エピソード11 後悔とオーディション(2)

 つまり南井は……なんらかの理由で、そのオーディションに応募しなかった。いや出来なかったのかもしれない。


「……だけど、私は結局応募しなかった。やりたいという気持ちがあって、みんなも良いんじゃないかと言ってくれてる。これ以上のお膳立てはなかったと思う」

「……こういうの、お世辞でも、なかなか応援とかされないものだろうしな」

「そう。なのに……私の中にあったのは、やりたいという気持ちよりも、もしダメだったときどうしよう、期待を裏切ったらどうしよう、そもそもどういう審査があるのか分からなくて不安、東京に行くための金銭面、そしてなにより……ここで応募したら親や学校に迷惑を掛けるかもしれない。もう……踏み留まる理由ばかり浮かんでた」


 オーディションについて、俺はよく知らない。

 どういったことをするのかも、まるで解らない。

 でも……怖いんだろうなと、想像することは出来る。

 だって、今までの人生がガラッと変わるかもしれないほどの、でっかい挑戦だ。

 

 受験や就職面接……いや、それよりも怖い。

 だって。しがない一般人にとって、茨の道かどうかも分からない道を切り開くようなものだ。


 そりゃあ、慎重にもなる。

 周りの声援が、逆にプレッシャーにもなる。

 しかも確実に合格出来る保証だって無い。

 頑張って踏み出して……結果何にも得られないときもある。

 辛くて辛くて、どうにかなってしまいそうになるだろう。

 自分自身が否定された気分は……この世に居ていいのかと疑ってしまうくらい、しんどい。

 こんなの……はっきりいって、高校生じゃ酷だと思う。

 大人になっても、きっと幾つになっても慣れるもんじゃない……事情は違うけど、今の俺も似たようなものだから。

 やりたい気持ちだけじゃ進められないハイリスク。

 当時の南井も、そんな葛藤があったんだろうか。


「……それでもね。それでも、私はまだオーディションを受けてみようって気持ちを、なんとか保ってたの。どうしていいのか分からなくて、怖くてしょうがなかったけど、私の憧れに近付けるチャンス……まだなんとか、動き出せるって言い聞かせられてた……」


 オーディションなんて未知数だ。

 何を審査されるのかも、不明瞭なんだから。

 それでもまだ、気持ちを切らさなかったのか。

 思い付きなんかじゃない……本気だったんだな、南井。

 そこは……うんん、そこだけでもすごいと思う。

 俺ならおそらく、速攻で諦めていただろうから。


「だけどあっけなく、その気持ちが切れた」

「……どうして」

「シンプルな一言があったんだ。私にオーディションに出てみたらって、言ってくれた子と一緒に居た子がさ、『あっ、そういえばその日って大事なテストと被るね。無理だねー』……って」

「……っ!」

「その子は多分、何気なく言ったんだと思う。でもその一言が、親とか先生とか、同級生の友達とかへの迷惑を覚悟してたのに……私には無理だって。テストがあるんじゃ仕方ないって……オーディションを見送るための、最後の言い訳になった。だから無理だねっていうダメ押しに、そうだねって取り繕うしかなかったよ……はは……」


 眉を顰めたまま、南井が苦笑する。

 かつての自身の気持ちに配慮を示すように。

 きっと、テストだけが理由じゃないんだろう。

 これまでの迷惑とか、お金とか、ダメだったときの喪失感とかが南井の中で積み重なっていて、それでも堪えていた気持ちが、とうとう許容し切れなくなってしまっただけ。


「……そうか」


 なんという些細で、残酷な一言だろう。

 誰も悪くない。何も悪くない。責められない。

 けれど、その無意識の発言が、誰かの決意を、決心を挫くことがある。


「そう返したとき、すごく安堵したんだ。これで誰にも迷惑は掛からない。落ちたときに謝らなくて済むって。ただ……私の本心を隠すだけだって」

「南井……それは……」

「……うん。それからはしばらくなんともなかったんだけどね。でもあの日、ちょうどテスト中だった。時間は刻々と進んで行って、ついにオーディションの開始時刻になったとき………………私、こんなところで何してるんだろうって。もしオーディションに行っていたら……私の大好きな私になれたんじゃないのかって」

「………………うん」

「そう考えてるとだんだん、胸とお腹が痛くなって、頭と目元が重くなった。オーディションに行ってもきっと、似たような感じになってたんだろうなって思う。でも私……何もしてないのに、あんなに苦しくなるとは思ってなかった。でもそのときにはっきりと分かった……私はここまで悔やむくらい、アイドルに憧れていたんだって。なりたかったんだって……だからもう、抑えられなくなった」


 不安定な声で、南井が吐露する。

 本心ってのは、なんでこうなんだ。

 過ぎ去ってしまって、自分の本当にやりたいことに気付く。

 振り返ってももう、どうしようもなくなりそうになったあとに。


「真城と目が合ったのは、ちょうどそのときだね。いやあ……私もビックリしたよ。まさか泣くなんて思ってもみなかったし、振り返られるとは思ってなかった………………オーディションよりも優先したテストだって、もう何点取ったかも憶えてない。誰にも迷惑を掛けない選択をしたはずなのにな……何もしなかった後悔って、あるんだね」


 南井はまた、にこやかな顔を作りながらそう言う。

 だけど身体は変わらず震えてるし、声がちょっとか細いし、拳が強く握られている。それと、今も泣いていることに、きっと気が付いていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る