第12部 黎明編 第31話

榊は続けて俺達に説明をした。


「藤岡の組織の急襲のおかげで、色々な証拠が手つかずに残ったんだ。

 あの突然の襲撃であいつらも処分する暇も無かっただろうな。

 おかげで…と言って良い物かどうか、あの謎の集団の名が判った。

 そしてその目的もね。」

「…。」

「あいつらの名称は『コンキスタドレス』スペイン語で『制覇する者』という意味だ。

 奴らは、日本に上陸してその勢力を伸ばそうとわざわざやって来た。

 巧妙に正体を隠しながら、私達の組織や敵対組織に属さない弱小なアナザーのグループを探し出して傘下に加わるように説いて廻ったようだ。

 そして、拒んだ集団を皆殺しにすると言う、まあ、あちらのギャングがやりそうなことを密かに続けていたんだよ。」

「…。」

「そして、奴らは藤岡の組織を見つけ、そして何かの拍子でミヒャエルの存在を知ったんだ。

 ミヒャエルは…色々と利用価値が高いからな。」

「…。」

「ところが藤岡の組織はミヒャエルを我々に奪われてしまった…というか…保護したのだが『コンキスタドレス』の連中は藤岡達がミヒャエルを隠していると思いこみ、そしてミヒャエルを渡して傘下に入る様に脅迫したんだろうが、奴らも藤岡の組織が思ったより強力なのに気が付いて強引な手段を取らずに着々と藤岡の組織を襲撃して皆殺しにするか、そこまで行かなくともミヒャエルを奪おうとしていたそうだ。」


なるほど、榊がミヒャエルに席を外すように目で合図したのが判った。

自分が争いの原因だとミヒャエルが知れば悲しむだろう。

あのナイーブな『何百年も生きた子供』には辛いだろう。


「なるほど…ミヒャエルは未だに籠の中の貴重なカナリアのままと言う事か…。

 色々な勢力が何百年もミヒャエルを奪おうと争っているとは…。」

「可哀想な子ね…。」

「あのバカみたいに世間知らずな子供のままのミヒャエルを利用するとは許せないですぅ。

 ミヒャエルはもしかして栞菜よりずっとバカなのに可哀想ですぅ!」


四郎が納得した呟きを漏らし、圭子さんはしんみりと言った。

栞菜はどさくさに紛れてミヒャエルをディスりながらもミヒャエルの為に憤慨した。

俺もミヒャエルを哀れに思いながら、しかし今の日本には思ったより多くの様々なアナザーの組織が存在して抗争を繰り広げている事にも驚いた。


「しかし榊、それにしてもいろいろ沢山の組織が今までヒューマンに知られずに日本にいたんだね~。」

「彩斗、確かにそうかもな。

 奴らが何が原因で日本に引き寄せられるか何となく私にも判るが…日本に拠点を置く組織は多いよ。

 現に私達の組織でも岩井テレサのジョスホールを中心に幾つかの組織が連合を組んでいるし、対立する組織だって一つや二つじゃないんだ。

 だから私達は対立組織とひっくるめてただ単に『対立組織』と言っているがね。」

「それを今この状況で普通の日本人が知れば、手の付けられない大騒ぎになるな。」


成る程、明石の言う通りだ。

俺でさえ四郎が入った棺をアルゼンチンから輸入して初めてヒューマン以外の存在、アナザーの実在を知り、ここ数か月で様々な組織が存在する事を知った。

1年前の俺に今の状況を話したらそんな馬鹿な事があるか!と笑われるだろう。


今は謎の組織ショッカーが人間からヒューマンから悪鬼を、アナザーを作りだしていると苦しい言い訳をしているが、真実を全ての人が知ったら…。


人類史上始まって以来の大規模な内戦状態に陥ってしまうかも…もしかして『清算の日』と呼ばれるものはそれかも知れない。

たとえその現象が『清算の日』と違うとしても、人類はこの騒ぎで文明が粉々に崩壊するかも知れないのだ…。


その後、俺達と榊はミヒャエルを今後どうするのか話し合った。

警備の都合上は岩井テレサの小田原要塞に連れて行くのが一番良いと言う事だが、明石夫婦とはなちゃん、そしてガレージから連れてこられたミヒャエルも難色を示した。


小田原要塞なら、ミヒャエルと同じくらいのアナザーもいるし少人数ながら学校教育も受けられると榊が説明したが、ミヒャエルはここを離れたくないと、かたくなに拒んだ。


考えた末に俺達はミヒャエルはウクライナ侵攻から単身避難してきた孤児と言う事にしてしばらく、戦争が終わるまで死霊屋敷で預かると言う事で説明する事になった。

ミヒャエルのウルウルした顔は笑顔になり、俺、栞菜、はなちゃんとハイタッチをして明石夫婦に抱きついた。


榊はやれやれと言う表情ながらミヒャエルにはここが一番良いだろうと結論を出した。

そして警備上、隣の敷地の倉庫の居住性を高めた改修を行った後で常時スコルピオの1個班5名が常駐警備する事になった。


今回の事の落としどころとしてはこんな所だろうか。

ミヒャエルは新たな死霊屋敷の住人となり、司や忍の友達や母親達にも紹介できると明石夫婦は喜んだ。


それからまた数日たち、季節は初夏に入りかけた頃にはミヒャエルはすっかり俺達に馴染んでいた。

藤岡の組織の捜索は未だに続いているがあれから有力な情報を手に入れられていない。

『コンキスタドレス』の資料にあった藤岡の組織の幾つかの拠点も捜索したが、すべてがもぬけの殻だった。


その間、栞菜や屋根裏の死霊達は明石が録音したミヒャエルの歌を何度も聞いてうっとりとしていた。

明石が録音した音源は『ひだまり』でも流され、お客とスケベヲタク死霊軍団も魅了した。

お客達が、この歌は誰のどんな曲かという問い合わせが殺到し、喜朗おじ達はその対応に苦労した。

ええ、まあ、私達もよく判らないんですとへらへらした笑顔で答えているようだ。

そして、とうとう栞菜がミヒャエルの歌を生で聞きたいと言い出した。


まあね…当然生で聞きたくなるよね…。

はなちゃんも何度もミヒャエルの歌を聴いているので耐性がついているだろうと、そうそう簡単に昇天しないであろうと栞菜の望みを後押しした。

それでは、何日かしたら栞菜がミヒャエルの生歌を聞いて昇天するかどうかの実験をする事となった。

危なくなったらはなちゃんが栞菜の周りを遮断すると言う事になった。

栞菜は歓喜して実験の日を待った。

実験前日に栞菜のRX-7の修理が終わり、正平と社長がトレーラーに乗せて死霊屋敷に戻って来た。

正平がいつもの作業用の薄汚れたつなぎで無く、小奇麗なポロシャツとチノパンでやって来たのに俺は少し驚いた。


ああ!正平は栞菜に勝負をかける気なんだろうかぁ!


「栞菜さん!

 俺が精魂込めてRX-7のチューンナップをしました!

 どうか俺と一緒に試乗して具合を見てください!」


正平はこう言い放つとお辞儀をしてRX-7の鍵を栞菜に差し出した。


「ふわぁ!

 チューンしてくれたですかぁ!」


栞菜が屈託のない笑顔で鍵を受け取った。

そして、試乗に出て、正平のチューンが合格ならそのまま深海オートまで正平を隣に乗せて送り届ける事に、不合格なら最寄りの駅で正平を降ろして電車で帰らせることに決めて、顔を真っ赤にした正平を乗せて栞菜が運転するRX-7は死霊屋敷を出て行った。


俺と並んで見送った深海オートの社長はやや複雑な笑顔になった。


「吉岡さん、まぁ、チューンナップ代は栞菜さんの反応を見てからという事で…。」


社長はそう言うと空のトレーラーに乗って出て行った。

やれやれと思いながら死霊屋敷に戻ろうとすると、今日、大学も『ひだまり』も休みの真鈴が青いボルボでガレージから出て来た。


いつもの真鈴より少し化粧が念入りで、初めて四郎達と飲みに行った時の洒落たスーツを着ていた。


「あれ?真鈴、お出かけ?」

「そうよ。」


真鈴はいささか不機嫌そうな緊張したような表情で答えた。


「へぇ~、どこ行くの?」


真鈴がブスッとした口調で答えた。


「今日は乾とドライブ。」

「へぇ~!乾とデートか!」

「彩斗、デートじゃないわよ、ドライブよ!

 あくまでも管理者の情報収集の一環だから!」


そう言い残すと真鈴はやや乱暴にボルボを操って出て行った。




続く


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