エピソード3 8年振りの邂逅(1)

 ベッドに仰向けて、走馬灯のように人生のハイライトを振り返る。いやこれから死ぬわけじゃないし、身体も全然元気してるけど、脱力感が凄まじい。早急に立ち上がる理由でもないと、どうにも動きたくなくて、くだらない想像ばかりを膨らませていた。


 とにかく、ラッキーだった出来事を三つほど考える。一つ目は悪ノリで給料の大半を一点に賭けた低人気馬券の三連単が大的中したこと。あとの申告が大変だったけど、おかげでむこう10年くらいはお金に困ることはない。


 二つ目は高校の卒業式で憧れていたというか……密かに好きな子と二人きりになれて、電話番号まで交換したこと。思いがけない、幸せな時間だったな。あれから一回も、連絡する理由がなくて出来なかったけど、大事に取ってはいる。


 三つ目は……なんだろう? この世に産まれたこと? いや五体満足に産んでくれてありがとう母さん? いやいやこれじゃあ遺言みたいじゃないか。これは重すぎるか……でも別になにがあるかと言われてもな……。お金と女の人に比肩する幸せってなんだ? お酒とか飲まないし、タバコも吸わないし、せいぜい趣味くらいかな? 仕事は絶対違うし。そもそも仕事だって流されて勤めてただけだし……って、仕事のことを考えないようにしてたんだっけ。どうしてここに戻って来るのかな……ほんと、なんて人生だ。


「四半世紀の人生でこれって、実際問題どうなんだろうな」


 季節はもう時期、肌寒くなってくるであろう晩秋。

 25歳……年が明けてちょっとすれば26歳になる。

 まだ若い……って言われる割には歳を食ってる。

 ほんと中途半端な年齢だなって思う。


 職場をクビになったのだって、その中途半端な立場のせいもあるし。入社時はそこそこ軌道に乗ってた企業だったけど、去年いきなり風上が変わって赤字計上。その改善策に早期人員削減となって……将来性で守られる年数でもなくて、かといって過去に何か多大な功績を残した功労者ってわけでもない。ついでに言えばまだ独身で、養うべき家族もいない。つまりは切りやすい人間だったってだけだ。


「いや……困ったな。困った……困ったけど、少し気が楽になってるんだよな。なんか失うモノがないというか、変に愛想笑いとか、取り繕う必要が取っ払われた感覚……。どうせ今から似たようなところに転職しても、今以下の評価しか得られないんだっていう諦めもあって……はぁ、怠い。もう寝過ぎて眠くもないし、お腹空いたし、でも動きたくないし……何をしようか困った」


 とりわけ感想もない天井を眺めたり、片手に収まってるスマホに目を向けネット検索サーフィンをしたりを繰り返す。こうしていて何か劇的に変化するわけでもなくて、うだつの上がらない時間ばかりが流れる。


 自分の人生ってこんなに価値がないんだって分かる。元よりハイスペックじゃないのは自覚してたけど、なんかもう少し、凡人レベルでも騙し騙しやっていけても良かったのに。


 ほらそういう人……世の中いっぱいいるじゃん。

 周りに合わせて、うんうんと頷くだけで出世する人とか。

 声がデカいだけで謎の好印象を得る人とか。

 デスクの片隅でサボっても仕事してることになる人とか。

 んー……どうして俺だったんだろうか。

 いや違う……俺である必要すら無かったんだろうな。

 きっと誰が切られても、大した変わらなかったんだ。

 変わらないけど………………俺になった。

 そこが一番虚しい。虚し過ぎる。

 ほんと、なんなんだろう俺って感じだ。


「それなのに……世の中は平和だな。日本のトップニュースは、アイドルグループ【MOG】からの卒業発表か。へぇ……最年長だったんだ、いいな。この人は自分の意思で人生を決められて、きっとたくさんの人から惜しまれるんだろうな。羨ましいな、そんな人生……っと?」


 そんなことを呟くと、無音声の通知が画面に現れる。

 どうやらメッセージアプリからのものらしくて、すぐにそれをタップする。


「あー高校のときの………………珍しいとこから来たな。なんかやけに、かしこまった文章だけど……同窓会? 高校の? 今?」


 それは高校時代の同級生からの、同窓会の案内。

 地元ではなく都内での開催らしい。

 いや……プチ同窓会の方が正しいかもだ。

 しかも日程が今日の夜。随分と急な話だ。


「これ……絶対思い付きだよな。上京してるかもしれないヤツを手当たり次第呼んでるタイプだ。こんな風に呼ぶってことは、そこそこ集まる人が決まってるんだろうけど……俺が行く用はない……ないんだが……——」


 いつもの俺なら、断ってたんだろうか。

 多分仕事と被ってたらそうしてたはずだ。

 でも現状、断る理由がどこにもない。

 意味なく天井を見上げ続けられるくらい暇してる。

 暇し過ぎて、困ってる。

 やり場のない不満に、辟易としてる。

 この先どうしたらいいのかって、今更迷ってるんだ。


「——場所は……少し遠いけど頑張れば歩いて行ける距離か。行こうと思えば行ける……俺なんかが参加したところでどうにもならないけど、独りで鬱々としても、しょうがない。それに、せっかくの機会……だしな」


 そのまま腕だけを伸ばす。

 パキポキと音が鳴る。

 参加の有無を返すことなく、スマホの電源を切る。

 なんせ同級生だから。こういう雑な対応でも、怒られることはないだろうし。

 そうして、俺はやっとベッドから起き上がる。

 とくに急ぎでもないきっかけを。最悪気が変わりやっぱ行かない、ってなっても問題ない機会を誤って寝過ごさないように。

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