第1部 復活編 第1話


『吸血鬼ですが、何か?』


                とみき ウィズ




西暦2022年5月10日。

もうすぐ5月11日になろうとしている。


とうとうこの時がやってきた。

とうとうこの時がやってきたのだ。


俺の名前は吉岡彩斗よしおか さいと

俺はさえない32歳の社畜だった。

世間では…この前女子高生からおっさんと呼ばれてショックを受けた年になりつつある。

とんでもないブラック企業で散々にこき使われて働けなくなれば無慈悲に屠殺される運命の、未来も何もない男だった。

そんなおっさんになりかけた俺は5か月前に何気なく買ったロト6で大当たり2億5千万円を当ててめでたく社畜を卒業した。

普段ギャンブルなど全くしないのだけど、とんでもない幸運が舞い降りたのだ。


俺は東京23区外のほど良く田舎なそこそこ駅近な場所に中古だが5LDKのそこそこ広いマンションを買い、そこそこの家賃収入を望める物件をいくつか購入して安定収入(経費税金を差し引いて手取り60万円ほど)を手に入れた。


安定収入を手にした実はオカルトマニアの俺は、残った数千万円の金をつぎ込んで色々偽物を掴まされた後、遂に本物の吸血鬼が入っている棺を手に入れたのだ。

ここまでたどり着くのに胡散臭い偽物を何度も掴まされて酷い目にあってきたが、ついについにアルゼンチンの片田舎の教会に密かに隠されていた吸血鬼入りの棺(海外通販4,780,000円)を手に入れた。

しかも、吸血鬼を復活させてしもべとさせるマニュアルもおまけに付いているという信じられないほどのレアな一品なのだ。


それがはるばる船便で運ばれて俺のマンションに運び込まれたのが数日前。

それから数日の間ネット翻訳で苦労しながら古代ギリシャ語で書かれたマニュアルの解読に成功して吸血鬼を復活させ俺のしもべとさせる方法を手に入れた。

儀式に必要な道具や吸血鬼が暴走した場合に速やかに退治できる道具もネット通販を駆使して手に入れた。


素晴らしい世界だ。

金と時間に不自由が無ければネットで何でも揃う。

これで銀行の現金の預金残高が1000万円くらいになってしまったが、なに、安定収入も有るから全く問題無い。大丈夫だ。


厄介だったのは吸血鬼に捧げる生贄とするうら若き処女だったが、マッチングアプリを駆使してオカルト好きな女性を何とか手に入れた。


アプリのやり取りで今まで手に入れたまがい物の呪物や書籍の写真を見せ、彼女の気を引き、ついに俺の部屋に招き入れることに成功して様々な呪物(まがい物)を披露して気を許した彼女に睡眠薬入りのハーブティーを飲ませて眠らせることに成功した。

本当に処女かどうか確かめるのが大変だったがネットで調べた「処女かどうか見抜くための14の質問」を事前にそれとなく会話に織り交ぜながら彼女に試して易々とクリアしているので間違い無い。


只の生贄用にしか考えていないので、彼女が名乗った名前は忘れてしまった。

俺が直接手を下す訳では無いが、彼女が命を落とす可能性も充分にあるので名前などはあまり覚えたくない。

俺だって一応は罪悪感は感じるんだよ。

22歳と言っていたので未成年ではないしね…。

彼女はもう立派な大人だ。

自分の行動に責任を取れる歳になっている。

それを考えたら少しだけ俺はほんの少しだけ気が軽くなった。

彼女も吸血鬼になるのだろうか…。

彼女の名前は確か、マリンとかマロンとか…まあ良い、処女の乙女なんだ。

処女の乙女は睡眠薬入りハーブティーのおかげで、部屋の中央に置かれた棺の横に置いたベッドでぐっすり眠っている。

生贄用に定められた昔風のドレス「東欧ルーマニア18世紀祭礼用ドレス(海外通販326700円)」を着せて(ドレスのサイズが彼女の体より大きかったがホッチキスを駆使して何とか寸を詰め、ドレスの胴回りも詰めた)その頭にはユーチューブを見ながら苦心して作った名もなき花の頭飾りも付けた。

生贄用の処女の乙女は、切れ長の目を閉じて長い黒髪を広げベッドに横たわっている。

見ようによって気品を感じる顔立ちに豊かな黒髪。

吸血鬼の生贄には最適だ。


そしてマニュアルには載っていなかったが雰囲気は大事だよねと言う事でフード付きの昔風の黒いローブを着た俺は期待に打ち震えながら午前零時を待った。

落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら俺は時間が来るのを待った。

吸血鬼の気付用に手に入れた黒いめんどり(アマゾン31000円)が籠(アマゾン4300円)の中で時折けたたましく鳴くのがイラついたが、完全防音に改装した12畳の寝室の中なので一切問題はなかった。


いよいよその時間が近づいてきた。

俺は最終確認で必要なものが全部そろっているか何回も確認した。

後数分で儀式を始める。

俺は蘇った吸血鬼が暴走するときに備えて羊皮紙で覆いが付いたごつい十字架「吸血鬼撃退用強力十字架(アマゾン39000円)」を首に下げた。

左右のポケットには大振りのニンニクひと玉づつ、ベルトの腰の後ろには「吸血鬼退治用トネリコの杭木槌セット(アマゾン52800円)」も挟んである。

更に最終手段として強力な紫外線ランプを部屋の四隅の天井に仕掛けてあり、手元のリモコンで付けることができるようにしてある。

伝承によると吸血鬼は日光などの紫外線でその身が亡びると記してある。

これで万全だ。

万が一吸血鬼が暴走してもこれで対処できる。


俺は防音寝室に入ると雰囲気つくりに設置したLEDライトにスイッチを入れ、CDプレーヤーでパイプオルガンで奏でるおどろおどろしい音楽をかけた。


雰囲気大事だからね。


そして部屋の隅のパソコンから吸血鬼復活の呪文を録音した音声を流した。

はじめは自分の口頭で唱える予定だったが難しい古代ギリシャ語の呪文をうまく覚えられず、何度も噛んでしまう事に嫌気がさして、半日かけて音声を吹き込みパソコンでうまく言えたところをつなぎ合わせた。


俺は棺に近づき「隠者のバール(メルカリ47000円)」と呼ばれる錆が浮いたバールで慎重に蓋をこじ開けた。

棺の蓋がずれてゆくと、中からかび臭い、そしてかすかに生臭い臭気が上がって少しむせた。


呪文をパソコンで流しておいて良かったと俺は思った。

むせて呪文が中断してしまうと手順を一からやり直さなければならないからだ。


棺の中には半ばミイラ化した30代半ば位に見える吸血鬼が横たわっていた。

東洋人っぽい顔立ちに少し不安を覚えたが服装は100年ほど前の洋装紳士の物だったので大丈夫!と自分に言い聞かせ、俺は首にぶら下げた翻訳機の電源を入れた。

吸血鬼が蘇った時に言葉が通じないと大変な事になりそうだからな。


俺は籠から出しためんどりの足を掴んで吸血鬼の顔の上にかざすとベルトに挟んでいた「悪魔召喚収監儀式用サタンナイフ(メルカリ74890円)」を抜いた。

実はこれが俺にとっては非常にハードルが高い作業だった。

俺は基本的に動物が好きだし生き物を殺すのは苦手なのだ。

もしも首を切る対象が黒猫だったりしたらこの計画はとん挫していただろう。


『このめんどりは後で俺が美味しくいただきます』と心の中で唱えてナイフを振ってめんどりの喉をかき切った。


めんどりの首から汽笛のような音を立てて吸血鬼の顔に鮮血が降りかかった。

まだバタバタと暴れるめんどりの足を歯を食いしばって握っていた俺の目に、吸血鬼のミイラがめんどりの血を、まるで砂に水がしみ込むように吸い込んで行くのが見えた。


おお!


俺は期待と恐怖が入り混じった声を上げた。


ミイラ化した吸血鬼の顔はみるみるめんどりの血を吸収して、生ける人間のような肌を取り戻しつつあった。

復元しつつある吸血鬼がますます東洋人そのもののように思えるのだが、ここまでの流れを見るとどうやら本物の吸血鬼だ、間違いない!


吸血鬼がせき込み始めた。


「う〜!ゴホッゴホッ!あ〜気持ち悪い〜!うぇ〜!気持ち悪いよ〜!」


…日本語?

…え?日本語?空耳アワー?


困惑する俺の前で吸血鬼は棺に手をかけて起きようとして棺の横に転がり落ちて、苦し気に身を捩らせた。


だらりと下がった俺の手で首無しめんどりがまだもがいていた。



…なんなん?不良品?返品効く?




続く




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る