エピソード2 高校生最後の日(後編)
告白するならもう絶好のタイミングだったよな……南井の告白全断り宣言を聴いてなかったら、危うく仄めかしてしまいそうなくらいには。
「さてと。そろそろ行かないと」
「……だな。式中に扉開くと悪目立ちするしな」
「んー、ドラマみたいではある。やってみる?」
「ちょっと待ったー……てか? 勘弁してくれよ、なんの罰ゲームだ。赤っ恥晒すだけだわ」
「あはは……と、ちょっと待って」
「んん?」
「真城、遅れて来たからコサージュ付けてないでしょ」
「あ、ああ……うん」
「私の胸に付いてるのあげるから、少しじっと出来る?」
「え……わ、わかった」
南井が俺の真正面に立つ。そして胸に付いた淡色のコサージュを外し、そのまま俺の左胸に付けてくれる。南井の制服姿に、造花とはいえ花が添えられるのは、名の通り華があるな……っと惚れ惚れしつつ、あんまりそこばっか見るのもよくないかと、視線を遠くに……もっと遠くにやる。
女子の胸を凝視するものじゃない。
ましてや相手は南井だ。勘違いはごめんだ。
もちろん気にならないわけじゃ無い……けど、こんなことで南井に幻滅されたくない。嫌われたくない。
「——これね、みんな後輩から付けてもらったんだよ」
「そうなんだ。というかそれ、一つ減るけどいいの?」
「ん? ああ。一つで、いいの」
「……どういうこと?」
「後輩がさ。余ったの全部私の胸に付けたんだ。おかげさまで私、四つもコサージュを身に付けておりまして……ははは。そのままだと先生に怒られそうだけどさ、理由もないのに外すのもなんか、後輩の思いを踏み躙るみたいで悪いしね」
「……今、外してるけど……?」
「もー何言ってるの。真城も今日の主役だよ? 卒業生なんだからちゃんと着飾らないと……あと、私だけたくさん付けて真城がゼロなのは、私が真城に申し訳なくなる」
「……怒らないか。その後輩」
「怒らないって。きっと後輩の女の子も許してくれるよ」
「女子なんだ?」
「そうじゃなかったら問題でしょ? それに私が許さない」
「まあな、そりゃあそうか……って、あの、南井?」
「んー? なに?」
「………………なんで、二つも付けたんだ」
俺の胸には、なぜか二つのコサージュが飾られている。一人一つ、だったはずだよな?
会話に集中してたせいで、南井の胸を凝視するのも躊躇われて遠くを眺めていたせいで、しれっと半分個にされたことに気付くのが遅れてしまった。
「えへへ……いいでしょ?」
「これ、一人一つなんだろ?」
「そうだよ」
「……俺も先生に怒られろってことか?」
「違う違う。私と共犯ってこと。つまり怒られるときは一緒……ね? いざとなったら、告げ口してもいいよ?」
「結局怒られるんじゃねぇか」
「あはは、でも多分大丈夫だよ。二つだけならそこまで目立たないしさ。ほらっ」
確かに。四つも付けてた南井よりは劣るし、元々のデザインがそれほど派手じゃないから、目立たないのは同意だけど——
「そういう問題かよ……」
「そういう問題なの。あっそうだ。せっかくだし記念に写真撮ろうよ」
「はぁ? 写真?」
「うん。私ケータイ持ってるし」
南井はスカートのポケットからケータイを取り出して、俺に見せびらかしてくる。二つ折りの白いデザインのモデルで、一緒に黄色いストラップも括り付いている。たしか有名アイドルグループのロゴ……だったかな? 結構似合ってる。
ただ普段はこういった電子機器類は校則で許されてないから、どちらかというと優等生の部類の南井が学校に持ち込んでるのって、なんか変な感じだ。
「南井がケータイ持ってるって、意外」
「最近買って貰ったんだ」
「そうじゃなくて、普通に校則に引っ掛かるだろ? 電子機器」
「そんな過敏にならなくても……って、ああー。真城はよく没収されてたもんね電子機器っ」
「わざわざ最後に電子機器って言わなくても分かるが……うん」
「えっとなんだっけ……PDPっていうゲーム機使って、よく一狩りするのとか、モンスター捕まえるのをプレイしてたね。あとランニングマンであってる? 音楽プレーヤーで、やたらとテンポが早い、ロボット歌手の子が歌うの聴いてた」
「いやそうだけど……今それはいいじゃんか」
南井の指摘はその通りだ。
ほんと、よく観察してるな。
ポータブルゲーム機は俺の他にもこっそり持ち寄ってるヤツは居た。没収されるのが大抵、授業中までプレイしてた俺なだけで。
ゲーム機に関しては、みんな同世代だから、ケーブル無しでローカル通信出来るのが画期的で流行りまくり、廃人にまではならないけど、どハマりしてたから仕方ない。
あと、ロボット歌手ってのはボカロのことだ。まだ投稿サイトを中心に出回ってるだけだから、南井はよく知らなくて、こういう表現にもなるか。何言ってるか分からない曲聴いてるって言われ続けたし。すごい革命的なサウンドだと思うんだけどな……なかなか伝わらない、この魅力。
「ははっ、そうはそうだね。ただ今日は卒業式だし、こういうケータイとかも先生たちが黙認してくれるみたいだよ。没収とかもないから安心」
「……それもそうか。写真もそうだけど、赤外線で連絡先交換とかもしたいよな。今日が最後の機会かもしれないし」
「詳しいね。もしかして真城もケータイ持ってる?」
「……一応」
とりあえずポケットからケータイを取り出す。
なんもストラップも付いてない、若干白く剥げた薄緑のケータイを。
「ふーん、そっかそっか………………——」
それからしばしの沈黙が続く。
俺がケータイ持ってるか、持ってないかなんてどうでもいいからな。こんな反応にもなるか。
「——えっと、じゃあ撮り方分かる?」
「撮り方って?」
「ケータイで写真撮る方法。さっき教室に居るときもイマイチ分からなくて……」
「ああ……買ったばかりだもんな」
「そう。まだ親からの連絡くらいしか開けないんだ。なんかここで上下左右するらしいんだけど、どこにもカメラモードがないんだよ」
言いながら、南井が自らのケータイ画面を見せて来る。
そこはモードが並んだだけの初期設定画面で、あの南井でも、意外なことにケータイに苦戦するんだなって思う。なんか新鮮だ。
「えっと……この機種なら。まずこれにカーソルを合わせてみて」
「これ?」
「うん。それをまず押す」
「え……と、大丈夫? ニュースでやってたけど、いきなりお金の架空請求とかない?」
「ないない。まだなんにも始まってないから」
「そっか、了解……これで請求来たら真城、連帯保証人だからね?」
「怖いこと言うなよ。とにかく大丈夫だって、押してみな」
「……えいっ」
「……うん。そしたらカメラモードってのがあるから、それをまたカーソルに合わせて押すと使えるはず」
「へー………………ああほんとだ。なんだ簡単っ」
「そ、そうだな。一回別のを押さないといけないのが、ややこしいだけ。架空請求とか恐れなきゃ余裕だろ、こんなの」
「そっかそっか。ありがとっ、真城っ」
「あ、うん」
感謝されてしまった。こんなの大したことのない知識だけど、今この瞬間だけ必須科目よりも必須な知識になる。やっぱゲーム機とか、音楽プレーヤーとかで機械に慣れるのも大事なんだよな。ケータイも似たような操作だし。
「……っ」
あと意識してなかったけど、割と南井との距離が近い。遠くからもそうだけど、間近で見ると、やっぱすごい綺麗なんだなって……それでいて良い匂いもする。シャンプーとかなに使ってんだろ……それ買って使いたくなる。
「……じゃあ撮りますか」
「何を?」
「真城を」
「はあ? え、いやいやいいって。俺なんか撮ってもフォルダの無駄遣いだって」
「卒業記念の一枚だけ。試し撮りもしたい、お願いっ」
「………………試し撮りか」
「うん」
「はー……あんまこういうの苦手だけど」
「知ってる。でもここには真城しかいない、改めてお願いっ」
「………………い、一枚だけな?」
「ほんとっ!」
「ああ。その代わり、南井にも被写体になってもらう……ってのはどうだ?」
「私?」
「交換条件。それにこれなら対等だろ?」
写真を撮られるのは、ぶっちゃけ嫌だ。
どうせブサイクな男が映るだけだから。
でも、交換条件で南井の写真が手に入るなら話は別。
南井の写真……欲しい。めっちゃ欲しい。
好きな女の子のためにめっちゃくちゃ気持ち悪いことを企んだ自負はあるが、南井の許可も得ようとしてるし、なにも後ろめたいことじゃないよな? そうだよな?
「……んー撮るのはいいけど。その……誰かに渡すとか、変なことに使わない?」
「ん? ああそういうことか。安心しろ、無断で南井の写真を渡すようなことはしないって」
南井がこういうのを危惧するのは、ちょっと分かる。
事実。南井の写真って、隠れて買われたりしてた。
そのほとんどが学校イベント時の写真ばかりなのがまだ救いだったけど、ケータイがもっと普及してたら、盗撮とか横行してたんじゃないかなってくらい価値は付いてた。
ちなみに俺はそういうことは、一応はしてない。してないけど……校外学習とかで一緒に写ってるのを、大切にアルバムの中にしまってはいる。
ほら。学校で接点はほぼないけど、同じクラスだし、真城と南井って出席番号が近いし、こういうチャンスだけはあるから。
「あー……うん。ならいいよっ。最初に頼んだの私だし、断るのも悪い」
「オーケー。なら、ちゃちゃっと済ませますか」
「そうだね。卒業式控えてるし。撮った写真はあとで紫外線で送ればいい?」
「紫外線……? ああ! 赤外線なっ!」
「そうそれ。もうややこしいんだから」
「まあ……名前だけは」
きっと肌ケアとかで、赤外線より紫外線の方が馴染みあるんだろうな、南井は。じゃないとそのニキビ一つ見当たらないきめ細やかな白肌の説明がつかないし。うん。
それから南井、俺の順番で一枚ずつ写真を撮り合った。お世辞にも上手い写真とはお互い言えなかったが、まずまずの一枚にはなったはずだ。
しかも写真交換のついでに南井と電話番号まで交換してしまった。いやでもよかったのかな……赤外線と紫外線を間違えるような子を騙した気がしてならない。
「これでよしっと」
「ああ」
「ふふ。なんか良いね、こういうの」
「どういうの?」
「こう……寄り道したときのような時間。なんか卒業式がさ、ちょっと特別になる気がしない?」
「特別か……かもな」
特別……確かに、この時間は特別かもしれない。
いつか色褪せてしまうかもしれないけど、いつまでもそうであって欲しいとは思う。
「ねぇ……真城」
「なに?」
「真城はさ……卒業するの、後悔とかない?」
声の方へ振り返ると、そこそこ神妙な趣きの南井が居る。
なんだろう? 将来の不安とかだろうか。
うんでも……卒業式だからな。ちょっとばかし未来に対してネガティブになってしまうことくらいあるか。
「……そんなの後悔だらけだよ。あーすればよかった、こーすればよかった……数え出したら多過ぎて切りがない」
「……そういうものだよね」
「その点、南井はいいな」
「え?」
「高校生活での後悔。多少はあるだろうけど、俺よりは絶対少ない」
「……そうかな?」
「そうだよ。だってこっちは居眠りで怒られ、ゲーム機とかを持って来ては奪われ、おまけにこのように遅刻だって珍しくない……南井がここまで酷いはずないじゃん」
「……はは、真城には敵わないね」
「だろ」
「かもね………………うん、ちょっと安心した。行こっか」
「……うん」
全くもって誇ることじゃないけど、こんなので南井の不安が少し軽減されたらいいなと思う。
やっぱり南井には落ち込んで欲しくない。まあ落ち込んでる姿も悲劇のヒロインみたいで映えそうだけど、俺が好きな南井は、もっと何気ないワンシーンだから。
そうして、こっそりと願う。毎日のように胸を高鳴らせたそのアイドル的な振る舞いと人気をいつまでも。この先もう逢わなくなったとしても、続いて行って欲しい。南井に幸せな未来が訪れるようにと。
それから俺と南井は下駄箱に向かい、靴を履き替える。
南井はそのまま体育館、俺は荷物を置くため教室に行く。
なので途中の階段で、また後でと言い、あっさり別れた。
これ以降、俺と南井は校内で直接話す機会はなく高校を卒業した。大半の別れはきっと、『また後で』みたいな、いつか逢えるかもしれない希望を残すんだなって知った、青くほろ苦い記憶。
二度と顔を合わせることすらないのかなって思いつつも、怖気ついて伝えられなかった新たな後悔を忘れられず、そっと胸に刻んで。
そんな卒業式から、もう時期8年が経過しようとしている。あれはそう。俺が仕事のため上京して、淡々と作業をこなしていく日々を重ね……大卒から勤めていた会社をクビになったときと、ちょうど同じ時期だ。
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