第1部 復活編 第5話

「え、トイレですか?」

「当たり前だ吸血鬼だって飲んだり食べたりするんだから出るものは出るよ」


確かにマイケル・四郎衛門のいう事は筋が通っている。

俺はマイケル・四郎衛門をトイレに案内して使い方を教えた。

マイケル・四郎衛門はその説明を聞いて別に大して驚いた様子は無く、


「われはずいぶん長く寝ていたようだ…」


と呟いた。


俺と処女の乙女はキッチンに戻ってマイケル・四郎衛門のトイレが済むのを待った。

まだ俺に対する警戒の念が抜けないのか、処女の乙女は手元にマイケル・四郎衛門がひねりつぶしたろうそく立てを手元に置いていた。

コーヒーのお代わりを作っている俺の手元を注意深く観察しつつ、処女の乙女が口を開いた。


「私が着ているこの服、いったい何なの?」

「ああ、それは東欧ルーマニア18世紀祭礼用ドレス(海外通販326700円)だよ。

 生贄用の処女の乙女…」


処女の乙女は眼光鋭く俺を睨んだ。


「あんた、あのハーブティーを飲んで寝てしまった私の服を脱がしてこれを着せたわけね…生贄にするために…」


折れ曲がった鋼鉄製ろうそく立てを掴んだ処女の乙女を押しとどめようとするように俺は虚空に手の平を押し出して必死に早口で弁解をした。


「いやいやいやドレスを着せたとき下着は手を付けてないし、あなたの体には最小限しか触ってないし髪も丁寧に櫛でとかしたし生贄にしようとしたのは俺が間違っていて二度とあなたに危害を加えようとはしないですから…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


処女の乙女は、はぁ~とため息をついて鋼鉄製ろうそく立てから手を放し頭の花飾りを取ってテーブルに置くと髪の毛をがりがりと掻いた。


「はぁ~、一生のうちで二度と見れない貴重な物を見せてくれるっていうから家までついて来ちゃった私もね~、かなり用心はしているし友達にもここの住所とあんたの氏名とか教えてあるし何かあった時の為にバッグにもいろいろ仕込んであったんだけど、ハーブティーに薬を仕込んであったとは油断したわ~」


色々メールを交換したり初めて会って家に呼んだ時のおしとやかで優し気な話し方とはずいぶん変わった処女の乙女(もう名前も忘れてしまったけど)の話し方に俺は改めて処女は怖いと痛感した。


「ところで私の服やバッグはどこに…あら、このドレスはずいぶん丁寧に作られているのね…ヴィンテージかしら?」


処女の乙女はドレスの袖口や襟元ウエスト周りを見て関心した。


「あ、さっきも言ったけどそれは東欧ルーマニア18世紀祭礼用ドレス(海外通販326700円)なんです。

 おそらくヴィンテージで18世紀ころに作られたものかと…。」

「これ、お詫びのしるしに私がもらっても文句無いわよね?」

「はいはいはい、どうぞどうぞ。」


処女の乙女は初めて俺に微笑んだ、と言うか実際はにやりと凄味がある笑顔を見せた。

なんか、只物じゃない感がある処女の乙女に俺は俯いて下に目をそらせた。


「それに…あのマイケル…。」

「マイケル・四郎衛門です。」

「そうそう、あの吸血鬼も確かに一生二度と見られない者かもね。」


マイケル・四郎衛門がトイレを済ませキッチンに戻ってきて椅子に腰かけるとお代わりのコーヒーを一口飲んだ。


「あのトイレは凄いな、なかなか便利な時代になったもんだ…ところで君たちの名前や素性をまだ訊いていなかったな。」


マイケル・四郎衛門がコーヒーカップを手に俺達に探る視線を送った。


「は、はいじゃあ私から自己紹介いたします。

 私の名前は吉岡彩斗よしおかさいとと言います。

 現在32歳、賃貸不動産経営をしています。」

「ちんたい…。」

「ああ、大家みたいなものです。

 建物を幾つか持っていてそれを人に貸して家賃を…。」

「なるほど。」

「私は昔からオカルト…まぁ、怪奇というか不可思議なものに憧れていたのですが、たまたまあなた、マイケル・四郎衛門が…吸血鬼が収められている棺がアルゼンチンの田舎の修道院に隠されていたと…。」

「まて、アルゼンチンとはどこの国だ?」

「はい、ええと…ちょっと待ってください。」


俺は自分の部屋から大きな地球儀を持ってきてテーブルに置いた。


「おお!これは見たことがあるこの星の地理を表したものだな。」

「はい、その通りです。」


マイケル・四郎衛門が興味深げに地球儀を回してのぞき込んだ。


「しかし…われが見た地球儀とは随分違うな…これが日本か…なんか小さくなっておる…縮んだのか?

 これがメリケン…アルゼンチンとはどこだ?」

「アルゼンチンはここです。」


俺がアルゼンチンを指さすとマイケル・四郎衛門がため息をついた。


「いやはや寝ている間にどうしてこんな遠くにやってきたのだ…そしてわれは今どこにいるのだ?」

「ここです日本…日本のここにいます。」

「なに?それでは下総はどこにある?」

「ここです。」


おれが下総、今の千葉県北部を指さすとマイケル・四郎衛門は深くため息をついた。


「そうか、われは生まれ故郷の里近くまで来ているんだな…」


その後地球儀を通して語ったマイケル・四郎衛門の旅のルートと吸血鬼になった経緯を俺達は知った。


マイケル・四郎衛門は下総の名も知れぬ漁村で生まれ、その時はただの四郎衛門だった。

昔の事なので苗字と言うものは無かった。

そこそこ裕福な家だったらしく少し大きい持ち船があり、兄弟、使用人を載せて他の船よりも遠くまで漁に出ていたらしい。

四郎衛門が14歳の時、沖で嵐に遭い船が転覆して四郎衛門以外の者は海に沈み、板切れにつかまって漂流していた四郎衛門がアメリカの捕鯨船に救助されそのままアメリカに連れて行かれた。


今のサンフランシスコにあたる港につき、四郎衛門はある裕福な家で使用人として雇われたのだが、実際は奴隷として売り渡されたそうだ。

四郎衛門は利発だったらしくアメリカに着くまでに捕鯨船の中で英語を覚え、そこそこの日常会話くらいならなんとか話せるようになったとのことで、奴隷としてこき使われながらもその利発で勤勉な態度から徐々に優遇されてゆき、奴隷から料理人、更には24歳になった時はその家の執事にまで登り詰めたようだ。

マイケルと言う名前はその家で四郎衛門に名付けられたものだ。


さて、マイケル・四郎衛門となった彼が30歳になった時、雇っていた家が破産をしてマイケル・四郎衛門も競売に出されてたまたまアメリカ南部から旅に来ていたポールと言うある大富豪に買い取られたそうだ。

大富豪ポールはマイケルを非常に気に入りアメリカ南部ルイジアナに戻るときの旅もかなり重用したそうだ。


ただ、マイケルが不審に思ったのはその大富豪ポールが週のうち1~2回、お忍びでたった一人で出かけて朝方まで戻らない時があり、帰ってきたときは服に血がついていたことが度々あったことであった。

ルイジアナに着き、大きな農場付きの大邸宅の一室にマイケル・四郎衛門は執事として住む事になった。


ある晩、と言っても明け方近いのだが、寝ているマイケル・四郎衛門の窓を誰かがコンコンと叩いた。

目が覚めたマイケル・四郎衛門が窓を開けると、窓のすぐ下に大富豪ポールが血まみれ傷だらけになって倒れていた。

大富豪ポールは何とか立ち上がり窓に手をかけてマイケル・四郎衛門の部屋に転がり込んだ。

そしてマイケルに誰も人を呼ばず、しばらく休ませろと命じた。

マイケルは大富豪ポールの肩を支えてソファに横たえさせた。


大富豪ポールの服はあちこちが鋭い刃恐らくサーベルのようなもので切り裂かれ、銃弾と思われる物が命中した跡もいくつかり、顔には無残な刀傷が斜めに走っていた。

常人ならば死んでいておかしくない幾つもの傷にマイケルは怯え、すぐに人を呼び治療をしようとしたが、大富豪ポールは、まぁしばらく待てとマイケル・四郎衛門を制した。


そのまま何十分か経つと、大富豪ポールの出血は段々と収まってゆき、蒼白だった顔にも血色が戻ってきたそうだ。

やがて大富豪ポールはむっくりと体を起こした。

顔の傷も塞がり傷の痛みも全く無い様で損傷した服と出血の跡以外は全くの健康体のように見えた。


「マイケル、おかげで助かった…お前が様々な疑問を持った事は判っている。」


顔を引きつらせながらこくりと頷いたマイケルに大富豪ポールは微笑んだ。


「さて、その疑問に答えるとするが、お前は私の秘密を完全に守れるか?

 そして、今回の事で判ったが、私には優秀な助手が必要だ。

 一人だと危険な目に遭うことがあるのだ…お前に私の助手、と言うか相棒、片腕になってもらいたいのだが、どうだ?」


笑顔の大富豪ポールに見つめられて、マイケルはゆっくりと顔を縦に振った。


「はい、ポール様。」







続く



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