エピソード18 アイドルになるために(16)
ラストチャンス……か。
確かにネットで調べた限りはそうかもしれない。
25歳でも現役のアイドルは存在するが、始めるとなるとまた違うのかもしれない。
スタートラインに立つどころか、南井は見つけなければならない。
キッカケがないと、ステージにも立てない。
そのための芸能事務所……。
そのためのオーディション……か。
そりゃ芸能事務所なんてそうそう入れるものじゃないしな。入れたらもちろん利益になるだろう。
それに事件を起こしたとはいえ、アイドル活動の後ろ盾にはなってくれるはずだ。
リスクは予想されるが、それ以上のリターンもある。
いや……南井の場合はそんなことだけじゃないか。
もしかしたら南井は、過去の精算をしたいのかもしれない。
無謀だ……ってことも、分かっていた様子だしな。
でもなら………………言ってみる価値はある。どこまでもある。
「なあ、南井」
『……ん』
「南井の本気度は、ひしひしと俺にも伝わって来た。って、さっき後押ししたつもりなんだし、そりゃあそうなんだけど」
『うん』
「だから俺は、俺はな? 南井に諦めて欲しいんじゃなくて……ちょっとダメ元で提案が、あるんだよ」
『ああ……う、うん? 提案?』
正直、言おうかどうか……少し悩みもした。
だって下手をすれば、南井のチャンスを潰してしまう提案だからだ。
だけどこの電話越しにでも伝わって来る熱意と、俺自身のエゴイズムとチキンな片想いが、こんなところで悩んでいる場合じゃないだろうと叱り、奮い立ててくれているような気がした。
ならもう、言ってしまった方がいいに決まってる。
でも、南井にどう話すべきか……どうすれば喜んでくれるのかなと思案しつつ、とりあえずは見切り発車で、その提案をやんわりと伝えて行くことにする。
この逢えなかった8年間のように遠回りだけど、ちゃんと俺なりの気持ちを形にして、南井に届けるために。
「あの、実はさ。さっき調べてるときに、南井が調べて発見した芸能事務所の他にもう一つだけ、南井でも制限をクリア出来そうな条件のところを見つけたんだ」
『っ!? う、うそ……私ちゃんと調べたのに……それも今日の朝にも、結構くまなく……』
「あ……まあ見逃すことくらいあるよな」
『見逃す? 今の私が? ……ね、ねぇそこ、本当にあるんだよね? 真城の気休めとかじゃないんだよね?』
「そんなわけない」
『……どういうところ、って、聴いていいのかな?』
「ああ。俺は他でも無い、南井のために調べたんだからな——」
調べたというのは、一応本当になるだろう。
けど実は、そこそこ嘘も含まれている。
まあ嘘はとは言っても、どうせすぐにバレてしまうだろうけど。
バレてしまわないと、俺の気持ちは微塵も伝わらないし。
というか、そんなことよりだ。
ちゃんと南井に知ってもらわないと。
そのリスクだらけの芸能事務所が、ラストチャンスじゃ無いってことを。
「——その事務所はな、まだ正式に設立されたわけじゃ無いんらしいんだ」
『設立されてない? ってことはまだ、準備段階ってこと?』
「……みたいだな。そのせいで大手オーディションまとめサイトなんかにも告知がなくて……南井が見落としても不思議じゃ無いって感じだ」
『なるほど……それなら私が見落としたのも分かるかも。設立もされてない、プレリリースみたいな状態ってことだもんね? 確かにそんなところなら。くまなく探しても見落とすのは頷ける』
「それでここからが肝心なんだが……応募規約というか、条件だな」
『ああうん、そこ重要だね……また年齢とか期間で弾かれるのは、嫌だ……』
俺が南井に電話を掛けたのは、リスクの多い芸能事務所へのオーディションをやめさせることでもなく、逆に応援することでもない。ラストチャンスとか、もう他に受けるところがないという南井に、新しい選択肢というか……こういうやり方もあるかも、出来るかもと、しっかりきっかりと伝える。
「まず事務所だが、まだ名前も決定してはいない」
『え? ああうん。設立してないから、そうだろうね。手続きとかしないといけないみたいだしね、ああいうの』
「うん。そこはアイドルを緊急で募集していてだな……女の人で、年齢制限は……無い」
『………………無い?』
「ああ。年齢不問、学歴職歴不問、海外在住でも問題なし。おまけに恋愛遍歴とか、前科とかがあろうとも問題ないみたいだ。だから、年齢やらなんやらで弾かれることはない」
『え……弾かれないのは嬉しいけど、そんなところ本当にあるの? だってアイドルを募集してるんだよね? なのにそんな優しすぎる条件のところなんてある?」
「……あるみたい、だな」
『えっと、まさか詐欺サイトとかじゃないよね?』
「……さあな、俺だって発見しただけなんだ。その辺はまだ分からん。あとそれで……応募締め切りは、なんとこっちも無いらしい」
『応募締め切りまで無い?』
「うん。だから存分に悩んで決められるってこと」
『いやいや……悩んで決められるんだと思うけどさ、そんなことなくない? オーディションだよね? 流石にそこ怪し過ぎない? というか、まだ会社じゃないのに募集してる時点でおかしいでしょ……絶対』
南井の指摘はもっともだ。ごもっともだ。
20歳前後がピークとされてるらしいアイドル……早ければ10歳くらいから始めている人も居る。
なのに全くと言っていいほど制約が無さすぎる。
せいぜい性別を限定していることくらいだ。
これだけだと、いくなんでも受け入れる範囲が広い。
まだ新設すらしてない事務所のオーディション要項となると、胡散臭さが充満するのも無理はないだろう。
「確かに。ここまでの条件だと、そうかもしれない」
『そうでしかな……え? ここまで?』
「ああ。ここまで、だ。まだあるんだよ、条件が。このせいで、他の条件を緩くしないと、誰も入る余地が無いって感じだな」
『……他』
そう。この怪しさてんこ盛りのアイドル募集には、最後の最後でほとんどのアイドル志望者を振るい落とす項目がある。もう、ここまでのユルユルの条件を見たあとだと、なんで最後にこんな特記を付けたんだと、乗り気だった子たちが激怒してしまうくらいには。
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