エピソード4 アイドルになるために(2)
適当に住んでる家の周辺をぶらつく。いつものスーパーとかコンビニとか本屋とか、たまに通り過ぎるだけの公園とかを当てもなく。
それでも時刻は昼過ぎの午後3時。夜というだけで、待ち合わせ時間とかは特に書いてなかったけど、どう考えても早過ぎる。だから今度は、ふらりと寄り道もしてみた……これが、意外と悪くなかったりもする。
こっちに引っ越してから3年半くらいだけど、通勤って行動がパターン化して、最低限の買い物以外はほとんど駅と家の往復くらいしかしなかったもんだから、その決まったルートから外れた道のりがとても新鮮だった。こんな近いのに、ああこことここ繋がってんだなとか、小さな飲食店あるんだとか、めっちゃ景色いいとこあるなとか……何もかも知ってるようで、すごい損した気分になるくらい、世の中知らないことだらけだったんだなって。
「……一ヶ月くらい前までの俺じゃ、こんな風に思えなかったんだろうな」
これはきっと、何もない持たざる者の風景。
隠された革命的な自然との触れ合い。
学校や仕事という加護から解き放たれたからこその鮮烈。
虚無との対比で美しくなる開拓。
当たり前が当たり前じゃなくなると映る価値観……なのかな。
過去と現在を比べる。
手に職を持つのは、立派なことだと言ってもらえる。
不満はそこそこあったけど、許容は出来る程度の日々。
恵まれた才能なんか、これっぽっちもなかった。いやどこかにあったのかもしれないけど、自認する才覚は間違いなくなかった……でもなんとかやって行けた。
少なくとも、俺には何もないとは思わなくなってたかな。
子どもの頃より自尊心は増してたはずだ。
まあ……別件でお金もあるし。
でも……誰しも、いつその安寧を失うか分からない。
しかも、なんの前振りすらないかもしれない。
それでいざ失ってみると……そりゃあ当惑する。
しばらく事後処理すらままならないくらいには。
辛いとぼやくのも怠くなるくらいには。
だけど、こうも考えられる。
もしかしたらこれがキッカケなんじゃないか。
なにかしらのチャンスなんじゃないかって。
例えば……クビになっていなければ、突発的な同窓会に誘われていなければ、ここに俺は立っていなかった。これも一つのキッカケ……ってのはくだらないかもしれないけど。でも失ったら失ったで、失ったからこその出逢いとかあるかもって……思えたら、今のところは自虐的に可笑しくはあるんだなって。
ただ突っ立ってるだけじゃなにも変わらない……そういうわけでもないかもしれないなんて。もしかしたらこの場所が俺の人生すら、あっさりとひっくり返すかもしれないなんて。無の小数点から幾つゼロが続くかも数えるのが面倒な確率でも、願っても叶いっこないはずの幸せが転んでいるのかもって……思えるのは、きっと悪くない。
そうだな。妄想ついでに、どうせなら……とびっきり運命的であって欲しいな。その幸せ。
あっと驚いて、状況を理解するのに時間が必要な、一目惚れのような瞬間なら、なお良いかも。そっか一目惚れか……ならいっそ、あのときような——
「——………………真城?」
「え………………」
人生、そんなに上手く行くわけがない。
筋書きのあるドラマじゃないんだから。
仮に脚本家でも、演出家でも、現実を意のままするわけじゃないんだから。
俺にばかり都合良いはずがない。
そう、あるはずがなかったんだ。
ましてやちょうど……俺の脳裏に過った制服姿の女の子が、クリーム色のカーディガンにカーキのロングスカートにブーツ姿に変わって、茶色い髪の毛を纏め上げて、トートバッグを抱きしめて、まさに目の前にいるなんて、何かのドッキリか冗談だ。
もしくは幻想でも幻影でも見てるんだろうか。
だって二度と逢うことはないとまで、覚悟してた人だぞ。
地元ですら、高校の近くですらないんだぞ。
こんな二人きり、二度目があるなんて思わないだろ。
なあ、南井………………。
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