
「——いいやあるっ! 南井は高校のときも、今もっ! 俺が今の今まで出会った誰よりも、品格が他の誰とも違うって思ったっ! じゃないとお世辞でも背中を押したりなんかしないっ。一緒にやろうなんか、思わないって。南井は気にしてるかもしれないが、年齢だって関係ない。俺は……俺の人生を賭けてもいいって、南井に思えたから。それだけの才能があると、高校の時から映り続けてたから、言ったんだ……うん」
言い切る前に気が付いたけど、もう手遅れだった。ビックリしている南井の表情がそこにある。
あの南井が自虐に走っていたせいだ……反射的に否定しながら、俺の思いの丈までぶつけてしまった。
人生を賭けてもいいなんて、重たいだけだ。
才能があるなんて、こっちも重たいだけだ。
一緒にやろうなんて気が早い。
「………………真城」
「……なんだ?」
「ふぅー……真城っ!」
「な、なんだよそのテンション。子どもっぽいっつーか、珍しいな……」
「ごめん、私から言うべきだったっ」
「え……——」
なにを言うつもりなんだろう?
南井からなんて……何があるのか。
「——一緒にやろうよ、真城っ! 私、真城に人生を賭けられるよっ」
「人生……俺に?」
「だからもう一度訊くよ……真城、私をアイドルにしてくれる?」
「っ!? 南井……俺は——」
そっか……『私をアイドルにしてくれる?』か。
まだちゃんと答えてなかったな。
いや、答えなくてもいいのか。
このプロフィールを受け取れば、そう言ってるの同然だ。
ただ答えなんて、とうの昔に決まってる。
南井と一緒に、南井の夢を追える。
しかも南井ほどルックスも性格も美人から。
高校のときから、片想いし続けて来た人からだ。
断る理由なんか、どこにもない。
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