エピソード5 アイドルになるために(3)
「真城だよね?」
「………………そんな、かわいらしい名前のやつは知らないかな」
「ふ……やっぱり真城だ」
「おかしいな。知らないって言ったのに」
「知らない名前って言ったから、私は分かったんだよ。そのひねくれた答え方は、真城しかしないってね」
「……ああ、そうだよ。南井——」
そこに居たのは、南井。
なんか大人っぽい服で、軽く化粧とかしてるのかな?
でもそれ以外は高校時代から特に変わらないというか、あの頃から完成され切ってた魅力そのままで、俺の目の前でからりと笑う。
「——偶然だな」
「偶然……ってほどでもないのかな」
「……どういうことだ?」
「だって真城も呼ばれたはずだよ、同窓会」
「あ……ああ」
「ははは、だよね。待ち合わせのお店もここからそんなに離れてないし、じゃないとこんな偶然あるわけない」
「まあ、そうとも言えるか。他のヤツらは?」
「分かんない。私一人だから……」
「ふーん……」
「真城こそ、ここで何してるの? まだ集まるには早いでしょ?」
「あーえっと、俺この辺に住んでるだよ今。だから適当に買い物とかしようかなって感じ?」
「この辺? この辺か……あっ、もしかしてそのお店を指定したのって真城?」
「いいや違うよ。割と近場なのは、それこそ偶然。あと俺が同窓会の存在を知ったのすら、ついさっきだ。寧ろそうじゃないと、迷わず不参加決め込んでただろうし」
「……だよね。そうだと思ってた」
「いやいや、思ってたって……」
「真城が幹事みたいなことするの、あんまり想像出来なかったからさ」
「……貶してる?」
「うんん。だって私の知ってる真城は、周りのざわめきなんて露知らず、独り音楽を聴きながら机に伏せてる後ろ姿のイメージが強いから。友達が居ても積極的には誘わないよね……って感じだったからね」
「……高校時代の話だろ」
「うん、高校時代……うん」
「まあ社畜になっても、そんな変わらなかったけどな」
「もう、そんな言い方しなくてもいいじゃない」
ほんと綺麗だな、南井。
あの頃と違うはずなのに、ああ南井だって感じだ。
それにしても、高校時代……か。もうそんな過去形になるんだな。
……みたいなことを、南井も考えてたりするのかな。
それにしても、俺の後ろ姿か。
確かにテスト時の座席とか、南井たちがロッカーの方に集まって喋っていた記憶があるから、そーいうイメージが先行するのかな。
「なにしてたの?」
「……なにしてたんだろうな」
「ええ、どういうこと?」
「さあ。俺が俺に訊きたいわ」
「………………もしかして、悩み事?」
「え? ああ……すげーつまんないことだけど」
「……誰かに話したらスッキリする系?」
「しない系……いやしない系っていうより、そもそも誰かに悩みを打ち明けるとかしない」
「そっか。でも、ちょっと納得」
「納得するようなこと言ったっけ?」
「だって……『聴いてよ、俺こんな辛いことあってさ〜』っていう真城は解釈違いかな。個人の感想だけど」
「いや通販番組かよ……絶っ対言わないなそんなの。誰だそのチャラ男は」
「そうだね。どちらかというと真城は、クールな感じで振る舞って、ズルズルと悩みを溜め込んじゃいそうなイメージ……少し心配」
「……南井の中の俺、さっきからひどいな」
「そんなことないって。困ったらちょっとくらい吐き出した方がいいって言いたかったの」
「……そーいう南井はないのか? ほら、悩みもそうだし、後悔とか?」
「……まあ、この歳まで生きてれば。色々あるよね」
「色々か……そうだな」
「うん……って、なんか暗い話になっちゃいそうっ。よくないよくない、せっかく久々に逢ったのにっ」
「本当だよ。どんだけ憂鬱なんだ大人ってのは」
年齢を重ねれば重ねるほど、辛いことも比例する。
その辛さを誤魔化す何かも無くなってくる。
俺だけじゃなくて、南井もそうなのかな。
確か高校生のときの俺は、そんな風になって欲しくなかったと願ったはずなのに……願うだけって意味ないのかもな。
あとなんか……南井の顔が、昔より曇って見える。上手くいえないけど、体調不良明けすぐみたいな……高校生の南井よりも、表情が硬い気がする。こっちは勘違いかもしれないけど、ちょっと引っ掛かる。
「あはは……えーと、真城と逢うのは8年振り?」
「8年……だな。長いな」
「うん。私と真城が同じ教室で過ごした期間より、倍以上長い。でもあのときの方が、体感では長く感じたかな」
「ああその感じは分かる。ここ何年かはあっという間に一年終わってるわ」
「……そうだね、あっという間……ははは」
「あ、ああ——」
……なんだろ、この感じ。
無理に明るく対応しようとしてるような。
まるで流れてしまった年月を惜しんでるみたいな。
この、辛そうな南井は。
南井が視線を遠くに逸らす。
南井の声のトーンが下がってる。
南井にしては姿勢が少し悪い。
南井を取り巻くオーラが翳る。
でも相変わらず……綺麗だ。
ほんと……高校生の頃からそうなんだよな、南井は。どんなときでも綺麗だ。
だけど南井って、こんなもんじゃなかったはずだ。
それは俺の思い出補正かもしれない。
理想や憧憬の押し付けなのかもしれない。
だとしたら申し訳ない。
誤解ないように思うと、今の南井だって十二分に魅力的だ。
こういった一面だって南井の素の一部なんだろう。
でも俺にとっての南井は、もっと遠い人だったはず。
こんな風に元同級生で居られるのが、違うと思ってしまう。
なんだろ……もしかして本当に体調不良とかな?
あの頃の学校のアイドル的存在感が、色褪せてる気がしてならない。
「——な、なあ南井?」
「ん? なに?」
「勘違いだったら悪いんだけど……いま体調悪かったりしない?」
「え?」
「い、いや俺の勘違いかもしれない。しれないし、南井も少し化粧とかしてるから、それが違和感なだけかもしれないけど……なんとなくそうじゃないかなと、思って」
吃り、噛み噛み、早口。
心臓の音がドクントクンと響く響く。
なんかのぼせたような、浮遊感まで湧き起こる。
これは……ああもう、酷いな。
さっきまで上手くいってたのに。
やっぱ南井と居て、俺から話し掛けるのは慣れない。
高校のときと同じ緊張の仕方だ。
南井のこと、少し知りたいだけなんだけどな。
「体調悪い……そっか。真城からは私、そう見えてるんだ」
「あっと……南井?」
「そういえば、真城ってこの辺に住んでるんだっけ?」
「あ、ああ」
「……じゃあさ、少し休めるところとか知らないかな?」
「休める、とこ……」
「うん。真城の指摘、あながち間違いでもないから」
「え……ああ」
そう言いながら、南井はギュッと荷物を抱き締める。
でも持ち前の笑顔は、律儀に取り繕ってる。
ああ……この笑い方は覚えてるなって、しばらく目が離せないでいた。まるで高校生のときに戻ったかのように。
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