エピソード16 ラストチャンス(2)

 これほんとうなのか……まさかこれを知っていて、南井は応募しようと思ったのかと。


「『artist real unique entertainmentに営業停止命令。運営陣が所属タレント数人に対し、ハラスメント行為、給与未払いが認められた。その数日前に起きた未成年タレントによる刃傷沙汰の事件も、この運営体制への不信感が起こしたとされている。これを受けて運営側は、関連子会社とも相談しつつ再発防止に努める……とだけで具体的な明言は避けた。未成年タレントへの処遇すら明かされなかった』って……ちょ、おいおいおいおい、なんだこれはっ! ……いや待て、これだけじゃ誤報かもしれない。他にも調べてみないことには……」


 そんな一縷の望みに懸けて、他の記事を探す。

 もう時を忘れるくらい、探しに探して探しまくった。

 けれどどの内容にも、多少文面が異なるだけで、概ね似たり寄ったりなことばかりの記事しかなかった。


「なんだよ、これ。なんなんだよこれっ! こんな事務所があっていいのかよ。つか……こんなところに、南井は行こうとしているのか……いやいやダメだろ。ハイリスクとかそういうことじゃなくて……ここじゃあ南井が潰されかねない」


 南井の憧れは叶って欲しいと思う。切実に思う。でも、その南井の願いを後押しする事務所が、こんなところで良いはずがない。未払いなんてもってのほかで、ハラスメントっていうのがセクハラなのかパワハラなのか、なんのハラスメントかも分からない。


 もしかしたら日常的に怒鳴られたり殴られたり蹴られたり、最悪性的に搾取されてる場合だって考えられる。あとなにより、タレント側が刃傷沙汰ってことは、ナイフやら包丁やらを振り回したってことだ。そのタレントにも問題はあるだろうけど、そうまで追い詰める運営側だったということも十二分にありえる。


 これが全部本当なんだとしたら、止めないと。こんなのアイドル以前に、芸能人になる以前に、人としてダメだ。南井の身の安全が脅かされてるのと変わらない……。


「止めるか? 止めるべき……なんだよな普通は。でも……南井があそこまでして打ち明けてくれて、俺もさっき後押ししたのに……もしかしたらラストチャンスかしれないのに……ちくしょう、止められない。止められるわけがない。南井の夢を潰すのが、他でもない………………俺であっちゃいけないだろっ。だけど、こんな危険なところは……——」


 どうしていいものかと、しどろもどろになるしかなかった。身の危険から止めたいのに、南井の夢は止められない。

 止めるにしても追い掛けるのか? 今から間に合うのか?

 なんてことを脳内で錯綜させていると、たまたまポケットに手が触れる。そこにあるのはスマホだ。


「——っ!! そうだ。確か俺、南井の連絡先……電話番号だって知ってるじゃないかっ! なら話は早いっ! 向こうが変更してない限り、すぐにでも一旦考え直してもらって……いや」


 スマホに気が付いて、電話番号を交換していることにも気が付いた。高校の卒業式に交換して、怖気ついて一度もコール出来なかった番号が、今もしっかりと残っている。ガラケーからスマホに機種変更しても、性懲りも無くちゃんと残していたモノだ。とかくに南井が電話番号を変えていない限り、南井を止める手段はすぐそこにある。だけど同時に、根本的なことにも気が付いてしまう。

 簡単に、今すぐに、南井の願いを踏み躙れると。いつかの些細で残酷な一言を、俺自身が南井に言ってしまうことになるかもと。


「そんなことは、やっぱ簡単には出来ない。でもこうしているうちに手遅れになって……南井の身にもしものことがあったら……くっそっ! どうしたらいいっ!?」


 南井を危機から遠ざけたい。

 でも南井の夢を叶える姿を見たい。

 何度も何度も、そう思う。

 南井からしたら、俺の苦悩なんか他人事かもしれない。

 だけど俺にとったら、南井は他人事じゃない。

 何年片想いしてると思ってんだ? 10年だぞ10年。

 逢えなくても、遠くに居ても、ときおり南井の幸せを密かに祈ってるような……気持ち悪い自覚のある日々を過ごしたんだ。


 どうにかしてやりたい。

 南井の後悔を取り戻し、それが間違いじゃなかったと言えるように。

 なのにどうするとも、今の俺には出来ない。

 せめて何か……南井のためになるウルトラCみたいな妙案はないものか……。

 そんなことを逡巡としながら、自然とスマホを握る。

 強く強く……想いの重さで潰してしまいそうなくらいに。

 ん? スマホ……そうか、スマホか。


「………………待てよ? さっき検索したところって、諸々問題はあったが……俺が知らないだけで、ちゃんと芸能事務所っていう体裁はとれていたんだよな? それこそ関連子会社? ってのが作れるくらいには。なら、もしかしたら……」


 そう呟きながら、またスマホで検索しまくる。とにかく知らない世界を、ちょっとでも多く知ろうとした。


 南井が憧れたステージを……ステージ周りのことをちっとも理解していなかったからだ。

 そしてこれにより、もしかしたら南井を危険から回避させつつ、夢までも叶えるかもしれない、新たな選択肢になり得る妙案が表示される。


「なるほどな……やっぱ難しそうではある。が……これならやってやれるかもしれない。最終的には南井の気持ち次第なところもあるが……これなら。とにかく電話、してみるか。ダメならもう全速力で、膝がへし折れてでも、言いに行くしかないな」


 色々と調べ、目に映るあれこれを加味した結果、もうこれしかないっていうウルトラCを見つけた。南井を危険から守れて、俺が南井に寄り添える。そしてなにより……俺のみっともないエゴイズムまでが、しっかりと反映される。


 でもこれを決めるのは俺じゃない。

 俺じゃなく、南井の返答待ちになる。

 なんだが告白したあとみたいになりそうでむず痒いが、まずは伝えないと。そうしないと何も始まらない。


 スマホとは便利なモノで、検索ツールをフル活用したあとでも楽々と、アプリを変えて電話番号が記されている欄を開いて、南井の電話番号をタップするだけだ。


 とびっきりの勇敢さを、騙し騙し身体に注ぎ込んで、交換してからおよそ8年……やっと南井に電話を掛ける。

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