エピソード9 アイドルになるために(7)
あと芸能関係って言っても、わりと範囲が広い。
役者とかモデルとかバラエティータレントとかもあるし、ディレクターやアシスタントにプロデューサーなどの裏方。それに今はSNSを利用したインフルエンサーとかも入るんだっけ? とにかくいっぱいある。
一体、南井はどこを志してるんだろうか?
「あの……これは答えなくてもいいんだが」
「……うん」
「いや、正直知りたくはある」
「……うん」
「俺が! 純粋に知りたいんだが」
「……うん」
「その、南井はさ」
「……うん」
前置きに前置きを重ね、ついでにプロフィールを眼前置き、南井を注視する。
南井が志している世界がなんなのか。しっかりと聴くために。
「ジャンルというか、目指す方向性とか、決まってるのかって——」
「——アイドル」
即答だった。淡々と、でも語調は強く。
久々に『……うん』じゃなかった衝撃はどこにもない。
「……えっ? あっ……えっ?」
なんて言ったのか、ちゃんと聴こえていた。
なのにまた聴き返そうともしていた。
意を決して、俺はもう一度訊ねようとして……すぐに辞める。
なぜなら、隣の南井がさらに身震いをして、ギュッと閉じ込めるように身体を抑え込もうとしていたから。
それでも、震える。震える。震える……今はそこまで寒くはないはずなのに、言い切ったはずなのに。
そんな様子を眺めていたら、どう考えても、何を言っても、口を開けては言葉が出ない。掛ける言葉が見当たらない。
きっと俺は、とてつもなく驚いているんだろう。
驚き過ぎて、なんと声を掛ければいいか分からないんだ。
だってこれは、南井が勇気を振り絞った四文字なんだから。
「………………わ、笑ってもいいところだよ、真城」
「あ、いや……」
やっと、搾りカスみたいな声が出た。
なんとも頼りのない否定文が。
「おかしいと思うでしょ?」
「いや……」
「何を子どもっぽいことを、とか思ったかな?」
「その……」
「むしろ現実見ろって。笑われた方が、私はやりやすかったのかも」
「……えと」
「いっそ叱られるのでもよかったのかもしれないね………………歳、幾つだと思ってるんだって」
「………………………………」
もう、黙りこくるしかなかった。
黙って真顔で、自虐ばかりの南井を見つめ直す。
すると、南井の顔色が俺の困惑の視界に入る。
なぜか南井の方も、ちょっと困っているように映る。
「はは……ズルいな私は」
「え……なに、が?」
「真城が、ビックリするだろうなって分かってて、言ってるから」
「そんな……」
「ほら。笑ってくれても、いいんだよ?」
震えながらもニコリと、南井が苦笑いを浮かべている。
まるで俺の反応が予想通りだったと言いたげに。
それは……そうだろ。
どうしていいかは、なんて言ってやれたらいいかは分からない。
なのに心臓はドクドクと鳴り止まない。
俺のことじゃないのに、南井を推し量った緊張が共鳴したように止まってくれない。
止め方も、震える身体の諌め方も分からない。
俺はどこまでも無力で、何もしてやれない。
でも。でもだ、南井……笑うわけ、ないだろ?
「……仮に」
「え?」
「仮に、俺が笑ったらどうしてた?」
「……な〜んて嘘っ……みたいにしたかも」
「そんなので誤魔化されても。でもその方が、南井はよかったのか?」
「うん……ストレスはなかったかもね」
「そっちも、悪くはないのか?」
「でも。私の中で、モチベーションを失ってはいたかな」
「……っ」
「いや……どっちにしても、失うモノはあるか。案外どっちもどっちなのかもね」
さらっと、なんてことないように、南井は言う。
どう考えても、どっちもどっちじゃ済まないことを。
「……多分だけど、真城はどうして私が、その道を目指そうとしてるのか、不思議がってるんだよね?」
「あ、ああ……」
「……ちょっと長くなるけど、いい?」
「……時間だけはあるからな」
「ふふ、そうだね。まだ夕方にもなってないしね」
俺が言ったのはそういう意味じゃない。
南井は知らないだろうけど、これは無職になった皮肉。
それからもう一つ。昔の同級生と集まるとか、どうでも良くなってるからこそのセリフだ。
夕方までじゃなくていい、南井に時間を使いたい。割きたいんだ。
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