エピソード6 真後ろの涙(前編)

 休めるところって、どこに行けばいいんだろう。きっとケースバイケースなんだろうけど、なんかこう……選択肢が希薄なヤツでも大丈夫で、華麗に女の子をエスコート出来るようなところだ。


 オシャレなカフェなんか行かないし知らないし、これから食べる予定なのにファミレスも違う。そもそもこの辺に住んでるけど、あんまり地理に詳しくもない。というか体調不良なんだから人のあるところも良くないか。しかも相手は南井だ……8年のブランクもあるし、めちゃくちゃ緊張するし、どうするのが正解だったんだ?


「はあ……仕方ない」


 ほんと仕方ない。せめて、前持った準備くらいさせて欲しかった……おまけに南井の調子も良いときに。

 じゃなきゃ……さっき通り過ぎただけの公園を指定することなんて絶対なかったのに。


「公園なんて久々に入ったかも」

「……以下同文」

「あれ? 真城はここに来ないの?」

「うん」

「真城が選んだのに?」

「仕方にゃいだ、ろ……」

「あっ、噛んだ。かわいい」


いや南井の方が可愛いだろ……とは言わないでおこう。普通に恥ずいし、また噛んでしまいそうだし、うん。


「んん……仕方ないだろ突然だったんだから。さっき通り過ぎたときに少し、ここが印象に残ってたんだ」


 印象といっても、あんまり良い意味じゃなかった。遊具が少ないなとか、子どもいないなとか、せっかくサッカーや野球が出来るくらい広いのになとか、庇付きのウッドベンチなんて珍しいのになんで使わないんだとか、時期のせいで木々の緑が寂しいなとか……マイナスなことばかり。


「……なんだ。真城の思い出の場所とかじゃないんだね?」

「移り住んだ先で、そんなノスタルジックな場所無いって。というか子どもの頃も、公園で遊ぶほどアクティブじゃなかったしな」

「へぇー……って、あれ? でも真城ってゲームとか好きでしょ? ほら、あのベンチみたいなところに集まってしなかったの?」


 ……どう、だったかな?

 あんまり記憶はない。誰かの家なら薄っすら思い浮かんでくるけど。


「えっと。小学生の頃はポータブル……携帯出来るゲームより、家庭用……テレビに繋いでやる方がメインだったから。というか俺たちの年代だと、携帯ゲームって一人プレイしかしないイメージだったわ」

「そうだっけ?」

「通信するにも、ケーブルが必要だったんだよ。あれ持ってるヤツ少ないし、あってもすぐ無くなっちまうんだよな……。それが今は、スマホ一つで世界中のプレイヤーと遊べるんだから、ほんと良い時代になったもんだ」


ケーブル通信からローカル通信になって、今ではグローバル通信。最近は昔ほど熱心にプレイしなくなったが、ゲームのスペックアップと比例して、俺も成長したんだなって感じたものだ。それくらい、すぐそばにある存在だった。


「……なんか達観してるね」

「ゲームで達観してもしょーがないんだけどな」

「ちょっと、真城が大人っぽいこと言ってた」

「ゲームで大人っぽいこと言ってもしょーがないんだけどなっ」

「ふふ、二回目は口調強めっ」

「……言い返しが思い付かなかったんだ。それより、休みたいんだろ?」

「ああそうだ。そうだったね」

「じゃあ……せっかく話題にも出てたし、あのベンチに行くか」

「うん」


 なんて事のない掛け合いだった。

 でも俺が喋れば南井が返してくれる……いいな、この時間。


 そんなよこしまなことを考えながら、俺と南井はゆっくりと公園のベンチに腰掛ける。


 お互いに園内を眺められるような方角を向く。

 こうして隣り合わせに座るのは……なんか懐かしい。

 大抵南井は、俺の後ろや真横に居ることが多かった。

 それは仲が良かったから……じゃなくて、出席番号順とか、身長順とか、順番で決まることだと、南井と近しい並びになるからってだけだ。学校集会だと隣同士で、テストを受けるときは真後ろだったかな。


 そうだそうだ。色々思い出して来た……そんなチャンスがいっぱいあったのに、ろくに話し掛けられなかったんだ。喋れたとしても、ペンを貸してくれみたいな、すごい事務的なことばっか。黙ってわけもなく正面を見て、ときどき南井のことが気になってドギマギしてた……そう、今と同じ感じ。


 しかし。もう、あのときの俺じゃない。

 キョドらずスマートに、南井に話し掛けられるはず……。

 さっき噛んだのはノーカンとして、俺だって社会人経験とやらを積んできたんだ。いける。


「あ、あ、あれか?」

「あれって?」

「移動の疲れとか、そういうのかなって」

「ああ……それもちょっとある。ここまで電車で来たんだけど、普段あんまり乗らないから」

「そ、そう……うん」


 いやこれダメだっ。開始早々『あれか?』から切り出すとか無能が過ぎるっ! 大丈夫なのかどうか訊きたかっただけなのに。これじゃ何を訊いてるのか南井が分かるわけないだろっ。あと、またすごい噛んだし。どこがキョドらずスマートだよっ!


 社会人経験、南井の前じゃ役に立たないな……。

 人の本性なんて、そうそう変わらないもんだよな。ああ、知ってたよ。知ってたさ。


「……いいな」

「え……南井?」

「なんか、真城は相変わらず真城だなーって思った」

「んん? どういうこと?」


 ちょっと南井が何言ってるのか分からなかった。

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