エピソード19 二人で人生を賭けるまで(17)

 だけどその最後の条件は、南井には当て嵌まる。

 いや………………南井だから、当て嵌まるんだ。


「そう。その会社とも言えない会社がさ、アイドルとして欲した最後の要素は………………高校の卒業式で、胸に造花を二個も付けていた女の子……らしいんだ」

『っ!?』

「これ……どうやら証明もしなくちゃいけないらしくてな。いやそんなの、仮に似たような経験をした人でも、誰も証明なんか出来やしないって感じだよなー。だけど、南井の場合は証言出来るヤツが、ここにいるしクリア出来る——」


 めちゃくちゃで意味不明な条件だ。

 なんだその条件はって、普通ならなるだろう。

 でも南井だけは、昔の記憶を思い出そうとするかもしれない。寧ろ、そうなって欲しい。


『——真城』

「ああ、なんだ?」

『……今さ、調べてみてたんだよ。そのオーディション要項。電話しながらでも操作出来るしね』

「ははは……どこでもなんでも調べられるってのは、ほんと便利なもんだな」

『でもね、無かった。うんん、どのサイトを調べてもあるわけがない……だってそこ、まるで私しか求めてないみたいだもん』

「……うん」

『それに、そのことを知ってるのは同じ高校の人だけで……その経緯を共有しているのは、私が知る限り、真城しかいない——』


 まあ、流石に気付くか。

 どう考えてもおかしいってことに。

 そんなの、南井だけが欲しいって言ってるのと変わらないことに。

 そしてこんな条件。南井からしてみれば、俺以外に知り得ない状況だということに。


『——真城』

「ああ」

『それは、改めて聴くけど、ただの気休め……なんかじゃないよね?』


 当たり前だ。そんなことあるもんか。

 わざわざ電話まで掛けたんだ。

 応募する先が危ないところだって、南井のモチベーションを下げるようなことも遠回しに言ったんだ。

 何も無いわけが、ない。

 いや、思ってるだけじゃ伝わるもんも伝わらない。

 言わないと。相手に送らないと。

 俺から南井への気持ちを。もう、余すことなく。

 上手くまとまっては無いかもしれないけれど。

 下手したら、告白するよりも緊張してるかもしれないけれど。言ってしまえっ!


「聴いてくれ、南井っ!」

『えっ? ああ、うん』

「俺、ギリギリまで色々調べてたんだ。事件のこともそうだけどさ、その流れで……俺自身が南井のために、なにか出来ないのかって。事件が起きる事務所なんか危ない、っていうのもあるけどさ……俺実は、寂しいなと思ったんだ」

『寂しい……?』

「そう。南井がどこの馬の骨かも分からない誰か見出されて、こうして話すようなことすら叶わない存在になってしまいそうで……もちろん応援したい気持ちもあるっ! それもあるっ! ある、んだけど……その願いが、南井に今後届きそうにない気がしたんだ」


 ほんと、みっともない理由だと思う。

 南井はここではない高みに行くべき人だと分かっているのに、俺個人的にはずっと、そばにいて欲しいなんて。


「だから調べたんだ、南井の憧れを叶えられて、俺も手を貸せる……って言ったら烏滸がましいけど、なにか力になれるようなことを。それで事件の記事を見たときに関連子会社がどうのこうのってあってさ……もしかしたら、芸能ってピンキリじゃないかって……個人でも、やろうと思えばやれる世界なんじゃないかって。それでさらに調べたら、特定のタレントだけの個人事務所とか、フリーランスとかもあるんだな」


 スマホアプリの検索機能とは優秀で、個人やフリーで活躍してる芸能人、っと検索すればかなりの人数がヒットした。中には適当にテレビを流し見るだけの俺でも顔と名前を覚えているようなタレントや、俺が子どもの頃からのテレビスターの名前が続々と見当たる。


 他には全くの無名事務所から、トップアイドルにまで駆け上がり君臨し続けた、赤色がメインの昭和の女性ソロアイドルの例も見つけて……これなら、出来るかどうか分からないけど、南井に提案してみる価値は存分にあると思った。


「当然……就職活動とかと一緒で、大きな会社の方が良いと思う。なんたってコネクションとか認知度が違うからな。おまけに待遇だって良いだろう。そんな芽を摘むつもりはない。逆に小さなところや、全くのゼロから始めるのは、想像以上にリスキーかもしれない……でも俺は、南井となら賭けの条件として、それほど無謀じゃないと感じたんだ。だって南井に必要なのは、大きな後ろ盾じゃなくて、南井自身が既に持ち合わせている魅力を発揮出来る場所だ。だからさ、南井………………南井さえ良ければ、その応募先の代わりでもいいから、俺が南井を活かし切れる新しい場所を作りたいと思ってる。念を押すが、気休めなんかじゃない、大真面目だ」

『………………』


 言った。言ってしまった。もうあとには引き返せない。

 いや……大見栄を切ったのに、切ったあとなのに、急にお腹や胸が痛くなって来た。

 だってこんなの、俺が南井をトップアイドルにしてやるっ、て言ってるようなもんだし。というか、そういうべきだった。なんで言えなかったかな……。


 ……南井からの返事は、なかなか返って来ない。

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