エピソード5 8年振りの邂逅(3)

「真城だよね?」

「………………そんな、かわいらしい名前のやつは知らないかな」

「ふ……やっぱり真城だ」

「おかしいな。知らないって言ったのに」

「知らない名前って言ったから、私は分かったんだよ。そのひねくれた答え方は、真城しかしないってね」

「……ああ、そうだよ。南井——」


 そこに居たのは、南井。

 なんか大人っぽい服で、軽く化粧とかしてるのかな?

 でもそれ以外は高校時代から特に変わらないというか、あの頃から完成され切ってた魅力そのままで、俺の目の前でからりと笑う。


「——偶然だな」

「偶然……ってほどでもないのかな」

「……どういうことだ?」

「だって真城も呼ばれたはずだよ、同窓会」

「あ……ああ」

「ははは、だよね。待ち合わせのお店もここからそんなに離れてないし、じゃないとこんな偶然あるわけない」

「まあ、そうとも言えるか。他のヤツらは?」

「分かんない。私一人だから……」

「ふーん……」

「真城こそ、ここで何してるの? まだ集まるには早いでしょ?」

「あーえっと、俺この辺に住んでるだよ今。だから適当に買い物とかしようかなって感じ?」

「この辺? この辺か……あっ、もしかしてそのお店を指定したのって真城?」

「いいや違うよ。割と近場なのは、それこそ偶然。あと俺が同窓会の存在を知ったのすら、ついさっきだ。寧ろそうじゃないと、迷わず不参加決め込んでただろうし」

「……だよね。そうだと思ってた」

「いやいや、思ってたって……」

「真城が幹事みたいなことするの、あんまり想像出来なかったからさ」

「……貶してる?」

「うんん。だって私の知ってる真城は、周りのざわめきなんて露知らず、独り音楽を聴きながら机に伏せてる後ろ姿のイメージが強いから。友達が居ても積極的には誘わないよね……って感じだったからね」

「……高校時代の話だろ」

「うん、高校時代……うん」

「まあ社畜になっても、そんな変わらなかったけどな」

「もう、そんな言い方しなくてもいいじゃない」


 ほんと綺麗だな、南井。

 あの頃と違うはずなのに、ああ南井だって感じだ。

 それにしても、高校時代……か。もうそんな過去形になるんだな。

 ……みたいなことを、南井も考えてたりするのかな。

 それにしても、俺の後ろ姿か。

 確かにテスト時の座席とか、南井たちがロッカーの方に集まって喋っていた記憶があるから、そーいうイメージが先行するのかな。


「なにしてたの?」

「……なにしてたんだろうな」

「ええ、どういうこと?」

「さあ。俺が俺に訊きたいわ」

「………………もしかして、悩み事?」

「え? ああ……すげーつまんないことだけど」

「……誰かに話したらスッキリする系?」

「しない系……いやしない系っていうより、そもそも誰かに悩みを打ち明けるとかしない」

「そっか。でも、ちょっと納得」

「納得するようなこと言ったっけ?」

「だって……『聴いてよ、俺こんな辛いことあってさ〜』っていう真城は解釈違いかな。個人の感想だけど」

「いや通販番組かよ……絶っ対言わないなそんなの。誰だそのチャラ男は」

「そうだね。どちらかというと真城は、クールな感じで振る舞って、ズルズルと悩みを溜め込んじゃいそうなイメージ……少し心配」

「……南井の中の俺、さっきからひどいな」

「そんなことないって。困ったらちょっとくらい吐き出した方がいいって言いたかったの」

「……そーいう南井はないのか? ほら、悩みもそうだし、後悔とか?」

「……まあ、この歳まで生きてれば。色々あるよね」

「色々か……そうだな」

「うん……って、なんか暗い話になっちゃいそうっ。よくないよくない、せっかく久々に逢ったのにっ」

「本当だよ。どんだけ憂鬱なんだ大人ってのは」


 年齢を重ねれば重ねるほど、辛いことも比例する。

 その辛さを誤魔化す何かも無くなってくる。

 俺だけじゃなくて、南井もそうなのかな。

 確か高校生のときの俺は、そんな風になって欲しくなかったと願ったはずなのに……願うだけって意味ないのかもな。


 あとなんか……南井の顔が、昔より曇って見える。上手くいえないけど、体調不良明けすぐみたいな……高校生の南井よりも、表情が硬い気がする。こっちは勘違いかもしれないけど、ちょっと引っ掛かる。


「あはは……えーと、真城と逢うのは8年振り?」

「8年……だな。長いな」

「うん。私と真城が同じ教室で過ごした期間より、倍以上長い。でもあのときの方が、体感では長く感じたかな」

「ああその感じは分かる。ここ何年かはあっという間に一年終わってるわ」

「……そうだね、あっという間……ははは」

「あ、ああ——」


 ……なんだろ、この感じ。

 無理に明るく対応しようとしてるような。

 まるで流れてしまった年月を惜しんでるみたいな。

 この、辛そうな南井は。

 南井が視線を遠くに逸らす。

 南井の声のトーンが下がってる。

 南井にしては姿勢が少し悪い。

 南井を取り巻くオーラが翳る。

 でも相変わらず……綺麗だ。

 ほんと……高校生の頃からそうなんだよな、南井は。どんなときでも綺麗だ。

 だけど南井って、こんなもんじゃなかったはずだ。


 それは俺の思い出補正かもしれない。

 理想や憧憬の押し付けなのかもしれない。

 だとしたら申し訳ない。

 誤解ないように思うと、今の南井だって十二分に魅力的だ。

 こういった一面だって南井の素の一部なんだろう。


 でも俺にとっての南井は、もっと遠い人だったはず。

 こんな風に元同級生で居られるのが、違うと思ってしまう。

 なんだろ……もしかして本当に体調不良とかな?

 あの頃の学校のアイドル的存在感が、色褪せてる気がしてならない。


「——な、なあ南井?」

「ん? なに?」

「勘違いだったら悪いんだけど……いま体調悪かったりしない?」

「え?」

「い、いや俺の勘違いかもしれない。しれないし、南井も少し化粧とかしてるから、それが違和感なだけかもしれないけど……なんとなくそうじゃないかなと、思って」


 吃り、噛み噛み、早口。

 心臓の音がドクントクンと響く響く。

 なんかのぼせたような、浮遊感まで湧き起こる。

 これは……ああもう、酷いな。

 さっきまで上手くいってたのに。

 やっぱ南井と居て、俺から話し掛けるのは慣れない。

 高校のときと同じ緊張の仕方だ。

 南井のこと、少し知りたいだけなんだけどな。


「体調悪い……そっか。真城からは私、そう見えてるんだ」

「あっと……南井?」

「そういえば、真城ってこの辺に住んでるんだっけ?」

「あ、ああ」

「……じゃあさ、少し休めるところとか知らないかな?」

「休める、とこ……」

「うん。真城の指摘、あながち間違いでもないから」

「え……ああ」


 そう言いながら、南井はギュッと荷物を抱き締める。

 でも持ち前の笑顔は、律儀に取り繕ってる。

 ああ……この笑い方は覚えてるなって、しばらく目が離せないでいた。まるで高校生のときに戻ったかのように。

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