エピソード8 全身写真とプロフィール

 そんなとき、ふと感じる。

 理由のない直感。そう、直感でしかないが。

 ああ……そこに南井の後悔とやらが詰まっているんだなと、ついつい……じっと見つめてしまう。


「………………ふふ。やっぱり真城は察しが良いよ」

「え……」

「このバッグの中身、気になるんでしょ? さっきからチラチラ見てるし」

「あ、いや……なんでずっと持ってんのかなって、思っただけだって。その辺に置けばいいのになーって」


 そういう南井も、俺の視線によく気が付く。

 あからさまな癖とかは、ないはずなんだけどな……。


「……もう、いっか」

「……ん?」

「そうだよね。本音を隠し続けてたから、高校生のときの私は、辛かったんだもんね……はい、真城」

「……なに?」

「この中にさ、私が体調不良だと思われた理由と、高校生のときに泣いてた理由……どちらもあるんだ」

「え……」

「ほんとうは誰にも見せたくないんだけど……うん。真城なら、いいかなって」


 南井がずっと大事そうにしてたトートバッグを、俺に向けて差し出した。……これ、どうすればいいんだ? 手渡されて大丈夫なヤツなのか? まさか密輸的なことじゃないだろうな? 爆発とかしないよな? そうだよな?


「……俺が手に持った瞬間に爆ぜないよな?」

「爆発するってこと? しないしない。するなら真城を巻き込んだりしないって」

「そ、そうか。なら謹んでお受けして……」

「ははっ、堅い、堅いよ……そんなたいしたものじゃないから、んっ」


 南井から俺へとバックが手渡される。

 持った感触は………………軽い。とにかく軽い。


 なんだろう。大きめの封筒が入ってるだけみたいな。

 何かあるだろうと腰を入れて持ち上げたら空箱だった……みたいな、拍子抜けな感じ。

 紙幣が嵩張ったような感触もなく、おそらく貴重品もここには入っていないようだ。

 ついでに爆発するようなモノもない……それは当たり前か。


「……普通の、バッグだな」

「普通のバッグだもん」

「軽い」

「必要最低限だもん」

「あ……えっとだな。これを俺に、どうしろと?」

「……中身、見てみて」

「え? いやそれはプライバシーというか、個人情報というか——」

「——いいの。私のことを、知ってもらわないとだから」


 それがマズイんじゃないか、と言い返そうとした。

 でも、そうすることはできなかった。


 だって……口角だけ上がったままだけど、みるみると真剣な眼差しを送って来る南井がそこに座っていたから。

 ……こんな南井、初めて見たから。


「……分かった」


 流石に、マジのヤツだと分かる。

 南井の表情は本当に作りが巧いけど、髪の一縷が掛かると悪目立つくらい繊細だ。

 遠回しでも、南井の情緒が伝わって来る。

 これはもう、応えるしかない。


 言う通りにしないと、その本気を無碍にする気がした。

 だから躊躇いを捨て、トートバッグを開いて、手探りに中身を取り出す。

 南井のプライベートに踏み込む。


「………………封筒」

「うん」


 そこには、手に持った印象のときに予想した……封筒。

 厚さはあまりなくて、せいぜい二枚か三枚の紙が入っている程度だ。大きさはマンガ原稿がギリ入るか入らないかくらいの大きさだと思われる。


「履歴書より大きいな」

「基準が履歴書なの、真城も社会人になったんだね」

「……そんなので、社会人を感じられてもなあ」

「ははは……その中を見て欲しい」

「あ、ああ……」


 今、無職だってのは言わないようにしよう。

 南井といるときくらい、虚勢を張ってもいいだろう。

 身の丈に合わないからって、背伸びをして誤魔化すくらいいいよな。


 そんなことより、南井のことだ。

 ん? 宛先があるみたいだ。

 宛先には……えっと、『ARUEアルエ』? 

 どういう意味? 有名バンドの歌か? それとも人の名前か? 英語はあんまり得意じゃないから分からない。

 まあいい……中身を見れば分かるはずだ。


 そのまま封を開け、中身を取り出す。

 中には全部で二枚の用紙が入っていた。

 一枚目は……名前や学歴の他に趣味や特技に自己紹介などを事細かに書く欄がある、ちょっとユニークな履歴書みたいな内容の用紙。不思議な点はあるが分からなくもない。


 続いて二枚目なんだが……少しビックリする。ビックリというか、なんでこんなモノが必要なのかと疑問に思った、と言うべきだろうか。


「……写真?」

「うん」

「いや、写真自体はどの履歴書にもあるけど……全身写真? おお、差分まである? しかもすごいラフな格好……」

「はは、ラフかなそれ……冬のコンセプトだから、コートとか、着込んでみたんだけど……」

「えっと……私服としてなら、全然ラフじゃないんだが……スーツじゃないのか、こういうのって普通」

「……うん。普通は、そうよね」


 社会人を経たせいか、お堅いプロフィールのとして見たせいか、どうしても先入観が邪魔をする。南井の全身写真はなんというか……真面目で優秀な人材であろうとしていない、冬季の南井の自然体な姿を体現したような写真だった。


 すごい個人的なことだけど、紺色のロングコートを着て、白い手袋に耳当てまで装着して、冬の肌寒さにもう笑うしかない……みたいなくすぐったい南井……。


「おお……」

 

 えーなんだよこれ、めっちゃくちゃイイじゃんっ!! 誰だこれ撮ったの、最高過ぎんだろっ! いやあズルくないかこんなのっ。隣にホンモノが居なかったら絶対叫び散らかしてるわ。平然を装ってるの大変だわっ。やっぱ南井、可愛過ぎる!


 ……待て、冷静になるんだ。

 告白も出来なかった臆病な日々を思い出せ。

 自分本位に感情を爆発させると気持ち悪い。それで散々悪夢を見たはずだろ。


 ただでさえ顔があんまりな自負があるのに、これ以上気持ち悪いのは勘弁したい。

 とにかく今は、これがどういうことなのかを知るのが先。

 でも……おおよその方向性と、あまり見られたくないとしている理由は分かったかな。

 ただ詳しいことは、南井本人に訊くのが一番だろう。


「……南井」

「なに」

「これって……こういう、身体まで見える写真が必要ってことなんだよな?」

「そう、だね。これでも身体のラインが目立たないようにはしたんだけどね」


 身体のライン? でも、全身写真を求めるって、そういうのも重視してるってことだもんな。

 ってことは、南井はなにか身体を張る系の仕事に就こうとしてるのか? まさか……いや南井に限ってそんなわけはなさそうだが、一応訊こう。


「先に選択肢を潰しておきたいんだが……ふ、風俗とかじゃないよな?」

「うん違う」

「そう、か……」

「でも、人と触れ合うってところは一緒かも」

「え……触れ合う。それは直接的? 間接的?」

「基本は間接的だけど……近年は直接なのもあるかも。この辺は売り方によって異なるのかな」

「売り方か……」


 誰かと触れ合う。個性重視とも取れる全体写真とプロフィール。そして売り方……自らを売り出す要素のある業種。ここまでくれば一般企業ではないことは明白で、俺には縁遠い界隈を南井が志しているんじゃないかと推測出来る。


 すでに風俗関係が否定されている。そしてこのプロフィールだって、履歴書と同じかそれ以上に真剣さが伝わる。中途半端な場所じゃない。


 加えて、横顔からも分かる南井の端正なルックス。

 澄ましていて、今はちょっと物憂げな南井の美貌からも……その業界を挙げないわけにはいかない。


「えっと。俺はあんまり詳しくないんだが……」

「うん」

「南井がやろうとしていることってのは……芸能関係?」

「………………………………うん」


 長い長い沈黙のあと、南井はコクリと頷く。

 ……そうか、そうか。そりゃあ……言いにくいよな。


「……芸能か」

「……うん」


 だってそこは……流されて行くようなところじゃない。

 当人の意思を持って、強固な扉をこじ開けるしかない。

 おまけに、就いただけで毎月の給与が確約されるわけでもない。


 あと想像だけど……安易に笑われやすい進路だ。

 何言ってんだお前、普通や安定が一番だ、みたいな。

 少なくとも、やりたいこともなくてなんとなく進学、就職しただけの俺みたいなのとは違うだろう。


「こういうのってさ」

「……うん」

「なんって言うのかな……その、ひとえに芸能っていっても、種類があるだろ」

「……うん」


 ずっと『……うん』としか返してくれない……いや返せないのか。さっきから表情も見づらいようにしてるし、身体は一層震えてるし、南井の中にも色々あるんだろうな。もしかしたら俺から笑われるとか、バカにされるとか、そういうことを想像してるのかもしれない。


 でも……南井は俺なんかとは違う。

 比較対象が微妙だけど、昔から南井は場違いなところに居ると思ってた。使い方が違うかもしれないが、役不足というやつだ。

 なんで南井は、こんな平凡なところに居るんだろうかって。

 だからもし、そんなマイナス要素を想像してるのなら、ノーを突き付けてやりたい。

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