エピソード9 アイドル

 あと芸能関係って言っても、わりと範囲が広い。

 役者とかモデルとかバラエティータレントとかもあるし、ディレクターやアシスタントにプロデューサーなどの裏方。それに今はSNSを利用したインフルエンサーとかも入るんだっけ? とにかくいっぱいある。

 一体、南井はどこを志してるんだろうか?


「あの……これは答えなくてもいいんだが」

「……うん」

「いや、正直知りたくはある」

「……うん」

「俺が! 純粋に知りたいんだが」

「……うん」

「その、南井はさ」

「……うん」


 前置きに前置きを重ね、ついでにプロフィールを眼前置き、南井を注視する。

 南井が志している世界がなんなのか。しっかりと聴くために。

 

「ジャンルというか、目指す方向性とか、決まってるのかって——」

「——アイドル」


 即答だった。淡々と、でも語調は強く。

 久々に『……うん』じゃなかった衝撃はどこにもない。


「……えっ? あっ……えっ?」


 なんて言ったのか、ちゃんと聴こえていた。

 なのにまた聴き返そうともしていた。

 意を決して、俺はもう一度訊ねようとして……すぐに辞める。

 なぜなら、隣の南井がさらに身震いをして、ギュッと閉じ込めるように身体を抑え込もうとしていたから。

 それでも、震える。震える。震える……今はそこまで寒くはないはずなのに、言い切ったはずなのに。


 そんな様子を眺めていたら、どう考えても、何を言っても、口を開けては言葉が出ない。掛ける言葉が見当たらない。

 きっと俺は、とてつもなく驚いているんだろう。

 驚き過ぎて、なんと声を掛ければいいか分からないんだ。

 だってこれは、南井が勇気を振り絞った四文字なんだから。


「………………わ、笑ってもいいところだよ、真城」

「あ、いや……」


 やっと、搾りカスみたいな声が出た。

 なんとも頼りのない否定文が。


「おかしいと思うでしょ?」

「いや……」

「何を子どもっぽいことを、とか思ったかな?」

「その……」

「むしろ現実見ろって。笑われた方が、私はやりやすかったのかも」

「……えと」

「いっそ叱られるのでもよかったのかもしれないね………………歳、幾つだと思ってるんだって」

「………………………………」


 もう、黙りこくるしかなかった。

 黙って真顔で、自虐ばかりの南井を見つめ直す。


 すると、南井の顔色が俺の困惑の視界に入る。

 なぜか南井の方も、ちょっと困っているように映る。


「はは……ズルいな私は」

「え……なに、が?」

「真城が、ビックリするだろうなって分かってて、言ってるから」

「そんな……」

「ほら。笑ってくれても、いいんだよ?」


 震えながらもニコリと、南井が苦笑いを浮かべている。

 まるで俺の反応が予想通りだったと言いたげに。


 それは……そうだろ。

 どうしていいかは、なんて言ってやれたらいいかは分からない。

 なのに心臓はドクドクと鳴り止まない。

 俺のことじゃないのに、南井を推し量った緊張が共鳴したように止まってくれない。

 止め方も、震える身体の諌め方も分からない。

 俺はどこまでも無力で、何もしてやれない。

 でも。でもだ、南井……笑うわけ、ないだろ?


「……仮に」

「え?」

「仮に、俺が笑ったらどうしてた?」

「……な〜んて嘘っ……みたいにしたかも」

「そんなので誤魔化されても。でもその方が、南井はよかったのか?」

「うん……ストレスはなかったかもね」

「そっちも、悪くはないのか?」

「でも。私の中で、モチベーションを失ってはいたかな」

「……っ」

「いや……どっちにしても、失うモノはあるか。案外どっちもどっちなのかもね」


 さらっと、なんてことないように、南井は言う。

 どう考えても、どっちもどっちじゃ済まないことを。


「……多分だけど、真城はどうして私が、その道を目指そうとしてるのか、不思議がってるんだよね?」

「あ、ああ……」

「……ちょっと長くなるけど、いい?」

「……時間だけはあるからな」

「ふふ、そうだね。まだ夕方にもなってないしね」


 俺が言ったのはそういう意味じゃない。

 南井は知らないだろうけど、これは無職になった皮肉。

 それからもう一つ。昔の同級生と集まるとか、どうでも良くなってるからこそのセリフだ。

 夕方までじゃなくていい、南井に時間を使いたい。割きたいんだ。

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